5月24日、6時40分発の全日空便で沖那覇行きです。




朝早い便のせいか、それとも沖縄が梅雨なのでか

機内はガラガラでした。


那覇空港からのバスの中から見える那覇市内上空は

灰色の雲に覆われています。

梅雨ですので雨は覚悟で来ました。


来る直前にヒーシーの注文を貰いましたので

届けて、沖縄そばです。




味は今一つでした。


午後からは2軒の問屋さんを尋ねて仕事は終わり。

早速マイボトルのある店に直行。



ポークタマゴを肴にキープの泡盛を空けて、

新しいボトルを頼む。

まだ日は高くほろ酔い気分でホテルに帰り、

一寝入り。


雨はパラパラと一時的に降ったが大したこともなし。


アフター5はいつもの酒豪。

今宵はフーチャンプルを肴にやはりマイボトルの泡盛。

いつもの常連客に挨拶。

7時過ぎホテル。


翌日は南部方面にバス。

糸満で乗り換えてひめゆりの塔。



ひめゆりの塔前のガマ。

隆起サンゴの壕です。


次はバスで平和記念堂行き。12時着。

各県の塔を見て、愛知の塔横にある見晴らし台。








図の手前中心が沖縄で右に伸びる斜線がフィリピン方面、

左に伸びる斜線がソロモン諸島方面。


左方面に目をやりながら持参のチューハイを呑み始める。


梅雨とは言え、天気晴朗、波穏やか。

なれど血圧高しです。


2時間近く居て、下に降りる。



修学旅行の生徒がアチコチに見える。


2時15分のバスで糸満。

車中で膝を見ると黒い大きな毛虫が這っている。

叩き落として踏み潰す。

たぶん見晴らし台から付いて来たのだろう。


糸満で乗り換えて那覇に帰る。


一寝入りの後、酒豪。今宵の肴はパパイアチャンプル。



新しいボトルを開けてもらい、8時にホテル。


翌日は午後1時発の観光バスで首里城と市内史跡

巡り。

24人乗りの小型バスだが誰も乗って来ない。

運転手さんとガイドさんと私の3人です。


先ず城主、尚家の墓、玉陵。

全て琉球石灰岩、サンゴタイルで出来ています。


首里城は45年前に来て以来、何度か来ましたが

修復中だったり時間が無くて中に入るのは初めてでした。




建物の中はは写真撮影禁止。



城壁、石畳も全てサンゴタイル貼りです。

亀甲型にカットされて敷き詰めています。


金城町の石畳。

ガイドさんの説明を聞きながら二人で坂道を通り抜ける。


最後は識名園。



帰りは県庁北口で降ろしてもらう。

パンフレットでは5時バスターミナル着となっていましたが

4時着。

3時間の史跡巡りで料金は4,000円。

ただし各史跡の入場料が合計1,000円含まれていて

実質3,000円でバス貸し切りの旅でした。


今宵も酒豪。

酒の肴は初日と同じくフーチャンプル。

この日も別の常連客が来店し話が弾む。

今回はそーめんチャンプルを食べるのを忘れていました。


梅雨とは言え天候に恵まれ、日焼けで顔が痛い。

やはり年寄りには2月か10月の沖縄行きが良い。


翌日は11時30分発の羽田行き。



帰りの機内もこの通りガラガラです。


順調に羽田に向かっていましたが、土佐湾上空で

機長のアナウンスでは管制塔からの指示で1時間あまり

紀伊半島上空で待機せよとのことです。


しばらくして羽田空港滑走路閉鎖に依り、関空に

着陸。

地上職員に聞いて初めて大韓航空機の離陸失敗を知る。


関空から新大阪で新幹線に乗り換え、更に名古屋で

別のひかりに乗り換え小田原着。

藤沢着は午後7時半。

こんな旅も初めてでした。


沖縄では取引先の人々に、泡盛に、元気を貰っての

旅でした。


思えば1971年、45年前に来た沖縄は復帰前で

国際通りは洋酒の店ばかし、国道58号線沿いは

外車の中古販売店とFURNITUREの看板を掲げた

家具屋が軒を並べていました。


たぶん米軍人が特権を利用してアメ車を持ち込み、

それを売り払っていたのでしょう。

