昨日食事のことについて触れましたが、考えてみたら私の時間消費の大部分を食事が占めてしたことに気づきました。

「なんかお腹すいたなぁ。なんか食べたいなぁ。」って時間があまりにも多い。

私は健康マニアだったので暴飲暴食はしませんが、飴をなめてみたり、からだによくて空腹を満たせるものや、お菓子を一口だけとか考えて、間食をおからとかで作ってみたりブタ

でもその時間とエネルギーをダンシャレば、余計な思考にとらわれなくて済むし、そのために費やす行動も減るし、体にも負担がかからないわぁい

というわけで早速今日始めてみましたおおーっ!!!

感想は確かに体は軽いニコニコ
結構健康には気を遣っていたので「健康にいいイエイ」と言うフレーズは私のやる気スイッチをオンにし、プラセボ効果かもわかりませんがなんだかちょっとすっきりすーっした感じです。

今のところ夕飯後の空腹感がテーマな感じですね。

本来は朝型天気の私ですが、私が起きると1歳の長女が一緒に起きてしまうのでひい夜の作業が多くなってるこの1年ちょい。
夜の時間をいかにすっきり有効に使えるかが私の課題になりそうです。

しかし一般の方であれば、朝型にして、朝のすっきりしたときに食べ物の雑念から開放されて仕事が出来たら効果あり〓tyuna〓なのではないかと思います。
今日は食事の大切さについて学んだ。

食事は人の体を作る。
食事は人の体調を作る。
つまりは人の健康を作り、その人が最高のパフォーマンスが出来る環境を整える。

ってことは成功には必須ですよね。

パワーノマドの井口晃さんも健康の大切さは訴えてますよね。

白石達也さんからの学びですが、
食事は基本的に成長に必要なのであり、生長しきった大人にとっての成長とは老化である。
私たちは老化のためにせっせと食事を取っている


だから粗食少食の人って若々しかったり、元気だったりするんだってこと。

今日の私の学びでちょっとショックだったのが、
朝食はなるべく取らないほうがいい。出来れば果物だけがいいとの事。
私は夜なるべく食べないようにしてるからというのもあり、朝は空腹で食べたい思いでいっぱいになる。
そして金銀銅の法則。
つまり朝は金でたくさん食べて、昼は銀で普通に食べて、夜は銅で簡単に食べると言う説をかたくなに信じてきた。

なんでも人間には消化吸収排泄のサイクルがあり、人間の体が食事を完全に消化吸収、排泄し終えるまで、18時間かかる。
だから1日に1度、食事の間隔をこの18時間ぶんあけないといけない。
そうしないと内蔵は24時間つねに活動し続けることになる と言うのだ。

これは白石さんからの学びプラス自分で調べた情報だが、一日三食の食事が自分をいじめてたんだなって気づいた。

そして朝食断食が体に悪いと信じてきたけど実はいいってことも知った。

体によいと信じてきた習慣が突然否定されちょっとショックだけど、私たちの生活は日々改善され、
情報もどんどん質が上がってきている。
今までやってきたからと言って新しい効果的な方法を実践しないのは古い考え、古い習慣を捨てずにさらなる快適(幸福)への道をふさいでしまうことになる。

新しい情報を謙虚に素直に受け入れ、まずはやってみて、前進できたら続け、自分なりに利用していきたいと思う。
祝1歳半キャ
ホントにあっという間ですねぇウッドストック

頭をぶつけたり、擦り傷を作ったり、機嫌が悪かったり、ちょっとした事ですぐ「薬」と薬を使いたがる韓国苦笑
5人兄弟の一番上の長女として育った私は子供の怪我は日常茶飯事と客観的に見ちゃうのだが、家族はそうはいかない。
「何で薬を使わないんだ!punpun#*」と怒られることが多い。
看護師をしていたこともあり、薬は副作用があるし、自然治癒力を信じたいと薬はあまり使いたくないという考え方の私は葛藤が多い。
それはさておき…

そんなわけでちょっとしたことで何でもかんでも薬を塗られるのだが、娘は自分が愛を受けているのが分かるのか、薬を塗ってもらうのが好き。
最近は「약薬,약くすり(ハングルで薬の意味)」といって家族のお気に入りのメンソレータムを持ってきて塗って欲しいとせがむ。
私は薬を開け、薬をつけた振りをして何も塗らずに塗って欲しいと願われるおでこにぬりぬりの動作をしてあげる。
すると満足にんまりしてメンソレータムを返し、去っていく。
メンソレータムだから塗るとすっとするし、塗らなければ何も感じないので塗らないと分かるはずなんだが、塗ったマネをしてあげるだけで満足するところを見るとやはり塗ってもらうという行為が自分のために手間をかけてもらってると思えてうれしいんだろうなぽけ~
かわいいなぁ…ほのぼの
とほのぼのしてしまう。

そして今日発見したのだが、つま先歩きをしている!!!
大きくなったなぁkao+.

