相変わらずSCRAP & BUILTを続けています。



クチムラサキのヤタラ(mactan rose)の糸通しも

無くなりました。

いよいよネックレス用にボールチップの付いたものを

差し替えです。

200本余りはあるでしょうがこれも売り切れば、

今後は手に入らないでしょう。


7月8日、フィリピン行きでした。



私がキャセイ航空のマルコポーロクラブのメンバーになったのが

1994年です。

今から22年前です。

当時の香港空港は啓徳空港で空港近くのビルを掠めながら

着陸して本当に怖かったです。

実際に中華航空のジャンボ機が着陸に失敗して海に落ち

その残骸が半年くらい海の中に残されていました。


香港ーセブ間にキャセイ航空が開設されたのが23~24年前

だったと思います。

当時、席はガラガラで横になって寝て行けました。


成田から香港に行きましても当時は接続便がなくて

香港に一泊して翌朝の便でセブ行きでした。

ホテルはキャセイ航空が用意してくれ、夕食、朝食も

全て無料でした。

まず香港の空港に着きますとホテルのベンツが迎えに来てくれ

翌朝もベンツで空港送りと至れり尽くせりでした。


成田から一番早い便で香港に着き、その足で香港の取引先に行き

仕事を済ませると香港島の骨董街、油痲地と足を延ばした

ものでした。


そのうち現在の新空港が出来ますとベンツはバスに代わりました。

当時、バス代はフリーでした。やがて地下鉄に代わり、

半額負担となりました。

今では全額負担のはずです。


やがて日、月、金曜日はセブ行きの午後便が出来ました。

以来、私のセブ行きは専ら金曜日発です。


帰りにセブから香港に着きますと中国の深セン、広州、厦門と

足を延ばし中国と仕事が出来ました。

香港からバリ、 バンコックと行くことも度々でした。


やがて香港停泊が禁止となりました。

どれくらい前からかは忘れましたが、それ以来香港での宿泊は

していません。

ただし数年前に大型台風がレイテ島を襲った時はやむなく

キャセイ航空が用意してくれた香港島のホテルに一泊しました。

ホテルはキャセイ航空が用意してくれ無料でした。


香港から台湾に寄っても旅行代金は同じでしたが、そのうちに

US$20.00くらい高くなりました。

それでもフィリピン、台湾と一度に仕事を済ませることが出来、

ありがたい航空会社でした。


44年前は中華航空で台湾に飛び、台北、高雄で仕事を済ませ

同じく中華航空でマニラ行きでした。

マニラからセブ行きのフィリピン航空は度々フライトがキャンセル

になり3時間、4時間待ちはザラでした。


当時のマニラ国際空港は爆破された直後で、無残なビルでした。

空港で帰国便を待つ間、土産物店の販売の手伝いをして

時間稼ぎをしたものです。

お礼はバルーと言うゆで卵ですが中にはひよこの形の生まれる

寸前の雛が入っています。

これだけは可哀想で食べれませんでした。


マニラでは国際線から国内線に移るにはタクシー利用でしたが

マニラのタクシー運転手は悪質でした。

いつも喧嘩でしたが、今思うとよく殺されなかったと思います。


やがてフィリピン航空の成田ーセブ直行便が開設され、

これでセブに行き、一度帰国してから中華航空で台湾行きでした。


当時の苦労を思いますと、キャセイ航空のセブ行きが

出来たことは本当にありがたいことでした。


マルコポーロクラブのメンバーとなりグリーンカード、シルバーカード、

そしてゴールドカードをくれましたが、近年は行く回数も減り、

現在はシルバーカードに戻っています。


それでも各空港のキャセイのラウンジが利用させてくれます。

何よりうれしいのはチェックインがビジネスクラスのカウンターで

してくれ、預けるスーツケースは30kgまでOKです。

更にスーツケースには優先タッグが付けられ到着地で

いち早くスーツケースをピックアップ出来ることです。


私の購入チケットはエコノミークラスですがビジネスクラス、

ファーストクラスに乗せてくれるのも度々でした。


本当にありがたい航空会社でした。

しかし23年間のフライトも今回で終わりです。


23年間フィリピンで航空券を買っていましたので帰りの

チケットはセブー成田の片道チケットです。


次回からは5月に利用した長栄航空でのフィリピン行きに

なります。


7月8日、CX543便香港行きのため羽田空港。

チェックインを済ませキャセイのラウンジ。



いつものウイスキーダブルにつまみの盛り合わせ。


これを味わえるのも今日が最後です。
水割り2杯を呑んで機内へ。

