普通人の映画体験―虚心な出会い -39ページ目

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2017年8月29日(火)新宿武蔵野館(東京都新宿区新宿3-27-10 武蔵野ビル3F、JR新宿駅中央東口から徒歩2分)で、15:20~鑑賞。

作品データ :
原題 Anthropoid
製作年 2016年
製作国 チェコ イギリス フランス
配給 アンプラグド
上映時間 120分


「ハイドリヒを撃て!」

第2次世界大戦の史実を基に、ナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画「エンスラポイド作戦」を映画化した実録戦争サスペンス。ナチス占領下のチェコ(「ベーメン・メーレン保護領」)を舞台に、ハイドリヒ暗殺という過酷な任務に挑む二人の若者の悲壮な決意とその顛末を緊迫感あふれる筆致で描き出す。主演は『麦の穂をゆらす風』『インセプション』のキリアン・マーフィと『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のジェイミー・ドーナン。監督は『フローズン・タイム』『メトロマニラ 世界で最も危険な街』のショーン・エリス。2017年チェコ・アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など14部門にノミネートされた話題作。

ストーリー :
第二次世界大戦中期、ナチスが占拠地域をヨーロッパのほぼ全土に広げていた頃。イギリス政府とロンドンに亡命しているチェコスロヴァキア政府とが協力して極秘計画を練る。1941年の冬、ロンドンからパラシュートを使ってチェコ領内に送り込んだのは、二人の特殊工作員(在英の亡命チェコスロヴァキア軍人)、ヨゼフ・ガプチーク(キリアン・マーフィ)とヤン・クビシュ(ジェイミー・ドーナン)。
当時、チェコの統治者でホロコースト計画を推し進めていたのが、ヒトラー、ヒムラーに次ぐナチスNo.3と言われ、その冷酷さから「金髪の野獣」「死刑執行人」と呼ばれたラインハルト・ハイドリヒ。
ヨゼフとヤンはハイドリヒという大物中の大物を暗殺の標的にする“密命”を帯び、プラハのレジスタンス(抵抗運動)メンバーと接触する。二人を匿う彼ら抵抗者の中には、残酷な報復を恐れて暗殺に反対する者も少なくなかった。
抵抗組織インドラの幹部・ヴァネック(マルチン・ドロチンスキー)は「奴を殺せばヒトラーはこの街を潰す。家族や知人は皆殺しにされるぞ」と反発するが、ヨゼフは「愛国者なら国のために命を落とす覚悟が必要だ」と反論する。
それでも結局、ヨゼフとヤンは彼ら~特に女性レジスタンス~の協力を得、他の工作員仲間とも合流し、ハイドリヒの行動を徹底的にマークして狙撃する機会をうかがう。任務の過程で芽生えた愛する女性との幸せな生活を夢に見ながらも、祖国の未来と平和のために、自らを犠牲にして巨大な敵と戦うことを誓う。
1942年5月27日、ついに作戦が決行される。ハイドリヒの専用車(メルセデス・ベンツのオープンカー)がいつもの通勤経路の一角に現われた。ヨゼフが車の前に立ちふさがるが、短機関銃(ステンガン)が故障し発射できないというアクシデントに見舞われる。ハイドリヒは銃を取り出しヨゼフを撃とうとするが、ヤンが手榴弾を投げつけ、車は大破、爆発によってハイドリヒは重傷を負う。街は銃撃戦となり騒然とする中、ヨゼフらは散り散りに現場から逃走した。
チェコ全土に戒厳令が敷かれた。プラハの街は完全に封鎖され、ナチスの親衛隊が今まさに大勢の市民に銃を向けて容赦ない報復を始めるのであった…。

▼予告編



▼インタビュー映像 ― キリアン・マーフィ(Cillian Murphy、1976~)、ジェイミー・ドーナン(Jamie Dornan、1982~)ほか :



打ち上げ花火 ラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件、通称「エンスラポイド作戦」とは何か―
第二次世界大戦中、最も凄惨な史実の一つと言われるハイドリヒ暗殺事件。しかし、ハイドリヒ暗殺は事件としては有名でも、その詳細は全てが秘密裏に行なわれたため不明な点が多い―。

右上矢印「エンスラポイド作戦(Operation Anthropoid、類人猿作戦)」とは、
第二次大戦中、大英帝国政府とチェコスロヴァキア在英亡命政府により計画された、ナチス・ドイツのベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治者ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦のコードネームである。

右上矢印「ベーメン・メーレン保護領(ボヘミア・モラヴィア保護領〈Protectorate of Bohemia and Moravia〉、独語:Reichsprotektorat Böhmen und Mähren)」とは、
ナチス・ドイツが1939年3月に、チェコ[ボヘミア(ラテン語: Bohemia、ドイツ語: Böhmen、ベーメン)+モラヴィア(英語: Moravia、ドイツ語: Mähren、メーレン)]の地に設立した“保護領”のこと。

右上矢印ラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich、1904/03/07~1942/06/04)のチェコ統治:
1941年9月27日、ハイドリヒはアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889~1945)によりベーメン・メーレン保護領の副総督に任命された。 ベーメンはルール地方と並ぶナチス・ドイツ最大の軍需工業地として、ドイツ軍の戦車の三分の一、軽機関銃の40%を生産していた。 ところが、当時の総督コンスタンティン・フォン・ノイラート(Konstantin von Neurath、1873~1956)がチェコ人に宥和的に過ぎ、ストライキや抵抗運動が多発したため、同地の兵器生産力が20%近く低下する。業を煮やしたヒトラーは、国家保安本部(RSHA)の長官として政治警察を配下に置き手腕を発揮していたハイドリヒを同地に送り込んだ。ノイラートはヒトラーに総督職の辞任を申し出たが、却下され、形式的に総督に残留のまま休職処分となった。
ヒトラーの期待通り、ハイドリヒは卓抜した「行政」手腕を発揮した。彼はプラハに着任すると同時にチェコ全土に戒厳令を敷き、即決裁判所を設置させ、反体制派の指導者層(中産階級のインテリ層)を次々と逮捕して死刑に処した。チェコ首相アロイス・エリアーシ(Alois Eliáš、1890~1942)~表向きは親独ながら、裏では反ナチの地下組織と接触し抵抗運動を扇動~も逮捕されて死刑判決を受けた(エリアーシはハイドリヒ暗殺後の1942年6月19日にヒトラーの命令によって処刑された)。繰り返される逮捕と処刑から、やがてハイドリヒは「プラハの虐殺者」の異名をとるようになった。

右上矢印英国・チェコスロヴァキア亡命政府の危機感:
1941年12月までに、ヒトラー率いるナチス・ドイツは、ヨーロッパのほぼ全土を制圧していた。このころ独ソ戦(1941~45)でドイツ軍はソビエト連邦の首都モスクワに迫っており(1941年10月)、連合国は同国の降伏は時間の問題と考えていた。当時、「ベーメン・メーレン保護領」のベーメン地方は、ナチス・ドイツ有数の重要な軍需産業地だった。ハイドリヒにベーメン・メーレン保護領統治を成功されて軍需生産を活性化されることは、ウィンストン・チャーチル首相(Winston Churchill、1874~1965)率いる大英帝国はじめ連合国にとって極めて危険なことであった。
また、エドヴァルド・ベネシュ大統領(Edvard Beneš、1884~1948)率いる在英チェコスロヴァキア亡命政府は、1939年3月から始まったドイツ占領以来、ベーメン・メーレン保護領で目に見える抵抗がほとんどなかったことに対し、イギリス情報部からの圧力を受けていた。亡命政府はチェコの人々に希望を与え、チェコスロヴァキアが連合国側であることを示す何らかの行動を起こす必要に迫られていた。
やがて“エンスラポイド作戦”が計画・立案される。そして、チェコスロヴァキア亡命軍から選抜され、英国特殊作戦執行部(SOE)から暗殺作戦に必要な特殊訓練を受けた二人の工作員(エージェント)、ヨゼフ・ガブチーク(Jozef Gabčík、1912~42)とヤン・クビシュ(Jan Kubiš、1913~42)は、1941年12月28日、英空軍のハリファックス(Halifax)爆撃機から故国のプラハ郊外にパラシュートで降下する。当のイギリス軍機には、「エンスラポイド」グループのガブチークとクビシュのほかに、≪Operation Silver A and B:to re-establish communications between UK(英国)and Protectorate(チェコ)≫に参画する亡命チェコスロヴァキア軍人の「シルバー」グループ5人が同乗しており、結局計7人の空挺兵(paratrooper)⇒エージェントがチェコに降り立った(「Silver A」3人:Alfréd Bartoš、Josef Valčík、Jiří Potůček、「Silver B」2人:Jan Zemek、Vladimír Škácha)。
ヒトラーの後継者と目されたラインハルト・ハイドリヒは、「第三帝国」における最も重要かつ危険な人物の一人である。その彼を死に追いやれば、それはナチス・ドイツにとって大きな損失であり、チェコスロヴァキア⇒連合国にとって軍事的な影響はないとしても政治的・心理的な面での大勝利となるだろう…。英国政府⇔チェコスロバキア亡命政府は、双方の思惑が一致し、エンスラポイド作戦にひた走っていった。

右上矢印エンスラポイド作戦の結果―暗殺の代償:
ハイドリヒは1942年5月27日に襲撃を受け、重傷を負い、プラハ市内の病院へ担ぎ込まれたが、およそ一週間後の6月4日に死亡した。
ドクロハイドリヒの遺体は棺に納められてベルリンへと搬送され、6月9日にベルリンでヒトラー出席のもと荘厳な葬儀が行なわれた。棺はナチの鉤十字の旗で包まれ、親衛隊員たちにより厳重に守られていた。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がワーグナーの「神々の黄昏」から葬送行進曲を演奏した。この葬儀の中で、ヒトラーは「ここに死せる男に捧げるべき言葉を、私は僅かしか知らぬ。最も優れた国家社会主義者、ドイツ国家の思念のもっとも強力なる擁護者、国家のあらゆる敵に対する最も手ごわい対抗者、彼はそのすべてに数えられた。そして国家の維持と安定のために殉教者として倒れたのだ」と演説している。棺は親衛隊員による大行進とともに運ばれ、総統官邸や国家保安本部を通って軍人墓地(インヴァリデン墓地)まで運ばれ、そこで葬られた。ナチ党の最高勲章である「ドイツ勲章(Deutscher Orden)」と「1923年11月9日記念メダル」(「血の勲章(Blutorden)」)が追贈されている。
ドクロヒトラーは怒り狂い、報復に次ぐ報復を行なった。SS(親衛隊)とゲシュタポ(秘密国家警察)にハイドリッヒを殺した人間をチェコ中から探し出し、「血の報復」をすることを命令した。最初、彼は広範囲のチェコの人々(一説には5万人or数十万人?!)を殺そうとした(市民の無差別殺害!)。しかし協議の結果、その責任を数千人に限定した。チェコはすでにドイツ軍にとって重要な工業地域となっており、見境のないチェコ人の殺害は生産性を減らすと考えられたからである。
ドクロベーメン・メーレン保護領の親衛隊及び警察高級指導者カール・ヘルマン・フランク(Karl Hermann Frank、1898~1946)は、ハイドリヒ襲撃のあった日からその副総督職を臨時に代行し、ただちにチェコ全土に戒厳令を敷き、大がかりな捜査と報復に乗り出した。襲撃からハイドリヒが死亡するまでの1週間ばかりで、すでにチェコ人157人が銃殺されている。
ハイドリヒの死後その後釜に座ったのが、親衛隊上級大将クルト・ダリューゲ(Kurt Daluege、1897~1946)。新副総督のダリューゲとフランクは、抗独レジスタンスの大量逮捕と処刑を断行するとともに、「暗殺者を匿った」はっきりした証拠もないのに、見せしめとして小さな村、リディツェ(Lidice)とレジャーキ(Ležáky)の2村を全滅させた。
1942年6月10日、プラハ近郊にある500人ほどの人口の鉱山労働者集落リディツェで、建物と道路がすべて破壊撤去され、15歳以上の男性約200人がその場で銃殺され、女性約200人と子供約100人が強制収容所へ送られ(後に、そのほとんどがガス室で死亡)、村は消滅した。
そして、同年6月24日には、レジャーキ村もリディツェ村と同様に完全に破壊され、地図上から抹消された。

