18時にいつもより早い眠りについた次女。
まさかの4時起き😅
目に見える穴という穴(目鼻口耳)に指を突っ込んできたり
顔の上に乗っかってきたり
手をつないで歩きたかがったり...
泣いたりぐずったりせずに
笑いながら遊んでいる姿は
早朝でもかわいいものでした。

でも本人もやっぱり眠いみたいで
歩く姿が千鳥足
ふらふらと力なく
まるで酔っ払いでした🤣

7年前の今日、

4月30日に始まった陣痛を乗り越え

長女が生まれました。

 




促進剤を使わずに自然分娩できた唯一の子です。

大抵はこれだけ陣痛が長引くと、

母体の体力を考慮して促進剤だの手術だのと

医療の力に頼りがちな現代に

奇跡的に待ってくれたありがたい病院でした。

 

生まれてくれた時、

靄が取れたかのように

世界が輝いて見えたことを今でも思い出します。

 

そのあと色々あって日本に帰りたくなったり、

やりきれない思いになったことも沢山あったけど、

どうにか踏みとどまれたのは

長女がいてくれたからです。

 

いつも自分より周りの人の事を配慮でき、

手元にあるものは誰とでも分かち合う事を知っていて、

時には自分に残らなくても上げてしまう事の出来るすごい情の持ち主。

 

私には味方がいないと絶望に襲われるときでも

いつも私を思ってくれてました。

でも

私が苦手な人々を彼女も苦手になることは無く

それも今となってはすごい救いだったなと思ってます。


私自身、彼女が生まれたときは

夫の家族の中でも新米だし、

ママとしても新米だし、

韓国文化もハングルもよくわかってなかったし、

私自身が混乱していた時でした。

彼女だけが私の生きる希望でした。

 

その後、混乱を乗り越えられてない状態で

弟が生まれて、

長女が急に大きくなった気がして

色んな事を押し付けたり

やるのが当たり前みたいに思ったりして

寂しい思いも沢山させてきてしまいました。

 

それでも

いつでも弟のために考え、行動できる優しい子。

 

私がいろいろ言いすぎちゃったために

生真面目で

人の目を気にして

空気読み過ぎちゃうこともあるけど。

ある意味自分の感情をしっかりコントロール出来る子です。

 

三人目が生まれてからは

すっかりお姉ちゃんになって

彼女の助けがなければ

生活が回んないほどです(苦笑)

 

申し訳なさと感謝でいっぱいです。

 

素直で真っすぐで優しくて純粋で。

どんな女性になっていくのか楽しみです。

 





あなたのお陰で私は幸せで

うちの家族は最高なんだって

胸を張って言えるようになるように

頑張って行くぞと決意する

長女の誕生日でした。

 

私の母は欲がありません

母とうちの赤ちゃん
表情もあまり無い💦

それを感じ取った娘が
「おばあちゃんって欲無いの?」
って聞いてきました。

「そうだね」って答えたら
「そしたらミンジ(うちの赤ちゃん)と同じだね」だって。

そうだなぁ。
うちの母は赤ちゃんくらい純粋な人のようです。
余計なお肉が無く、手足はしわしわの状態で生まれてきた末っ子ちゃん。



母乳を一日中12回以上飲んで、今じゃ立派な二重アゴにまで成長しました🤣


体重計が無いから、はっきりと何キロかはわからないけど
順調に成長してくれております✨
突然、初めて
きゃっきゃと声を上げて笑った明希ちゃんラブ

赤ちゃんって
笑うという行為に感情が伴って無くて、
自分を守るために笑うような仕草をする
と聞いたが、

だとしても最高に可愛い💕





それにしょっちゅうは笑ってくれないのよね〜

そして動画も写真も撮りそびれてます💦
昨年、
バースカフェ主催の
オーガズニックバースという映画を観て
その時のガイドさんに
「子供はお母さんの幸せの為に生まれてくる」
と聞いた。

産まれて来た子を見て
「本当にそうだなぁ」って
実感しているけど、
そう考えると子供って凄い

ただいるだけで
お母さんを幸せに出来る事を知ってる


でも考えてみたら自分もそうだったはずで。

存在自体が素晴らしく尊いって事
前は知ってたんだなぁって。

そんな大切な事を思い出させてくれる
この愛おしく尊い存在。


その事を私がかき消してしまわないように
他の人にかき消されそうになったら
守ってあげられるように
勇気付けて、大切な事をまた
真ん中にしっかり据えて生きられるように