CX543便は今では数少ないジャンボジェット機です。

毎回ほとんど満席で飛行しています。


香港のキャセイのラウンジではいつもコンソメスープのみ

だが今回はこれが最後だと思い白ワインに点心。




65番ゲートのラウンジは改修中だったが新しくオープン

していた。

以前の倍の広さです。



このように別れたセクションが4~5区画あります。


香港ーセブ間はビジネスクラスの席をくれる。




ビジネスクラスで出されるガーリックパンは大好きです。


今回はステーキを頼む。


セブには午後7時着。

ホテルに着いてTM氏に電話。


9日AM8時、貝の職人来。


頼んであった修理品持参。

ミニフクロウ200ケも持参。


9日午後6時半、TM氏の迎えで氏のメンバーズクラブ

カジノエスパニョの和食“門”で食事。



サケの塩焼き、サーモンの握り、冷や奴、枝豆、

更に野菜のてんぷらと、とても食べ切れません。


10日はゴルフ。あまり気が進まないが皆さんに会えるのを

楽しみとする。

しかし数か月ぶりでメンバーも変わっている。

スコアは49,49でめずらしく100を切る。



あることを思い出してゴルフ場のプルメリアの花を

撮影する。

明けて11日(月)からは仕事開始。



ピンクローズ200本仕入れ。



ノシ貝20本注文していたが100本用意している。

1本に55個くらい付いているので5,500個です。

多すぎるが仕方なく仕入れる。

完売するには何年かかるか判らない。



ハナビラタカラフラワー200個仕入れ。


12日。貝の職人再度来。



メキシコ貝のスクラップで上のパーツを作り持参。



黒蝶貝のイルカ、白蝶貝の40x50mmブロッキング

ダエンなども持参。

手前右の白蝶貝ツノはステンレスキャップ付で

40年前の製法そのままで遂懐かしくて仕入れる。


13日、5月に頼んであったメキシコダエンの金具枠用に

修正品受け取り。

さらに今回150枚依頼する。



ホテルに預けてあるスーツケースから上のパーツが

出てくる。

次回メキシコ貝を持参して作らして見る。


職人に渡してあった白蝶のパーツで上の貝型を頼んで

出来上がりの数が足りないので問い合わせると

出してきた。


上の白蝶貝シズクもトップに穴開けを頼んであったが

出来てこないので問い合わせたら出してきた。

太さ直径15mmあり、貴重品です。

下部の黒蝶貝40mmは今回持参して表面を平らな

板にさせました。



13日午後、別の貝の職人ホテルに来る。

クチムラサキスライスのパーツ持参。


1,425個入りと1,200個入りの袋持参。

品質は良いので1,425個入りを買うと云うと

今夜船でミンダナオ島に帰るので全部買ってくれと言う。

仕方なく全部買う。

何年かかるか知れないがある時に買っておかないと

後で後悔する。




10日、ゴルフ場で撮ったプルメリアの写真を見せ

マド貝のハートケースのキャップに描かせてみる。

上手いものである。


水牛の職人もフットボール型のパーツをやっと作って来た。


今回の成果はまずまずであった。

あとは航空便で送らすのみです。


14日PM6時半、TM氏の迎えでカジノエスパニョの“門”へ。

また和食攻めで水割りが進む。


15日13時発のフィリピン航空で成田。

フィリピン航空を利用したのも23~24年振りです。




かって利用したマゼランホテルの跡地も整地が進み

跡にはホテル、コンドミニアムが建つそうです。






今回もホテルの朝食はマンゴフルーツとガーリックライス、

目玉焼き、ロンガニザ、コーヒーでした。


夕食はホテルでシュリンプシニガンとライス、

張さんと吞ん気、TM氏とカジノエスパニョ2回。

あとはホテルの部屋で水割りです。


帰国すればSCRAP & BUILTが待っています。




フィリピンでパウアシェルを磨いてもらいました。

これだけは破損を恐れて持ち帰りました。

行き先はすでに決まっています。




コンビニの軒先でツバメの巣を見かけました。

2羽の雛が親の餌を待っています。




23日、やっと釜揚げしらすが手に入りました。

さっそく昼食前の一杯です。


お得意さんがカフェをオープンしました。


プレオープンに招待をいただきました。



1階はサーフショップでその2階です。

小じんまりですがしゃれた店です。



店の名前はラッキーミールマーメイドです。

小田急江ノ島駅のすぐ近くで境川河口の川沿いです。



内外装も南欧風に白で統一されています。

オーナーが自らフィリピンで仕入れてきたマド貝(カピツシェル)

