今日は坂本ゆかさんの性教育セミナーに参加しました(*^^*)

 

正直、私の中で性教育ってなんかいいイメージなくて、「知らなくても生きていけるし、知りたくない」って思いがありました。

 

なので、最初の最近の性教育や子供たちの現状の話とか聞いたときもなんだか苦しくなりました。

 

性行為が恥ずかしいもので、いいものではないみたいなイメージが

自分の中に強くあることに気が付きました。

 

でも、最後の「性教育は愛だ」という締めを聞いて、

「そりゃそうだよな~。愛の最高の形が性行為なのになんでこんなに嫌悪感があるんだろう」

とちょっと自己嫌悪に落ち込みそうになったのですが、思い出しました。

 

私の母、実のお兄さんに性的虐待を受けたことがあって、

そこから精神病になってしまったんです。

 

それでも母は精神病院にも行かず、

(というかおばあちゃんの病院不信から連れて行ってももらえなかったみたいです)

信仰で越えるようにおばあちゃんに言われ、母もそうしようと努力してました。

 

まぁ、母の実家の飯田市は病院があまりにも酷いんです。

おばあちゃんは腸の手術を受け、術後に転んでしまい(この時点でもうすでに医療事故だと思います)大腿骨骨折を起こし、そのあと医療事故といえるような酷い医療や看護のせいで

肺炎を起こし、病院で亡くなりました。

それまでとっても元気なおばあちゃんだったのに…

おばあちゃんの最後は爪も切ってもらえず、体もろくに拭いてもらえず、

ICUにいたのにナースコールをしても看護師が来ないというずさんな状態でした。

 

これじゃあおばあちゃんが病院不信するのもしょうがないなぁっていう…

未だに私はおばあちゃんは病院に殺されたと思ってます。

でも田舎だからかなぜか訴訟も起こらないし、泣き寝入りなんだろうなと思います。

誰も指摘しないから、よくもならない。

悪循環ですよね。

 

それはそれとして。

 

というわけで、男性不信と男性に対する見下すような思いを母は持っていたので

私にまともな性教育をしてこれなかったんだろうな、

そういう母の想いが伝わって、私も性行為が愛だなんて感じられなかったのかもしれない

そう思いました。

 

まぁ私の話はこのくらいにして。

 

このセミナーの締めになんか感動してしまって、

「愛があるから性行為がある」という当たり前のことを

完全否定してる自分の潜在意識に気付くことが出来て、本当によかったです。

 

私の母はそのつらい体験から私にちゃんと伝えることが出来なかったけど、

私はまずは「愛の形が性行為」であることと、「赤ちゃんのための尊い行為」であること、

恥ずかしがることでもないんだという事を

受け止めて、伝えていきたいと思いました。

 

また、子供も性行為に対する興味があるのはごく当然のことだし、

教えてくれる人がいないから、ネットに頼ったりして、

刺激的で愛がない情報を見て、

気持ち悪いと思ったり、

間違った情報を信じてしまうんですよね。

 

その当然のことに対して「よくないもの」と感じてしまうのは大人の間違った解釈なんですよね。

子供はそれがいいか悪いかなども思っていないのに、

大人が勝手に「いかがわしい!」とか思って、

子供に見せない、教えないみたいなことをしてしまって。

 

他の知識と全く同じで、

知らないがゆえにただ知りたいと思っているだけだというのに。

 

子供の視点に立って、

イノセントな視点で

対応してあげたいなとも思いました。

 

いやぁ、学びが多かったです。

 

今日は幼稚園の父母教育に参加してきました。

 

内容は「尊重されてる、自分は尊いと思える子供を育てる」だったのですが、

 

以前、

ミスティックリングというお茶会に参加してきたとき、

カウンセラー(ヒーラー?)さんが話していた内容とかぶるところがあって衝撃を受けました。

 

ミスティックリングでのお話も

「私たちは古い型の人間だから、新しい時代の今の子供たちの邪魔をしてはいけない。

 私たちがしてあげられるのは、

 環境を整えてあげることと

 口を出さないことだ。」と言われました。

 

今回のお話でも

「私たちは19〇〇年製の人間ですよね?

