アメリカ・カリフォルニア南部のサンルイスオビスポ(San Luis Obispo)~極上ワインの産地としても知られ、“アメリカで最も幸福な都市”と呼ばれる~を舞台に、個性が強い男女の恋模様を描くラブストーリー。空港で出会い、同じ結婚式に参列することが判明した2人の男女が、毒舌交じりの会話を交わしながらも恋に落ちていくさまが綴られる。メガホンを取ったのは、『5時から7時の恋人カンケイ』のヴィクター・レヴィン。恋に臆病な偏屈男を『ジョン・ウィック』シリーズなどのキアヌ・リーブス、婚約者に捨てられた過去がある毒舌女をドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』などのウィノナ・ライダーが演じる。
映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップから生まれた異色ホラー。前半37分間は作中劇であるB級ホラーテイストのゾンビドラマ(『ONE CUT OF THE DEAD〈ワンカット・オブ・ザ・デッド〉』)を上映し、後半の約60分間は一転して、そのドラマ制作に携わる人々をコメディータッチで描く。2018年公開時のキャッチフレーズは「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」「無名の新人監督と俳優達が創ったウルトラ娯楽作」。
■私感 ② : 前回の「私感①」終盤で、『ディア・ハンター』の主人公マイケル・ヴロンスキーにおける、自らの〈個〉の特殊的現実と格闘する思想的・生活的な構えを明らかにした。 今回は、マイケルのその構え方を〈一定限度〉可能ならしめた背景として、彼がロシア系移民の町クレアトンで暮らす、ロシア系移民の青年である問題を様々に深追いしてみよう。
2010年のUS Censusによると、米国の総人口は3億875万人(308,745,538人)である。「人種」別にみた内訳では、1人種のみからなる人々が、白人(White=ヨーロッパ系・北アフリカ系・中東系・中央アジア系・ラテン系)2億2355万人(72.4%)、黒人orアフリカ系アメリカ人(Black or African American、以下「黒人」と表示)3893万人(12.6%)、アメリカ先住民・アラスカ先住民(American Indian and Alaska Native )293万人(0.9%)、アジア系(Asian=東アジア・東南アジア・南アジア系)1467万人(4.8%)、ハワイ先住民・太平洋諸島系(Native Hawaiian and Other Pacific Islander)54万人(0.2%)、その他(Some Other Race)1911万人(6.2%)である。そして、2人種以上からなる人々(Two or More Races、以下「混血」と表示)が901万人(2.9%)となっている。 米国は英語圏であるためにイギリス系が多いと思われがちだが、ここで最も多いのはドイツ系(17.1%)で、その次がアイルランド系(12.1%)、3番目にイングランド系(9.0%)となっている。スコットランド系やウェールズ系なども含めたイギリス系アメリカ人は13.0%を数え、ドイツ系、アイルランド系、イギリス系で全人口の4割以上を占めている。
ところで、この2010年「人種」別集計では、ヒスパニック系アメリカ人(Hispanic American)~スペイン語を母語とする中南米出身者やその子孫で米国に居住する人々~の全体がそれぞれの人種項目に分散している。 ラテン語のヒスパニクス(Hispanicus)由来の「ヒスパニック」は、スペイン人、スペイン語またはスペインの文化に関連のあることを示す形容詞または名詞。米国ではヒスパニックはメキシコ、キューバ、プエルトリコなどのラテンアメリカ出自の人を指し、ヒスパニック系アメリカ人またはラテン系アメリカ人と表示される。留意すべき点は、ヒスパニックが実際上は「人種」概念ではなく、人種(≒身体的形質)的には白人、黒人、インディオが様々な割合で混じり合った人たちから成ること。それは、自分あるいは先祖がスペイン語圏のラテンアメリカ出身であるという血筋・伝統・文化を表わす表現として、自らの存在の本質的自己規定=アイデンティティーに関する概念である。 米国センサスでは2000年までは、ヒスパニック系(Hispanic or Latino Origin)と人種(Race)がまとめて集計されていたが*、2010年のそれでは、人種とは別の範疇「エスニシティ(ethnicity)」(=所与の集団成員を他の人々から区別する文化的価値や規範)としてヒスパニック系か否かという項目が立てられ、ヒスパニック系自体が集計されている**(一般的に言えば、生物学的特徴に基づく人口の区分を人種的区分といい、これに対してエスニシティとは文化的側面である言語・文化様式による人口区分である)。