▼cf. 「リディツェ村」の惨劇 :


メラメラ ハイドリヒ暗殺に関わった若者たちは、プラハにある正教会の教会「聖キリル&聖メトデイオス正教大聖堂(Ss. Cyril and Methodius Cathedral)」のクリプト(地下聖堂)に身を隠した。彼らは複数の特殊工作班(グループ)【Anthropoid(前出)、Silver A(前出)、Out Distance(=sabotage group)、Bioscop(=sabotage group)、Tin(ミッションはto assassinate the Minister of Education, Emanuel Moravec)】に属する計7人【それぞれ2名(ガブチークとクビシュ)、1名(ヴァルチーク)、1名(オパールカ)、2名(ハルビーとブブリーク)、1名(シュヴァルツ)】のparatrooper(=parachutist)だった。

※一説によれば、1940~45年の戦時下、亡命チェコスロヴァキア政府・軍情報部(the Czechoslovak Military Intelligence Service)が計画 した“空挺作戦(airborne operation)” は31件に上る。そこでは、計91人の若き亡命チェコスロヴァキア軍人がエージェントとしてヨーロッパ戦線(the Protectorate of Bohemia and Moravia, Slovakia, France and northern Italy)に送り込まれた(cf. Czechoslovak parachutists/PART 3/ASSAULT SECTION)。

※「大聖堂」に隠れた7人が各自ハイドリヒ暗殺自体にどのように関与したかは、はっきりしない問題点だ。なるほど暗殺の実行主体(主役・主犯)は、「Anthropoid」のガブチークとクビシュである。しかし、問題は脇役(従犯)が誰かということ。そこでは、「Silver A」のJosef Valčík(1914~42)と「Out Distance」のAdolf Opálka(1915~42)の2人を特定できても、残りの3人~「Bioscop」のJan Hrubý(1915~42) とJosef Bublík(1920~42)、「Tin」のJaroslav Švarc(1914~42)~の場合、主役に対する支援のほどが定かではない。


ところが、そこへ一人の“裏切り者”が出現する。カレル・チュルダ(Karel Čurda、1911~47)※という「Out Distance」要員(paratrooper)がゲシュタポ司令部(Petschek Palace)に自首し、ハイドリヒ暗殺犯であるガブチークとクビシュの名前を、また彼らを匿ったレジスタンス・メンバーの居場所~ジズコフのモラヴェツ家の家族(the Moravec family in the Žižkov District in Prague)を含む、インドラ(Jindra)のグループに提供されたセーフハウス~を密告する。
ゲシュタポに急襲され、善良なマリー・モラヴェツ夫人(Marie Moravec、1898~1942/06/17)は青酸カプセルで自殺→21歳の息子アタ・モラヴェツ[Vlastimil "Aťa" Moravec、1921~1942/10/24(Death:Mauthausen Concentration Camp, Austria 〈executed〉)]は連行されて凄惨な拷問を受け、おまけに水槽に入った母親の切断された首を見せられ、苦悶の末に彼の知っていることを全て自供→結果、ガブチークら“暗殺”工作グループの隠れ場所が発覚してしまう。
1942年6月18日朝、750人ほどの親衛隊(SS)部隊が大聖堂を包囲する。6時間の籠城戦で、7人の工作員は一人斃(たお)れ二人斃れ、全員が命を落とした。クビシュを含めた3人(Adolf Opálka, Josef Bublík and Jan Kubiš)は大聖堂で壮絶な銃撃戦の末に死亡し、ガブチークを含んだ残り4人(Josef Valčík, Jaroslav Švarc, Jan Hrubý and Josef Gabčík)は地下聖堂で銃撃と催涙ガス攻め・水攻めに合い自決した(クビシュは戦闘で深手を負い死去、残り6人は最終的にsuicide by gunshot to escape capture)。
正教会のプラハ主教ゴラズ(Bishop Gorazd、1879~1942)~チェコ・スロヴァキア正教会の創立者~は、ハイドリヒ暗殺犯を匿った罪で、1942年6月27日にナチスに逮捕される。そして、彼は拷問を受けてのち、大聖堂の二人の司祭とともに、さらに計550名の信徒も連座させられて、9月4日に銃殺刑に処された。

※≪カレル・チュルダという「獅子身中の虫」は何者か≫
ガス工場のサボタージュを目標とした工作班「アウト・ディスタンス」は、Adolf Opálka、Karel Čurda、Ivan Kolaříkの3人で編成された。彼らは1942年3月28日にパラシュート降下でチェコのOřechovに潜入する。しかし、Ivan Kolařík(1920~42)はゲシュタポに狙われて、あえなくも4月1日に自殺に追い込まれた(He was the first Czechoslovak paratrooper to die in the Protectorate. )。やがてアドルフ・オパールカとカレル・チュルダは、プラハに向かい、エンスラポイド作戦に参画する。
チュルダはこの「暗殺」作戦で、果たして主役のガブチーク&クビシュに対して、補佐役に徹することができたか?問題の1942年5月27日に、彼はどういう挙動に出たか?本作『ハイドリヒを撃て!』によれば、その日、ハイドリヒ暗殺を期して待ち合わせた工作員メンバーで、チュルダ一人だけが一向に姿を見せずじまいだった…。
チュルダは事件後にプラハを離れ、南ボヘミア(Nová Hlína near Třeboň)の母親の家に潜伏する。やがて、ひしひしと身に迫る恐怖に駆られて、(or暗殺犯の密告にかけられた「10 million crowns〈=one million Reichsmarks〉」の懸賞金に目が眩んだか…)彼はプラハのゲシュタポ司令部に、最初は(6月13日)手紙で、次いで(6月16日)自ら出頭し、彼の知る限りの情報~仲間の工作員たち(the paratroopers)のこと+その工作員に積極的に協力する抵抗運動メンバーのこと~を洗いざらいタレ込んだのだった[ただし彼の場合、ゲシュタポから拷問を受けて暗殺犯の当面の潜伏先を聞かれるがその場所(教会)までは分からなかった]―。
カエル・チュルダは戦後、チェコスロヴァキア共和国(第三共和国、Československá republika)の復活下、反逆罪(treason⇒ナチス協力の罪)のゆえに、1945年5月14日に逮捕され、47年4月29日にプラハのPankrác Prisonで処刑された。

(以上は、主として“ASSASSINATION~Operation ANTHROPOID 1941-1942~”[author: Michal Burian, Aleš Knížek, Jiří Rajlich, Eduard Stehlík、Publisher: the Defence Ministry of the Czech Republic, Prague(2002) http://www.army.cz/images/id_7001_8000/7419/assassination-en.pdf]を参照。

右上矢印同じラインハルト・ハイドリヒ暗殺作戦の顛末を描いた作品に、『暁の7人』 [原題:Operation Daybreak/The Price of Freedom、原作:アラン・バージェス著『Seven Men at Daybreak』(1966)(邦訳書『暁の七人―ハイドリッヒの暗殺』伊藤哲訳、早川書房、1976年)、ルイス・ギルバート監督]という、1975年製作のアメリカ映画がある[同作ではハイドリヒ暗殺計画がOperation AnthropoidならぬOperation Daybreak(暁作戦)と命名されている]。
私はこの映画を1976年6月の日本公開直後に鑑賞。上映時間約2時間を通して、一瞬たりとも気が抜けない緊張感が私の全身を駆け巡った。それは、私にとって人間いかに生きるべきか⇒死ぬべきかというズッシリと重い問いを突き付けてやまない傑作にほかならなかった。
「暁の7人」
この映画の最初のシーンで、「デイブレイク作戦」を下命されたガブチーク(演者:アンソニー・アンドリュース)、クビシュ(ティモシー・ボトムズ)、チュルダ(マーティン・ショー)の3人が、空挺降下で母国チェコに潜入する。そして、この先発隊に続いて、5人の空挺兵から成る支援部隊も送り込まれる。
ここではカレル・チュルダもまた、ガブチークやクビシュと同様に、暗殺部隊~ハイドリヒ暗殺後、ナチに占領されたチェコからいかに脱出するかの方法も何も決まっていない、その意味で生存可能性ゼロの決死部隊~の主役(中心人物)だった。しかし、彼はチェコ国内に残して来た恋人に再会し、二人の間に出来た子供と共に密やかな幸せに浸るにつれて、次第に決死部隊との間に一定の距離を取るようになり、ガブチークやクビシュとの関係もしっくり行かず微妙に推移する。やがて暗殺作戦が遂行され→ナチによる厳重な捜査網が布かれて容疑者が次々と投獄され→リディツェ村が掃滅される…。悩み抜いた挙げ句の果て、彼は家族(妻と子)の保護を条件として(“I want to protect my family. I don't want my wife and child shot.”)、ゲシュタポ司令部に出頭し、暗殺部隊の残り7人と現地のレジスタンス・メンバーのことごとくを裏切る密告者に成り下がるのだった…。

▼cf. “Operation Daybreak” ― Ambush scene :


▼cf. “Operation Daybreak” ― Ending :


『暁の7人』はアラン・バージェス(Alan Burgess、1915~98)のノンフィクション“Seven Men at Daybreak”を原作とする映画作品である。アメリカでは“The Price of Freedom”(『自由の代価』)の題名で、イギリスでは“Operation Daybreak”の題名で、そして日本では原作のタイトルそのまま(邦訳)で、それぞれ公開されている。
問題にすべきは、タイトルにある「7人」のこと。映画案内等の「日本版」宣伝文句によれば、それは「故国の解放に青春を捧げた7人の若者」=「チェコ解放軍の若き闘士7人」=「ドイツ敗北を決定づけた、ヨーロッパ戦線最大の〈暁作戦〉を敢行した7人のプロ!」を意味する。では、この謳い文句にふさわしい≪暁の7人≫とは誰々なのか?
そもそも『暁の7人』は、キャラが立つ人物がストーリーを盛り立てる「七人」物(『七人の侍』系映画)なのだろうか。
この映画では、ストーリー上の中心の座を占める人物がガブチーク、クビシュ、チュルダの3人に限られる。彼ら空挺降下兵の先発隊員こそ、大義と情動の狭間(はざま)に揺れるありのままの人間としての生きざま(⇔死にざま)を、いま現在を生きる私たちに痛いほど、まざまざと突き付けてくる。
なるほど落下傘部隊の第1陣の陣容は、くっきりと陰影豊かに描かれはした。ところが、支援後続部隊については、隊そのものの輪郭が凡そおぼつかず、参加メンバー各個の掘り下げも浅きに過ぎ、ほぼ全員が匿名的な役割を担うばかりで何ら個性的なキャラクターとして描き分けられてはいない。
では、≪暁の7人≫の該当者の問題は、一体どういうことになるのか。
3人の先発隊のうち、「暁の7人」の資格要件~亡命チェコスロヴァキア兵士で憂国の志士~を備えているのは、ガブチークとクビシュの2人のみである。“裏切者(traitor)”のチュルダは問題外。彼の場合、事に及ぶに際して胸中に未整理の感情が渦巻いていたことだろう、しかし一度同胞を、とりわけ身近な同僚のガブチークとクビシュを裏切れば、あとは闇雲に転がるだけの人生を送らざるをえなかった。
後続部隊の各員は、≪暁の7人≫に入るのだろうか。映画の終盤の、息詰まるような緊迫した終盤の展開が、事を雄弁に物語る。
憂国の青年たち~一意専心“母国チェコをナチスから救いたい”と願う若者たち~が7人、教会に立て籠もり、ナチスとの絶望的な戦闘を繰り広げ、やがて断末魔の相を刻んで終焉を迎える―。