 私たちは私たちの時代に最新の人間だったんです。

 時を経て今、子供たちはこの幼稚園であれば2012年製が一番年上なわけで

 私たちとはスペックが全く違うんです。

 彼らは彼らの世代に適応するように生きていく。

 

 今までの私たちは電話機であったり、そういう時代に生きてきましたが、

 これからの子供たちはスマホ・AIなどの先端技術がベースにある時代を生きていくし、

 そこに適応していけるように生まれてきているんです。

 

 だから、私たちが適応してきたやり方を子供たちに押し付けてはいけません。」

と話されていました。

 

やはり、私たちは古いスペックなんですね💦

 

確かに、新しい技術とかに感動を覚えたり、

その技術についていくのに必死ですが、

子供たちはそれがベーシックな時代に生きていくわけですから、

私たちと同じわけないですよね💦

 

それを受け入れないと、私も幸せになれないし、

家族も幸せになれないんですね。

 

で、その方法論としては

①表情を読み取って、言葉に出して伝える

「悲しそうな顔してるけど、何かあったのかな?」

自分も悲しそうな顔をして聞いてみる。

これをすることで子供が自分がどういう表情をしているのか、知ることが出来るのだそうです。

 

②やっている事実をそのまま言葉にして伝えてみる。

「絵を描いていたんだね?何かうまくいかなかったのかな?」

 

③気持ちを読み取ってあげる

「描きたい様に描けなくて悔しかったのかな?どんな風に書きたかったのかな?」

これで共感してあげられる。

 

これをひたすら繰り返す。だそうです。

この時、

「こうしたらいいね」とか

「これがダメなんじゃない?」とか教えない。

 

どんな風にしたかったのかな?と子供の意見を尊重するのだそうです。

 

すると子供は自分でどうしたいかを選んでいくのだそう。

 

長くなっちゃったので、続きはまた書きますが、

時代に逆らっちゃいけない

子供を自分たちの概念で育てちゃいけない

「教えない」教育の時代なんだなと痛感しました。

知り合いに、私の子供が学校を怖がっていて、

それを乗り越える方法が「自分は貴重で愛されてて価値がある」と

心から思ってもらえることだと思う、と話すと、

 

それと同じことをあなたにもしてあげたらいい。と言われました。

 

ほ~、なるほど!

 

それは気づきませんでした!!

 

子供が無条件で存在すること自体が尊く、かわいく、嬉しいように、

お前がいることが嬉しいんだよって

私が私に自分で伝えてあげる。

 

インナーチャイルドでも、

幼少期に受けられなかった愛のために

大人になっても苦労するので、

愛してもらえなかったのなら、自分で愛していくしかないという事も学びます。

 

誰かに愛してもらう事を望むのではなく、

自分で自分を愛して、満たしていく。

 

そうやって自分から愛があふれてくるようになったら

家族や知り合いなどの外の人に愛を施せばいいんですね。

 

これが簡単じゃなくて苦しんでましたけど、

私の場合、子供を愛することが自分を認めることにもつながってます。

 

看護学生のころ、心理学で

各家庭は全て親からの考えに影響を受けていて、

その親ももちろん親からの考えに影響を受けてて、

結局、先祖から続いてきた概念や考え方の癖に影響を受けるので、

嫌だと思っても離婚をしてしまったり、

煙草をいつの間にか好きになってしまったりするんだと聞いて、

衝撃を受けました。

 

こんな私が子供を育てること自体、申し訳ないと思ったこともあったけど、

今まで私に受け継がれてきた先祖の思考の癖、

それによって苦しんできた内容が

私を通して解かれ、

子供たち以降の代の人たちが幸せに生きていけるようになるのかも

とも思うし、

一緒に乗り超えてくれる子供たちにも感謝してます。

 