最近は家族から保育園に預けるという案が出てきていて、この子と一日中一緒にいるのも長くないのかなとちょっと寂しい思いをしてるママですうるうる

一緒にいられる時間を大切にしたいとつくづく思う今日この頃です幸せ
日々の生活の中で家族にダメだしされることが多い私。

家族が望むことも分からなくはないのですが、あまりにも否定され続けると心をかたくなにしたくなり、言われることも素直に聞けません。

「私のためを思って」だと言われますが、わが家庭には共感してくれる人がいない。

共感して励ましてもらえると、心に余裕や安心感がうまれ、自分の悪いところを受け入れ、改善しようと自然に思える。

それが女性の場合はよき理解者を持ち、話を聞いてもらえることだと思う。

「お前のためだ」と弱点改善をずっと望まれる中で、どうしたら心に余裕を持って、自分の悪いところを認め、受け入れ、改善していこうと思えるか。

自分で自分を理解し、信じ、励ますことが出来たらいいのだが。

自分を信じないことには自分で励ましても力が得られない。

やはりセルフイメージをあげて、「自分は信じるに値する人間だ。」「大丈夫だ」と思えるようにもっていくのがどこに言っても成功するコツかなと思う。

未来に希望を持ち、自分の可能性を信じ、現状を受け入れて前進していける自分になるため、訓練中です。

与えられた環境はその人にとって最高の環境だという。

最高の環境に感謝をたくさん見つけながら最高に活かしていけるようになるぞと決意する私でした。
ビジネスで必須と言われる「集中力」
今日のハンモックyoutuberでの学びです。

100人1000人という人数からプロポーズをされて一人選ぶのと
10人からプロポーズされて一人選ぶ。

一見100人1000人から選ぶほうがいいように見えますよね。
でもいろんな思いが多ければ多いほどそれを扱うのにかなりのパワーが必要になるんですね。
選択肢が多いということはそれだけ自分のエネルギーの分配が多くなるって事なんですね。

選択肢が多ければいいような思いになってしまいますが、実際は選択肢が多いと言うことが必ずしもいいことでないということを教えていただきました。

自分がこれと思ったことを信じ、集中する。

何事もこれって大切な要素ですね。

そこで失敗があったとしてもきっと大きな気づきや前進があるのかなと思います。
よく言われることですがやっぱり「おしゃべり」ですよね。

このように文字にして表現するのも自分の中の思考をアウトプットし整理するのに大きく意味を持つように思いますが、
実際に人に会って自分の思いを伝えることは自分でも気づかなかった自分の感情に気づいたり、自分を客観視できたり、利点が多いなと実感しました。

そして相手が自分を勇気付けてくれる人であったり、受け入れてくれる人であったりする場合、自分で自分をフォローしたり、正当化したりする必要がないので、素直に今の自分の現状を受け止められ、改善すべき点も強制ではなく自然に出てくる。

いつもは「お前のここがだめだから」「だからお前はだめなんだ」といわれつづけているため、自分で自分を保護することから始まってしまい、それを聞いている相手をさらに怒らせると言う悪循環を生んでいるのですが、
「それは大変だね。」「よく頑張ってるね」と共感してもらえると安心感が出て、
「私のこれがいけなかったからだったんだな」
「確かにこれはおかしいな」と思えた。

相手を批判し、否定することは相手に壁を作らせたり、心をロックすることになる。
その状態で相手にいいパフォーマンスを望むことは難しい。
もし相手のためにも周りの人のためにもよいパフォーマンスを望むなら、
相手の心を開いて、
緊張しすぎるのでもなく、
弛緩しすぎるのでもなく、
「ニュートラル」の状態にすることがその人の最大のパフォーマンスを引き出せるのではと思う。
辻先生で言えば「フローな状態」ってことになると思う。

私の心を開いてくれた今日会った大切な人々に感謝し、自分も気をつけないとと実感した日でした。

ちなみに私は女性なので女性の視点から書かせていただきましたが、男性は戦いの思考のため、周りに知らせず、自分ひとりで悩んで考えて、本当にきついときにしかるべき人にアドバイスを求めると聞きました。
だから考え事をしてるときは一人にしてあげたほうがいいと聞きますが本当でしょうか?