・Under the pressure of the raids all seven paratroopers staying in Prague eventually gathered in the church building: Josef Bublík, Josef Gabčík, Jan Hrubý, Jan Kubiš, Adolf Opálka, Jaroslav Švarc and Josef Valčík.(前出“ASSASSINATION~Operation ANTHROPOID 1941-1942~”)
・Hundreds of Nazi troops storm the cathedral and all the agents are killed in a fierce battle.(Anthropoid (film))  
・The men in the church had only small-caliber pistols, while the attackers had machine guns, submachine guns, and hand grenades. After the battle, Čurda confirmed the identity of the dead Czech resistance fighters, including Kubiš and Gabčík.(Operation Anthropoid)   

≪暁の7人≫は1942年6月18日に、敵の手にかかって悲壮な最期を遂げた、Gabčík、Kubiš、Opálka、Valčík、Bublík、Hrubý、Švarc の計7人を指す。 
アドルフ・オパールカ、ヨセフ・ヴァルチーク、ヨセフ・ブブリーク、ヤン・ハルビー、ヤラスラフ・シュヴァルツの5人は、もともと先発隊のガブチークとクビシュの助っ人(応援隊)であるとはいえ、その悲劇的な籠城戦~“強者”に挑んだ切ない戦い~では、文字どおり力を合わせて命がけで敢然と戦い抜く、いずれ劣らぬ凛々しい勇者たちではあった。
主人公のガブチークやクビシュとは異なり、映画では終始この5人の名前は何かしら判明しがたい。しかし、最終局面の激闘シークエンスにいたって、“変節漢”チュルダによる遺体確認シーンなどもあって、私としてはガブチークとクビシュの2人はもとより、5人それぞれの最期もはっきりと見届けることができたように思う。
7人の勇士はこぞって壮烈な討ち死にを遂げた。この7人のうち、大聖堂で死亡したのがオパールカ(演:Jiří Krampol)、ブブリーク、シュヴァルツの3名であり、聖堂の地下室で死亡したのがガブチーク、クビシュ、ヴァルチーク、ハルビーの4名である。そこでは、一人また一人と撃たれたり、爆死したり自死したり、衝撃的なシーンが連続する。とりわけ、ガブチークとクビシュの2人のヒーローが地下室で力尽きて互いに抱き合いながら銃を撃ち合って自決するラストシーンは、それこそ観客を磁石のように惹きつけてやまない極めつきの見せ場だ。
「暁の7人」ラストシーン
(*仲間5人が殺され、残るはガブチークとクビシュのみ。二人は追い詰められて、胸まで水に浸かって、互いに銃を相手の頭に向けて痛ましい最期を迎える。やがて銃声〈gunshots〉が地上に轟き渡った…。―約40年前に、このシーンを目にした瞬間、私は目頭がじんと熱くなり、そして帯同した彼女は紅涙に沈んだ…)

右上矢印 “Seven men at daybreak” ― Inspired by the book “Seven Men at Daybreak” by Alan Burgess :



右上矢印 7人の勇士たち :

「7人の勇士たち」
(「聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂」はエンスラポイド作戦を決行した、チェコスロヴァキアの愛国者たち7人の最後の舞台となった。現在、教会内に「国家的」英雄とされる彼らのために設けられた博物館がある。上掲のポートレートは、教会のギャラリーで売られている絵葉書である。)

■私感:
我を忘れさせる緊迫感で体じゅうが沸き立ちつづける!
ここを先途と戦う人間の実存的決断に思わず溜め息がほとばしり出る! 
人間社会には、いろいろな人がいる。いろいろな人がいるからこそ、思わぬ悲喜劇が起こる。いつの時代でも、まっとうな人間が否応なしに背負うべき重荷は、とんだ食わせ者が暗躍する悲劇的な状況にいかに全力をあげて抵抗するかである―。
2017年8月25日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:25~鑑賞。

作品データ :
製作年 2017年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 130分


「銀魂」

『週刊少年ジャンプ』で人気の空知英秋の同名コミックを小栗旬主演で実写映画化したSF時代劇。パラレルワールドの江戸を舞台に、万事屋(よろずや=「万の事をやる店」)を営む主人公・坂田銀時と仲間たちの身に起きる奇想天外な騒動をアクションとギャグを織り交ぜ描き出す。共演は菅田将暉、橋本環奈、長澤まさみ、岡田将生、柳楽優弥、中村勘九郎、堂本剛、菜々緒ほか。メガホンを取るのは、テレビドラマ『勇者ヨシヒコ』シリーズなどの福田雄一。

ストーリー :
街には高層ビルが立ち並び、空には無数の宇宙船が飛び交う江戸時代末期。宇宙から襲来した“天人(あまんと)”の台頭と廃刀令により、かつて隆盛を極めた侍は、衰退の一途をたどっていた。そんな時代に未だに侍魂を堅持する風変わりな男・坂田銀時(小栗旬)は、ひょんなことから廃れた剣術道場の息子・志村新八(菅田将暉)と、戦闘種族である夜兎(やと)族の少女・神楽(橋本環奈)に出会い、便利屋“万事屋銀ちゃん”を営むことに。そんな中、新八の姉・妙(長澤まさみ)や攘夷浪士・桂小太郎(岡田将生)、真選組の近藤勲(中村勘九郎)、土方十四郎(柳楽優弥)、沖田総悟(吉沢亮)らを巻き込みながら、次から次へと事件が巻き起こる。やがて事件の背後に、銀時の宿敵で、恐るべき陰謀を画策する高杉晋助(堂本剛)の影が浮かび上がってくるのだったが…。

▼予告編



▼全5メイキング映像(万事屋編→真選組編→鬼兵隊編→豪華キャスト編→盟友編)



■私感 :
そもそも私は「銀魂(ぎんたま)」などという振るった題名の漫画作品には毛ほどの関心も持たない。しかし、私が昵懇にしている青年某から「理屈抜きにバカになって楽しみましょう!」と誘われて、「銀魂」があれば「金魂(きんたま)」もあるのか?!とふざけつつ※、つい好事家の慰みに、本作を見に行った次第。

※当てずっぽうで言ったことだったが、原作『銀魂』(2004年2号より連載中)内のセルフパロディとして 『金魂』がある旨を、後に青年某から教えられた。なるほど、うんうんと、私は大きく頷(うなず)いた次第。

それは、時代劇とSFが合体した無茶苦茶な世界観のもと、必然性もへったくれもない展開のシュールギャグ映画だった。
端(はな)から筋の面白さも何も期待しなかった私は、鑑賞直後に、マアこんなもんでしょうと勝手に独り合点するとともに、今日的な時代状況下の劣化した日本人~とりわけ思考力の低下した若者~にはマア結構受ける作品にはちがいないと偉そうに賢(さか)しらをしたのだった。
それにしても鑑賞中、総じてキャラが無駄にぶっ飛んでいて、阿保くさく鼻に付くこと限りなしの思いに、私は再三とらわれたものだ。
私が正視に堪えざる馬鹿馬鹿しさを覚えたキャストは、あえて俎上に載せると、
・村田鉄矢【名刀“紅桜”を作った父・村田仁鉄の後を継ぎ、妹・鉄子と共に刀鍛冶を営み、父を超える“究極の刀”をひたすら打ち続ける】を演じた安田顕(1973~)であり、
・神楽【宇宙最強を誇る絶滅寸前の戦闘種族・夜兎族の生き残りで、驚異的な身体能力と暴力性を持つ】を演じた橋本環奈(1999~)であり、
・来島また子【高杉晋助率いる鬼兵隊の紅一点で、2丁の回転式銃を巧みに扱うことから「紅い弾丸」の異名を持つ】を演じた菜々緒(1988~)、である。

鉄矢=安田顕に特徴的なのは、人の話を聞かずに大口開けて無闇やたらに大きな声で自分勝手に喋りまくること。しかも、その喋り方が一本調子もいいところなのだ。
彼の長広舌は、私の耳にうるさく響く、取るに足らない雑音そのものだった。彼の登場シーンともなれば、私は決まって何かしら頭にかちんと来て…、やがて身の置きどころのない退屈に辟易するのだった。
(その昔、私という人間は、芝居小屋で下手な田舎芝居を観たとき、臭い演技に熱が入る役者に向かって、もろに「もっとナチュラルにやれよ!」と叫び声をあげる底の男だった―。)

神楽=橋本環奈は、天真爛漫な性格で、破天荒な戦闘力の持ち主。語尾に「~アル」、「~ネ」、「~ヨ」、「~ヨロシ」などをつけたユニークな口調で話す。変顔、鼻ホジ、ゲロ吐きもいとわず、体を張る…。
また子=菜々緒は、二丁拳銃の使い手で、好戦的な性格の持ち主。抜群のスタイルと露出度の高い個性的な衣服(へそ出しルック&ミニスカートの真っ赤なセクシーコスチューム)で、胸元・お腹・ワキ・美脚を存分に見せつける。話しぶりは「~ッス」を語尾につけるのが口癖。

私は思う。可愛い系美少女の橋本環奈は、神楽という難役を精一杯演じつづけたことだろう。綺麗系美女の菜々緒もまた然り、来島また子という難役に必死に挑みつづけたことだろう…。
しかし、いかんせん二人とも演技力がない。取って付けたような見え透いた未熟な演技は目に余る。私は独特のイントネーションでの蓮っ葉な台詞回しに食傷し、しょぼいアクションシーンの連続に辟易するばかり…。

なるほど橋本環奈はアニメ声で童顔の年端もいかないアイドルではある。菜々緒はプロポーションが取り柄のエロいオーラを放つ美人ではある。しかし、だからと言って、私はその二人の見るに堪えない・聞くに堪えない演技の下手っぴさを大目に見て黙許するというわけにはいかない。それとこれとは別物であり、私は基本的に映画-俳優の何たるかを努めて価値中立的に客観視する立場に立つ。

事のついでに言う。真選組(江戸の治安を守る幕府の特殊警察で、主な仕事は攘夷浪士の捕縛・将軍の護衛など)の局長・近藤勲(こんどう・いさお)に扮した「六代目」中村勘九郎(1981~)の演技ぶりは、いかがなものだろうか。
歌舞伎役者はワンパターン演技しかできないという通説はともかく、私が特に問題視するのは、中村勘九郎が褌一丁で全身に蜂蜜を塗りたくって金色のカブトムシを捕まえようとするシーンだ。
半裸(否、全裸)で蜂蜜まみれの、しかも股間に蜂蜜をためた、ヌルヌルむき出しボディ!→両手を水平に開き、片足を上げたポーズをとると、ボディから蜂蜜がポタポタと垂れ、チンチンが○出しになる(薄いモザイクあり!)…。
なるほど近藤勲は真選組をまとめあげ、男気あふれる人柄から隊士たちの信頼は絶大だが天然ボケで、下ネタ行動に走ることが多く、いつも裸で竹刀を振るような男。勘九郎は一本気な男なのか、“下ネタ担当”を自らに課し、AV男優よろしく一世一代の離れ業(*_*)をやってのける使命感に燃えたのだろう…。
だが、勘九郎独特の馬面に(モザイク処理の)オチンチンとなれば、それはまるで様(さま)にならない格好であり、エロ・グロ・ナンセンスのおちゃらけ版以外の何物でもない。
私はふと思う。泉下の新選組局長・近藤勇(こんどう・いさみ、1834~68)【1864年7月8日(元治元年6月5日)の池田屋事件でその名を天下に轟かせた「新選組」の最高指揮官として優れた統率力を発揮する】は、この、様にも何もならない近藤勲=勘九郎を見て、バカ笑いに打ち興じているだろうか、それとも心魂に徹して嘆き悲しんでいるだろうか☆彡

