ブログ -489ページ目

ブログ

保存用

おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
↓↓↓














【出会い】
苫米地さんの本が帯広市新刊コーナーに置いてあったので借りました。


【本書のテーマ】
「正義」を誤解していませんか?
【岡本大輔の視点】
自分の正義・正しさは幻想だったのではないか?

【気になった抜粋】

常識は「ボトムアップ」によって生まれたもの、正義というのは「トップダウン」で生まれるものです。

ボランティア活動は煩悩です、自己満足がなかったら、誰もボランティアをしないでしょう。

発現の内容よりも、誰が言っているかのほうが重要になっているのです。

マナーは時と場所によって変わります。 

ジャスティスの訳は「正義」ではない、正確に言えば「公平」、「公正」、「平等」といった意味合いになります。

「正義」とは、権力は主権者である国民にあるということ、アメリカの憲法は、そのことを保障しました。

正義(法律)というのは、妥協の産物(51対49では51を採用する)。

正義という看板は、嘘であっても100%の論理に聞こえるという怖さを持っているのです。

約束を破る人に正義はありません、本人が嘘つきだった場合、正義を主張する権利はありません。

国家というのは、国民の幸福(利益)をベースに権力が委託されています。

本来は、国家の正義とは国民の幸福(利益)であるけれど、そこから独立して走ってしまっているのが現状です。

日本で新しい宗教を立ち上げると、伝統的な宗教集団からボロクソに叩かれます、なぜなら強大な「墓利権」に手を出しているからです。

日本は仏教国です、唯一絶対の神は存在しない、アメリカの正義もイスラムの正義も両方認めるのです、「絶対性」や「無矛盾性」といったことは、最初から日本語の「正義」の定義に入れることはできません。

アメリカではお金を持っている人がより正義を主張できます、お金持ちには優秀な弁護士がつくからです。

アメリカではお金を持っているかどうかで寿命が変わってきます。

生まれながらに裕福かどうかで、オリンピックやワールドカップに出場できるかどうかが決まる。

生徒が学校を掃除するのは・・・生徒たちが掃除をしてもコストがかからない。

毎日掃除をしている清掃員は、大企業の社長よりも業績を上げて、お金持ちだということになります、彼らが大企業の社長より稼いでいるでしょうか。

本来、制服があった理由は、貧しい家庭に配慮したためでした。

正義という洗脳に騙されないためにすることは、たったひとつです、それは、ひとつの価値があるということを信じないこと。

絶対的な正義派、存在しません。


【響いた抜粋と学び】

僕は本書を苫米地さんが、あなたの今まで常識や正義と思っていたことは本当ですか?と問いかけられながら、僕自身考えながら読みすすめていきました。


風土理論・・・法律は、その地域の風土に合わせたものでなければならないといっている。


スポーツでの国際ルール・・・風土理論に反する、平均的に足の短い日本人と足の長い黒人が、同じルールでバスケットボールをすることは、本当に正しいのでしょうか。


介護業界で考えると、真っ先に出てくるのが介護保険法です。

北海道と関東、沖縄では間違いなく、気候や交通状況・交通事情が違います。


同じ法律で、同じ枠組みで行いなさいとするのが間違いだと教えられます。


北海道の田舎町での隣の家が3km先、5km先の農村地帯や豪雪地帯での送迎と関東周辺の送迎は明らかに事情が変わります。


すでに保険者によって法律の捉え方が違うところがあるので、うすうすは感じているのでしょうね。



下の抜粋のスポーツの国際ルールに関しては、言われてみればそうだよねっていうこと。だからと言って、黒人のチームに重りをつけてゲームにでてもらうなどは変な気もしますね(これが固定概念か?)。


大相撲の八百長問題・・・個人的な問題であれば、本場所を中止する理由にはならない。


ここも言われてみればと言う感じです。介護保険施設で虐待などの問題があったときに、あまりにひどい状況で、組織ぐるみのことであれば施設の指定取り消しはあり得るけれど、介護職員個人の問題であれば、指定取り消しはあり得なくて、個人の資格取り消し等の処分になりますよね。


