地方の政治と選挙を考えるミニ講座

地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

総選挙が終わって4日が経ちました。

メディアをはじめ、実に様々な人たちがこの選挙を総括していますね。

選挙の結果を要約すると、

圧勝したのが「自民党」、というより「高市政権」。

大敗したのが「中道」、というより「旧立憲民主党」ということになります。

そしてその原因については、

立民と公明の合併策が裏目に出たとの見方に集約されるわけですが、

これに関しては私も異論なしです。

 

しかしなぜここまでの極端な数字の開きがあったのか、

私なりのその要因をこれから考えるわけですが、その前に、

選挙とはすなわち、大半の有権者にとって「娯楽」であると定義しておきます。

 

実際、地上波全局が選挙特番を組むということは、

それだけ視聴者も多い国民総出の行事です。

そしてその視聴者は、贔屓の候補が勝って歓喜する姿以上に、

アンチの「泣きっ面」を拝むことでより一層興奮を増幅します。

つまり選挙特番は報道番組であると同時にエンタメでもあります。

インタビュアーに芸人を起用したり、

わざわざ炎上を導き出すようなコメントが飛び出すのも演出の範疇と考えます。

それに反応するSNS上では「●●候補比例でも負け~!復活ならず、メシウマ~!」

なんてコメントが溢れる。

人によっては開票日の夜は大晦日以上に長い夜かもしれない。

 

 

アンチの「泣きっ面」に関連してですが、

最近YouTubeを開くと古いドラマの名場面(ショートカット)がよく出てきます。

半沢直樹が憎き上司を土下座させるシーンなんかは、

私にとってデスクワークの合間の清涼剤になったりするわけですが、

特に半沢直樹のこういうシーンが快活で秀逸なのは、

悪役の演出と、悪役を演ずる役者の演技力が卓越していることです。

 

 

さて、選挙にはその種別と執行理由によって各々の背景がありますが、

戦い方の手法の一つとして「悪役の設定」があります。

報道が入れ込む大きな選挙ほど重要な戦法です。

「正義が悪を裁く」という展開は誰もが楽しめるドラマストーリー、

すなわちこれを選挙に当てはめればよく、

この設定がきれいにはまると投票率も高くなります。

 

近年、この手法が圧倒的に奏功したわかりやすい例を挙げるとすれば、

安芸高田市長時代の石丸伸二氏の動画配信です。

 

石丸氏は市長時代に、

市議に対する「恫喝」や執拗な地元メディアへの批判を繰り返し話題になりました。

またその模様を収めた動画は市議や記者の言葉尻を捉えて、

さらに自身の言い分があたかも正義と思わせる恣意に満ちた切り抜きでした。

これを大量に配信し続けることで市議・記者を「愚鈍な悪役」に仕立て上げ、

ネット上で半沢直樹のような「舌鋒鋭いヒーロー」と扱われるようになり、

全国区の有名人になることに成功しています。

 

 

解散が事由の総選挙では、

解散の大義名分というところからが始まりですが、

この時、解散権を行使した首相をどれだけ「悪役」に仕立て上げられるかが、

野党側の選挙戦術のキーポイント、

そして反自民オールドメディアの腕の見せ所になります。

もっと言えば、有権者が熱狂する娯楽的要素が高い選挙になるか否かについても、

オールドメディアの報道の仕方ひとつで大筋が決まります。

 

今回(第51回)は、前回(第50回)の執行から1年3か月しか経ていませんので、

オールドメディアにとってはあまりに「急」だったのではないかと推測します。

解散予告から解散、そして総選挙の公示まで、

起承転結が1か月以内に収まる超短縮日程が発表されました。

その驚きから、誰が最初に発したか「女王の横暴解散」という言葉が生まれ、

高市総理を「独裁」と一斉に非難し、悪役の濡れ衣を着せようと試みました。

 

ところが結果、これが完全な空振りだった。

老練議員に媚びず、決断力とスピード感を最大限に演出した高市総理は

実に好ましい国のリーダーとして、国民の支持を鷲掴みにしました。

 

解散総選挙の想定も準備もできていなかった各党代表のコメントを

1月24日の時事通信が伝えていますが、※以下・元記事要約

 

中道の野田共同代表は「人気のある人に任せてください選挙」と指摘。

国民民主党の玉木代表は「経済後回し解散」と断じた。

れいわ新選組の櫛渕共同代表は「欲まみれ解散」と指弾。

共産党の田村委員長も

「白紙委任をよこせと言わんばかりの党利党略解散だ」と、切り捨てた。

日本維新の会の藤田共同代表は

「連立組み替えによる政策の大転換を評価していただく」として、

「連立組み替え解散」と名付けた。

 

つまり、突然の解散に対して「受けて立つ」という姿勢を、

どの党も示すことができなかったわけです。

 

この記事からはさらに、

有権者に訴える政策の目玉についても討議すらできていなかったということが、

はっきり読み取れます。

したがって、オールドメディアが左派の主張を書こうにも、

野党各党からの発信がないから何も書けない。

結局高市総理の言葉尻を捉えて上げ足攻撃するか、

性急な解散総選挙日程を「ズルい」と罵ることぐらいしか

戦うすべがなかったわけです。

よって、高い支持率に支えられた高市総理に対して、

正論ではなく屁理屈で攻めれば攻めるほど、

自分たちこそが「悪役」を演ずることになってしまったわけです。

 