本作を見終わって後、青年某とレストランで夕食を共にした際の会話:
彼「映画、どうでした?」
私「部分的には一定限オモシロイところもあったが、全体的にはゴチャゴチャして、どうにも腑に落ちない・すっきりしない内容だったな…」
彼「今どきの若者がああいう映画や漫画を一生懸命に見るのは、マスターベーション⇒自己満足そのものなんです。特に社会から切り離され、対人関係能力が低下した青少年にとっては、そうなんです…」
私「人間はイロイロいるから面白いんだが、あの種の映画・漫画のみに末梢神経の興奮感覚を研ぎ澄ます連中は、年々増えているんだろうかね…」
彼「いつぐらいからか、増大していると思います」
私「問題はああいう作品の原作者や監督が、どういう知性・理性・想像力のレベルにあるのかということ。それは、この現代日本の時代閉塞の状況を単に追認するだけのレベルにすぎないのか。あるいは、その問題的な現状を何らかの形で克服しようとするレベルなのか…」
彼「答えは分かりきっています。彼らもまた“売らんかな”商法のもとにある。彼らに現実と格闘する高々とした理念を期待するだけヤボなんです…」
2017年8月18日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、14:20~鑑賞。

作品データ :
原題 SPIDER-MAN:HOMECOMING
(「ホームカミング」は「帰郷」などを意味する英単語であるが、同時にアメリカの高校で卒業生を招いて開催されるパーティイベントの名称でもある。)
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
上映時間 133分


「スパイダーマン:ホームカミング」

期待の若手トム・ホランド(Tom Holland、1996~)を主演に迎えた、爽快感が全編を駆け抜ける新機軸の『スパイダーマン』映画の第1弾(痛快エンタテインメント青春アクション大作)。15歳の高校生ピーターのスーパーヒーローとしての成長と、彼の前に立ちはだかる強大な敵~翼の怪人ヴァルチャー~との戦いが描かれる。
「マーベル・コミック」のアメリカン・コミックヒーローである「スパイダーマン」の実写映画化作品としては6作目であり【サム・ライミ監督&トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』3作(2002~07年)、マーク・ウェブ監督&アンドリュー・ガーフィールド主演の 『アメイジング・スパイダーマン』2作(2012~14年)に続き】、再始動した(3度目の映画化)新シリーズの1作目に当たる。
過去の『スパイダーマン』の実写化映画シリーズと大きく異なる点は、本作が『アベンジャーズ』シリーズをはじめとした、同じ「マーベル・コミック」原作の作品同士で世界観を共有する「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」シリーズに参戦したこと(⇒16作目の映画)。
本作では、MCUシリーズの13作目『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)(cf.本ブログ〈May 27, 2016〉)において初登場(ゲスト出演)を果たした後の新スパイダーマンの戦いが描かれる。原作や以前の2つの実写映画シリーズで描かれたスパイダーマン誕生の起源となる出来事(特殊なクモに噛まれた影響で超人的能力を得たこととベンおじさんの死)については、詳細には語られず多くが割愛されている。
主人公スパイダーマン=ピーター・パーカーを演じるのは、『インポッシブル』『白鯨との闘い』のトム・ホランド(史上最も若いスパイダーマン俳優)。スパイダーマン最大の敵ヴァルチャーことエイドリアン・トゥームスを演じるのは、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『スポットライト 世紀のスクープ』のマイケル・キートン。監督は、ミュージックビデオ出身で『クラウン』『COP CAR/コップ・カー』で注目された新鋭ジョン・ワッツ。

ストーリー :
ニューヨーク。スパイダーマンである15歳のピーター・パーカー(トム・ホランド)は、部活のノリで街を救う、ヒーロー気取りの高校生だ。アイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr.)は、そんなピーターの能力を見出し、真のヒーローとしての“道”へと導こうとする。ピーターはスタークに新型スパイダースーツまで作ってもらい、興奮して自分の力を認めてもらおうと日々街に飛び出していく。そんな中、スタークに仕事を奪われ復讐に燃える男エイドリアン・トゥームス=ヴァルチャー(マイケル・キートン)が、地球外の物質から強力なハイテク兵器を作り出し、ニューヨークを危機に陥れようとしていた。アベンジャーズに任せろとのスタークの忠告にもかかわらず、一人前のヒーローとして認められたいと焦るピーターは、たった一人で敵(ヴィラン)~トゥームス扮する、ヴァルチャースーツを装着した(巨大な羽根型ハーネスで空を飛ぶ)鳥人“ヴァルチャー(Vulture)”~に立ち向かおうとするのだったが…。

▼予告編



[※追記(2017/09/15):2017年9月14日(木)、本作を吉祥寺オデヲンで、15:45~再見]
2017年8月4日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、18:35~鑑賞。

作品データ :
原題 THE MUMMY
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 東宝東和
上映時間 110分


ユニバーサル・スタジオが同社の誇るクラシック・モンスターたちを豪華キャストとスタッフで甦らせる一大プロジェクト“ダーク・ユニバース”の記念すべき第1弾として、1932年製作の『ミイラ再生』を、トム・クルーズを主演に迎えてリブートした作品(アクション・アドベンチャー)である。

※『ミイラ再生』(原題:The Mummy、監督:カール・フロイント、日本公開:1933年7月)は、これまでに2度リブートされている。1度目は1959年製作の『ミイラの幽霊』(原題:The Mummy、監督:テレンス・フィッシャー、日本公開:1959年8月)であり、2度目は1999年製作の『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(原題:The Mummy、監督:スティーブン・ソマーズ、日本公開:1999年6月)である。

中東の広大な砂漠から現在のロンドンに隠された地下迷宮を舞台に、神話に封印された邪悪なる“王女”の恐るべき「復活⇒復讐」の物語を描き出す。共演はアナベル・ウォーリス、ソフィア・ブテラ、ラッセル・クロウ。監督は『トランスフォーマー』シリーズの脚本や『グランド・イリュージョン』シリーズの製作などを務めたアレックス・カーツマン。

ストーリー :
灼熱の太陽が降り注ぐ現代の中東で、米軍関係者のニック・モートン(トム・クルーズ)と考古学者のジェニー・ハルジー(アナベル・ウォーリス)は、謎の地下空洞に隠された巨大な棺を発見。調査のため棺をイギリスに輸送するが、想定外の事態により飛行機はロンドン郊外へ墜落。即死であったはずのニックはなぜか無傷のまま遺体安置所で目を覚まし、脳裏に浮かぶ美しい女性の言葉に導かれるように、棺の行方を捜す。
その棺に眠っていたのは、5000年前にファラオ(王)から裏切られ、復讐のために邪悪なモンスターと化すが、封印された古代エジプト王女アマネット(ソフィア・ブテラ)であった。そして、彼女はついに永い眠りから目覚め人類への復讐を開始し、世界は恐怖のどん底に突き落とされていく…。

アップ 【5000年の時を経て復活した悪しき王女アマネット】
古代エジプト。強く美しい王女アマネットは、次期女王の座が約束されていた。しかし、ファラオに息子が産まれ、その約束が裏切られ、絶望した彼女は力を手に入れるために“死者の書”に記された魔術を使い、死の神“セト”と契約を交わす。邪悪な存在として生まれ変わったが、セト神を蘇らせる儀式の途中に捕らえられる。そして、アマネットは生きながらミイラにされる極刑を受けて石棺に封印され、都から遠く離れた中東の地で地下深くに埋められた―。

▼予告編



▼特別映像(Monsters In side Us)



▼特別映像(She Is Real)



■私感 :
1999年(6月?)、私は連れ合いと一緒に、東京の某映画館で、エジプトを舞台にするアクション・アドベンチャー『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』を観た。たいへん面白い映画だった!
砂漠の奥地に眠る伝説の都“ハムナプトラ” を目指す女性学者(レイチェル・ワイズ)と冒険家(ブレンダン・フレイザー)が、封印から解き放たれたミイラ(アーノルド・ヴォスルー)と闘う―。
序盤から最後まで、画面上をキャラクターが走り回るアクションシーンてんこ盛り。砂漠や町、ナイル河と、エキゾチックな雰囲気も抜群。殺人昆虫が大量に出現したり、砂嵐が巨人のように立ち上がる映像が臨場感をかき立て、演技派女優レイチェル・ワイズと肉体派二枚目ブレンダン・フレイザーのロマンス描写も爽やか。そんな主人公たちを食いかねない存在感を発揮する怪僧イムホテップ(アーノルド・ヴォスルー)~見るからに怖いミイラの姿から、しだいに人間となっていっても、無気味な恐ろしさは変わらない!~が、陽性の物語(コミカルかつスピーディな冒険活劇)に重厚さを添えている。

同作は大ヒットし、2001年に続編『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(原題:The Mummy Returns、スティーブン・ソマーズ監督)、2008年に第3作『ハムナプトラ3/呪われた皇帝の秘宝』(原題:The Mummy: Tomb of the Dragon Emperor、ロブ・コーエン監督)とシリーズ化された。しかし残念なことに、『ハムナプトラ』シリーズ全3作を鑑賞した私と連れ合いの二人によれば、第1作に比して、作を追うごとに面白くなくなり、第2作はともかく、物語の舞台をエジプトから中国に移した第3作にいたっては、ハムナプトラ―ミイラもヘッタクレもあるものかのストーリー展開で、登場人物のほとんどが生彩を欠き(1、2作目にヒロインを演じたレイチェル・ワイズが降板し、代役はマリア・ベロとなる!)、まるでワクワク感がない凡作にすぎなかった。

『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』はアドベンチャー要素とユーモア要素をふんだんに取り入れた、正真正銘の娯楽大作だった。私と連れ合いは二人ながら、この『ハムナプトラ』シリーズ第1作を思う存分に楽しんだ。

そして2017年8月4日、私と連れ合いは今作『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』を観た。
連れ合いは鑑賞後、しみじみとした口調で私に語りかけた。
「『ザ・マミー』、B級映画もいいところね。やはりトム・クルーズも、寄る年波には勝てない―。さみしいかぎりね…」
私は得たりとばかりにうなずいた。そして、
ストーリー展開も人間描写も何もかも中途半端で突き抜けられず※⇒どうにも退屈で、たいして面白くもない映画だ。トム・クルーズ(Tom Cruise、1962~)というスターの魅力だけで持たせようとした作品だろうが、彼は彼で基本的にアクション・スターだから、今は年齢的に大きな曲がり角に行き当たっているのでは…と、打って返すように応じた。

※例えば、現代に蘇った王女アマネットーミイラ役に扮したソフィア・ブテラ(Sofia Boutella、1982~)について言えば、問題はスタイル抜群、動き抜群のこのアルジェリア系フランス人の女優/ダンサーの持ち味を十分に生かした役所(やくどころ)が案出されていないこと。私がソフィア・ブテラの存在を初めて知ったのは、『キングスマン』(2014年)という痛快スパイアクションにおいて(cf.本ブログ〈September 29, 2015〉)。彼女は端役ながらも、何と両足が義足の殺し屋を演じていた!その何とも冴えた体当たりの演技に、しばし魅入られた私ではあった…。彼女がダンサーとして、いかに運動神経に恵まれているかは、次の動画「Sofia dancing」からも一目瞭然!
▼ cf. Sofia dancing :


私は断言してはばからない。『ミイラ再生』の同じリブート作品にせよ、『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』の方が『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』より遥かに面白く楽しめる作品である、と。

▼ cf. 『ミイラ再生』(ミイラをテーマとしたホラー映画の始祖。主演ボリス・カーロフ。私の未見作) Trailer



▼ cf. 『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』 Trailer

2017年8月3日(木)立川シネマシティ(シネマ・ワン:東京都立川市曙町2ー8ー5、アクセス:JR立川駅北口から徒歩5分)で、18:50~鑑賞。

作品データ :
原題 LIFE
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
上映時間 104分


「ライフ」

『デンジャラス・ラン』『チャイルド44 森に消えた子供たち』(cf.本ブログ〈July 22, 2015〉)のダニエル・エスピノーサがメガホンを取ったSFパニック・スリラー映画。国際宇宙ステーション(ISS)を舞台に、火星で発見された未知の生命体の脅威にさらされた宇宙飛行士たちの、あらがいがたい運命をサスペンスフルに描く。『デッドプール』のライアン・レイノルズ(cf.本ブログ〈June 10, 2016〉)、『サウスポー』のジェイク・ギレンホール(cf.本ブログ〈June 14, 2016〉)、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』のレベッカ・ファーガソン(cf.本ブログ〈August 10, 2015〉)、『ウルヴァリン:SAMURAI』の真田広之が共演。

