オーベルストドルフ(ドイツ)で行われているノルディックスキーの世界選手権第3日。
ジャンプのノーマルヒルが行われた。
優勝はベンコビッチ選手(スロベニア)。見事に金メダル。
W杯絶好調のアホネン選手が銅メダルを獲得。
日本選手は、
18位:東輝選手(日本空調サービス)が最高位。
21位:葛西紀明選手(土屋ホーム)
伊東大貴選手、岡部孝信選手は2本目に進めなかった。
明日はノーマルヒル・団体戦が行われる。
どの国も、4人とも群を抜く力を持っているチームとは言えない。
どこが勝っても、おかしくない。
日本にも十分チャンスがあるはず。
ジャンプのノーマルヒルが行われた。
優勝はベンコビッチ選手(スロベニア)。見事に金メダル。
W杯絶好調のアホネン選手が銅メダルを獲得。
日本選手は、
18位:東輝選手(日本空調サービス)が最高位。
21位:葛西紀明選手(土屋ホーム)
伊東大貴選手、岡部孝信選手は2本目に進めなかった。
明日はノーマルヒル・団体戦が行われる。
どの国も、4人とも群を抜く力を持っているチームとは言えない。
どこが勝っても、おかしくない。
日本にも十分チャンスがあるはず。
たまたま自分のblog訪問者を辿っていったら、
こんなwebサイトを発見。
へ~。こんなものがあるんだ、と妙に感心。
施術者専門人材紹介のサイトである。
中に書いてある文章を一部抜粋してみると、
私たちの代表は、治療家であると同時に治療院の経営者であります。
治療院の経営は、来院者をいかに増やすか、そしていかに効率よく施術するかが大切なポイントです。
当たり前の話ですが、利益あってこその経営です。
一方、医術の世界に生きる治療家として、利益を度外視して患者の治療にあたることもあります。
「患者を治したい」そんな想いだけで動くのです。
この相反する二つの想いの間で揺れながら、私たちは治療院を経営し、これからもそれは続くでしょう。
これから治療家を目指すあなたも同じ道を進み、同じように悩むでしょう。
これはいわば、治療家として成功するための宿命なのです。
「腕がなければ患者はついてきません。貧しければ患者にやさしくできません。」
医術と経営術の両方を学ぶ時期、それが修行であり就職であると私たちは考えます。
いやぁ、確かにおっしゃる通り。
同業者の端くれとして、耳が痛い。(笑)
あたしも、もしもの時は紹介してもらおっと。
それにしても、
リクナビなどの就職支援のサイトは有名だが、
こういう特殊な業種に特化した紹介業もあるとは…
世の中、色々なことを考えている人がいるものだ。
これも、ある意味「ぬかみそ」(以前のエントリー参照)という事になるのだろう。
こんなwebサイトを発見。
へ~。こんなものがあるんだ、と妙に感心。
施術者専門人材紹介のサイトである。
中に書いてある文章を一部抜粋してみると、
私たちの代表は、治療家であると同時に治療院の経営者であります。
治療院の経営は、来院者をいかに増やすか、そしていかに効率よく施術するかが大切なポイントです。
当たり前の話ですが、利益あってこその経営です。
一方、医術の世界に生きる治療家として、利益を度外視して患者の治療にあたることもあります。
「患者を治したい」そんな想いだけで動くのです。
この相反する二つの想いの間で揺れながら、私たちは治療院を経営し、これからもそれは続くでしょう。
これから治療家を目指すあなたも同じ道を進み、同じように悩むでしょう。
これはいわば、治療家として成功するための宿命なのです。
「腕がなければ患者はついてきません。貧しければ患者にやさしくできません。」
医術と経営術の両方を学ぶ時期、それが修行であり就職であると私たちは考えます。
いやぁ、確かにおっしゃる通り。
同業者の端くれとして、耳が痛い。(笑)
あたしも、もしもの時は紹介してもらおっと。
それにしても、
リクナビなどの就職支援のサイトは有名だが、
こういう特殊な業種に特化した紹介業もあるとは…
世の中、色々なことを考えている人がいるものだ。
これも、ある意味「ぬかみそ」(以前のエントリー参照)という事になるのだろう。
もしかしたら、過去に同じようなエントリーがあったかも知れないが、
ま、お許し願いたい。
若い人によく話す事。
会社を辞めて、やりたい事に邁進したい人や
夢を追いたい人に。
“ぬかみそ”になれ、と。