それに、どこの記者が言い出しっぺなのかわかりませんが、

今回の解散は決して「女王の横暴解散」などではありません。

 

私は会社の電話番号も自宅の電話番号も電話帳に(わざわざ)掲載していますので、

セールスの迷惑電話もたくさん受けますが、

世論調査の電話も必ずかかってきます。

特に昨年11月ごろから年始にかけては頻繁に調査が行われていたことは事実です。

私は自社でもこのような調査を請け負い、発注することもありますので、

調査主が政党なのか、候補者なのか、メディアなのか、大体わかりますし、

調査の頻度や設問の内容から、

自民党が解散総選挙の最適時期を探り始めたという兆しを感じていました。

 

高市総理は就任直後から高い支持率を得ていましたので、

周到に、周到に、支持率が伸びていることを確認しながら、

調査を幾度も重ね、数値を盾に解散に踏み切ったはずです。

そして、絶対に勝てる数字の根拠が確認したところで、

1日でも早く解散総選挙を執行する…、

そして自民単独過半数で構成された衆院で次年度予算を編成したい…。

至極当たり前の筋書きだと思います。

(衆院予算委員長は枝野氏だったわけだし…)

故に解散から総選挙公示までを超短期間に設定し、

1日でも早く衆院を通常国会を再開させようとした。

政権側には綿密な準備と作戦があり、その通りに事が進んだと考えられます。

 

 

総選挙の私なりの総括はこのくらいにしておき、

今記事のタイトルの「総選挙、真の敗北者は?」を明かしたいと思います。

 

その答えは「嫌われ度調査を怠った面々」ということになります。

 

電話帳ベースの支持率調査はどの政党もどの報道機関も必ず行いますが、

嫌われ度調査っていうのにはこれまでに出くわしたことがありません。

2年前に私はブログで、蓮舫氏が都知事選で3位になった要因について、

「知名度は抜群だが嫌われっぷりが破格である」と書きましたが、

今回だって同じです。

安住氏、小沢氏、岡田氏、枝野氏がどれだけ嫌われているのかということを、

旧立民が組織として数字を把握できていないから、

国民の意識とチューニングがずれていることは明白です。

 

これまで政治意識調査や支持率調査は、電話が専らでしたが、

今後はネットがその幅を広げてくると予想されます。

比例代表制のように、政党が所属議員数を確保するために戦う選挙においては、

アンチが多すぎる人材は立候補させないほうが絶対に良策です。

そもそも重鎮にしてアンチが多いということは、

慢心か強権で組織内においても迷惑な存在のはずです。

 

私たち有権者は「落としたい人」に投じる1票を持っていませんので、

せめて世論調査だけでも、その意志を示す機会を与えてほしいものです。

都知事選が終わって1週間になります。

この選挙は全国民が注視する(実に特殊な)地方選挙ですが、

今回もN党によるポスター枠販売など、

新手の「都知事選活用術」が見られました。

落選はしましたけど善戦した石丸伸二氏は、

一気に全国区の政治家として名を売ることに成功しています。

このような副産物を生み出すという意味において、

改めて都知事選は特殊な地方選挙だと、私は思います。

 

さてその結果についてですが、

様々な識者が考察や総括を述べられています。

予想通り順当に当選した小池百合子氏に関しての記事評論は少なめですが、

番狂わせが起こった2位と3位に関して争論が活発です。

私は蓮舫氏の敗因について

報道や識者が述べていることと異なった観点を持っているので、

今回はその主張をしてみようと思います。

 

 

蓮舫氏はそもそも勝てる候補ではない

 

3位に沈んだ蓮舫氏、2位を堅持できなかった理由に、

共産党との共闘が主要因であるとの意見が多数を占めています。

確かに保守勢力にとってこの共闘は、

蓮舫候補を叩く材料として有効活用できたと思います。

しかし「共産党との共闘」だけが要因だったのでしょうか。

 

2年前、令和4年の参院通常選挙の東京選挙区の数字を見ると、

[3位当]山添 拓(共産/現)685,224

[4位当]蓮  舫(立民/現)670,339

蓮舫氏個人で得た票と、唯一の共産党公認の票を足して135万票でした。

これが共闘陣営から見て保証された固定(基礎)票と考えます。さらに…、

[8位落]松尾明弘(立民/新)372,064 

もう一人の立民公認候補の票を足すと172万票になる。

これくらいは絶対に読める数字で、

加えて打倒自公で歩調を合わせてきたれいわ・社民からの支援があれば、

200万は超えると目論んだはずなのに、結果は1,283,262票と、

「保証された固定票(135万票)」にも届きませんでした。

 

これだけ得票の目論見が外れると

「共産党との共闘」以外にも大きな敗因があると考えなければならないと思いますが、

私は、戦う以前の問題、候補者の人選が初めから間違っていたと考えます。

 

 

100万人以上の支持者を裏切った12年間

 

蓮舫氏といえば、民主党を源流とする反自民勢力の急先鋒であり、

広告塔でもありました。

平成22年の参院選では菅内閣で初入閣した直後ということもあって、

東京選挙区で史上最多の171万票を得票して当選しています。

このころからメディア、とりわけテレビでの露出が増えたわけですが、

元々の高慢な態度や刺々しい説法が際立つようになりました。

さらに閣僚としての東日本大震災対応の失敗が決定的になり、

民主党政権・菅内閣の急激な支持率下落が伴って人気を落とします。

二重国籍問題も評価を下げる要因になりました。

そして最盛期の171万票は、6年後の平成28年に112万票に減り、

12年後の令和4年には67万票まで減らしています。

実に100万人以上の支持者を失いました。

 