 

インナーチャイルドを学ぶことで、

「誰に何を言われても、

自分は尊い

私も価値がある

私も愛されてる。

私って素晴らしい!」

って思えれば、誰に何を言われても乗り越えて行ける!と思えました✨

 

だから、今から娘に

「おまえは尊い。

いるだけで嬉しい。

いてくれてありがとう。

愛してるよ」

みたいな言葉とそれを感じられる行動を

たくさん取っていけば、

 

もし学校に行ったとしても、

彼女なりの輝きを見つけ、

友達に何を言われても傷つかず、

むしろそんな長女を受け入れてくれる子が沢山出てくるかもしれない。

そんな風に思え、ちょっと希望を持ってます。

 

そもそも私も、

馬鹿にされ、否定され、ひどい扱いを受けながら、

なんかこれは違う気がするという心の声と、

それに対して何もできない自分との葛藤で苦しかったのですから。

 

もし彼らに何をされても感じない自分だったら

傷つくこともなく、

考える事もなく、

ただ生きていたでしょうからね。

 

そう思うと、

どうでもいい人なんてどこにもいなくて、

どうでもいい扱いをされることは何かずれてて、

本来尊重されるべきなのにされていないという事に

心が傷つくんだなと気づき始めました。

そもそもそれが当然のことであれば、何も感じませんものね。

 

それは私だけの想いではなく、

私を作ってくれた親だったり、その上の存在だったり、

もっと言うと人間を作ってくれた存在の痛みでもあるんだろうと思ったりもします。

 

人間を作った方も、こんな状態を望んではおられないでしょうから。

 

 

そう考えるとこの痛みを感じることも、

辛くはあるけど間違ってないんだなって思います。

 

子供に

「おまえは本当に尊くて、大切で、大好き」って伝えるたびに

私の事もこう思ってもらってたんだなと思うし、

何を望むのでもなく、本当にここにいてくれることが嬉しい

という感覚も本当なんだってことも気づかされます。

 

今まで「何が出来るから」

「どんな役に立てるから」

「資格があるから」

などなど条件的に愛してきた自分を、

子供を通して無条件に愛してもいいんだってことを教わってます。

こうこさんと、ハリーさんのボランティアお茶会、というものに参加してきました。

 

 

 

驚きと衝撃の連続!

 

2000年以前の誕生日の人はもう「旧バージョン」

旧バージョンの私たちは新しい時代に生きるように設定されて生まれてきた

2000年以降の誕生日の人たちについていかないといけない。

と言うのが衝撃的でした。

 

旧バージョンの私達に出来ることは

「邪魔せず、環境を整えてあげること」しかないのだそう。

 

これからコンピューターが仕事をしてくれる時代。

「心の時代になる」と言うのはよく聞く話でしたが、

心の時代になったら大切なことは

「なぜ自分が生まれてきたのか。」などの根本的本質的問題。

 

もし、それがわからないと生きるのが辛い、という時代になるそうです。

 

私たちがおばあちゃんになったとき、子供たちは

「お母さんたちの時代は良かったよね、お金のために頑張ったり、欲しいもののために一生懸命になれたりしたんだからね」

ってなるんだそう。

 

物事の物差しやいい悪いが無くなって、

全てが愛という時代になるのだそう。

 

お母さんを好きだとしたらそれは愛。それに良し悪しはない。

嫌いだとしてもそれも愛、それに良し悪しはない。

 

道徳的な問題だとか、私たちは私たちのメガネを通して物を見てきてしまったけれど、

もっと本質的な視点で、

誰が何と思っても

それがいい悪いではなく、

全てが愛であり、

全てはその人の心が感じるまま。

 

その人が感じるものに良いも悪いもない。

 

子供たちは言葉とか、常識とか、概念とか、

そういう壁を越えて、

本質的に理解し、行動している。

 