それとストレス解消ってどうしてるんでしょう?
うちの夫はテレビをずっと見てますが、これもその一つなんですよね、きっと。

誰か知ってる方がいらしたら教えていただけたら幸いです。


10月頭頃からダッシュ的足踏みをするようになってきたDASH!
決まって笑顔でうれしそうにダッシュする(≧▽≦)
私がマラソン走る人にトライしようとした時(結果、挫折しましたが汗)、走ることは喜びの表現だと聞いたことがあるが彼女を見て納得にひひ走る人
これまた斉藤一人さんの講話からの学びです。

「私は愛と光と忍耐である」この言葉を一日100回1000回言いなさい。

という内容がありました。

人は幸せになるために生まれてくるものであり、最初から悪事を働こうと生まれてくる人はいない。

でもさまざまな経験から原因的絶対者であり、人間を作られた存在(多くの人は神様って呼びますよね)の願いとは逆の生き方をして、またはせざる環境に追い込まれて悪を行ってしまってきた。

しかし神様は愛であり、光であり、忍耐であられる。

人も元来は愛であり、光であり、忍耐であるように作られている。

ということで、自分は愛であり、光であり、忍耐であると知り、言葉にして、意識して生きることが絶対者が望まれる本来の人間の姿なのですね。

何か問題が起こっても「愛であり、光であり、忍耐であるならば、どう対処するだろうか」
こう思うだけで視点が全く変わってくる。

個人的な話ですが、今日、朝から姑が
「私の服がない、マフラーがない、靴下がない。お前どこやったんだ」
と私に対して怒りまくっておられました。

私は義母のものには洗濯等をしたとしてもタンスや押入れにはノータッチでお部屋にたたんでお渡ししていた。

義母の物をどうこうする事はないし、部屋の中を勝手にみたりなんてしない。

それでもずっと「お前がなくしたんだ。どこやった。誰にくれちまったんだ」
等々ずっと怒鳴り上げている。

以前の私だったら「そうですか、それでも私は知りません」と言いながらも
「自分でどっかにやっといて私に八つ当たりして…ないもんはないし、知らないよ」
と怒りの感情でいっぱいになり、憎しみにまで発展していたと思う。

しかし、「私は愛であり、光であり、忍耐である」と思いながら聞くと

「もどかしくて怒ってらっしゃるんだな」
「こんな風にしか表現できず、可哀想な人だな」
「心が落ち着いて、早く見つかりますように」
などと思えるようになり、
一緒になって怒って自分の感情や家の中の雰囲気まで悪くするようなとこまでいかずに済んだ。

苦しい人に引っ張られて、周りの人まで苦しくなったり、不幸になったりしたら大変。

元気な人がいないと、その苦しみから脱することは出来ない。

なんと罵られても相手や周りの人の幸せを願い生活する。

そうすることが幸せへの近道だなと実感した出来事でした。
今日はハンモックアカデミーで「出し惜しみをするな」という内容を学んだ。

自分の持っている知識は惜しみなく与えなさいというような内容だと思う。

マザーテレサも

あなたの中の最良のものを
世に与え続けなさい。
けり返されるかもしれません。

気にすることなく、
最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく、
最良のものを与え続けなさい…。

とおっしゃってますが、それは彼女が修道女だからではなく、与えることで得られるものの大きさを知っておられるからおっしゃったのだろうなと思った。

私もごく少数の人の前で講義練習をしたことがあるが、講義は受ける人ももちろんだが、それ以上に講義をする講師が得るものが多いと聞いたし、自分もそう思う。

マザーテレサもまたおっしゃってますが、与えているようで実は与えられてる。

すべてを出し切ることでさらにその上を得、自分が持つすべてだと思っていたその限界を超えていくんだな。

与える者が与えられるんだなと感じた。


娘に噛まれ、あざになった腕を娘に見せると「ふぅふぅ」してくれました(^^;)

君のおかげで痛い思いをしたのにそれ以上に嬉しい親ばかな私です。