数字で見れば、反自民勢力の広告塔であったのは過去の栄光です。

なのに立民・共産共闘陣営が「蓮舫氏は最強・最良の候補」と持ち上げた。

これはまったくの見当違い、

つまり人選を間違えていたとしか言いようがありません。

 

期待を裏切られ幻滅させられたファンというのは、

おおむねアンチ勢力に姿を変えます。

100万人も支持者を減らしておきながら反省の色なし…。

舌鋒鋭く敵の上げ足取りに徹するスタイルを頑なに変えない。

竹田恒泰氏がYOUTUBEで語っていましたが、

都知事選での主張についても何も新鮮なものがなく、

国会での論争の延長のような現職批判と自公批判に終始していた。

これではアンチ勢力を増幅するだけです。

 

 

アンチ対アンチで盛り上がった選挙戦

 

その蓮舫氏が出馬会見を開いたのが5月27日。

実際は会見を予告した数日前が、蓮舫氏の始動です。

石丸氏は5月16日に出馬会見を開いていたので蓮舫氏より早かったのですが、

この時はまだ泡沫扱いに近かった。

したがって蓮舫氏の視界には現職しか映っていなかったと思います。

 

蓮舫氏の出馬は、現職ならびに自公勢力に緊張を走らせました。

上記のように数字で見れば往時よりも弱体しているのは確かですが、

知名度で言えばこの人に勝るものなしという存在です。

さらに現職も決して高い評価、厚く硬い支持層を持っているわけではありません。

前回選挙で公約した7つのゼロも褒められるほどの結果が出せていません。

そしてこの選挙戦で妨害勢力が現れた通り、

「アンチ小池」の存在も明らかになりました。

さらに自公が表に出るとマイナスに作用する…。

「現職は苦戦するのではないか。」そんな空気が一時流れたと思います。

 

しかしこの緊張がアンチ蓮舫の勢力が結集する原動力になりました。

敗者の傷に塩を塗るわけではありませんが、

蓮舫氏の嫌われ方は尋常ではありません。

「あの人、なんか感じ悪い。」という感情・感覚のレベルではなく、

「蓮舫が知事になったら東京が日本でなくなる。」

「国家機密が中国に駄々洩れになる。」「外国人優遇が突き進んでしまう。」

アンチ勢力から見ればテロリストかスパイ、危険人物の類です。

「故に蓮舫だけは絶対に当選させてはならない!」

こういう集団意識が蓮舫氏出馬会見を機に形成されたと思います。

投票率を前回比5ポイント近く上げた要因になったかもしれません。

そして「誰かを落選させるために」選挙運動に参加し投票する人というのは、

原則に死に票を投じることはありません。

故にアンチ蓮舫の9割以上が「小池百合子」を推し、投票したはずですし、

選挙では常に多数派である変化を求めない保守的な有権者層も、

消去法で「小池百合子」を選んだはずです。

 

ではアンチ小池はどういう選択をしたのでしょうか。

アンチ小池の願いは現職を墜落させることですから、

この人たちの票は、

支持率調査で2位に躍り出た石丸氏に集中したはずです。

 

遊説の妨害があったりして後味の良くない選挙になったのは、

アンチ対アンチというこれまでにあまり類の無い図式の賜物です。

「アンチ蓮舫」は小池氏の順当勝ちを支える勢力となり、

「アンチ小池」は石丸氏の大健闘を支える勢力に加わりました。

高橋洋一氏はYOUTUBEの自身のチャンネルで、

蓮舫氏にはまったく浮動票が流れなかったと説いていますが、

それは私も同じ見解です。

当選枠が複数ある議員選では悪目立ちも戦略の一つですが、

首長選や定数1の選挙で悪目立ちはマイナスにしか作用しません。

 

 

蓮舫氏は再起できるか!?

 

蓮舫氏に対して、或いは蓮舫氏の支持者に対して、

かなりきつい物言いになってしまいました。

敗戦したご本人も深く傷ついていることと察するのですが、

もう一度政界復帰を目指すということであれば、

現状で、定数1の衆院小選挙区での当選は難しいと思います。

ファンよりもアンチのほうが多いという特殊キャラも理由の一つですが、

このままのキャラでは党支部が快く受け入れてくれないのではないか。

新しい支部を預かるのであればまずは「低頭平身」を貫かなければ、

スタッフが苦労することになります。

 

まず100万人の支持者を失った事実と向き合い反省をして、

もう一度参院東京選挙区でトップ当選できれば、

今回の敗戦は糧になると思いますし、

次に咲かせる花はより大きな花になるのではないかなと思います。

 

私は思想的にリベラルを受け付けられないので、

蓮舫氏を応援することはありませんが、

党を背負って命がけの戦いに挑んだ勇者を称え敬います。

前回は、茨城が生んだ日本一選挙に強い男・中村喜四郎衆院議員が、

投票率が上がらない要因について、

「小選挙区比例代表並立制そのものにある」と、

説いていることをお伝えしました。

 

今回はその続きになりますが、

まずそれまでの中選挙区制を廃し、制度を改めることによって、

当時の国会はどんな衆議院を作ろうとしたのか…。

つまり制度改正の狙いと前提についておさらいしようと思います。

 

 

中選挙区での最後の総選挙となったのは平成5年の第40回衆院総選挙です。

この第40回は、宮澤首相が内閣不信任決議案の可決を受け、

衆院を解散したことにより公示された選挙で、「嘘つき解散」と称されます。

 

平成5年5月31日、宮澤喜一首相がテレビ番組「総理と語る」の中で、

田原総一朗氏からの鋭い質問(今国会中に選挙制度改革をやるんですか?)に対し、

「(今国会中に選挙制度改革を)やります。やるんです」と公約します。

 

私もこの番組を見ていて、問題のシーンを覚えていますが、

田原氏の気迫に押され、返事を誘導された感じだったかな…?

