都知事選の不思議 | 地方の政治と選挙を考えるミニ講座
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地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

一昨日東京都知事選挙が告示されました。

前回と前々回は、現職の不祥事による辞職が選挙告示の事由でしたが、

今回の事由は任期満了によるものです。

つまり選挙期日は、ずっと以前から決められていました。

 

今回立候補したのは22名ですが、

報道を通じて主義主張を見聞できるのは5名だけですね。

残り17名は「報道する価値なし」と見なされたということです。

みんなそれぞれ300万円もの供託金を払って

政治信条を訴えようとしているのに、

マスコミのこのような対応はどうなんでしょう。

明らかに公平性を欠いており不適切としか言いようがありません。

だいたい、報道が取り上げている5人にしたって、

現職以外に「本気で勝つため」の運動ができている人っていますか?

 

新人4人のうち一番出馬表明が早かった人は、

宇都宮健児氏で5月27日。

次は小野泰輔氏で6月2日。

立花孝志氏は6月12日、山本太郎氏は6月15日です。

 

前回と前々回みたいに現職の辞職による告示であれば、

告示3日前の出馬表明もありだと思いますが、

コロナ渦中とはいえこの選挙日程は4年前におおよそが決まっていたわけです。

ですから4候補の出馬会見のタイミングだけを見ても、

「勝つこと」を目的に出馬しているのではないと、

言えやしませんかね。

 

ではその目的は?

宇都宮氏は現職にどうしても同調できないリベラル勢力の受け皿として。

小野氏はとりあえず知名度を上げていずれ国政へ。

立花氏と山本氏は党勢拡大と自身の存在感のアピール。

 

察するところこの辺りが各候補の本音と見ます。

 

なんだかふざけてるな、と、思えなくもないですが、

参政権の行使の仕方に異を唱えるわけにはいきません。

報道される側の5人に選ばれれば、

これほど政治的な売名という目的に効果がある選挙はないですよね。

 

報道価値のある上の組に選ばれたとしたら、

遊説の現場には記者が張り付き、

演説の要点を連日連夜報道してくれます。

しかもテレビ中継は全国版のニュースに取り上げられますから、

全国民を対象に名前を売ることができるわけです。

実際に小野泰輔氏などは、

ほんの数日で全国的な著名人になることに成功しています。

こんなにパフォーマンス効果が得られる選挙は、

東京都知事選挙をおいて他に例はありません。

 

 

今回の5人に選ばれなかった17人は悔しいでしょうね。

落選承知でも立候補する思惑は、

報道各社に選ばれた4候補と同じでしょうから、

マスコミのあからさまな差別については、

何某かルールを設けなければ、

参政権の歪みを放置することになると思います。

 

 

翻って、もしこれが本気で勝つための出馬なら、

3か月前、いや半年前の出馬表明でも早すぎることはありません。

コロナが騒ぎになる前に活動を始めても全然おかしくなかった。

もし小野泰輔氏が、まだ吐く息の白いうちから

都内各所で駅立ちなどを継続して行なっていれば、

少なくとも現職を脅かす存在になれていたと思います。

 

 

私は茨城県民ですが、

3年前の県知事選は半年前から新人の活動ははじまっていました。

地方の首長選挙に勝つために出るのであれば、

新人も現職も数か月前から動き始めるのは常識です。

告示(公示)3日前の出馬表明に違和感がない選挙って、

議会解散により(告示)公示される選挙、

前任者の死去や辞職により告示される首長選挙、

そして東京都知事選挙以外にないと思います。

 

 

選挙とは本来、

候補者自身とその支持者である運動員が、

公選法で定められた規格の道具を用いて、

「自力」で支持を訴えるものです。

 

告示以前の政治活動についても原則規制はありませんが、

「自力」で政治信条を広めるものです。

 

しかしこの都知事選のように、これだけマスコミが介入してしまうと、

どこの陣営にとってもマスコミ対策こそが戦略の要になってしまいます。

つまりマスコミが権力者を選び出すということです。

 

報道と並んで広報力のあるネットによる選挙運動についても、

ネット選挙解禁前はネットこそ近代の選挙運動に適した媒体であり、

「これを解禁することで政治は変わる」などと期待されましたが、

その根拠には「ネットの利用者は知的レベルの高い人」という、

暗黙の前提がありました。

しかし現在、ネットで垂れ流されている情報を鵜呑みにする人こそ衆愚の下段であり、

さらにフェイクやヘイトを撒き散らかすその下がいて、

政治活動や選挙運動の手段として少なくとも「最適」ではなくなりました。

 

 

私たち日本国民は主権者であり、

性別や納税額に関係なく平等に選挙権を与えられており、

これにて民主主義は完成されているものと、

そのことについて不平不満を言う人はいません。

しかし参政権の行使の仕方、

並びに公職選挙法で定めている政治活動や選挙運動のルールを、

抜本から見直さなくてはならない時期が来ていると思います。