そこから考えると、大相撲の本場所中止は組織ぐるみなのか?と思わざるをえないですね。



「汚した本人が、自分できれにするべき」という自己責任は理解できます、しかし、自己責任であれば、「汚れたままでいい」という選択肢も用意しておかなければなりません。

「自分のことは、責任を持って、自分で決める。」自己責任と同時に、「自分のこと以外は、勝手に決めてはいけない」ということを教える必要があります。


ここは面白い問いかけです。苫米地さんの意見に僕は反対していました。


「汚れたままでいい」という選択肢を用意するのは、まずは綺麗にする能力を作ってからだと僕は感じます。


ヒト科のヒトは掃除ができません。呼吸と排泄、寝ることだけです。

掃除すること、汚れたところに気付いて綺麗にすることは高等技術であり、これができるから、自己責任で汚れたままでいいとしてもよいと感じています。


責任を持つこともヒト科のヒトにはできないことなので、まずは責任の持つ技術を身につけてからの話だと思いました。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。




こんにちは。岡本大輔です。

本日の紹介はこちらです。
↓↓↓














【出会い】
読書で人生武者修行~言葉の滝に打たれて、鍛錬は今日も続く…~ プレミアム【通勤読書家&書籍抜粋プレゼンター】 さんのプレゼント企画で当選しました。


本書は当初、希望者がいなく1ヶ月間貰い手がつかなくて、ついに今回二人の求婚者(応募者)が出て、当選したのです。


【本書のテーマ】
余命1ヶ月・・・あなたはどう過ごしますか?


【岡本大輔の視点】
生きているとは?

【気になった抜粋】

23歳になったばかりの千恵さんには、がんという病気がどこか異次元の話のように思えた。

「まずは病気を治そう。でも病気にばかりとらわれていると、楽しい生活を犠牲にしなくちゃいけない。それはやめようね。楽しい生活をするために病気と闘っていくんだから、二人の時間は大切にしようね。」。

国立がんセンターは原則として「告知主義」を取っている、がんであること、今どんな状態であるか、治療にはどんな選択肢があるか、そして先の見通しはどれくらいか、それをきちんと患者に伝えることで、自分がどのような治療を受けるか、また受けないか、そして残された時間をどのように過ごすか、といったことを患者自身が考えられるようにしている。

24歳の患者に「余命1ヶ月」と告げることは、どの医師にとっても簡単なことではなかったに違いない。

ベッドの上で考えていること・・・夢、病気のことはあまり考えない、つらくなるだけ。

「本当に自分が病気になってからじゃないと健康であることのありがたみがわからない部分が多いと思うんです。」。

毎日「がん患者」という肩書きをぶら下げて生きるわけにはいかなかった。

「生きている側からすれば・・・、もうちょっとしゃべりたかったな・・・。あと1日でもいいから・・・。」。

「余命1ヶ月の花嫁」は「物語」ではない、24歳の女性が懸命に生きた「現実」の記録だ。


【響いた抜粋と学び】
「明日はどのかつらをつけていこうかなー」。

「別に胸がなくなってもいいよ。でもそれが原因で千恵の性格が変わるのが嫌だ。胸がなくても、髪がなくても、千恵が千恵でいるならそれでいい。」。


抗がん剤の副作用により髪の毛がごっそり抜け落ちた次の日の千恵さんの切り替えの早さ。

「髪は女の命」と呼ばれる中で、女性の象徴とも言える綺麗な髪が抜けていくのは想像以上に辛いことだと思えます。


そこにプラスして、乳がんの手術です。別の書籍では乳房摘出は男性が想像できないほどの心的な苦しみがあると言います。


その二つを乗り越えていく千恵さんの前向きさから僕達は何を学べるのでしょうか。


「毎日何やっているの?病室で・・・」、「・・・生きてる」。


何をしているのではなく、存在していること。深い答えだと僕は感じました。


僕達が同じ質問をされた場合、「生きてる」とは答えないだろう。


なぜなら、それは”当たり前”のことだから。でも、この答えは間違ってはいない。


まずは「生きてる」ことから始まるのだから。


「外の空気は元気になるよ。こんな都会の空気でも、外の空気はやっぱり気持ちいいの、風って気持ちいいの。知っている?」。


この一節を読んだ時に、僕は大学時代社会福祉士の実習でとある知的障がい者施設に行ったときのことを思い出しました。


僕と友人の二人はその施設に利用者様と一緒に寝泊りして、週末に家に帰る生活を4週間続けたのです。


千恵さんの言葉の通りで、外の空気を普段何気なく吸っているし、家から外に何も考えずに出ていたのです。


けれど、実習に行って初めてわかったのです。そこの利用者様は自分が外に出たくても出られない。言葉は悪いかもしれないけれど”軟禁状態”です。

毎週末僕は感じたのです。

外に出て、職員がいないところに行くのは清々しいと。


その一方で、この”当たり前”と思われることができない人が目の前にいるし、この施設以外にも何百、何千といるんだという事実を体感したのです。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。
