アメリカ国勢調査局(Bureau of the Census)では、非ヒスパニック系の白人をマジョリティー(社会的多数派)、それ以外の人種や民族【ヒスパニック系+非ヒスパニック系の非白人(黒人/アメリカ先住民・アラスカ先住民/アジア系/ハワイ先住民・太平洋諸島系/その他の人種/混血)】をマイノリティー(社会的少数派)と定義している。2010年の調査では、全人口の63.7%を占める非ヒスパニック系白人がマジョリティーであり、残りの36.3%を占める“ヒスパニック系+非ヒスパニック系非白人”(=“非ヒスパニック系白人でない者”)がマイノリティーであった※。
そして、米国の人口構成の大きな変化に照らすとき、強く注目されるのが「アジア系アメリカ人(Asian American)」の存在である。米国では、大々的なヒスパニック化の裏側で急速なアジア化も進行してきた。 アジアから米国への移民は、1965年以前に約2万人だったが、1970年には10万人を超え、2014年には41.9万人(同年の移民総数101.6万人の41.2%)を数える。他方、ヒスパニック系移民は1965年に約13万人、2014年に38.2万人(移民総数の37.6%)である。アジア系米国人(Asian alone or in combination:「民族的にアジア系である、または祖先のいずれかにアジア系を持つ」)は、2000年から2015年にかけて、1190万人から2042万人へと72%もの増加率で急増した。これは同時期(2000年/3531万人→2015年/5650万人)におけるヒスパニック系米国人の60%という増加率を上回っている。中でも、ブータン系、ネパール系、ミャンマー系が2倍以上に増えた。全体の勢力バランスとしては、2015年で中国系(24%、490万人)、インド系(20%、400万人)、フィリピン系(19%、390万人)が三大勢力である。それに、100万人以上のベトナム系、韓国系、日系が続くという形になっている。
移民国家アメリカで、今一番人口が増加しているのはアジア系移民である。今後は、アジア系の存在力がヒスパニック系(中南米系)と同等かそれ以上に強まっていくことだろう。 ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center、ワシントンD.C.を拠点とするシンクタンク〈米世論調査団体〉)の人口動態統計に基づく予測では(Source: Pew Research Center 2015 report, ”Modern Immigration Wave Brings 59 Million to US, Driving Population Growth and Change Through 2065”)、米国の移民(外国生まれ)構成上、2055年にアジア系がヒスパニック系を抑えて最大の移民集団となり、2065 年には全移民に占めるアジア系の割合が38%、ヒスパニック系が31%、白人系が20%、黒人系が9%になるとしている。そしてまた、米国の人口構成上、2043年にヒスパニック系とアジア系を中心とする“非白人”~ヒスパニック系+非ヒスパニック系非白人~が、“白人”~非ヒスパニック系白人(Non-Hispanic White)~を超えて過半数を制するようになり、2065年には総人口に占める“白人”の割合が46%、“非白人”が54%(ヒスパニック系24%+アジア系14%+黒人系13%+All other 3%)になるとされている。