「やります。やるんです!」と、語気は強いが、

どこか自信なさげな様子を醸し出していました。

案の定、宮澤首相は、通常国会内に自民党内の意見をまとめきれず、

次の国会へ先送りしました。

まずこれが嘘つきと言われる所以。

 

 

このような経過に野党が猛反発します。

通常国会閉幕直前に社会党・公明党・民社党が共同で内閣不信任決議案を提出。

採決では自民党内からも造反者が続出し、

内閣不信任決議案は可決され、解散に至ったわけです。

 

与野党が成立を推し進めていた「選挙制度改革」は、

翌年、細川内閣によって「政治改革4法」として成立しますが、

一つ目は小選挙区比例代表並立制導入を柱とする公職選挙法の改正案。

次いで政治資金規正法改正案と政党助成法案。

そして衆院選挙区画定審議会設置法案、以上4つ法案のことを指します。

 

 

国会では昭和63年のリクルート事件をきっかけに、

「見返りを求めない、賄賂性のない献金」を…。という議論が活発になり、

政治資金の規制強化が議論されるようになりました。

しかし企業・団体からの政治献金の規制を強化すると、

自民党・社会党・民社党の政治資金が枯渇する懸念があるため、

政党助成金制度をセットで導入する案が自民党から主張されました。

 

自民党内ではそれに加えて、

同一政党内の議員同士が討ち合いとなる衆議院の中選挙区制を

「地元への利益誘導により当選を図ろうとする腐敗の元凶。」とし、

小選挙区制を導入すれば同じ政党候補同士の争いは起きず、

また、投票者の半数近くの票を得なければ当選できないので、

特定利権より広範な市民の利益が優先されるようになると説きました。

 

さらに、復活当選による救済の可能性と、

少数政党の一定の議席が見込める比例代表並立制とすることで、

与野党逆転、政権交代が起きやすい制度であると主張し、

野党の同意を取り付けます。

「政治改革4法」は与野党概ね合意の上、

この通常国会で可決される見込みとなっていました。

 

 

「政治改革4法」の狙いを一言に要約すると、

「お金のかからない選挙を実現し、金権政治を排する。」

ということになろうかと思います。

 

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平成3年3月以降、バブル経済が崩壊し、

間もなく日本は経済的には暗黒の時代を迎えます。

そして平成4年8月。

金丸信・自民党副総裁が東京佐川急便から5億円の闇献金を受けていた事件が発覚。

国民の政治不信は頂点に達し、

国民の関心とマスコミの追及は「政治とカネ」に凝集されていました。

 

宮澤首相率いる自民党はもはや死に体でした。

1日も早い政治改革法案の成立が声高に叫ばれる中、

平成5年の通常国会での「政治改革4法」の成立が見送られ、

宮澤首相が衆議院を解散すると、

羽田孜、小沢一郎氏ら34人が自民党を離党し、新生党に参加。

さらに23人、計57人が自民党を離党。

その後、武村正義、鳩山由紀夫氏ら10人が新党さきがけに加わります。

 

そして公示された中選挙区制での最後になる平成5年の第40回衆院総選挙は、

前年の第16回参院選で議席を獲得した日本新党と、

選挙直前に自民党から離党した議員らが中心となって結成された

新生党や新党さきがけが躍進します。

自民党は、党分裂後の突然の総選挙であったために、

新生党や新党さきがけに移籍した、

前職の穴を埋める刺客候補者の擁立が間に合わず、

単独過半数を獲得することは出来ませんでした。

 

結局「政治改革4法」は、日本新党と旧羽田派である新生党が中心となり、

加えて日本社会党、公明党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合、民主改革連合と、

非自民8党が連立して誕生した細川内閣が翌年に成立させることになります。

 

 

平成6年1月4日、細川内閣最初の通常国会開会に先立ち、

与党各党が議員総会を開いて政治改革実現の決意を固め、

細川首相は自民党の改革推進派議員にも呼びかけて決起集会を開きます。

河野洋平・自民党総裁も細川首相とのトップ会談に応じ、

平成6年3月4日に成立。

実に5年以上の年月を経てようやく政治改革は実現しました。

 

「お金のかからない選挙を実現し、金権政治を排する。」

その大義名分に対する土台が出来上がったということでもあります。

 

――――――――――――

 

しかし今になってみると、

この法案成立の一連の経緯は政治家が自らの自浄能力を見せつけるため。

つまりパフォーマンスが優先されたものと、

そんな、うがった見え方ができなくもない…。

 

 