DVDも泣けます。TSUTAYAにもありますよ。


おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
↓↓↓


【出会い】
福祉を学ぶものとして、”マザー・テレサ”は無視できない存在です。

彼女に関する書籍が帯広市図書館の新刊コーナーにあったので借りました。
【本書のテーマ】
マザー・テレサに学ぶリーダーシップ。
【岡本大輔の視点】
ヒトと人間の違いについて。

【気になった抜粋】
リーダーであるあなたこそが、ビジョンを伝える声なのです、あなたは日常の仕事にビジョンを組み込んでいかなければなりません。

あなたの天使は誰か?リーダーはどこで線を引くべきかを知る必要があります。

「愛の贈りもの」にいる人びとは憐れみを必要としていない、愛だけを必要としているということでした。

アリのようにしゃかりきに働けばよいというものでもありません、キリギリスのように人生を楽しむことも必要です。


【響いた抜粋と学び】
彼女の出発点が「貧しい人びとのなかのもっとも貧しい人びとのために働く」というビジョンであったことを知りました。

マザー・テレサは、事業を成功させた他の人たちと同じ道をたどっただけです、自分のアイデアを信じて、それを形にしていっただけなのです。


マザー・テレサはもともと、貧困を一掃してしまうことに焦点を当てていたわけではない、彼女が若いころに修道会をつくった目的は、世界の貧しい人びとに温かい人間性に触れる機会を与え、カトリック教会の教えを届けることだった。


経営ビジョンが明確であり、真直ぐ実践した。ただそれだけと書くとそこまでですが、「ビジョンを明確にして、信念に基づいて実践すること」がどれだけ難しいかがわかります。


また、目的を履き違えないことも学べます。


貧困を一掃するだけなら、日本の政策のように「子ども手当て」と称してお金をばら撒けばいい。でも、何も解消されない。


なぜ、貧困になったのか?なぜお金が必要なのかが明確ではないから。


貧しい人がなぜ必要なお金を使い込むのか、その一つの理由が寂しさや不安を一時的に消すためにお金を使ってしまう。


だからこそ、その寂しさを埋めるのはお金を使わずにもできると彼女は伝えたかったのではないでしょうか?



何かを伝えようとしていて、「伝わっていないな」という欲求不満を感じたことがあるなら、コミュニケーションのスタイルを変えてみるべきです。

マザー・テレサは人びとの心の深い部分に触れることができたのです、その理由は、人びとが自分は話を聞いてもらっている、自分には生きる価値があると感じるからです。


ヒト科のヒトは訴えることだけができる。赤ん坊はお腹がすいたとき、眠たい時に泣くのです。ただただ、訴えるのです。


しかし、人間は違います。伝えるのです。

そして、それが伝わっていない時は相手に合わせて変えるのです。


赤ん坊は泣く手段しか持ちません。ヒト科のヒトは訴えることしかできないのです。


人間は手段を変える事ができるのです。


そして、ヒト科のヒトは「ちょっと待っててね、今準備するからね。」と伝えてもお腹が空いていれば泣くし、眠たかったら泣きます。


お腹が満たされたり、眠りにつくまで泣きます。


欲求が満たされるまで訴えるのです。聴くことはできません。


しかし、人間は”聴く”ことができるのです。


世界のリーダー100人の生活パターンを調査したところ、業種や分野を超えて共通する項目がふたつあったそうです、ひとつは「早起き」、もうひとつは「静かな時間を過ごすこと」でした。


早起きをすれば、自然と静かな時間を過ごすことにつながります。自宅でもそうだし、職場でもそうです。

朝4時に起きれば、自宅ではもちろん僕だけしか起きていません。

そして、早朝出社すれば僕しかいません。


「早起き」をすれば世界のリーダー100人と共通できるのです。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。