ストーリー :
世界各国から国際宇宙ステーション(International Space Station)に集結した6人の宇宙飛行士たち。医者のデヴィッド・ジョーダン(ジェイク・ギレンホール)、検疫官のミランダ・ノース(レベッカ・ファーガソン)、航空エンジニアのローリー・アダムス(ライアン・レイノルズ)、システム・エンジニアのショウ・ムラカミ(真田広之)、宇宙生物学者のヒュー・デリー(アリヨン・バカレ)、司令官のエカリーナ・“キャット”・ゴロフキナ(オルガ・ディホヴィチナヤ)。彼らの目的は、火星で採取された地球外生命体細胞【「カルヴィン(Calvin)」と命名】の極秘調査。まさに神秘としかいいようのないカルヴィンの生態に驚愕する6人だったが、細胞は彼らの予想を遥かに超えるスピードで成長し、高い知能を誇るようになる。それはかつて火星を支配した、まぎれもなく宇宙最強の生命体だった。小さく美しく無駄なものが一切ない“筋肉”と“脳”だけでできている。やがて全身をヒトデのように進化させ、巨大かつ攻撃的な姿へと変貌を遂げ→人間を敵とみなし、容赦なく襲う恐るべきモンスターと成り果てる!凶暴性むき出しのカルヴィンと凄絶な死闘を繰り広げる宇宙飛行士たち。孤立無援の宇宙で追い詰められていく彼らの運命は…。

ダウン 【ラストシーン】
…宇宙ステーション船内や船外で、カルヴィンは次々に、宇宙飛行士たちの命を奪っていく。やがて生き残った者は、デビットとミランダの2人のみ。
もはや船内の燃料も酸素も底を尽きた状態下、デヴィッドは1人乗りの緊急脱出ポッドが2機、備え付けられていたことを思い出す。そして、彼は1機のポッドで自らが囮(おとり)になって宇宙の彼方にカルヴィンを引き連れて行くと言い、ミランダはその隙を縫って、もう1機のポッドで地球に生還するようにと言う。自分だけが助かることを嫌がるミランダだが、結局デヴィッドの説得に応じてポッドに乗り込む。デヴィッドは残されたポッドにカルヴィンを誘い込み、カルヴィンとともに宇宙ステーションから離れていくとともに、ミランダは無事発進、脱出に成功する。
デヴィッドのポッド内では、カルヴィンが彼にまとわりつき始め、操縦桿を握る彼の腕を操縦桿から引き剥がし、彼の顔に向かって大きな口をゆっくりと開く。一方、地球へと向かったミランダのポッドは、ステーションの破片(宇宙ゴミ)と衝突しながら進む。2機の脱出ポッドは、地球と宇宙の彼方、それぞれへと飛んでいく…。

…地球上(東南アジア?)の海に脱出ポッドがパラシュートを広げて着水した。
1艘の漁船に乗っていた漁師たちは、 海に浮かぶポッドに近寄り、小さな窓から中をのぞき込む。そこにはカルヴィンの張りめぐらされた触手により身動きがとれないデヴィッドの姿が…。

何と、ミランダの脱出ポッドは、宇宙ゴミ(スペースデブリ〈space debris〉)との衝突で制御不能となり、いまだに宇宙を彷徨い続けていた。ミランダは悲鳴を上げるが、ポッドは地球から見る間に遠ざかっていく…。

何も知らずにポットの出入り口の扉をこじ開ける漁師たち…。中からは、身体中がカルヴィンに侵食されるも、まだ何とか意識を残すデヴィッドの虚しく響く叫び声―「開けるな!」…。

▼ 特別映像



▼ 冒頭10分間の映像 ― 背景の美しさやエイリアンの愛らしさが楽しめる「嵐の前の静けさ」!



◆ 真田広之(宇宙飛行士チーム一のベテランでシステム・エンジニアの「ショウ・ムラカミ」役) インタビュー :
(ガジェット通信〈2017.07.06〉:SFスリラー映画『ライフ』真田広之インタビュー「この恐怖は“人間のエゴ”に対する警告」)
人類の夢も希望も砕かれる―。7月8日に公開される映画『ライフ』は、そのタイトルからは想像もつかない、恐怖の連続に意表をつかれるSFスリラー。火星で採取した地球外生命体が宇宙飛行士達を襲う描写は、思わずヒエッと悲鳴があがるほど怖いです。/本作でジェイク・ギレンホール、ライアン・レイノルズらと共演し、映画の中で重要なキャラクターを演じるのが真田広之さん。インタビューでは作品について、ハリウッドで勝負するということについて、色々とお話を伺ってきました。

――『ライフ』大変面白く拝見させていただきました。日本だと今年の夏、唯一のホラー大作として期待を集めています。
真田:そうなんですか? ライバルなし? やりましたね(笑)。

――本作での恐怖の演出についてはどんな事を感じられましたか?
真田:監督のリアルでエッヂの効いた物を求めるエネルギーっていうのがすごかったんですね。表現に対してテンションが高いといいましょうか。恐怖についても、リアルで“信じられるもの”というのをとにかく追い求めていました。日本のホラーでもなく、ハリウッドにありがちな脅し的なものでもなく、監督の持つ独特な恐怖に対するセンスといいますか。本当にそんな地球外生命体が現れたらどうリアクションをとるのか?あくまでも信じられる範囲で恐怖を積み重ねていく。そのへんは独特でしたね。

――火星で採取した生命体が襲いかかるシーンは怖くて怖くて…。撮影現場にはあの生命体は存在せずに、皆さんは想像で演技しているのに本当にいるかの様なリアルな緊張感がありました。
真田:そうですね、実際には想像力を駆使して撮影をしなきゃいけません。あの生命体は段階ごとに大きさが変わっていくので、今どのコースをどのくらいの大きさで、どんなことになっているか都度監督に聞きながら演技しました。

――どんな恐怖を想像しながら演技されたのでしょうか? 例えば真田さんにとってあの生命体くらい怖いものってありますか?
真田:あのくらい怖いっていうのは…なかなかないですよね。でも「正体さえ未知」というのが一番怖いと思います。正体が分かっていても怖いものは怖いと思うのですけど、やはり地球上になかったものっていうのがね。人間としてそういうものに出会ったときどう対処するべきか、というのがこの映画のテーマの一つになっていると思うので。
キャラクターごとにその生命体を見る目が異なるというのも面白いですよね。僕の演じたショウ・ムラカミというキャラクターは、地球上に新しい家族、つまり“ライフ”が生まれ、同時に地球外生命体の“ライフ”が現れ、他の人以上に里心がつき、喜びと同時に弱みも生まれてしまう。任務への責任と「生きて帰りたい」という気持ちの狭間で戦わなければいけないという気持ちを個性として使わせていただきました。

――劇中のセリフで「地球外生命体には悪意とか敵意はなくて、ただ生存本能があるだけなんだ」といったものがありますが、生存本能の為に人を襲うってシンプルですごく怖いですよね。
真田:あの言葉は、実際にそういったもの(地球外生命体)に対峙した時、どう人類が対応するべきなのか? という問いかけであり警告であったと思いますね。本作の地球外生命体でいうと、おそらくは自然というものが封じ込めてくれたものを、寝た子を起こすように刺激してしまう。人間のエゴですよね。科学者にとって誉になる、企業にとっては金になる。人間が動物を殺して食べる様に、彼ら(地球外生命体)が生存し子孫を残したいっていうのは本能なわけで。自分たちにもライフはあるけど、他のライフに対してどう立ち会ってどう責任をとっていくのか?監督が常に意識していたのはそこかなと思いますし、僕もその考えに大賛成です。

――『ライフ』というタイトルで、宇宙をテーマにしている作品で、事前に内容を知らないと「こんなに怖い映画だったなんて!」って驚く人が多そうで楽しみです(笑)。真田さんがオファーを受けた時点でこういったスリラー作品だという事は分かっていたのでしょうか?
真田:最初に脚本が送られてきたので、分かっていました。非常にシンプルで、でもまあ考えさせられるっていう。これを映像化するんだと思うと、直球勝負だな、清々しいなと思いました。実は最初に僕がオファーされた役柄は実際のものと全然違っていて。若くて6人の中で一番経験の浅い宇宙飛行士役だったんですね。それには僕は歳をとりすぎているので一度断って、そうしたら「一番ベテランの宇宙飛行士役に設定を変えるのでお願いしたい」とまた連絡が来て。

――一番若手から一番ベテランに、ガラリと変わったわけですね。
真田:どんなに脚本が面白くても、自分がやるべきじゃない役だったら断る。どんなに“おいしい”ものでもね、お金で割り切れればいいのでしょうけど、そういうタイプではないので。監督とやり取りをして納得できればもちろんやらせてもらいます、お願いします、と。特に、国際宇宙ステーションの物語ってリアリティをもって日本人が参加できる作品じゃないですか。妙に文化を背負わなくっていいから、余計な気を使わない、役に専念してればいい。状況としてありがたいんですよね。

――本作は基本的に「国際宇宙ステーション(ISS)」の中だけで物語が進行しますが、作り込みがすごかったですね。
真田:ロンドンに、大きなスタジオを2つ3つ使ってISSの全パートを作っちゃったんですね。生活空間からコンピューターから何から何まで。全部実寸大で作られているので、SF作品なのにグリーンスクリーンで撮って合成というのが一切無いんです。今回は360度上から下まで全部作りこんでの撮影なので、監督もすべてにおいてリアリティを求めていました。僕の演じているキャラクターはベテランエンジニア役なので機械の操縦の仕方も全部覚えてやっていました。覚えることがたくさんあって苦労はしましたが、そこまでリアルに作ってくれたセットで演技ができる役者としての喜び、醍醐味も感じました。

――監督の「とにかくリアルに」というこだわりは俳優陣にも求められましたか?
真田:はい。監督は俳優に対しても一貫してそれをしていましたね。「大作ではありますけどハリウッドのエンターテイメントにはしたくない」と言っていました。こういう題材ですから(観客に)信じてもらえなければ何の恐怖も生まれない、とにかくリアルさを追求するというのが監督の意向だったので、演技に関しても「余計なことをするな、演技をとにかくするな、セリフを言うな」というのがお題でした。でも、俳優の性でどうしてもやりたくなっちゃうんですよね。妙なサービス精神で誇張してみたりとか。そのテクニックとか、芝居が見えたとたんに監督に「NO! とにかくその役になって生活しててくれればこっちが勝手に切り取るから」と言われました。
俳優だけではなくスタッフにも同じことを言っていて、俳優を宙に浮かせるワイヤーを操るスタッフ達もスタントマン達も一生懸命タイミングを合わせて、一瞬でも重力を感じたら「NO!」、何十テイクかかっても納得がいくまでやり続ける。それもまた嬉しかったです。これだけCGが発達した時代に演技やアクションのタイミングをとにかく合わせて苦労しながら撮影する。そのおかげで、早い段階でチームワークが出来てきて、連帯感といいますか、苦楽を共にしている感じがそのままISSで過ごしている6人の空気感につながったんじゃないかなと思います。

――なるほど、撮影時に苦労を共にしたからこそ、あの6人の空気感が自然に出たということですね。
真田:昔は撮影技術が無い分俳優の演技で補うということを要求された事もあったと思いますが、今はそういったことは全部まわりがやってくれるから、そんな余計なことは背負うなといいましょうか。シンプルに演技をすることがより求められてきた様に思いますね。本作を通してキャリアの中でついた垢みたいなものを気付かされました。