の大きなシャンデリアが2個吊り下げられてよい雰意気です。







オープンテラスから見た江の島方面です。



江の島の展望台も眺められますが手前の電柱が邪魔してます。



これはオーナーの趣味で飾った額ではありません。

私がテラスから中を写そうとしましたら対岸のビルが

写りました。



海鳥が獲物を狙ってじっと待っています。



招待の時間は4時からとのことだったそうですが

3時に行き、スタッフが準備に大わらわで迷惑をかけました。

それでも焼酎のウーロン割りを作ってくれテラスで

湘南の風に打たれながら気もち良く酔わせてもらいました。




4時ともなりますと招待客の皆さんが集まりだしましたので

私はおいとまでした。


白蝶貝、黒蝶貝の30x40mmダエン、30mm、40mm丸の

問い合わせがありました。


ただし、表面が平らを希望です。

当社のものはほとんど金具枠用に作ってありますので

表面にアール(背盛)がかかっています。

40mmとなりますとかなりの大きな貝が必要です。

フィリピンの白蝶は黄蝶貝です。

それでもかなりの大きな貝であればチョウツガイの部分で

作れますが1個から何個も採れませんので高いものに

なります。

黒蝶貝にしても同じことが言えます。

当社の職人が生きていれば何でもないことですが現段階では

難しいのでお断りしようと思っていました。

念のために貝ケースの引き出しを開けている内に






白蝶貝と書かれた引き出しに50mm、40mmの平らなものが

見つかりました。



オーストラリア産の純白の白蝶貝です。


黒蝶貝のケースでは40mm丸で表面にアールのかかった

厚い貝が見つかりました。



当社で昔作った貝パーツは全てタヒチ産のものです。

この中から数枚フィリピンで表面を平らにさせて見ます。


いづれも40年前に作られたもので金具枠などは廃棄

しましたが貝だけは愛着があり取ってあります。


しかし、今となっては良い作品を作って下さる方が

利用していただけるのが貝のためでしょう。

最近は工芸作家の方、漁師さんなどから問い合わせを

いただきます。


白蝶貝菊彫り60mm。

この品も何度かブログに載せましたが

やはりオーストラリア産の貝です。

昔はこんな品が普通に思っていましたが今となっては

貴重品です。

これだけの菊模様を彫るには肉厚で純白の貝が必要です。




わが家で採れたゴーヤです。




ミニトマトはほとんどカラスに食べられてしましましたが

少しは酒の肴になっています。

ゴーヤチャンプルは市販のゴーヤでしたがこれからは

チャンプル攻めに遭いそうです。


久しく釜揚げしらすの肴に遭っていません。

不漁が続いています。


そろそろフィリピン行きが近づいてきました。

5月24日、6時40分発の全日空便で沖那覇行きです。




朝早い便のせいか、それとも沖縄が梅雨なのでか

機内はガラガラでした。


那覇空港からのバスの中から見える那覇市内上空は

灰色の雲に覆われています。

梅雨ですので雨は覚悟で来ました。


来る直前にヒーシーの注文を貰いましたので

届けて、沖縄そばです。




味は今一つでした。


午後からは2軒の問屋さんを尋ねて仕事は終わり。

早速マイボトルのある店に直行。



ポークタマゴを肴にキープの泡盛を空けて、

新しいボトルを頼む。

まだ日は高くほろ酔い気分でホテルに帰り、

一寝入り。


雨はパラパラと一時的に降ったが大したこともなし。


アフター5はいつもの酒豪。