糠漬けに使うぬかみそは、レシピ通りに配合して作ったとしても、
漬物の味は決して同じにはならないそうだ。
かき混ぜるタイミングを同じにしても、
温度管理、湿度管理を徹底したとしても、
やはり名人とは混ぜ方が違う。
手の温度も違う。
だから、名人の作る旨い漬物は、
例え高価でも、遠方でも、買い求めに来る。
また、完全には再現出来ないので、
厳密には支店を作る事も難しい。
まさしく“完全無欠”のオンリーワンの商品なのだ。
もちろん、漬物に対する価値観はそれぞれなので、
そこそこ食べられて、数百円であれば良い、という客層も存在するので、
それはそれで商売になる。ただし、そういう機械化されたような漬物は簡単に“模倣”出来るので、“競合”が出来易い。
つまり、“オンリーワン”にはなれないのだ。
自分の理想通りに、やりたいように仕事をして生きていくには、
何と言っても「ポジショニング」。
自分の“立ち位置”をどこに定めるか。
“競合”が多い位置にポジショニングをとれば、
商品内容は以外で勝負せざるを得ない。
自分が活動したい分野で、どのようなニーズがあり、(マーケティング)
その上で“オンリーワン”になり得る“ポジショニング”を見出だす事こそ、
勝負の分かれ目だ。
要は、いかにして“ぬかみそ”になれるかである。
そこを考えないと、己の力で生きていくことは難しい。
ま、お許し願いたい。
若い人によく話す事。
会社を辞めて、やりたい事に邁進したい人や
夢を追いたい人に。
“ぬかみそ”になれ、と。
糠漬けに使うぬかみそは、レシピ通りに配合して作ったとしても、
漬物の味は決して同じにはならないそうだ。
かき混ぜるタイミングを同じにしても、
温度管理、湿度管理を徹底したとしても、
やはり名人とは混ぜ方が違う。
手の温度も違う。
だから、名人の作る旨い漬物は、
例え高価でも、遠方でも、買い求めに来る。
また、完全には再現出来ないので、
厳密には支店を作る事も難しい。
まさしく“完全無欠”のオンリーワンの商品なのだ。
もちろん、漬物に対する価値観はそれぞれなので、
そこそこ食べられて、数百円であれば良い、という客層も存在するので、
それはそれで商売になる。ただし、そういう機械化されたような漬物は簡単に“模倣”出来るので、“競合”が出来易い。
つまり、“オンリーワン”にはなれないのだ。
自分の理想通りに、やりたいように仕事をして生きていくには、
何と言っても「ポジショニング」。
自分の“立ち位置”をどこに定めるか。
“競合”が多い位置にポジショニングをとれば、
商品内容は以外で勝負せざるを得ない。
自分が活動したい分野で、どのようなニーズがあり、(マーケティング)
その上で“オンリーワン”になり得る“ポジショニング”を見出だす事こそ、
勝負の分かれ目だ。
要は、いかにして“ぬかみそ”になれるかである。
そこを考えないと、己の力で生きていくことは難しい。
このエントリーのカテゴリー分けは迷ったが、
一応、法人の代表者である私なので、
広い意味で「仕事関連」という事に。
今話題のlivedoor堀江社長の社長日記:2/11(金)のエントリーに関連して。
堀江社長の強烈な個人的キャラクターの印象から、
「好き・嫌い」が分かれるのは当然として、
その一方で、そればかりにとらわれると、問題を見誤るなぁ、と
以前から考えていたので、ちょっとエントリー。
社長日記:2/11(金)より一部抜粋。
色々な思惑が渦巻いていますが、単なる転売目的でこんなリスクとりませんって。ウチは、ヘッジファンドじゃないんだから。目的はニッポン放送を中心としたフジサンケイグループの価値向上ですよ。報道ではよくフジテレビによるグループ防衛策~、とか言っていますが、何から何を防衛しようとしているんでしょうか?なんでウチが敵になるんでしょうか?危害を加えるどころか、価値を向上させようと言っているのです。株主にとっても社員にとっても視聴者(消費者)にとってもいいことだと思いますが。
~ 中略 ~
まあ、経営陣が株主に文句言われず、自由に経営したいってことなんだろう。早期に上場して常に株主と対話してきた自分としては信じられないことなんだけど。会社は(資本)金がないとはじめられない。だれが金を出しているのか、株主である。経営陣は株主から経営を委任されているだけの存在である。
