あの放課後から、私はきっと変になってしまった。
彼を自然と探してしまう。
考える度に胸が苦しくて切ない。
平静を保とうとすること事態が既に不可能なくらいに。
春だからって、きっと頭がぼうっとしているだけに違いない。
何度も何度も言い聞かせ続けた。

朝のことだ。

まちこが私の肩をとんとんつついてきた。

「んー?」

胸が苦しいのがおさまらなくてだるそうな声が出てしまった。

「ワーオ!ゆずってばどうしたの?」
「わからぬ」
「えっ、わからぬって!あははっ」

一頻りお腹を抱えて笑っていたまちこはヒーヒー言いながら私に向き直って言った。

「ゆず、最近大丈夫?」
「へっ?」
「だって最近凄く変だよ~?ぼーっと何かを見ていたり」
「あー...」

一体何なんだろう。
素直にまちこに打ち明けてみた。

「ゆず!それは恋だよ!」

話を聞いたまちこは真っ先に言った。
教室が少しざわついた。

「ちょっ!やめてよど真ん中で!」

神谷の視線が痛いほど突き刺さっている。

「あははっ、ごっめーん!」

言いつつも爆笑しているまちこはすぐ正面を向いてしまった。

「なんだ?佐崎好きな人居んの?」

神谷が此方を見つめながら問い掛けてくる。
私はどうしようもなくて、多分、とだけ答えた。

「へーぇ...」

神谷は拗ねたような顔をして、机にだらんとする。
私は兎に角恥ずかしくて顔を伏せていた。

神谷の向こう側でさとねが此方を見ていたことには私はまだ気付いていなかった。

放課後の最近の日課は校庭の桜を一人で眺めることだった。
だんだん緑が大地に広がり始めている。
桜ももう、殆どが舞い散って葉桜に変わっていた。
春は短くて、切なくて温かい。

しばらく座っていたら、また星夜を思い出した。
途端に胸がぎゅっと苦しくなる。
少し痛いくらいの痛みに、思わず涙が出た。

教室のドアが開く音。

「あ、ゆず、俺今当番の仕事が..どうした?!」

隣にきたのは星夜だった。
その顔を見て胸がまた締め付けられる。
そんな私の頭を、星夜はぽんぽんしてくれた。

私はその袖を軽く掴むと口から言葉が漏れ出した。

「私...好きなの..」



続く




「えっ....と...」

振り向いた先には星夜が居た。
相変わらず綺麗な姿で、ただそこに居るだけで温かい存在。

「佐崎さんは、いつも放課後、此処に居るの?」
「うっ、ううん!今日はちょっとボーッとしてたくてっ」

思わず緊張してしまって声が上擦る。
星夜はふふっと笑うと此方に歩み寄り、神谷の席に座った。
1つ1つの動きを見つめてしまう。

「ん?」

星夜が此方を見、首を傾げる。

「なっ、なんでも...!」
「そう?」

翡翠のような目がちらりと動く。
なんか変な気分だ。
何故か目が奪われてしまう。
そして、何故か懐かしい様な気がするのだ。

「星夜さんって」
「星夜でいいよ」
「っ...」

紳士のように微笑みながら此方を見ないでほしい..。
不覚にも胸がどきりとした。

「せっ..星夜って、前の学校でも人気だったの?」

星夜はきょとんとしながら私を見て、顔を少ししかめた。

「俺、学校、今日が初めてなんだよね」

んっ..?
それは可笑しい気がする。

「いきなり高校三年生って吃驚でしょ?でも家でちゃんと高校までの勉強はしてたから」

要するに通信教育で単位をとっていたと言うことだろう。

「5月に入ったらすぐにテストだよ?」

私は苦笑いしながら手をひらひらさせる。
でも、星夜はそれには返答をせず、私をじっと見つめてきた。

また、胸がとくんと脈打つ。
そんな綺麗な瞳に見つめられて、私はどうしたらいいんだろう。

やがて微笑むと、星夜はすっと立ち上がった。

「俺はそろそろ帰ろうかな、今日はどうも、佐崎さん」
「わっ、私も、ゆずでいい..から」

少し視線を外しながら私は言った。
星夜が吃驚した顔をして、すぐに優しく微笑みかける。

「そうだね、じゃぁ、また。ゆず」

教室から彼が去ったあと、私は胸がどきどきしてとても苦しかった。

最後に呼ばれた名前と、見つめてくる綺麗な瞳。

この、彼を思い出す度に胸がきゅっと苦しくて、温かくて、よく解らない感情に包まれていた。


続く




私は目を見張っていた。
隣の席の神谷はニヤニヤしながら私をつつく。

「あれはきっとモテるだろうな」

まちこは既に目標としているようだった。
対し、さとねはそうでも無さそうだった。
早坂先生が教壇に立っている青年の肩を叩き、挨拶をするように促す。

「星夜です、宜しく」

声は透き通った低い声で、綺麗だった。
星夜...
なんて素敵な名前なんだろう。
そしてあまりに繊細すぎる彼のすべてを思わず見つめてしまう。

「おい馬鹿、見とれすぎだろ」
「だっ誰が馬鹿なのよ..!」

神谷が口を尖らせてこちらをちらりと見た。

「あんたなにしてんの..」
「うるせーばぁか」
「むっ...!」

私がむっとすると、神谷は切れ長の目で私を見据え、口を開きかけたが、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

変な奴だ。

まちこは休み時間になるとすぐに星夜の方へ行った。
まちこだけでは無い。
クラスのほとんどの女子が。

さとねは机に突っ伏して寝ていた。
私は、群がるのは好まないので、また校庭の桜を眺めていた。

教室の向こうで、メールアドレスをきく声がした。

突然、ひゅうっと風が教室に吹き込んで、同時に桜の花びらが教室に舞い込んできた。
教室のざわめきをかきけすように。

何故かは分からないけど、ほのかに甘い香りがした。

ぼうっとしていると神谷が前の席に来た。

「お前は行かないの?」
「えっ、何処に?」

神谷は教室の女子の軍団を指差す。
私は苦笑いをして静かに首をふると、再び眼下に視線を落とした。

「そっか」

そう呟いた声が安心したように聞こえた。


放課後、私は突如訪れた青年を思い出していた。
教室にぽつんと居るのも悪くない。

「佐崎さん?」

柔らかい口調で誰かに名前を呼ばれ、私は驚いて振り向いた。


続く