今宵はフーチャンプルを肴にやはりマイボトルの泡盛。

いつもの常連客に挨拶。

7時過ぎホテル。


翌日は南部方面にバス。

糸満で乗り換えてひめゆりの塔。



ひめゆりの塔前のガマ。

隆起サンゴの壕です。


次はバスで平和記念堂行き。12時着。

各県の塔を見て、愛知の塔横にある見晴らし台。








図の手前中心が沖縄で右に伸びる斜線がフィリピン方面、

左に伸びる斜線がソロモン諸島方面。


左方面に目をやりながら持参のチューハイを呑み始める。


梅雨とは言え、天気晴朗、波穏やか。

なれど血圧高しです。


2時間近く居て、下に降りる。



修学旅行の生徒がアチコチに見える。


2時15分のバスで糸満。

車中で膝を見ると黒い大きな毛虫が這っている。

叩き落として踏み潰す。

たぶん見晴らし台から付いて来たのだろう。


糸満で乗り換えて那覇に帰る。


一寝入りの後、酒豪。今宵の肴はパパイアチャンプル。



新しいボトルを開けてもらい、8時にホテル。


翌日は午後1時発の観光バスで首里城と市内史跡

巡り。

24人乗りの小型バスだが誰も乗って来ない。

運転手さんとガイドさんと私の3人です。


先ず城主、尚家の墓、玉陵。

全て琉球石灰岩、サンゴタイルで出来ています。


首里城は45年前に来て以来、何度か来ましたが

修復中だったり時間が無くて中に入るのは初めてでした。




建物の中はは写真撮影禁止。



城壁、石畳も全てサンゴタイル貼りです。

亀甲型にカットされて敷き詰めています。


金城町の石畳。

ガイドさんの説明を聞きながら二人で坂道を通り抜ける。


最後は識名園。



帰りは県庁北口で降ろしてもらう。

パンフレットでは5時バスターミナル着となっていましたが

4時着。

3時間の史跡巡りで料金は4,000円。

ただし各史跡の入場料が合計1,000円含まれていて

実質3,000円でバス貸し切りの旅でした。


今宵も酒豪。

酒の肴は初日と同じくフーチャンプル。

この日も別の常連客が来店し話が弾む。

今回はそーめんチャンプルを食べるのを忘れていました。


梅雨とは言え天候に恵まれ、日焼けで顔が痛い。

やはり年寄りには2月か10月の沖縄行きが良い。


翌日は11時30分発の羽田行き。



帰りの機内もこの通りガラガラです。


順調に羽田に向かっていましたが、土佐湾上空で

機長のアナウンスでは管制塔からの指示で1時間あまり

紀伊半島上空で待機せよとのことです。


しばらくして羽田空港滑走路閉鎖に依り、関空に

着陸。

地上職員に聞いて初めて大韓航空機の離陸失敗を知る。


関空から新大阪で新幹線に乗り換え、更に名古屋で

別のひかりに乗り換え小田原着。

藤沢着は午後7時半。

こんな旅も初めてでした。


沖縄では取引先の人々に、泡盛に、元気を貰っての

旅でした。


思えば1971年、45年前に来た沖縄は復帰前で

国際通りは洋酒の店ばかし、国道58号線沿いは

外車の中古販売店とFURNITUREの看板を掲げた

家具屋が軒を並べていました。


たぶん米軍人が特権を利用してアメ車を持ち込み、

それを売り払っていたのでしょう。

家具も米軍人家族が本国に帰る時に売り払っていたので

しょう。


その軍人たちは日本車のところどころ穴の開いた

錆だらけの日本車で排ガスをまき散らしていました。

とても車検に通る代物ではありませんでした。

外車ナンバーでの特権だったのでしょう。


あれから45年、沖縄は大きく変貌しましたが

県民の負担はは変わっていません。