それに対して私たちが、

「それじゃダメ」とか

「そんな風に思う事は悪いこと」とか

「こうあらねばならない」

みたいな邪魔はしてはいけないのだそうです。

 

ふぅ。深すぎて、衝撃的すぎて、しばらくぽか~んって感じでした。

 

子供の可能性は感じていましたし、

子供は天才であると感じてましたが、それが時代にも関与してるなんて。

 

確かに昔の人は階級制度があったり、

身分の低い人は人扱いされなかったりした時代があり、

それに何の不信感も抱かず生きてきたわけで、

そういう風に考えても

時代で人が変化しているのは間違いなくて。

 

いやぁ、まとまんない!

 

後でちゃんとまとめてアップします💦

 

 

先月、長女が突然、「学校に行きたくない」と泣き始めました。

彼女はまだ幼稚園児ですし、学校に行くのはまだ来年の話です。

 

以前、引っ越して新しい幼稚園に行くときも「嫌だ」と泣いた娘でしたが、

学校に関しては、まだ何も教えていませんでした。

 

「そうなの?」ととりあえず受け止め、

「どうして?」と聞くと

「恥ずかしいから。」と言います。

 

とりあえず、まだ1年時間があるのでそれ以上はその話題には触れませんでした。

 

でも私の心がうずきました。

 

学校を怖がってるのは長女だけではない、私。

 

いじめられっ子だった私は学校が嫌でした。

今でも行きたくないって思ってます。

それを何も教えてない長女がおんなじこと言ってる。

 

学校だけでなく、それからの社会生活も辛いことが多かったので、

学校は辛いところ、

職場も辛いところ、

そんな考えが抜けてない自分に気づきました。

 

考えてみたら、何の力もなかった時、

なぜいじめられてるのかもわからず、

どうしていいのかもわからず、

悪いことをしたわけでもなかったので謝るのもおかしくて、

ただただ耐える…という日々を6年位過ごしてきました。

 

そのあと、社会に出ても

なんだか納得いかない仕打ちを受けてきたことがあります。

でも、社会はまだ愛があったし、私にも落ちがあったのですが。

 

考えたり、思い出したりするだけで怖い。

一緒に泣きたいくらい怖い…

 

もしかしたら、彼女を通して私が、この感情を乗り越えていく時期なのかもしれないとも思い始めましたが、

乗り越える方法がよくわかりません。

 

自分一人だったら我慢して、忘れて、それだけでよかったけど、

もし娘が同じ経験をしてしまったら、どう乗り越えていいかわかりません。

 

この一年で、その方法を探していかなければですね。

 

と重~い日記でした。

 

でも後から見て、こんな思いから抜けられたんだなっていい思い出になるように、

そんな未来を目指して頑張るぞ!

お遊戯会での娘が歌う歌って

 

なんだかいつも泣けるんです。

 

その可愛さと

 

純粋さ

 

清らかさ

 

成長、などなど。

 

なんだか泣けちゃうんですよね。

 

 

 

で、私がウルウルして聞いてると、

 

「先生もあまりにも上手だと言って泣いてた」と娘。

 

しかも2回目。

 

 

 

そうなんです。

 

去年のお遊戯会の違う先生の時も

 

子供たちの歌に感動して

 

先生が泣いてたみたいなんですよね。

 

 

卒園の時も

 

園長先生がスピーチしながら泣いてたり…

 

韓国の人の情の深さと

 

幼稚園の先生と言う仕事の素晴らしさで

 

感動します。

 

私は保育園の先生が

 

私たちのために泣いてくれた覚えがないし、

 

日本では園児に感動して、

 

園児が卒園するのに感極まって

 

泣く先生ってなかなかいないんじゃないかと思うんです。

 

その投入っぷりにも感謝と感動です。

社長さんの思い付き(?)で今の会社で働くことになった私。

 

 

韓国での仕事も、英語を教えるという事も、初めての私に、

 

「本だけ読んであげたらいい。」

 