繰り返しになるが、
堀江社長に対する、印象から来る「好き嫌い」は別にして考えると、
彼の言っている事は、至極もっともだし、妥当性もある。
特に「会社は誰のものか?」という、当たり前のテーマ。
無論、多くの人は「知識」としては知っていても、
実際には「社長のもの」「会長のもの」「創業者家系のもの」
などと感覚的には思っている人が多い。
恐らく、ほとんどの「社長」はそう思っているのではないか。(内心は)
しかし、抜粋記事にもあるように、
会社は出資者である「株主」のものであって、
代表取締役社長は、株主の依頼で経営を「代行」しているだけの事だ。
そして会社の方向性を決める「株主総会」では、
基本的には多数決で決まるため、
持ち株の数が過半数を超えれば、
その筆頭株主である人間の考えが現実には総意、という事になる。
政治の世界の、与党と野党の関係のようなものだ。
恐らく(あくまでも勘)堀江社長は、
それほど難しい事を考えている訳でも無く、
単純に「今の株主(フジの)が何も言わないんなら、私に言わせてくださいよ」
というだけの話なのではないか?
要は「株主・ユーザー(視聴者)・スポンサー」の3者が
もっと喜べる仕組み作りをしましょうよ、と。
(その方法論は、まだ聞いていないから正しいか誤りかは不明)
堀江社長がこれから何をやろうとしているのか?は別にして、
また、発言内容のデリカシーの有無も別にして、
現在、彼がやっている事、やろうとしている事には、
ほとんど問題は無い様に思えて仕方が無い。
要は「親方・日の丸」的な考え、姿勢から脱却しよう!
というのが堀江社長の基本的考えだろうから、
そこは大いに歓迎すべきだと思う。
その先は、世論をどこまで見極められるかの勝負だ。
そこは国民全体で、じっくり監視的に見守れば良いのだ。
一応、法人の代表者である私なので、
広い意味で「仕事関連」という事に。
今話題のlivedoor堀江社長の社長日記:2/11(金)のエントリーに関連して。
堀江社長の強烈な個人的キャラクターの印象から、
「好き・嫌い」が分かれるのは当然として、
その一方で、そればかりにとらわれると、問題を見誤るなぁ、と
以前から考えていたので、ちょっとエントリー。
社長日記:2/11(金)より一部抜粋。
色々な思惑が渦巻いていますが、単なる転売目的でこんなリスクとりませんって。ウチは、ヘッジファンドじゃないんだから。目的はニッポン放送を中心としたフジサンケイグループの価値向上ですよ。報道ではよくフジテレビによるグループ防衛策~、とか言っていますが、何から何を防衛しようとしているんでしょうか?なんでウチが敵になるんでしょうか?危害を加えるどころか、価値を向上させようと言っているのです。株主にとっても社員にとっても視聴者(消費者)にとってもいいことだと思いますが。
~ 中略 ~
まあ、経営陣が株主に文句言われず、自由に経営したいってことなんだろう。早期に上場して常に株主と対話してきた自分としては信じられないことなんだけど。会社は(資本)金がないとはじめられない。だれが金を出しているのか、株主である。経営陣は株主から経営を委任されているだけの存在である。
繰り返しになるが、
堀江社長に対する、印象から来る「好き嫌い」は別にして考えると、
彼の言っている事は、至極もっともだし、妥当性もある。
特に「会社は誰のものか?」という、当たり前のテーマ。
無論、多くの人は「知識」としては知っていても、
実際には「社長のもの」「会長のもの」「創業者家系のもの」
などと感覚的には思っている人が多い。
恐らく、ほとんどの「社長」はそう思っているのではないか。(内心は)
しかし、抜粋記事にもあるように、
会社は出資者である「株主」のものであって、
代表取締役社長は、株主の依頼で経営を「代行」しているだけの事だ。
そして会社の方向性を決める「株主総会」では、
基本的には多数決で決まるため、
持ち株の数が過半数を超えれば、
その筆頭株主である人間の考えが現実には総意、という事になる。
政治の世界の、与党と野党の関係のようなものだ。
恐らく(あくまでも勘)堀江社長は、
それほど難しい事を考えている訳でも無く、
単純に「今の株主(フジの)が何も言わないんなら、私に言わせてくださいよ」
というだけの話なのではないか?