バブル崩壊という暗黒経済の最中、

特に当選回数の少ない若手にとって金を集めるのは難作業であったはず。

また中選挙区制は地元への利益誘導も必要だし、

後援会の維持にはたくさんの秘書を雇う必要もありました。

 

それが小選挙区になれば、選挙区は狭いし金銭的に楽。

企業献金が禁止ということになれば、不景気の中集金活動もしなくてよくなる。

その分労せず、政党助成金がいただけるのであれば言うことなし…。

 

 

つまり…。

この選挙制度改革は、改革という名を借りた、

代議士自身と既存政党による、

「自分たちにとって都合のいい選挙制度のカスタマイズ」だったのではないか…。

私にはそう思えてなりません。

 

実質この法案成立後、

国民と政治との距離がかなり遠のいたのではないかと私は感じています。

 

 

 

中選挙区での同志討ち合いというのは、

もちろん当事者同士もし烈な戦いを繰り広げていたわけですが、

巷の支持者もまた、熱心に候補者のために汗をかいた時代でした。

地元の催事には、支援者が我先にと秘書や議員を連れ歩きました。

金回りのいい中小企業の社長連は率先して献金を出したし、

運動員を方々から集めて選挙を盛り上げました。

その代わり政治に対して、行政に対してたくさん陳情もしたけど、

当時は「政治に参加する」人間がたくさんいたわけです。

 

 

ところがこの改革によって、

政治活動や選挙運動を主導する役が「国民」から「政党」に代わってしまった。

 

 

小選挙区比例代表並立制による総選挙もすでに7回を数えますが、

この制度で当選するためには、

まず政党公認を得ることが先決です。

もちろん建前では無所属から勝ち上がる道もありますが、

中選挙区制に比べると、その道のりははるかに険しいものになりました。

 

 

投票率が上がらない要因として小選挙区比例代表並立制に問題があると、

中村喜四郎氏が指摘したことは実に光明ですが、

この制度が一朝一夕にひっくり返ることはあり得ません。

 

しかし、

政党が選挙区の候補者や比例順位を決める予備選挙を行うことや、

昨日今日に設立された新参政党でも候補者を立てられるような、

比例区への立候補条件の緩和。

さらには政党公認に優位な運動形態を改めた、

公平な政治活動と選挙運動のルール設定等。

マイナーチェンジができそうな項目はたくさんあります。

 

 

最近国民民主党が、

山尾志桜里氏に比例東京の名簿順位1位を授けると発表しましたが、

都内の地方議員や、党勢拡大のため骨身を削った一般人の中に、

その立ち位置を狙っていた人がいたかもしれない…。

 

政党の、一般党員を無視したこのような人材配置が

じわじわと国民と政治の距離を遠ざけているのではないでしょうか。

 

4連休の最終日、茨城新聞の1面はご覧のような記事で飾られました。

 

 

そう中村喜四郎・衆議院議員です。

中村氏が「新立民」に合流したことが茨城では大きなニュースになりました。

この紙面ではその抱負をインタビューし、記事にしているわけですが、

私は中村氏が記事中、

「投票率の10ポイントアップを呼び掛ける署名活動を立案し、

野党共闘の在り方としても位置付ける。」と、語っていることに引き込まれたので、

今回は「投票率を上げるって!?」と題して私の考えをまとめようと思います。

 

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茨城県内の人、あるいは選挙や政治に思い入れのある人は、

説明するまでもなくこの人物の「凄み」を知っていると思いますが、

国会のレジェンドが長い間の沈黙を破って動き出しました。

 

「レジェンドだって? いや、もう過去の人だよ。」

そんな声もあるかと思いますので、簡単にその「凄さ」を説明しますが、

中村喜四郎氏は昭和24年生まれの71歳。

昭和51年に27歳で衆院議員に初当選し、

以来、当選回数14回(14勝0敗)を重ねる国会の重鎮です。

 

ただその政治家生命は実に波乱に満ちております。

 

今から遡ること26年前の平成6年、もし「あのこと」がなければ…。

このお方は間違いなく宰相にまで昇りつめていただろうと、

私は固く信じております。

私は仕事柄、いろいろな人の弁舌や政治手腕を間近で見てきているわけですが、

中村喜四郎氏の選挙手法と説法は日本一だと思います。

風貌も、選挙区での親しみやすさも秀逸ですが、

人並外れたカリスマ性をまとっている大人物。

それが私にとっての中村喜四郎です。

 

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中村氏の初出馬は昭和51年の第34回衆院総選挙。無所属での立候補でした。

元参院議員であり、父である、先代の中村喜四郎の後援会を引き継ぎ、

戸籍名を「伸(しん)」から「喜四郎」に改めたといういわゆる二世です。

 

しかし二世とは言っても先代は参院議員でしたし、

ブランクもありましたので、直の後継ではありません。

 

衆院旧茨城3区の定数は5で、

第34回総選挙を迎える前の議席は、4人が自民党、1名が日本社会党。

引退する者はいなかったので、

狭い隙間に割り込んでいく挑戦でした。

27歳の中村氏はその狭い隙間をくぐりぬけ、トップで当選しました。

そして当選後に自民党の追加公認を受けています。

 

この選挙ではまた、前回辛酸をなめていた公明党の元職が2位に入ったため、

自民党公認の前職・赤城宗徳氏(72歳)と、

同じく自民党公認の前職・北沢直吉氏(75歳)を

定数5の枠からはじき出し、落選に追い込んでいます。

 