――真田さんは本作でもジェイク・ギレンホールをはじめ豪華俳優陣と共演し、ハリウッドで大活躍されているわけですが、その成功の理由をご自身でどう分析されていますか?
真田:難しいんですが、やっぱり言葉っていうのは大きいですね。英語は日本にいてもいくらでも学びようがあるので、ハリウッドを目指す方には言葉は必ず身につけてほしいライセンスです。あとは、ハリウッドが日本人をキャスティングする時は“日本人らしさ”が欲しくてキャスティングするわけです。ハリウッドには“西洋ナイズ”された日本人は必要ないんですよ。海外に出る為に学ぶことは大事だけど、日本人として失っちゃいけないもののほうが大きいというか、かぶれてるうちは必要とされないってことだと思います。後は、ハリウッドは労働条件が守られていますけど、その分拘束されている時間内はきっちり使われるので、日本の現場よりも撮影がキツイ部分も多いです。権利と義務がハッキリしていると言う感じでしょうか?それを覚悟の上で、日本の環境の良さに甘えずに、自分はどうあるべきかなって自問自答しておくと、ハリウッドでも活躍出来るのではないかと思います。


■ 私感 :
本作を鑑賞中、過去の映画作品のいろいろに連想が働いた。
私が今世紀に入って観たものとしては、『ゼロ・グラビティ』(2013年、監督:アルフォンソ・キュアロン、出演:サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー)と『オデッセイ』(2015年、監督:リドリー・スコット、主演:マット・デイモン)である。
前者はスペースシャトルで船外活動中に予期せぬ事故(スペースデブリとの衝突)で宇宙空間へ放り出され、救助も期待できない絶望的状況で漂い続ける2人の宇宙飛行士の運命を、無重力の世界を圧倒的な臨場感で再現した3D映像で描く。
後者は火星に一人置き去りにされた宇宙飛行士の生存をかけた孤独な奮闘と、彼を救いだそうとする周囲(NASAや乗組員たち)の努力を、ドキュメンタリータッチかつ現実感ある3D映像で描く(cf.本ブログ〈February 14, 2016〉)。
両者ともに宇宙サバイバルムービーで、“最新宇宙科学に基づくリアルSF”の外殻をまとった、見応えのある快作だ。

そして、この2作の影響下にある本作の場合、さらに特徴的なのは、地球外生命体との遭遇を描いたSFホラー・サスペンスの古典『エイリアン』(1979年、監督:リドリー・スコット、主演:シガニー・ウィーバー)を2017年仕様にアップデートした作品である点だ。

【『エイリアン』のあらすじ】地球に帰還中の宇宙貨物船ノストロモ号(乗組員:女性2人を含む7人)は、生命体からの電波をキャッチしてとある惑星に向かい、見たこともない異星の船を発見する。内部を調査中の乗組員がフロアーに無数に産み付けられた奇怪な卵から孵化した生き物に寄生される→ノストロモ号に帰還後に彼の腹を食い破って姿を現わしたエイリアンが船内に逃亡し、次第に脱皮を繰り返して巨大に成長、乗組員を一人また一人と血祭りにあげていく…。

▼ cf. 『エイリアン』日本版劇場予告篇 :



『エイリアン』は1979年公開の作品。公開時のキャッチコピーは、「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない(In Space No One Can Hear You Scream.)」。私がこの“20世紀初の超宇宙サスペンス!”を観たのは、79年7月の日本公開直後のこと。鑑賞中、間断なく言い知れぬ不気味さが体の中を走り抜けたものだった。
時あたかも、『スター・ウォーズ』〈第1作〉(1977年、ジョージ・ルーカス監督)(cf.本ブログ〈January 18, 2016〉、本ブログ〈January 01, 2017〉)や『未知との遭遇』(1977年、スティーヴン・スピルバーグ監督)が公開され、一躍世界的なSF映画ブームが巻き起こったころ。当時のSF映画と言えば、総じて宇宙空間を未来的な宇宙船や戦闘機が飛び回るというイメージのもと、夢とロマンの明るく希望のある作品だった。しかし、SFホラーの金字塔である『エイリアン』は、何とも現実的・散文的な設定と異様なクリーチャーの造形で、多くの人々を驚愕させずにはおかなかった。「エイリアン(Alien)」という単語がやがて「地球外からやって来た(敵対的な)異星人」を意味する言葉として広く定着するにいたったのも、この映画をきっかけにしている。

※『エイリアン』【=「エイリアン」シリーズの第1作】は、新奇を追う私の持ち前の好奇心を駆り立てるという点で、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』にも劣らず、やはり素朴に面白いSF譚だったことは言うまでもない。ただし、「エイリアン」シリーズの残り3作【第2作『エイリアン2』(1986年、ジェームズ・キャメロン監督)→第3作『エイリアン3』(1992年、デヴィッド・フィンチャー監督)→第4作『エイリアン4』(1997年、ジャン=ピエール・ジュネ監督)】を日本公開順に鑑賞した私の場合、その各作品に対して一定の興味と関心を寄せることができたものの、回を追うごとに(特に第3作→第4作で)テーマの内容が鼻に付き出し、次第にエイリアン⇒怪物の話自体に食傷気味になったことも事実である。
なお、私は今までに前掲の「エイリアン」シリーズ全4作以外に、『プロメテウス』(2012年、リドリー・スコット監督)、『エイリアンVS.プレデター』(2004年、ポール・W・S・アンダーソン監督)、『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』(2007年、コリン・ストラウス監督)を、これまた日本公開順に鑑賞済みだが、この3作については「エイリアン」シリーズの埒外(らちがい)に置いている。『プロメテウス』は1作目『エイリアン』の前日譚~「エイリアン」シリーズの5作目~として企画されたが、その製作段階で内容の修正・変更を余儀なくされた作品であり、後二者は同シリーズのスピンオフ作品に相当する。


本作は、未知なる異種生命体に襲われる「密室パニック」映画!
宇宙船内での手に汗握る展開に慄然と息をのむ!
ラスト結末の、刮目(かつもく)すべきどんでん返し!
約1時間40分、“逸品”[{『エイリアン』+(『ゼロ・グラビティ』+『オデッセイ』)}超…]を賞翫(しょうがん)せり!
2017年8月3日(木)立川シネマシティ(シネマ・ワン:東京都立川市曙町2ー8ー5、アクセス:JR立川駅北口から徒歩5分)で、16:15~鑑賞。

作品データ :
原題 POWER RANGERS
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 東映
上映時間 124分


日本の「スーパー戦隊」シリーズの英語ローカライズ版としてアメリカで放送され、長年にわたって人気を誇るTVシリーズを、最新の映像技術を用いてリブートし、映画化したヒーロー・アクション大作。かつて地球を守った5人の戦士の超人的パワーを受け継ぎ、地球の危機に立ち上がる5人の若者たちの活躍を、最新VFXを駆使した圧倒的スケールのアクションで描き出す。パワーレンジャーの5人には本作がハリウッドデビューとなるデイカー・モンゴメリーや全米ブレイク中の歌手ベッキー・Gら、フレッシュな顔ぶれを起用。監督は南アフリカ出身のディーン・イズラライト。

ストーリー :
遡ること時は紀元前。古代の地球で世界の運命を決する、大きな闘いが終焉を迎えていた。ある5人の戦士たちによって守られた地球。そこにはやがて新しい命が芽生え、物語は現代に帰ってくる。
小さな町・エンジェル・グローブに、ごく普通に暮らす若者たちがいた。ジェイソン(デイカー・モンゴメリー)、キンバリー(ナオミ・スコット)、ビリー(RJ・サイラー)、トリニー(ベッキー・G)、ザック(ルディ・リン)。ありふれた日々を過ごす彼ら5人は、偶然にも同じ時間・同じ場所で不思議なコインを手にし、超人的なパワーを与えられる。
自分たちの力に困惑する彼らの前に現われたのは、かつて世界を守っていた5人の戦士=“パワーレンジャー”の一人・ゾードン(ブライアン・クランストン)と、機械生命体・アルファ5(声:ビル・ヘイダー)。古代の地球で封印された悪の戦士=リタ・レパルサ(エリザベス・バンクス)が蘇り、再び世界を滅ぼそうとしていること、そして彼ら5人はその脅威に立ち向かうべくコインに選ばれた、新たな“パワーレンジャー”であることが明かされる。
しかし、自らに課せられた使命を受け入れられない彼らは、まだその秘めたる力を解放できずにいた。地球に残された時間はあとわずか。果たして彼ら普通の高校生に、この世界を救うことができるのか?世界が、そして仲間たちが危機にさらされた時、ついに“その力”が目覚める。

▼予告編

2017年7月24日(月)TOHOシネマズ新宿(東京都新宿区歌舞伎町 1-19-1 新宿東宝ビル3階、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、15:40~鑑賞。

作品データ :
原題 JOHN WICK:CHAPTER 2
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ポニーキャニオン
上映時間 122分


キアヌ・リーブス扮する元殺し屋の壮絶な復讐劇を描き、銃撃戦とカンフーをミックスしたアクションが話題を呼んだ『ジョン・ウィック』(cf.本ブログ〈November 13, 2015〉)の続編。ロシアン・マフィアを返り討ちにした主人公ジョン・ウィックが、今度はイタリアン・マフィアを敵に回し、世界中の殺し屋と激闘を繰り広げるさまを、さらなるスケールアップしたアクションで描き出す。メガホンを取るのは、前作に続きチャド・スタエルスキ。イアン・マクシェーン、ジョン・レグイザモら前作キャストに加え、『マトリックス』シリーズでもキアヌと共演したローレンス・フィッシュバーン、グラミー賞ラッパーのコモンらが新たに参加する。

ストーリー :
伝説の殺し屋ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)による壮絶な復讐劇から5日後。ロシアン・マフィアの残党から愛車フォード・マスタングを奪い返した彼のもとに、イタリアン・マフィアのサンティーノ・ダントニオ(リッカルド・スカマルチョ)が姉殺しの依頼にやってくる。彼はかつてジョンが殺し屋業界を引退するために課された実現不可能とされたミッションを助けたことがあった。しかし、平穏な隠居生活を望むジョンは、彼の依頼を一蹴。サンティーノの怒りを買ったジョンは、想い出の詰まった家をバズーカで破壊されてしまう。愛犬(ピットブル犬〈名前は未決定〉)と共に一命をとりとめたジョンは、サンティーノへ復讐を開始。だが、命の危険を感じたサンティーノは、ジョンに700万ドル(約7億円)の懸賞金を懸けたことで、全世界の殺し屋がジョンの命を狙い始める…。

▼予告編

2017年7月21日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、14:00~鑑賞(再見)。
同年7月7日、同館で初見(本ブログ〈July 15, 2017〉)。

「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ~ウォルト・ディズニーのテーマパーク、「カリブの海賊」をモチーフにしたファンタジー・冒険映画シリーズ~は、文句なく面白い!存分に楽しめる!