彼女にもらった宝物を大切にしたいと思います
なりたい私になる為の過程を楽しもう

今の経験が大変であればあるほど、
のちのスパイスとして
成功を彩ってくれる

そしたら全てが
感謝でしか無くなる


遠慮せず思いっきりなりたい自分を想像して
なれると信じ切って
過程を楽しみます
1月15日11時20分、2650グラムのかわいい女の子を無事出産することができました。
13日の日に病院に受診すると、
「もう陣痛きてますよ。
入院したほうがいいですね」
と言われて不安にもなりましたが、
その日は入院せず帰宅。

上の2人がかなり陣痛が大変だったので
こんなの陣痛じゃないと思ったのですが
当たり前ですが
3人目を産むのは初めてなので
帰宅してからも
ずっと不安でした。

そんな不安に耐えながら
1日半、家で過ごし
どうしても心配で予定日になった0:20に病院へ。

行ってみたら13日と進行具合は変わって無くて
この時間に来るべきじゃ無かったんじゃないかとか
色んな思いが頭をよぎっては消え
そうこうしてるうちに赤ちゃんの心拍が落ち
手術を勧められたり
体も心も消耗の激しいお産でした。

でも夫が
陣痛のたびにお腹をさすってくれて、
私と子供を激励してくれて
「大丈夫。
うちの子たちはお母さんに似て
みんな我慢強いから絶対乗り越えられる」
「よく頑張ってるよくやってるよ」
とかけてくれる声と
その手の温かさに救われながら
陣痛を乗り切ることができました。

これ以上もう耐えきれない
もう無理、本当に生まれてくるの?
と言う絶望的な痛みに追われながら
無痛分娩を断った自分をちょっぴり後悔したり。

でも生まれてきてくれた瞬間
その場にいてくださっている全ての人と
応援してくれている大切な人たち
関わって下さる全ての方々に
感謝の思いが湧きました。

赤ちゃんは本当に可愛くて
生まれてきてくれてありがとうと
心から思いました




沐浴をして病室で再会した赤ちゃんは
頭に赤いあざのようなものができていて
この子も必死で産道を探して
出て来たんだなと思い
よく頑張ったね、ありがとう
と伝えました


産んだ後は体の力を使い切り、
足はガクガクでだったのを
やっとの思いで体動かし
車椅子に乗って病室に移りました

体はくたくたでもう何もできない
食べたくもない
そんな状況の中で
出産の後の幸せの余韻に
何故か寝付けませんでした

すべての人にあったはずのこの瞬間
本当にすべての人に価値があるなと
そう思うと温かい気持ちでいっぱいなりました

お部屋に来て赤ちゃんを見て
存在するだけで素晴らしい
居てくれるだけで幸せ
そういう思いを久しぶりに思い出しました
おばあちゃんの家に預けてきた
上の2人の子にも会いたくなりました

この幸せ忘れたくない
そう思って書いた今日のブログでした。



娘が突然
「私はお母さんになりたくない〜‼️
 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 」と泣くので

かなりドッキリした私は
「なんで?」と
恐る恐る聞いてみると、

「私がお母さんになったら、
お母さんはおばあちゃんになっちゃうでしょう?
そしたらお母さんは
天の国に行っちゃうんでしょう?
それが嫌だからああぁぁ〜えーんえーんえーん

今から死に対する恐怖を持っていいのか!
と言う驚きと共に、
6歳にしておばあちゃんと言う存在は
天に近い存在なんだと言うことを
理解している娘にさらにびっくりしました。

まだおばあちゃんの死と言う体験は
してないんですけどね…キョロキョロ
お葬式に出たこともないですし真顔
不思議です。

ちなみにお母さんが大変そうだからとかショック
幸せそうじゃないからガーン
みたいな理由で
お母さんになりたくないと
思っているわけではなく安心しましたてへぺろ

久々のインナーチャイルドネタです。

 

先週3カ月ぶりにインナーチャイルドを受けてきました。

 