その2年後、昭和53年の第35回衆院総選挙では、

トップの座を、前回次点で落選した74歳の元職・赤城宗徳氏に譲っていますが、

(この赤城氏のリベンジもメッチャ凄い展開だが…。)2位で当選。

以来、中選挙区で執行された第36回(昭和55)から第40回(平成5)総選挙は、

5回連続、トップで当選しています。

 

 

圧倒的に選挙に強い中村氏は、党内・国会でもメキメキ頭角を現します。

平成元年に若干40歳にて宇野内閣で初入閣(科学技術庁長官)を果たし、

平成4年の宮澤改造内閣では建設大臣に任命されるなど、

早い出世とその将来性に大いに期待を集めました。

 

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しかし平成6年に、暗転の期が訪れます。

「自民党独占禁止法に関する特別調査会会長代理」在任中の斡旋収賄罪容疑が浮上。

東京地検特捜部の任意捜査を拒否したため、

検察庁が逮捕許諾請求を衆議院に提出し「逮捕」という方針を示しました。

そして衆議院で逮捕許諾請求が可決され、中村氏は逮捕されました。

 

逮捕される2日前に中村氏は自民党を離党しましたが議員辞職はせず、

無所属で平成8年の第41回衆院総選挙に立候補しました。

逮捕後に140日間拘留されており、刑が確定する前のことですから、

世間一般からの視点では「疑惑の真只中」という状況だったはずですが、

結果は当選です。

 

この第41回衆院総選挙から小選挙区比例代表並立制ですが、

中村氏は無所属なので比例重複の選択肢がありません。

にもかかわらず中村氏は新茨城7区で他の政党公認候補を下して当選しています。

平成12年の第42回衆院総選挙も、刑の確定前ですが無所属で立候補して当選。

 

一方で裁判の経緯は、

平成9年10月に東京地裁で懲役1年6ヶ月の実刑判決を受け、控訴。

平成13年4月に東京高裁が控訴を棄却。

平成15年1月。最高裁が上告を棄却し、実刑が確定判決となったため、

直ちに衆議院議員を失職し、その後塀の中の人となってしまいます。

 

 

いつのまにか騒ぎが収まっていた平成16年2月。

中村氏は栃木県の黒羽刑務所から仮釈放され、そのまま刑期を満了しました。

 

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さて、中村喜四郎という人物が破格の大物ぶりを見せるのはここからです。

平成17年の第44回衆院総選挙に、再び無所属で茨城県第7区から出馬。

小泉純一郎首相が推進する構造改革や郵政民営化を全面的に支持し、

約2年半ぶりの返り咲きとなりました。

なお、中村氏の失職による補欠選挙で初当選し、

自民党茨城7区の総支部長を担い、現職であった永岡洋治氏は、

この選挙直前の8月1日に自殺。

永岡氏の妻・桂子氏が代わって自民党公認で出馬し、

選挙区では中村氏に敗れましたが、比例北関東ブロックで復活当選しました。

 

この第44回衆院総選挙以降、直近の平成29年・第48回衆院総選挙まで、

中村氏はいずれも無所属で出馬し、5回連続で勝ち続けています。

中選挙区で7勝、小選挙区で7勝、都合14勝。負けは一切なし…。

 

 

なぜ中村喜四郎はこんなにも選挙に強いのか。

その詳細は、昨年末に出版された「無敗の男 中村喜四郎 全告白」という、

常井健一氏の著作を一読いただければ知ることができますが、

この書は単なる政治本や、一人物の伝記とは異なり、

平成の政治史が一気に見えてしまうほど緻密な取材をもとに書かれております。

同時に、脚色はしないという著者の信念が貫かれており、

礼賛でない、しかし、感心せざるを得ない中村氏の政治姿勢、

選挙への取り組み、支持者との信頼関係の構築のプロセスと手法が、

実に巧みに描かれております。

選挙に出る人には必読の書と言えるでしょう。

 

 

話を本題に戻しますが、

立憲民主党と国民民主党の合流がなされる前の6月30日に、

毎日新聞が以下のような記事を上げています。

 

立憲民主、国民民主、共産、社民など野党の有志議員が、

国政選挙の投票率向上を呼びかける署名運動を始めている。

野党共闘に奔走する当選14回の中村喜四郎元建設相(無所属)が仕掛け人で、

次期衆院選に向けて無党派層の取り込みを狙う。

街頭などで、2019年の自民党の党員数を上回る「108万人」の署名を目指す。

署名運動は「投票率10%アップを目指す108万人国民運動」と名付け、

6月29日から始めた。中村氏が事務総長、立憲の枝野幸男代表が本部長、

共産の志位和夫委員長と社民の福島瑞穂党首が副本部長に就き、

野党の衆参議員140人が参加する。

国民の玉木雄一郎代表は

「署名よりも党員、サポーターをしっかり集めたい」として参加していない。

 

6月のこの記事、そして昨日の茨城新聞の記事を読むと、

中村氏はどうやら、野党共闘の事実上の選対本部長を率先して引き受ける。

そんな並々ならぬ覚悟が見えてくるわけです。

 

「投票率10%アップを目指す108万人国民運動」なんて、

いかにもリベラル受けしそうなスローガンです。

言い出しっぺが仮に枝野さんとか、福山さんとか、小沢さんだったら…、

私にはいつものたわ言か、犬の遠吠えにしか聞こえないはずですが、

率先しているのが日本一選挙に強いと臆される中村喜四郎氏となると、

言葉の重みが俄然増してきます。

 