同シリーズ公開年度順:
(1)『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(Pirates of the Caribbean:The Curse of the Black Pearl、2003年)
(2)『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(Pirates of the Caribbean:Dead Man's Chest、2006年)
(3)『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(Pirates of the Caribbean:At World's End、2007年)
(4)『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(Pirates of the Caribbean:On Stranger Tides、2011年)
(5)『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』(Pirates of the Caribbean:Dead Men Tell No Tales、2017年)

▼ Pirates of the Caribbean (1)(2)(3)(4)(5) Trailers (2003~2017) 


私は2003年以来、同シリーズ全作を積極的に享受。どの作品にも満ちている安定感のある面白さを理屈抜きに楽しみつづけた。
もちろん煎じ詰めれば各作品に一長一短はあるにせよ、総じて同シリーズはエンタメ作品としては超一級品であることは間違いない(ファンタジーとアクションとコメディと超常現象が魅力的に融合!)。

今作(第5作)も、酒と女が大好きな一匹狼の海賊ジャック・スパロウと、彼を中心に繰り広げられるアクション、アドベンチャー、ユーモア、そして音楽といった“パイレーツ”ならではの醍醐味に満ちたもの。いや、力強い感情が核にあって、素晴らしいキャラクターたちが登場する、スぺクタクルなアクション満載のエンターテイメントという点では、今までに勝るものがあった。
まず何よりも観る者を圧倒する、海の脅威や海のダイナミックな変貌を描く独創的な映像(ex.幽霊鮫「ゴーストシャーク」が猛々しく遊弋するシーン、大海原がぱっくりと真っ二つに割れるシーン、岩と珊瑚と黒砂で構成された海底世界とポセイドンの霊廟の、異世界的な神々しいシーン)。また、心撃ち抜かれる、飄々としたジャック・スパロウのユーモア溢れる魅力的な映像(ex.「銀行」強盗や「ギロチン」処刑などのコミカルでド派手なシーン)。そして、心揺さぶられる、物語を支える様々な愛のかたち(ヘンリー・ターナー対ウィル・ターナー、ヘンリー・ターナー対カリーナ・スミス、カリーナ・スミス対ヘクター・バルボッサ)の映像、等々。
私は約2時間、快いテンポで進行する中、画面から片時も目を離さず、「非日常」を味わいつつ悦に入った。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズには、数々の魅力的なキャラクターが登場する。
その筆頭に挙げるべきは、もちろん、シリーズ全作を通しての主人公で、世界各地の海を統べる選ばれし9人の“伝説の海賊”の1人、キャプテン・ジャック・スパロウ。
彼は不遜にして無邪気な、誰にも・何にも囚われることのない自由人。どんな困難に出遭っても飄々としている一方で~今作でも他力本願と超がつく強運によってヒョイヒョイと危機から脱出~、絶妙のタイミングで目的成就のための布石を打ち、話術で相手を煙に巻いて事を有利に進める天性の策略家。
米国の俳優・ミュージシャンであるジョニー・デップ(Johnny Depp、1963~)は、この相当な難物・難役を生き生きと演じきるとともに、世界的な規模で爆発的な名声を獲得。彼の何とも個性的な演技のしからしめるところ、ジャック・スパロウは21世紀に生まれた、世界中で最も愛されるムービーアイコンとなった。

私はジョニデの出演作を、これまでに何作観ただろうか。前掲『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを除くと、私の記憶に上るものは、次の25作である。
『プラトーン』(1986年)
『シザーハンズ』(1990年、日本公開:1991年7月13日)
『妹の恋人』(1993年)
『ギルバート・グレイプ』(1993年)
『エド・ウッド』(1994年)
『フェイク』(1997年)
『ブレイブ』(1997年)
『ショコラ』(2000年)
『ブロウ』(2001年)
『フロム・ヘル』(2001年)
『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』(2003年)
『ネバーランド』(2004年)
『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)
『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)
『パブリック・エネミーズ』(2009年)
『Dr.パルナサスの鏡』(2009年)
『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)
『ツーリスト』(2010年)
『ダーク・シャドウ』(2012年)
『トランセンデンス』(2014年)
『イントゥ・ザ・ウッズ』(2014年)
『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』 (2015年)
『ブラック・スキャンダル』(2015年)
『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』(2016年)
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(2016年)

ジョニデは1984年『エルム街の悪夢』でスクリーンデビューを果たし、その後『プラトーン』 (オリバー・ストーン監督作品でベトナム戦争を描いた傑作⇒第59回アカデミー賞作品賞を受賞)の端役を演じ、1990年には『クライ・ベイビー』『シザーハンズ』の2作で主演を務め、役者としても成功の階段を昇り始める―。
私の映画鑑賞史上、ジョニデの存在を強く印象づけた最初の作品は、鬼才ティム・バートン監督の描く切ないラブ・ファンタジー『シザーハンズ』(原題: Edward Scissorhands)である。彼はここで、純真無垢な心を持つ、両手がハサミの人造人間(人間らしくなくロボットらしくもない人物)「エドワード・シザーハンズ」という難しい役どころをうまく演じていた。

▼ cf. 『シザーハンズ』 Trailer


その後、私は彼の出演作品を鑑賞するたびに、つくづく感心したものだ。
彼は比較的エキセントリックな作品への出演が多いが、回を追うごとに、どんな役でも個性的にこなす⇒どんな役にもしっくりと馴染む、変幻極まりない演技力を物にしていく―。
そして、演技の幅が広がるとともに、2003年公開の『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』にいたり、ジャック・スパロウという個性的な役柄を創造性豊かに演じて抜群の存在感を発揮、ハリウッド屈指のスターの座に就いた。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ全5作の登場人物として、私がジャック・スパロウの次に注目するのがキャプテン・ヘクター・バルボッサ。
彼は選ばれし9人の「伝説の海賊」の1人で、カスピ海の王として獰猛かつ大胆な人物。相棒猿のジャック・ザ・モンキーを溺愛し、いつも肩に乗せている。これまでジャックの好敵手(ライバル)として、冷酷非道に相手を出し抜き、あるいは出し抜かれ、時には自身の目的のために運命を共にすることもあった。
今作では当初、ジャックを生贄に「海の死神」サラザールと取引をしようとしたが失敗、自身の部下のほとんどが殺されたことで、サラザールを倒すことのできる<ポセイドンの槍>を探すため、ジャックと共闘する。その後、カリーナ・スミスの導きにより<ポセイドンの槍>が眠る島を発見。生涯の最期(?)の瞬間、《実の娘》カリーナを守るため、自らを犠牲にして、サラザールを永遠に葬り去る―。
この最も「海賊らしい海賊」バルボッサを演じるのは、オーストラリア出身の俳優ジェフリー・ラッシュ(Geoffrey Rush、1951~)。彼は娯楽作品・文芸作品などジャンルにかかわらず、多くの作品に出演し、幅広い役柄を演じてきた。
私はジェフリーの出演作については、これまでに~『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを除くと~、次の12作を鑑賞。
『シャイン』(1996年、日本公開:1997年3月22日)
『レ・ミゼラブル』(1998年)
『エリザベス』(1998年)
『恋におちたシェイクスピア』(1998年)
『クイルズ』(2000年)
『テイラー・オブ・パナマ』(2001年)
『フリーダ』(2002年)
『ミュンヘン』(2005年)
『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007年)
『英国王のスピーチ』(2010年、日本公開:2011年2月26日)
『鑑定士と顔のない依頼人』(2013年)
『キング・オブ・エジプト』(2016年)

この12作中、私の脳裏に刻み込まれた感銘深い作品は、第一に『シャイン』であり、第二に『英国王のスピーチ』である。
『シャイン』(原題:Shine、スコット・ヒックス監督)は、ピアノの天才少年と呼ばれ、一度は精神を病みながら、ハンディキャップを越えて復帰した実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴット(David Helfgott、1947~)の半生を基に描く感動の音楽ドラマ。成人したデイヴィッド役を23年間舞台での俳優・演出のキャリアを持つジェフリーが快演し、第69回アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
『英国王のスピーチ』(原題:The King's Speech、トム・フーパー監督)は、吃音に悩む英国王ジョージ6世(=国王ジョージ5世の二男アルバート、演者:コリン・ファース)と、その治療にあたった植民地(オーストラリア)出身の平民である言語療法士(ジェフリー・ラッシュ)の“友情”(「bromance(brother+romance)」)を史実を基に描いた作品。ジェフリーは型破りな、スピーチ矯正の専門家ライオネル・ローグ役を好演し、第83回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。

▼ cf. 『シャイン』 Trailer

[デイヴィッド・ヘルフゴット役については、10代を『ペテルブルグ幻想』のノア・テイラー(Noah Taylor)、幼年期をアレックス・ラファロヴィッツ(Alex Rafalowicz)が演じた。]

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ最新作(第5作)で初めて登場するキャラクターたちの中で、私が最も注目するのが、ジャックの過去を知る最恐の敵、「海の死神」キャプテン・アルマンド・サラザールである。
彼はかつてスペイン海軍の艦長として、この世のすべての海賊を滅ぼす「海の処刑人」として名を馳せた。海賊に家族を殺された過去があり、海賊であれば白旗を挙げた者でも容赦なく殺害する冷酷さを持つ。しかし、<魔法のコンパス>に導かれた若き日のジャックの術中にはまり、海の地獄「魔の三角海域」に誘い込まれ、旗艦が大破し、部下たちもろとも海の亡霊の呪いを受け、長らく海域に幽閉される。
彼は「魔の三角海域」の力によって永遠の亡霊となったため、超人的な力及び不死身の身体を持つ。能力としては、鉄格子をすり抜けたり、海の上を歩くことができる。ただし、部下共々陸に上がることができず、無理に上がろうとすると身体(顔は罅〈ひび〉割れ、後頭部は損壊して無い)が霧散してしまう。
「魔の三角海域」に囚われ続けた彼は、ジャックが<魔法のコンパス>を手放したことで解放され、ジャックへの復讐と海賊全滅のために活動を始める。バルボッサ麾下の海賊たちを壊滅させ、バルボッサ本隊の海賊船「アン女王の復讐号」にも壊滅的な打撃を与えながら、ジャックを追い詰める。「ブラックパール号」襲撃の際にヘンリーを攫い、彼に乗り移りジャックたちを襲撃、海底に眠る<ポセイドンの槍>を手に入れるが、解放されたヘンリーに<槍>を破壊されたことで呪いが解け、生身の人間として復活する。その後、ブラックパール号の錨に引き上げられるジャックたちを追うが、バルボッサの捨て身の攻撃により錨から落下し、そのまま彼と共に海底へと呑み込まれた―。
この最恐最悪のヴィラン、サラザールを演じるのは、スペインを代表する演技派俳優ハビエル・バルデム(Javier Bardem、1969~)。彼はスペイン版アカデミー賞と呼ばれる「ゴヤ賞」(1987年設立、名称はスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤに由来)を通算5回(主演男優賞4回+助演男優賞1回)も受賞している。
私がこれまでに鑑賞したハビエルの出演作は、次の11作(『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』を除く)である。
『夜になるまえに』(2000年)
『コラテラル』(2004年)
『海を飛ぶ夢』(2004年)
『宮廷画家ゴヤは見た』(2006年)
『ノーカントリー』(2007年、日本公開:2008年3月15日)
『それでも恋するバルセロナ』(2008年)
『BIUTIFUL ビューティフル』(2010年)
『食べて、祈って、恋をして』(2010年)
『トゥ・ザ・ワンダー』(2012年)
『007 スカイフォール』(2012年)
『悪の法則』(2013年)

この11作中、夢寐(むび)にも忘れられない作品は、ハリウッドの奇才コーエン兄弟(ジョエル&イーサン・コーエン)監督の描く衝撃のクライム・アクション・スリラー『ノーカントリー』[原題:No Country for Old Men、原作:コーマック・マッカーシー(Cormac McCarthy、1933~)の戦慄の犯罪小説“No Country for Old Men”(黒川敏行訳『血と暴力の国』〈扶桑社ミステリー文庫、2007年〉)]である。
同作では、1980年代の米テキサスを舞台に、麻薬取引がらみの大金を持ち逃げしたベトナム帰還兵ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)と、モスを執拗に追跡する謎の殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)、そして事態を察知し、モスとシガーの二人の行方を追う老保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)、この三者を軸にして~3人が同じスクリーンに映ることはなく、3人の視点を交互に切り替えながら~、物語がスリリングに展開する。ハビエルは殺し屋(否、非情な殺人鬼)シガーを怪演し、第80回アカデミー賞助演男優賞を受賞した。