明日からはまたSCRAP & BUILTです。


ムーンシェルヒーシー2~3mmが残り少なくなりました。



上のように12連ネック用に束ねてあるものを解体して

40cmの長さに差し替えています。





我が家の老犬です。

もうすぐ14歳になります。

最近は私のベッドの横で寝てばかしです。


6月2日、帰高。

先ず百歳の母の老人ホーム。

息子の顔も名も覚えてくれている。

しかし今朝、横浜に住む孫が会いに来ていたのに

昨日夢で会ったと言っている。

何度、今朝会っただろうと云っても昨日夢であったと

言って聞かない。


ひろめ市場。





ひろめ市場の明神丸の藁焼きたたきに列をなしています。



相変わらずの人気です。

じんばも、ばんばもジョッキ片手に元気です。



イタドリの煮物を肴にレモンチューハイ。

その後、いつもの居酒屋でチューハイとサバの塩焼き。

7時にホテル。


翌日は4月に亡くなった元同僚Sの遺族に会いに日高村。

JR日下駅で下車。40分余りの旅。

遺族が駅に迎えに行くと言ってくれたが、日下駅は

中学1年の時、県下の駅伝競争で日下駅から伊野駅までの

復路を走った思い出の地で歩く。




1時間あまり滞在して高知市に帰る。


その足でひろめ市場。



昼前なので明神丸も客がいない。

タタキを注文したが作り置きなので味は今一つ。

5切れで700円。他に昨日と同じくイタドリの煮物。



昼食は200円の讃岐うどんです。

食後は母の所へ行き、兄の車で筆山に同級生と

ご両親の墓参り。

笹がところどころ伸びている。

次回は剪定ばさみを持参せねばと思う。


大橋通りで降ろしてもらいまだ早いが再度ひろめ市場。

レモンチューハイにちりめんじゃことイタドリの煮物が

酒の肴。

5時過ぎにホテルに帰る。

目が覚めたら再度呑みに行こうと思ったがそのまま

朝まで寝る。


4日朝。母の所に行き、大橋通りでてんぷら(さつま揚げ)を

買い高知空港。

いつもの空港レストランで樽ハイと蒲鉾の盛り合わせ。

羽田から浅草橋に寄り、帰宅。

いささか呑み疲れ気味です。


それでもSCRAP & BUILTは続けねばなりません。


マガキヒーシー4~5mmの糸通しが残り少なくなり

シェルワールドで切らしています。



いよいよ完成品のネック、ブレスを解体して40cmの

長さに差し替えます。

4~5mmと大きさに違いがありますので同じ大きさに

選別します。

100本あまり出来るでしょう。

これを売り切れば入手は困難です。

フィリピンでは持っている業者も作る人もいないでしょう。

ムラサキヒーシーの4~5mmが2~3本拾ってできましたが

すでに売り切れました。

次に売り切れになるのがピンクヒーシーでしょう。



取り敢えずピンクヒーシー4~5mmを30本差し替えました。

やらねばならない事が多くて手間取っています。




高知から帰っての日曜日は片瀬海岸に釜揚げしらすです。

今日もこれを肴に高知で買ってきたゆず搾りをかけて

一人呑み会です。


沖縄、高知と続き6月末には28年間営業しました

鎌倉店の閉店です。

今少しく老体に鞭打たねばなりません。



16日朝までに店内の商品を全て撤去しました。

壁のマクタンストーンは家に持ち帰り内装に

使いたかったですが諦めました。



セブビューティ(クチムラサキサンゴヤドリ貝)ヒーシーの

端切れです。

最早フィリピンでは作られていません。

端切れを見つけ出して繋ぎます。

太さがマチマチです。