「楽しく遊んであげたらいい」

 

「こうするべきだ」「ああするべきだ」

 

とまぁ好きな事言ってくれるんですが、

 

すっかり忘れてました。

 

 

韓国人って思ったことは口に出す。

 

 

それが叶うかどうかはそれほど気にしてない。ってこと(笑)

 

 

今まで色々言われるたびに真に受けてきちゃってましたけど、

 

真面目にとらえてるのは私だけ💦 でした。

 

 

そして、私が思ってることも言わないと絶対伝わらない。

 

そもそも言ってくるだろうっていう暗黙の前提条件みたいなものがあること。

 

その伝え方に悩んでしまう私ですが、

 

考えてみたら私は結構言われまくってます。

 

だったら私も伝えていかないとね、と決意しては

 

今までの慣習で伝えられずにフリーズする、まだまだ修行中な私です。

 

 

 

【節目の時期】
昨日、長女は修了式、長男は卒業式がありました。
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韓国の新学期は3月からです。
 
そして韓国の「家庭保育園」と言われるところの多くは
満3歳までしか通えません。
 
満3歳を超えるとちょっと規模が大きい
幼稚園か、保育園に通うことになります。
 
0歳から無料で保育園に送れる韓国では
3歳って節目の歳なんです。
 
しかも家庭保育園ってその名の通り、とっても家庭的で
「今日はこんなことをして、このしぐさが可愛かった」
とか
「どんなことがすきらしい」とか
かなり細かく毎日の手帳に書いてくれ、愛情を注いでもらえます。
 
勿論、幼稚園も愛情は注いでくれますが、
家庭保育園に比べると、「その他大勢」って感じになる気がして、
親としたらちょっと寂しさがあります。
 
毎日保育園で送ってきてくれていた手帳も
幼稚園は特別な事がない限り、何も書いてもらえないし、
「お友達と仲良く遊べました」って感じで、
ここの子供がどうだったという事に関して
干渉されなくなる気がしちゃうんです。
 
それでも楽しく通ってくれてはいますが。
 
長女も友達から言われる言葉に傷ついたりし始めたのが
この3歳過ぎてからの保育園に通い始めてからでした。
 
生徒の数がぐんと増え、先生の数がぐんと減り、
今まで、小人数制で完全に先生の保護の下で
安全に大切に保護されてきた生活が、
まだ配慮などを学び始めたお友達同士の葛藤に
揉まれ始めるのが、
この3歳以降になると思ってます。
 
それだけ大きくなって、手が離れるようになったという事なんですけどね~
やっぱちょっと寂しい…
 
 
今まで元気に通ってくれてありがとう。
これからも元気に通ってね。
 
息子の成長に一人涙ぐむ私でした💦
小学校に上がるときどうなっちゃうんだろ、私💦
私自身も先行き不安です(苦笑)

 

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韓国版ハイチュー「マイチュー」で作った首飾りを嬉しそうにつけて帰宅。

 

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写真撮ってたら割り込んできたお姉ちゃん(笑)

最近寒すぎて
あったかいお家でぬくぬくしてるくせに
謎に体調を崩し( ̄Д ̄;;
そんな自分が嫌になってました

夫は寒い中
暖房もあまり無いような工場で
夜勤で夜通し働いてくるというのに
暖かい家の中にいる私が
体調崩してる事に罪悪感もあり。

子供が体調崩した事もあり、
夜中ダラダラ寝ては起こされってしてて
子供も体調不良は
親の管理不足という夫のお叱り
そして寝不足で体調不良の
夫のイライラからも
言葉の暴力たくさん受けて苦しかったんです

夫の立場も気持ちもわかるし
でも言われてる事は理不尽だしと
私もイライラしちゃってました


でもそんな時
いつも頑張ってる人が体調崩したり
この寒さじゃ体調崩して当然って
励ましてくれる人がいたり

そうやって私はまたパワー頂き
あったかい気持ちになってます😊