▼ cf. 『ノーカントリー』予告編


私は同作を、たしか日本公開直後の2008年3月、東京銀座の映画館で鑑賞。上映時間約2時間をフルに堪能!息づまるような緊迫感で体じゅうが沸き立ったり、汗ばむような緊張感で背筋がひきつったり…。何かが起こることはわかっていても、何が起こるのかはわからない映画シーンの数々を、固唾を呑んで観入りつづけた(眼を凝らし、耳をそばだてる!)。
何よりも際立つのは、強烈な存在感・重厚感を印象づけるハビエルの何とも不気味な演技ぶりだ。
シガー=ハビエルは大柄(がっしりした体つき)で変な髪型(おかっぱ頭!)をし、何か実体のつかめないカイブツ!高圧ボンベ付きの家畜用スタンガン(屠殺銃)を振り回し、鍵穴も人間の額も同じようにクールに(快楽や苦悩はいっさい介在せず!)撃ち抜く。化け物のようにタフな処刑人であり、理不尽なまでに邪悪で、おどろおどろしい存在だ。

私は『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』を鑑賞中、サラザール=ハビエルが登場するたびに決まって『ノーカントリー』のシガー=ハビエルを生々しく連想した。
ハビエルに言わせると、サラザールのイメージは「怒りに燃えて強い復讐心を持つ傷を負った雄牛」とのこと(cf. 映画パンフ『PIRATES OF THE CARIBBEAN:DEAD MEN TELL NO TALES』〈編集:東宝ステラ、発行所:東宝(株)映像事業部、発行日:2017年7月1日〉)。
“海の死神”サラザールに扮したハビエルは、毎日2~3時間かけて顔面に特殊メイクを施すなど、まさに体を張った、濃厚かつリアルな芝居に徹していた。冷淡な無表情でありながら、執念に燃える熱い眼に、美声と巻き舌、そして喋りながら息がヒューヒュー気道から漏れていく得も言われぬ独特の音…。

シガー=ハビエルはもとより、サラザール=ハビエルもまた、21世紀最強の悪役俳優ならではの異様かつ圧倒的な存在感で、私という観客の全神経を緊張させ→私の全身を揺すぶり→私の背後にひたひたと迫るのだった。
2017年7月7日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:05~鑑賞。

作品データ :
原題 PIRATES OF THE CARIBBEAN: DEAD MEN TELL NO TALES
(「デッド・メン・テル・ノー・テイルズ(Dead men tell no tales)」は、“死人に口無し”という意である。)
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 129分


「映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』」

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ~孤高の海賊ジャック・スパロウの冒険を描く、ジョニー・デップ主演の世界的大ヒット海洋ファンタジー・アドベンチャー・シリーズ~の第5弾。ジャックと、「海の死神」サラザールの因縁の対決を軸に、かつてジャックと冒険を共にしたウィル・ターナーとその息子ヘンリー、孤独な天文学者カリーナ、ジャックの宿敵バルボッサらの運命が交錯する。サラザール役を『ノーカントリー』のハビエル・バルデム、ヘンリー役を『マレフィセント』のブレントン・スウェイツ、カリーナ役を『メイズ・ランナー』のカヤ・スコデラリオがそれぞれ演じる。バルボッサ役のジェフリー・ラッシュ、ウィル役のオーランド・ブルーム、エリザベス役のキーラ・ナイトレイらおなじみのキャストも再結集する。監督は、海洋アドベンチャー『コン・ティキ』でアカデミー外国語映画賞にノミネートされたヨアヒム・ローニング&エスペン・サンドベリ。

ストーリー:
【主要キャラクター】
ジャック・スパロウ(Johnny Depp):
自由を愛し、海を愛し、酒と女を愛する孤高の海賊。危機にあっても飄々としているが、天性の策略家。だが今や、彼は運に見放され、愛する世界最速の「ブラックパール号」はボトルに閉じ込められている。そんな時、最恐の敵 “海の死神”サラザールが解き放たれる。サラザールの復讐を阻止できるのは、<ポセイドンの槍>のみ。果たして、ジャックの運命は!?

アルマンド・サラザール(Javier Bardem):
『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ史上最凶と恐れられるヴィラン。ジャック・スパロウへの復讐のためだけに生きる“海の死神”。かつてカリブ海の海賊たちを絶滅させる「海の処刑人」として名を轟かせたスペイン海軍軍人。まだ青年だったジャックに嵌められ、海の地獄“魔の三角海域”に幽閉されてきた。そこから脱出できた今、ジャックの命を奪い海賊を根絶やしにすることを誓った。スペイン海兵の亡者たちを従え、幽霊船「サイレント・メアリー号」を操り、ジャックに迫る。

ヘクター・バルボッサ(Geoffrey Rush):
かつて秘術によって蘇った海賊にして、英国をも出し抜いた過去を持つ策略家。海賊黒ひげの「アン女王の復讐号」と全能の剣を手に入れて以来、我が物顔に大海で勢力を振るい、船内は戦利品の金銀財宝であふれている。貪欲な彼は、さらなる海の力を我が物とすべく、<ポセイドンの槍>を狙う。そして<槍>を手に入れるために、かつ我が身を守るために、ある危険な策に出る。

ヘンリー・ターナー(Brenton Thwaites):
呪いによって、幽霊船「フライング・ダッチマン号」に閉じ込められたウィル・ターナーの息子。勇気ある情熱家でハンサムな若者。父を呪いから救い出すため、海の伝説を調べつくした彼は、呪いを解く力が<ポセイドンの槍>にあることを突き止める。そして、伝説の海賊ジャック・スパロウと<ポセイドンの槍>の謎を解く鍵を握る天文学者カリーナと共に<槍>を探す航海に乗り出していく。

カリーナ・スミス(Kaya Scodelario):
孤児院で育てられた、聡明で若くて美しい天文学者。どんなときも不屈の精神を失わない彼女の武器は、行方知れずの父が残したガリレオ・ガリレイの日記。そこには<ポセイドンの槍>につながる秘密が潜んでいる。天文学の知識を駆使してその謎を解こうとする彼女は、ジャック・スパロウとヘンリー・ターナーを<槍>へと導く者として、危険な冒険に巻き込まれていく。


ダウン ある夜の海、1人の少年がボートに乗って沖へと進んでいた。彼は12歳になったヘンリー・ターナー(Lewis McGowan)だった。船長として幽霊船「フライング・ダッチマン号」に乗る父、ウィル・ターナー(オーランド・ブルーム)に会いに行ったのだった。ウィルは10年に1度しか陸に上がれない呪いにかかっており、ヘンリーはその呪いを解こうと、伝説の秘宝<ポセイドンの槍(Trident of Poseidon)>を見つけるため、ジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)の協力を得ようとする。
それから9年後、勇気ある青年に成長したヘンリー(ブレントン・スウェイツ)は、英国軍の水兵となるが、いまだ<ポセイドンの槍>にはたどり着けずにいた。ある日、ヘンリーの乗る船が危険な“魔の三角海域(Devil's Triangle)”に差しかかると、恐ろしい姿をした“海の死神”アルマンド・サラザール(ハビエル・バルデム)~その容姿も禍々しく、朽ち果てた軍服とひび割れた白い顔は「生ける屍」そのもの~に襲われる。サラザールはヘンリー以外の乗組員全員を殺害。かつてジャックの策に嵌められ、“魔の三角海域”に幽閉されたことで、ジャックへの復讐に燃える彼は、ヘンリーを敢えて生かして返すことで、ジャックに復讐の意志を伝えようとするのだった。ほどなく船は遭難し、ヘンリーは英国植民地セント・マーティン島に流れ着く。
そこでヘンリーが遭遇したのは、科学者ゆえに魔女の濡れ衣を着せられて追われている、美しい天文学者カリーナ・スミス(カヤ・スコデラリオ)だった。彼女はまだ幼い頃に生き別れた父が残した“ガリレオ・ガリレイの日記”に秘められた謎を解こうとしていた。その謎こそ、<ポセイドンの槍>にたどり着くための方法だった。
その頃、ジャック・スパロウは落ちぶれ果て、セント・マーティン島での銀行強盗に失敗。仲間からも愛想を尽かされて一文無しになり、酒場でラム酒と交換に、いとも軽やかに大切な<魔法のコンパス>を手放してしまう。その瞬間、“魔の三角海域”に囚われていたサラザールが解き放たれ、残忍な手下を率いてジャックへの復讐へと動き出す。<魔法のコンパス>は通常のコンパスと異なり、一方で「北を指さない」代わりに心から望むものへと持ち主を導くが、他方で持ち主に裏切られるとその人物にとっての“最大の恐怖”を解き放つのだ。亡霊・サラザールの脅威からジャックが逃れる方法はただ一つ、どんな海の呪いも解くことができる<ポセイドンの槍>を手に入れること。

やがてジャックは、ヘンリー、カリーナの2人と合流し、3人で、【それぞれの事情から~ジャックはサラザールの復讐を阻むため、ヘンリーは父を救うため、カリーナは実の父親の手がかりをつかむため~】 <ポセイドンの槍>を追い求めて危険な航海へと繰り出していく。ボトルシップとなった「ブラックパール号」の代わりに、オンボロ船「ダイイング・ガル号」を駆りながら…。

同じ頃、「アン王女の復讐号」のキャプテン・バルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)も、<ポセイドンの槍>を狙っていた。サラザールの脅威が迫る中、<ポセイドンの槍>を手に入れるのは、果たして誰なのか…?

アップ ★今作のキーアイテムである<ポセイドンの槍>とは、ギリシア神話の海神ポセイドンの武器だった伝説の槍(三叉の鉾)。不死のものを殺せる力がある一方で、海における全ての呪いの源になっている。その存在は謎に包まれ、入手方法も不明。全ての謎を解く鍵は、カリーナが父から託された、天文学者ガリレオ・ガリレイの日記にある。日記の皮革カバーには、不思議な形をした美しく大きな赤いルビーがはめ込まれている。
ガリレオの日記に書かれたメッセージは、“海の力解き放て 全て打ち崩し”。
⇒ヘンリーによって最終的に<ポセイドンの槍>が粉々に破壊された結果、呪いが解けて、サラザールはアンデッド(Undead)から生身の人間に戻り、ウィル・ターナーも「フライング・ダッチマン号」の呪いから解放された…。

▼予告編



▼予告総集編



▼ Go Behind the Scenes :

2017年6月23日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:10~鑑賞。

作品データ :
製作年 2017年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 125分


互いに夫と妻がありながら禁断の不倫愛に溺れていく男女の運命を描き大きな話題を集めた2014年のTVドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』のその後を描く劇場版。過去を忘れるように海辺の町で暮らしていたヒロインの前に偶然、かつての不倫相手が現われ、再び衝動的な愛に身を焦がしていく。テレビ版に続いて、監督を西谷弘が担当し、上戸彩と斎藤工が主人公の二人を熱演。

ストーリー :
お互いに結婚していながら、惹かれあい愛し合うようになった笹本紗和(上戸彩)と北野裕一郎(斎藤工)。その一線を越えた関係はいつしか明るみになり、ついに二人は別れざるを得なくなってしまった。そして、紗和は夫とも別れ一人になった。
あれから3年―。
紗和は海辺の町で慎ましく暮らしていた。オーナーの杉崎尚人(平山浩行)が営むレストランでの見習いと狭いアパートの往復が日課で、北野の夢を見ることさえ既に無くなっていた。海岸沿いの小さな町には、彼女の過去を知る者は誰もいない。
一方、高校の生物教師を退職し、大学の非常勤講師となっていた北野は、蛍に関する講演を、ある街で行なう。
講演中、客席に目を向けたとき、彼は言葉を失ってしまう。そこには、紗和の姿があった。
「神様は、私を試していたのでしょうか」
運命のいたずらか、再びめぐり会う二人。あの時に交わした愛を忘れられず、どちらからともなく再び逢瀬を重ねていく。清流ながれる蛍の住処が“約束の場所”。
そんな中、二人の前に現われたのは、北野の妻・乃里子(伊藤歩)だった…。

▼予告編