家具も米軍人家族が本国に帰る時に売り払っていたので

しょう。


その軍人たちは日本車のところどころ穴の開いた

錆だらけの日本車で排ガスをまき散らしていました。

とても車検に通る代物ではありませんでした。

外車ナンバーでの特権だったのでしょう。


あれから45年、沖縄は大きく変貌しましたが

県民の負担はは変わっていません。


明日からはまたSCRAP & BUILTです。


ムーンシェルヒーシー2~3mmが残り少なくなりました。



上のように12連ネック用に束ねてあるものを解体して

40cmの長さに差し替えています。





我が家の老犬です。

もうすぐ14歳になります。

最近は私のベッドの横で寝てばかしです。


6月2日、帰高。

先ず百歳の母の老人ホーム。

息子の顔も名も覚えてくれている。

しかし今朝、横浜に住む孫が会いに来ていたのに

昨日夢で会ったと言っている。

何度、今朝会っただろうと云っても昨日夢であったと

言って聞かない。


ひろめ市場。





ひろめ市場の明神丸の藁焼きたたきに列をなしています。



相変わらずの人気です。

じんばも、ばんばもジョッキ片手に元気です。



イタドリの煮物を肴にレモンチューハイ。

その後、いつもの居酒屋でチューハイとサバの塩焼き。

7時にホテル。


翌日は4月に亡くなった元同僚Sの遺族に会いに日高村。

JR日下駅で下車。40分余りの旅。

遺族が駅に迎えに行くと言ってくれたが、日下駅は

中学1年の時、県下の駅伝競争で日下駅から伊野駅までの

復路を走った思い出の地で歩く。




1時間あまり滞在して高知市に帰る。


その足でひろめ市場。



昼前なので明神丸も客がいない。

タタキを注文したが作り置きなので味は今一つ。

5切れで700円。他に昨日と同じくイタドリの煮物。



昼食は200円の讃岐うどんです。

食後は母の所へ行き、兄の車で筆山に同級生と

ご両親の墓参り。

笹がところどころ伸びている。

次回は剪定ばさみを持参せねばと思う。


大橋通りで降ろしてもらいまだ早いが再度ひろめ市場。

レモンチューハイにちりめんじゃことイタドリの煮物が

酒の肴。

5時過ぎにホテルに帰る。

目が覚めたら再度呑みに行こうと思ったがそのまま

朝まで寝る。


4日朝。母の所に行き、大橋通りでてんぷら(さつま揚げ)を

買い高知空港。

いつもの空港レストランで樽ハイと蒲鉾の盛り合わせ。

羽田から浅草橋に寄り、帰宅。

いささか呑み疲れ気味です。


それでもSCRAP & BUILTは続けねばなりません。


マガキヒーシー4~5mmの糸通しが残り少なくなり

シェルワールドで切らしています。



いよいよ完成品のネック、ブレスを解体して40cmの

長さに差し替えます。

4~5mmと大きさに違いがありますので同じ大きさに

選別します。

100本あまり出来るでしょう。

これを売り切れば入手は困難です。

フィリピンでは持っている業者も作る人もいないでしょう。

ムラサキヒーシーの4~5mmが2~3本拾ってできましたが

すでに売り切れました。

次に売り切れになるのがピンクヒーシーでしょう。



取り敢えずピンクヒーシー4~5mmを30本差し替えました。

やらねばならない事が多くて手間取っています。




高知から帰っての日曜日は片瀬海岸に釜揚げしらすです。

今日もこれを肴に高知で買ってきたゆず搾りをかけて

一人呑み会です。


沖縄、高知と続き6月末には28年間営業しました

鎌倉店の閉店です。

今少しく老体に鞭打たねばなりません。



16日朝までに店内の商品を全て撤去しました。

壁のマクタンストーンは家に持ち帰り内装に

使いたかったですが諦めました。



セブビューティ(クチムラサキサンゴヤドリ貝)ヒーシーの

端切れです。

最早フィリピンでは作られていません。

端切れを見つけ出して繋ぎます。

太さがマチマチです。