要は「株主・ユーザー(視聴者)・スポンサー」の3者が
もっと喜べる仕組み作りをしましょうよ、と。
(その方法論は、まだ聞いていないから正しいか誤りかは不明)
堀江社長がこれから何をやろうとしているのか?は別にして、
また、発言内容のデリカシーの有無も別にして、
現在、彼がやっている事、やろうとしている事には、
ほとんど問題は無い様に思えて仕方が無い。
要は「親方・日の丸」的な考え、姿勢から脱却しよう!
というのが堀江社長の基本的考えだろうから、
そこは大いに歓迎すべきだと思う。
その先は、世論をどこまで見極められるかの勝負だ。
そこは国民全体で、じっくり監視的に見守れば良いのだ。
先日、学校で学生に試験を実施した時の話。
「パワークリーン」というトレーニング種目の試験を行った。
“三回実施して一回でも成功すれば良い”という説明をする中で、
「一回ずつバーベルを置いて休んでも良いですよ。こちらから急かす事はしないから自分のペースでやって良いから。
あんまり急かすと頭がアッパラパーになっちゃうからね」と。
例によって、学生からブーイングの嵐。
「“アッパラパー”なんて、今時使わない」
えっ?…ホントですか?皆さん。
「パワークリーン」というトレーニング種目の試験を行った。
“三回実施して一回でも成功すれば良い”という説明をする中で、
「一回ずつバーベルを置いて休んでも良いですよ。こちらから急かす事はしないから自分のペースでやって良いから。
あんまり急かすと頭がアッパラパーになっちゃうからね」と。
例によって、学生からブーイングの嵐。
「“アッパラパー”なんて、今時使わない」
えっ?…ホントですか?皆さん。
今、夕方の時間に
フジテレビで「恋のチカラ」というドラマを再放送している。
好きだったんですよねぇ、これ。
ま、ビデオ屋に行けばレンタルがあるのだが、
タダで見られるので、録画して見ている。
内容は、ある広告代理店の才能豊かなクリエーターが、
会社と意見の相違から独立して、
事務所設立の苦労や失敗を描きながら、
そこに恋愛も絡んで…というストーリー。
いや…?
恋愛が主体で、そこに仕事が絡んで、という方が正確かな?
制作者の意図としては。
私はむしろ、前者の見方をしているが。
特に、話の前半は、
元々いた会社から足を引っ張られたり、仕事主体で進むので、
私はこちらが好きであった。
自分の経験からも、うなずける部分が多く。
「仕事」に対する考え方や、「営業」「プライド」「頭を下げるということ」など、
うまく表現されていたと思う。
とても比較にならないが、私も以前、会社から独立する時に、
ちょっとばかり嫌がらせをされかけた事があった。
“されかけた”というのは、
結果的に私には嫌がらせは出来なかった、と言うことで。
というのは、規模こそ比較にならないが、
元いた会社より、私の方が既に広範囲に渡って活動し始めていたので、
私の活動に影響を及ぼす事など出来なかった、という訳だ。
ま、少しばかり規模の大きな企業にいると、
何でも自分の意のままになると錯覚するのでしょうな。
“井の中の蛙、大海を知らず”と言うのはまさにこのこと。
ドラマは恰好良い“クリエーター”だが、
私はしがない“整体屋のおやじ”で、“トレーナーのおっさん”。
「お互い頑張りましょー」と、実在しない架空の人物にエールを送りつつ、
改めて勇気と元気をもらえている、呑気な中年であった。
フジテレビで「恋のチカラ」というドラマを再放送している。
好きだったんですよねぇ、これ。
ま、ビデオ屋に行けばレンタルがあるのだが、
タダで見られるので、録画して見ている。
内容は、ある広告代理店の才能豊かなクリエーターが、
会社と意見の相違から独立して、
事務所設立の苦労や失敗を描きながら、
そこに恋愛も絡んで…というストーリー。
いや…?
