新年あけてあっという間に2月になってしまいましたね。
これまでのお正月ちっくなブログスキンからちょっと春らしいものへ変更しました。
今日は節分ですね。豆まきして恵方巻き食べなくちゃ![]()
2月のイベントといえば、もう一つはバレンタインでしょうか?
弊社のパーツにハートモチーフのものもあります。
バレンタインに手作りプレゼントを考えられている方、
是非いちど弊社商品をご覧になってみてください![]()
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当社のブログの巻頭の星型のプラスチックケースの中に
いろいろの貝をデザイン的に並べられた作品は黒原先生の
作品です。先生は高知県土佐清水市在住で、洋画家、貝の
コレクター、薬剤師、郷土史家、骨董収集家と多才な方です。
23年程前に所用で土佐清水市を訪れた時に、あるレストラン
の壁にこの種の額が飾られているのを見て”これは黒原先生
の作品ではないか”と店主に問い質しその足で先生にお願い
した物です。
先生は洋画家として高知県展覧会の無鑑査、参与として長く
県展の発展に尽力された方です。貝の方面では地元清水市
に黒原コレクション博物館を建てられ,昭和天皇が高知県に
行幸された際わざわざ黒原コレクションまで足を伸ばされ、
天皇に土佐の貝についてご進講された方です。後に知った
のですが、日本では土佐と和歌山が珍しい貝が採れる県だ
そうです。
土佐清水市の春先には地元の底引き漁にハリセンボンの
フグが大量に掛り漁師が処分に困っているのを見て薬品を
使って内臓を処理しハリセンボンのフグちょうちんを作った
最初の方と聞いています。(従来は腹を切って内臓を処理して
いました。)これなんぞは薬剤師ならではです。
以前は画家としての先生に多々お願いをして親しくさせて
いただきましたが、私が今の仕事を継いでからはむしろ他の
方面での教えを請うこと多くたびたび土佐清水市を訪れたもの
です。私に貝のことを教えてくださった方に先生の友人で中安
清司氏がいます。氏のことについては別の機会に述べさせて
いただきます。
オスメニアパールとはゆで卵を縦半分に切ったような形をした
ものです。
写真①がそうです。
黒真珠のような輝きをししています。
材料の大きさ、カットの仕方により大小さまざまです。
もう十数年前ですが、
都内のメーカーさんから銀製の指輪の枠に嵌まる
オスメニアパールを1、000個注文いただきました。
枠のサイズは一定です。
オスメニアパールは自然のもので大小さまざまです。
セブの貝の業者から一万個位のオスメニアパールを借りて
ホテルの部屋で1個1個枠に嵌めて1,000個収めさせて
もらった記憶が蘇ります。
今では1万個のオスメニアパールを待っている業者はセブにも
いないと思います。
原料はオウム貝です。
この貝の巻いている中の部分が黒真珠の輝きを持っています。
オウム貝は俗に生きた化石とも云われています。
私共は20年位前から、そのうち、オウム貝も採れなくなり
値上がりするのではないかと心配していたのですが、案の定、
近年すさまじい値上がりです。
実際オスメニアパールを始め、オウム貝で出来た
アクセサリーパーツも値上がりしています。結果的に品薄状態です。
オウム貝のパーツが何故オスメニアパールと云われるのかは、
第二次大戦後の昭和19年にフィリピン大統領に成った
オスメニア氏に由来しています。古くからオスメニア家はビサヤ地方
(セブ州)の名門です。この美しい貝の黒真珠の輝きを放つ
パーツにビサヤ地方の人々は自分たちの誇りである
オスメニア大統領の名を冠した訳です。
オスメニア氏の名を冠したのには、
セブ州政庁の前から直角に延びる大通りをオスメニア通りと呼び、
その先にあるロータリーの中にはオスメニアフェンテと呼ぶ公園もあります。
たぶん私の知らない処にもオスメニアの名は使われていると思います。
②はオスメニアパールの部分を半分にカットしたものです。
③はオウム貝の原貝。
④はオウム貝の表面のトラ模様を研磨して取り除いたもの。
⑤はオウム貝を半分にカットした中のコアの状態です。
①
②
③
④
⑤