インナーチャイルドも自分を本然の認識状態に近づくことで治療が早まりますし、

学ぶ内容がすっと入ってくるようになります。

 

なので、必ず

「自分はいるだけで価値があること」

「自分のすばらしさ」

などを気づかせるようなワークをしてから、講義になります。

 

そういう理由もあって、講義に出た回数によって

出される課題も変わってきます。

 

で、今回は私は「傷ついた過去を書き出す」という課題から始まりました。

 

生まれたときから今まで、傷ついてきたことを全部書き出していきます。

 

この書き出す過程も結構大変で、

時間もかかるし重い気持ちになるのですが、

何回も見直してると「まぁそんなこともあったな」と思うようになります。

 

ところが。

 

それをみんなの前で発表すると

涙が止まらないのです。

 

で、思いつく傷はほぼ書き出したのですが、

読みながらそんなに涙が出なかったり、

逆に号泣な部分があることにも気が付きます。

 

意外だったのが、もうすでに30年くらい前に受けたいじめの話を

話してる時がかなり号泣だったことです。

 

子供の時の傷ってずっと消えずに残ってるんだなって感じました。

 

 

以前、「いい人は幸せになれない」という事に触れたことがあります。

 

いい人は何かしらの原因で自分の思いを伝えるより人に合わせることを選んでしまう人。

 

私の場合、その原因がいじめでした。

子供のころ、虐待されたり、いじめられたりすると

「自分が悪いからだ」と思って、それを受け入れてしまうという事が起こるそうです。

そして衝撃だったのはそれは

「その人がその環境で生き延びるため」だというのです。

 

いじめられ、でも自分が悪いと思って両親にもなかなか話せず、

先生に話しても結局クラスのみんなに「おまえも悪いとこがあるからだ。」

と言われてそれを受け入れてしまう。

 

そうしているうちに自分で自分を適当に扱うようになり、

何かされて当然な私というイメージ通りの扱いを

出会った人に受けるようになってしまってきたようで。

 

で、今日の本題の「いい人は悪い夫を作る」につながるわけです。

 

自分で自分の事を認められず、相手のいう事ばかりを受け入れることで、

相手にも自分の事を認められず、無視して当然の相手として認識されてしまう。

 

自分の自己イメージが自分を作るといいますが、

自己イメージが「しょうがない」「こうなって当然だ」「こんなもんだ」だと、

その通りの認識をされてしまう。

 

そして相手が何をしても受け入れてしまうため、

相手の悪いことも止めることが出来ないんです。

 

今まで私は

「悪いことする人にも理由があって、しょうがないんだ」と

受け止めるところがあったのですが、

「悪い」事は「悪い」んですよね。

 

たとえどんな理由があろうと、悪いことは悪い。

悪いことすら自分を否定することで肯定してしまうからおかしなことが起こるんですね。

 

相手が大切な人であるのと同じように

自分も大切な存在であるのに、

それを自分で認められないんですね。

 

自分で自分を守れないと

周りの人すら不幸にする

という事の意味がちょっとずつ分かってきました。

 

今の私に必要なのはなんでもyesではなく

なんでもnoでもなく

自分の気持ちを素直に伝えること。

 

それを伝えてもいいんだという事を

自分に教えていく事なんです。

 

このままだと、周りに悪人を作っていく自分になってしまう。

 

結局、誰かに何か言われたり、否定されたりすることを怖がっていたのですが、

誰に何を言われたとしても、自分の気持ちに嘘つくことは無いんだなってことも頭ではわかってきました。

 

とは言えこれが腑に落ちるにはとっても時間がかかるのだそうです。

それを覚悟のうえで、

自分の存在も認めてあげ、

自分の気持ちを受け止め、伝える。

 

この作業をしていきます。

 

「私は価値のない人間なんだ」という思いから、

「何かがあれば価値がある」と条件的に自分の価値を見てきたのですが、

「何もなくても自分は価値がある」という事に気付く必要があるという事です。

 

いつも不安で自分のやってることが意味あるのかなとかよく思うのですが、

「自分に価値がない」という恐怖感から

「自分のやってる事も価値ないかも」という恐怖感と共に生きてるという事にも気づきました。

 

自分の価値に気付くこと。

 

色んな人がいろんな表現で口にしてますが、

これがクリアできると

もっと生きやすくなると思います。