恋愛が主体で、そこに仕事が絡んで、という方が正確かな?
制作者の意図としては。
私はむしろ、前者の見方をしているが。
特に、話の前半は、
元々いた会社から足を引っ張られたり、仕事主体で進むので、
私はこちらが好きであった。
自分の経験からも、うなずける部分が多く。
「仕事」に対する考え方や、「営業」「プライド」「頭を下げるということ」など、
うまく表現されていたと思う。
とても比較にならないが、私も以前、会社から独立する時に、
ちょっとばかり嫌がらせをされかけた事があった。
“されかけた”というのは、
結果的に私には嫌がらせは出来なかった、と言うことで。
というのは、規模こそ比較にならないが、
元いた会社より、私の方が既に広範囲に渡って活動し始めていたので、
私の活動に影響を及ぼす事など出来なかった、という訳だ。
ま、少しばかり規模の大きな企業にいると、
何でも自分の意のままになると錯覚するのでしょうな。
“井の中の蛙、大海を知らず”と言うのはまさにこのこと。
ドラマは恰好良い“クリエーター”だが、
私はしがない“整体屋のおやじ”で、“トレーナーのおっさん”。
「お互い頑張りましょー」と、実在しない架空の人物にエールを送りつつ、
改めて勇気と元気をもらえている、呑気な中年であった。
今日は午前中に施術の診療をして、
午後はスポーツ専門学校の講義へ。
もうすぐ後期の授業も終わり、学生は卒業へと向う。
今日は最終の試験である。
さて、以前のエントリーで紹介した書籍、
カリスマ体育教師の常勝教育という本の中で、最も共感した部分の一つに「態度教育」という概念があった。
まさしく今日、この事を改めて痛感させられる事があった。
既に始業のベルも鳴り、講義が始まる時、
一人遅れて入ってきた女子学生がいた。
私の講義は実技も含むので、当然着替えていなければならない。
しかしその学生は着替えも済ませておらず、
入室して来ても、友人と話している始末。
その学生に「君、着替えは?」
すると、「あ~、後で着替えます」と答えた。
既にこの時点で、「こんのやろぉ~」なのだが、
その気持ちをグッとこらえて、型通りに出席を取り、
各自がウォーミングアップやストレッチに入ろうとした時、
その学生が着替えに行こうとしたので、
「ちょっと君、何故遅れて来たの?
他の人も遅れて来ているのなら、
前の授業が遅れたとかは有り得るけど、
遅れて来たのは君だけだ。遅れた理由は?」
と聞いた。
すると、
「別に。普通に遅れただけです。」
…何んに~っ!貴ぃっ様ぁ~!!(と、心の中で)
そして、着替えに部屋を出て行く時に、
私に聞こえないように独り言風に、
「何~もう。意味分かんないし~」とほざいた。
切れ掛かったが努めて冷静に、当然、厳しく説教をかましておきました。
柔らかい口調で、しかし軽く脅しを掛けるように、やや太い声で。
…でも…。全く分かっていないようで。
自分の行動の、“何”が悪いのかが。
(ちなみにこの学生、講義も聞いてないし、成績もしこたま悪い。
講義進行の邪魔をする訳では無いが、どうにも掴み所のない生徒。)
原田氏の唱える「態度教育」を改めて思い出した。
カリスマ体育教師の常勝教育から一説を引用すると、
汚れた部屋や荒れた街にいると、人間の心はどうしても荒んで行きますが、逆にきれいに清掃してある場所にいると心が晴れやかになる。実に単純な事ですが、身だしなみ、整理整頓といったことは、心の動きに大きく影響するのです。
靴を揃える、椅子を入れる、「はい」という返事、清潔な身だしなみ、きちっとした姿勢…
人間はこうした基本的な態度が身に付けば、きびきびと行動出来る様になります。
~中略~
生徒は、心がきれいになるほど、素直に教えを聞き入れて真剣にやろうという気持ちになります。すると“心のコップ”が上を向き、人間の器も次第に大きくなり物事を受け入れるようになり、様々な能力、パフォーマンスも高まります。
子供の頃に、教師からこのような事はうるさく言われて来た記憶があるが、
まさにこの重要性を、逆の立場でヒシヒシと感じさせられる。
逆に言えば、「態度」が出来ていない者に幾らモノを教えても、