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中村氏はどうやって投票率を上げようとしているのか…。

 

茨城新聞1面のインタビュー記事は、

地域総合面に「一問一答」という形でその続きが記されていました。

 

 

― 衆院の小選挙区比例代表並立に否定的だ。

「二大政党が見通せない現状に問題を抱えている。

投票率は下がり、この制度に問題があると言わざるを得ない。

選挙制度をテーマに党派を超えた政治改革をしたい。」(原文ママ)

 

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小選挙区制が取り入れられて以降、

ほとんどの選挙区が、【与党の公認候補VS野党の公認候補】の図式で、

まれに第三党か無所属、あるいは諸派が名乗りを上げても、

この人たちが善戦することすら難しい状況になっていると思います。

有権者からすれば選択肢が減り、

投票以前に結果が読めるようになってしまった。

衆院の総選挙は極端につまらなくなりました。

 

実際、中選挙区制で執行されていた衆院総選挙の投票率というのは、

7割前後で推移していました。

小選挙区比例代表並立制に変わってから概ね10ポイント下げており、

7割に戻したことはありません。

6割前後で推移していたものの、

平成26年の前々回が52.66%、平成29年の前回が53.68%。

次回は5割を下るかもしれない危険水域に達しています。

 

私が住む茨城6区では前回、自民党公認候補が選挙区で選ばれ、

野党の公認候補が比例代表で復活当選しています。

当時二人とも38歳の新人ですから、

今後、どうかしたら20年~30年、

この二人がライバル同士で競い合うのではないでしょうか。

そう簡単に予想できるということは、

他の候補者が割って入るスキがないということでもあります。

一度、大政党で公認をとって、例え比例復活でも当選できれば、

よほどのことがない限り公認を外されることはない。

つまり連続当選への切符を手にしたということでもあります。

 

党が勝手に候補者をよそから連れてきて、

上からの一声で「明日からこいつを頼む」って、

そしてそのほかの選択肢はない…。

こんなつまらない選挙制度って本当にどうなんだろう。

投票率を上げるって、

ここから手を付けなければどうやったって埒があかないと思います。

 

逆に面白い選挙と言えば、

冒頭に紹介した中村喜四郎氏の初出馬がそのものです。

定数5に無所属新人が殴り込み、トップで当選。

しかも72歳と75歳の自民古参をはじき出す。

そして次点で落選した72歳の爺さんが、

その次の選挙をトップで当選して返り咲く…。

 

こういうドラマが実際に起こる。起こりうる。

誰にでもチャンスがある反面、

大臣経験者と言えども、いつ寝首を掻かれるかわからない。

選挙がそういう制度・催事でなければ、

有権者は熱狂しないし、

政治活動や選挙運動に率先して加わることがバカバカしくなってしまうでしょう。

 

 

国会議員であれば、誰でもこんなこと百も承知なのかもしれません。

しかし、大政党と現職代議士にとって小選挙区比例代表並立制というのは、

安住の地を約束された制度でもあります。

それこそ制度がどうであれ、

選挙には絶対に負けない自信と根拠がある、中村喜四郎氏以外に、

小選挙区比例代表並立制を否定できる現職代議士は出てこないと思います。

 

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今回は中村喜四郎先生の新聞記事から、

主に衆院選の投票率について考えてみましたが、

参院選挙でも、地方の首長選挙でも議員選挙でも

軒並み投票率を下げています。

そしてその原因は今回の例のように、

制度やルールの不具合によるところが大きく、

決して有権者が政治音痴になっているのではないというのが私の実感です。

 

制度には狙いが必ずあるはずですが、

その狙いに添わなくなった制度は変えていかなければなりません。

制度には前提がありますが、時代の変化と共にその前提の形が変わったら、

やはり制度を変えなければなりません。

 

17年間で100人以上の選挙を手伝ってきた私も、

投票率を上げるための提案はいくつか披露できますので、

今後、(更新は頻繁ではありませんが)

「投票率を上げるって!?」の続きを書いていきたいと思います。

今回はちょっとスピリチュアルな話から入ります。

 

皆さんは輪廻転生だとか、前世の存在って信じていますか?

私は、「在る」と考えた方が様々なことが腑に落ちるので信じていますし、

自分の前世は何者であったか、

できることなら解明したいと思っています。

 

 

この辺の話題に詳しい人や、

実際に前世の記憶を持っている人たちの話を繋ぎ合わせると、

どうやら私たちは母親の胎内に入る前に、

今世で生きる使命や課題をある程度決めて、

国・家・両親を選んで生まれてくるらしい…。

 

 

桜井識子さんという、元はブロガーだった方で、

やがて多数の著作を世に送り出すに至った方がいらっしゃいますが、

この方は前世の記憶をお持ちで霊能者を自認されております。

そして今世に生まれてくる前の記憶を次のように書かれています。

 

(略)~生まれる前の記憶は、ほんの一瞬だけあります。

私は大きな紙か何か (大きさはこたつの天板より一回り大きめです) を、

広げています。

正座をした姿勢で前傾になり、その紙を覗き込んでいます。

私の横には、2人、人がいます。

”いる” ということは確実なのですが、姿は思い出せません。

もちろん、誰なのかもわかりません。

私はその2人と、これから生まれる人生について、計画をたてています。

この瞬間だけが、鮮明に記憶にあります。

 

