寝るときに布団にスマホを持ち込まないようにしてることもあり、最近本を読んでいます。



読んでいるのは児童文学の名作。大好きな本『ゲド戦記』です。


私がこの物語に惹かれるのは、全体的な静かな感じと、登場人物の話す言葉が端的で内省的であるからかな、と感じます。とにかくゆっくり静かに読むのにちょうどいい!


物語は荘厳な文言から始まります。


    

​ことばは沈黙に

光は闇に

生は死の中にこそあるものなれ

飛翔せるタカの

虚空にこそ輝ける如くに

『エアの創造』




特に最初の「影との戦い」が好き。


    

アースシーのゴント島に生まれた少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、真の魔法を学ぶためにローク学院に入る。進歩は早かった。得意になったゲドは、禁じられた呪文を唱えてしまう。​


その中でもこの文章が何年も心に残っています。

この言葉を手元に置いておきたくて実家から本を持ち帰ったくらい(笑)



禁じられた魔法での果たし合いで影を呼び出してしまったゲド。その時に瀕死の重症を負ってやっと回復した時にロークの魔法学院の九賢者の一人である呼び出しの長がゲドに話しかけるシーンです。


​そなた、子どもの頃は、魔法使いに不可能なことなどないと思っておったろうな。

わしも昔はそうだった。
わしらはみんなそう思っておった。
だが、事実はちがう。

力を持ち、知識が豊かにひろがっていけばいくほど、その人間のたどるべき道は狭くなり、やがては何ひとつ選べるものはなくなって、ただ、しなければならないことだけをするようになるものなのだ。

『ゲド戦記〜影との戦い〜』より


この言葉に触れるたびに、自分のことを言われているような気がするのです。


結局人は「しなければならないことだけをするようになる」


これが魔法使いの辿る道なんだな。なぜそこまでこの言葉が自分に響いたのか、理由を上手く説明できないのですけど、自分にはとても感慨深い言葉。



そして、同じ時期にたまたま読み直したこの本。

こちらにもゲド戦記のことが書かれていました。

『ナバホへの旅 たましいの風景』河合隼雄



​メディスンマン(シャーマンのアメリカ先住民における呼称)のことを知りたい人は、ぜひ『ゲド戦記』を読んでいただきたい。

ゲドは魔法使いになるために、薬草のことや、呪文、歌、いろいろなことを学習していくのだが、これらの過程はメディスンマンの修行そのままと言っていいだろう。


とあります。


これは河合隼雄氏が想像で言ったわけではなく、作者であるルグィンの母親であるシオドーラ•クローバーがこのような本を残していることに大いに関係があるとのこと。


ヤナ族の最後の一人として生きていた「イシ」を引き取り深い親交を結んだルグィンの父親である文化人類学者のアルフレッド•クローバー。


イシに関する記録をまとめて書物として出発した、その妻(ルグィンの母)シオドーラ•クローバー。




​つまり『ゲド戦記』の著者は当時としては珍しく、「アメリカ•インディアン」の深い知恵を尊敬の念をもって吸収できる立場にあったのだ。

『ナバホへの旅 たましいの風景』河合隼雄


そこで気づいたのは、ゲドは白人として描かれてないんですよね。褐色の肌。これはアメリカ先住民のことを意識しているのかもしれない、そう感じました。



ついつい私の脳みそはナルニア国物語などの影響で登場人物を白人に変換してしまいがちなんですけど、『影との戦い』では大賢人のジェンシャーや親友のエスタリオルも黒人。白人は少数派で“征服欲が強い野蛮な辺境の大国の民”として描かれています。


うっかりするとつい白人のイメージで物語を読み進めてしまうんですけどね(汗)



これから第2巻の『こわれた腕輪』をまた読み進めようと思います。この巻は最後の一文がとても好きなんです。あと、『イシ 北米最後の野生インディアン』も読もう!


みなさまもステキな週末をお過ごしください、、!




らくしゅみ

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