伏せてあるコップに水を注ぐようなものなのだ。
最近では、親や地域社会が子供をしつける力が急速に弱まっています。そのため、態度教育を徹底することは容易ではありません。厳しい指導は“強制”ととられるために、指導者はどうしても態度教育におよび腰になっています。
しかし、現実には態度教育で子供の“心のコップ”をまず上に向けさせなくては、どんな指導も子供の心に入っていきません。しかもこれは小学生や中学生といった子供だけに限らず、大人である20歳を過ぎた若い会社員さえ同じ状況だと聞きます。
~中略~
子供達に「おい、まじめにしろよ」というと、「え~っ?まじめって何?」と言います。挙句には「掃除するぞ」と言っても、「先生、出来たら何かおごって」。
多くの子がこんな事を平気で言います。
すなわち、「まじめ」という言葉が通用しないのです。
~中略~
「まじめにしろ」と言われて、背筋が伸びたのは昔の話。
今の子供達に「まじめにせよ」と諭しても通じない。「まじめに掃除しろ」と言っても、嫌がってやりません。
そのような土台の出来ていない子供に、「まじめ」を教えるのは並大抵のことではありません―。
まさに、こういう事。
専門学校に比べたら、今の小学校、中学校の先生方の大変さは想像を絶するだろう。
何せ、
“白い物体”を、「これは“白”である。何故かと言うと…」と、
ここから始めなければならないようなものだ。
それがまさしく、「態度教育」ということなのだろう。
それにしても、前述の女子学生。
これで社会に出て、大丈夫なんだろうか。
苦労するのは、目に見えているのだが…。
今後の雇い主さま。
力及ばず、すいません。
午後はスポーツ専門学校の講義へ。
もうすぐ後期の授業も終わり、学生は卒業へと向う。
今日は最終の試験である。
さて、以前のエントリーで紹介した書籍、
カリスマ体育教師の常勝教育という本の中で、最も共感した部分の一つに「態度教育」という概念があった。
まさしく今日、この事を改めて痛感させられる事があった。
既に始業のベルも鳴り、講義が始まる時、
一人遅れて入ってきた女子学生がいた。
私の講義は実技も含むので、当然着替えていなければならない。
しかしその学生は着替えも済ませておらず、
入室して来ても、友人と話している始末。
その学生に「君、着替えは?」
すると、「あ~、後で着替えます」と答えた。
既にこの時点で、「こんのやろぉ~」なのだが、
その気持ちをグッとこらえて、型通りに出席を取り、
各自がウォーミングアップやストレッチに入ろうとした時、
その学生が着替えに行こうとしたので、
「ちょっと君、何故遅れて来たの?
他の人も遅れて来ているのなら、
前の授業が遅れたとかは有り得るけど、
遅れて来たのは君だけだ。遅れた理由は?」
と聞いた。
すると、
「別に。普通に遅れただけです。」
…何んに~っ!貴ぃっ様ぁ~!!(と、心の中で)
そして、着替えに部屋を出て行く時に、
私に聞こえないように独り言風に、
「何~もう。意味分かんないし~」とほざいた。
切れ掛かったが努めて冷静に、当然、厳しく説教をかましておきました。
柔らかい口調で、しかし軽く脅しを掛けるように、やや太い声で。
…でも…。全く分かっていないようで。
自分の行動の、“何”が悪いのかが。
(ちなみにこの学生、講義も聞いてないし、成績もしこたま悪い。
講義進行の邪魔をする訳では無いが、どうにも掴み所のない生徒。)
原田氏の唱える「態度教育」を改めて思い出した。
カリスマ体育教師の常勝教育から一説を引用すると、
汚れた部屋や荒れた街にいると、人間の心はどうしても荒んで行きますが、逆にきれいに清掃してある場所にいると心が晴れやかになる。実に単純な事ですが、身だしなみ、整理整頓といったことは、心の動きに大きく影響するのです。
靴を揃える、椅子を入れる、「はい」という返事、清潔な身だしなみ、きちっとした姿勢…
人間はこうした基本的な態度が身に付けば、きびきびと行動出来る様になります。
~中略~
生徒は、心がきれいになるほど、素直に教えを聞き入れて真剣にやろうという気持ちになります。すると“心のコップ”が上を向き、人間の器も次第に大きくなり物事を受け入れるようになり、様々な能力、パフォーマンスも高まります。