 

私にはこのような記憶はありませんが、

この記事を初めて読んだときは「あぁやっぱりな…。」という感慨があふれました。

なぜ「あぁやっぱりな…。」なのかはよくわからないのですが、

確かに「あぁやっぱりな…。」と、心の深いところで感じました。

 

 

桜井識子さんが今世に生まれる前に人生を一緒に計画した二人が、

守護霊なのか神なのかはわかりませんが、

大きな信用を得る人、

大きな仕事をする人、

大きな愛情や恩恵を周囲に与えられる人というのは、

人生を一緒に計画した二人のような見えない者との信頼関係が良好で、

見えない者から見守られ、応援されている人じゃないかなと思えるのです。

 

選挙・政治という争いの世界で生きているせいもあるかもしれませんが、

目に見えない者の力や影響を、私は否定できません。

さらに、選挙に出て当選し、政治を仕事にするというプロセスも同様に…。

つまり政治家を世に送り出し、その人が政治家としてまっとうに成長するためには、

見守り、伴走する賢人の支えが重要なのではないかと思います。

 

 

ごく一般的な地方議員選挙にこれから挑戦しようという場合、

先ず整えなくてはならないのが陣形です。

信用が厚い人に後援会長をお願いするというのは、

連帯保証人を決めるのと同じくらい難しいものです。

さらに選挙そのものを手伝ってくれる人材を確保するというのも、

己の人徳が試される試練です。

陣形を整えるということは決して簡単なことではありません。

 

私たちが生まれる前もひょっとしたら、

格上の経験をした魂や神様に対し、

「今度こそ世のために尽くし、充実した人生を送ります!」と懇願して、

何とか肉体と生命を与えられているのかもしれません。

 

どうにか後援会が形になったら、

いよいよ支持を訴えに活動を開始するわけですが、

基本的には有権者一人一人に語りかけては声を聞き、

時には後援会長や支援者の信用や人脈を借りながら、

一票ずつを積み重ねるように支持者を増やしていきます。

その地道な過程において候補者は、

有権者からの負託を背負わされ「それらしく」成長するのではないかと思います。

 

私も55歳なので相談に見える方は年下の方が多く、

なかには「小生意気な奴だな」って感じの相談者もいるのですが、

コツコツと戸別訪問を重ねるうちには、

だんだん、人の話を聞くことや、相槌を打つのが上手になってきます。

人柄も短期間で落ち着いて来るのがわかります。

有権者に育てられているわけです。

 

 

選挙とは、候補者から見れば支持者を争奪する戦いですが、

有権者から見れば、候補者に対して負託をする機会でもあり、

候補者を教育、試験する場でもあります。

参政権を行使するということは、投票する、あるいは立候補するだけではなく、

選挙運動(落選運動も含む)やリコールに深く積極的に関わる、加わるという、

行使の仕方もあるわけです。

 

 

ところが私たちは、

「一票が平等に与えられている」我が国の普通選挙制をもって

民主主義が完成されていると思い込んでいないでしょうか。

行政は棄権せず投票に行くことばかりを促していますが、

候補者に対して負託、教育、試験する場と機会として

選挙を大いに活用すべきではないかと思いますし、

そのための制度改革の必要があると私は考えております。

 

 

ただいま都知事選挙真っ盛りですが、

立憲民主党の須藤元気さんという昨年比例区で初当選したばかりの参院議員が、

宇都宮健児氏を推す党の方針に反発し、

離党するとかしないとかで騒いでおり、

党でも対応に苦慮しているようです。

 

須藤氏だけではありませんが、

公認を軽々と差し出してしまう選挙の立ち上がりは、

往々にして「後援会を形にする」という過程を省いています。

つまり、須藤氏の身勝手を指摘できる目付け役がいないということです。

 

党紀を汚したり、SNSで失敗したり、小金の扱いで失敗したり、

不倫したり、酒で人に迷惑かけたり、

政治的なミスというより人としてアウトな問題を起こす人って、

大概、「後援会を形にする」という過程を省いて当選した人たちです。

党勢(風)に乗っかってあれよという間にバッジをつけた人こそ、

目付け役がいないせいか、実に幼稚な事件を起こします。

須藤氏だって自身が政治家なんだから、

上層と対立したなら政治的に理詰めで対決すべきです。

涙なんか流して駄々こねて、見ている方が恥ずかしい…。

 

 

さて、肝心の都知事選の方も、

地に足をつけた地道な戦いに挑んでいる候補者が一人もいません。

都道府県知事選の運動期間は17日間です。

人口1400万人に迫る都知事選も、人口55万人の鳥取県も同じ扱いです。

このように人口(有権者数)・自治体の規模に関係なく

選挙のやり方を一律に定めていて、

例外がないというのも公選法の欠点に数えられます。

 

 

選挙に苦労すると一票の重みを肌身で感じられますが、

運命のいたずらで選挙に勝ってしまった人にはその重みが理解できない…。

どうやらそういう傾向はあります。

ですから有権者としては、

候補者をよく観察して比較することも大切ですが、

理想的には、なるべく深く選挙運動に関わる、加わる、そして負託する…。

 

選挙が主権者である国民の重要行事に位置づけられるようになり、

私たちの主権を具現化し、政治家を監視できるようなしくみがなされれば、

世の中面白くなるのではないかと思います。