子供の頃に、教師からこのような事はうるさく言われて来た記憶があるが、
まさにこの重要性を、逆の立場でヒシヒシと感じさせられる。
逆に言えば、「態度」が出来ていない者に幾らモノを教えても、
伏せてあるコップに水を注ぐようなものなのだ。
最近では、親や地域社会が子供をしつける力が急速に弱まっています。そのため、態度教育を徹底することは容易ではありません。厳しい指導は“強制”ととられるために、指導者はどうしても態度教育におよび腰になっています。
しかし、現実には態度教育で子供の“心のコップ”をまず上に向けさせなくては、どんな指導も子供の心に入っていきません。しかもこれは小学生や中学生といった子供だけに限らず、大人である20歳を過ぎた若い会社員さえ同じ状況だと聞きます。
~中略~
子供達に「おい、まじめにしろよ」というと、「え~っ?まじめって何?」と言います。挙句には「掃除するぞ」と言っても、「先生、出来たら何かおごって」。
多くの子がこんな事を平気で言います。
すなわち、「まじめ」という言葉が通用しないのです。
~中略~
「まじめにしろ」と言われて、背筋が伸びたのは昔の話。
今の子供達に「まじめにせよ」と諭しても通じない。「まじめに掃除しろ」と言っても、嫌がってやりません。
そのような土台の出来ていない子供に、「まじめ」を教えるのは並大抵のことではありません―。
まさに、こういう事。
専門学校に比べたら、今の小学校、中学校の先生方の大変さは想像を絶するだろう。
何せ、
“白い物体”を、「これは“白”である。何故かと言うと…」と、
ここから始めなければならないようなものだ。
それがまさしく、「態度教育」ということなのだろう。
それにしても、前述の女子学生。
これで社会に出て、大丈夫なんだろうか。
苦労するのは、目に見えているのだが…。
今後の雇い主さま。
力及ばず、すいません。
このパーティーはバイキング形式で、
自分で料理を取りに行く形だったのだが、
何故か皆、写真のように整列をして、お行儀良く…
まるで、学食のカフェテリア方式のようだ。
私の記憶では、思い思いの料理の前に、
特にルールも無く群がる、というのが普通のような気がするが。
長~い列を作り、黙々と並んでいる姿は、
傍から見ていると、かなり滑稽で、
思わず写真を撮ってしまった。
いかにも、古いタイプの日本人らしいなぁ~、と。
ちなみに、私は後から行って、
この整然として状態を壊してやりました。
つまり暗黙のルール、無視。
追い越し・横入り、やり放題、で。
だって、前の人が取り終えるまで待ってるって、効率悪いじゃないですか。
これで、“既成概念を叩き壊す男”として、
後世に語り継がれる事でしょう。
記念祝賀パーティーが行われた。
私も日頃、指導員として活動しており、
今回の祝賀会の運営委員も務めた。
救急法普及活動というと、他の団体を思い浮かべる方も多いだろうが、
日本国内では、実はこの協会が常にいち早く、
国際標準の処置法や教育プログラムなどを導入している。
今でこそ、赤十字以外に様々な普及団体があるが、
その遥か以前から活動をしており、
アメリカのAHA(アメリカ心臓財団)と提携している
日本唯一の団体である。
心肺蘇生法認定資格も、国内では唯一、
この協会の資格のみが国際的に認定されている。
一口に20年とは言っても、
代表の澤木勇二理事長にとっては、言葉に出来ない苦労もあったと推察される。
ありとあらゆる救命現場の経験を持つ人は、
この方以外には、そうは存在しない程の経験を持っている。
アメリカに頻繁に渡り、
世界標準の最新救急技術や情報を日本に伝えているのは、
実は澤木勇二氏なのである。
アスレティックトレーナーの世界最高峰の資格と言われる、
NATA-ATCという資格認定も、
日本国内ではこの協会の心肺蘇生法の教育プログラムを合格・取得しないと
継続認定がされないことになっている。
私は指導員になって、まだ10年少々。
未だヒヨッこっである。
微力ながら、普及活動や教育プログラム開発などに尽力したいと考えている。