さて、話は本作『ディア・ハンター』のマイケルら主人公たちの出自である“ロシア系移民(アメリカ人)”の問題である。ロシア系移民(3世)だった彼らは、生まれながらにアメリカ社会の“マイノリティー”としてのハンディを背負って生きてきたのだろうか―。 既述した米国商務省センサス局による定義によると、ロシア系移民(米国人)は決してマイノリティーではない。他のヨーロッパ諸国からの「白人」移民ともども、アメリカ社会のマジョリティーである“非ヒスパニック系白人”として分類されている。 しかし、“白人”~「非ヒスパニック系白人」という一つの人種・民族集団~などという大雑把な概念をもっては、アメリカ移民史(Immigrants in American History)のダイナミズムに真正面から向き合うことは、もとより望むべくもない。人種・エスニシティと国家統合の関係を見るとき、「非ヒスパニック系白人」という分類自体が適切なものであるかが不断に問われざるをえないだろう。
■私感 ① : 『ディア・ハンター』は、私の人生史上、忘れがたい作品である。 本作を映画館で観たのは、今回が2度目。最初は日本公開直後の1979年3月のこと。その間、たしか80~90年代に、レンタルビデオ屋のVHSで5、6回鑑賞したように思う。私にとって本作は何度観ても、胸を揺さぶられる感動大作にほかならない。
このカーツ暗殺⇔牛屠殺の発想は、フランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola、1939~)監督により、ジェームズ・フレイザー(James Frazer、1854-1941)の人類学上の古典『金枝篇』(The Golden Bough、1890~1936)が示す、未開社会における「王殺し」や「犠牲牛の供儀」の風習にちなんで引き出されたとのこと[ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』(原題:Hearts of Darkness:A Filmmaker's Apocalypse、公開:1991年11月)のコッポラの妻エレノアの証言によれば、牛の屠殺の描写は当初の脚本にはなく、ロケを行なったフィリピン共和国の現地で屠殺の儀式を体験したとき発想されたアイディアであったという]。
ある土曜日、ベトナム戦争に出征するマイケル、ニック、スティーブンの壮行会と、スティーブンとアンジェラ(ルターニャ・アルダ)の結婚式が町の教会で合同で行なわれた。結婚披露パーティーで、ロシア民謡が賑やかに流れる中、ダンスに酒に喧嘩に興じる若い男たちと女たち。熱気に溢れた宴も終盤に近づいた頃、ニックはグループのアイドルであるリンダ(メリル・ストリープ)に「戦争から戻ったら結婚してほしい」とプロポーズ、彼女も快諾した。パーティーの帰り道、ニックはマイケルに「大事なものは全てここにある。俺に何があっても、必ずこの町へ連れ帰ってくれ」と頼む。一夜明けて、新婚のスティーブンを除く仲間たち5人~マイケル、ニック、スタン、アクセル、ジョン~は、アレゲニーの山へ鹿狩りに出かける。マイケルとニックにとっては、出征前最後の狩猟である。山中で、マイケルはいつものように大鹿を一頭、「1発(ワン・ショット)で」仕留める(マイケルは鹿狩りともなれば、口癖のように “One shot is what it's all about. A deer has to be taken with one shot.” 〈「1発が全てなんだ。鹿は1発で仕留めなきゃいけない」〉と言う)。その後、彼らはジョンの酒場「ウェルシュズ・バー」で痛飲する。 【場面は一転し、地獄と化したベトナムの戦場へ】 1970年、ベトナムにおけるアメリカ軍は予想外の苦戦を強いられていた。酸鼻を極める戦況下、逃げまどう農民を虐殺するベトコン※に対し、マイケルは狂ったように撃ちまくっていたが、偶然にも、その戦場でニックとスティーブンに再会した。しかし、ベトナム人民軍の攻勢はとどまることがなく、3人は捕虜になってしまい、川の畔に建てられた丸太小屋の下の檻に囚われてしまう。
▼ Bar Scene-“Can't Take My Eyes off You” : 【マイケル、ニック、スティーブンが戦地に赴く前に、ジョンの酒場でビリヤードに興じながら、「君の瞳に恋してる(Can't Take My Eyes off You)」を熱唱する狩猟仲間たち~マイケル、ニック、スティーブン、スタン、アクセル、ジョン~。田舎に住む労働者階級の素朴な青年たちの、日常の幸せを大切に生きる、率直な自己をさらけ出す姿が鮮やかに浮かぶ!】
[“Can't Take My Eyes off You” ー<作詞・作曲:ボブ・クルー、ボブ・ゴーディオ/アーティスト:フランキー・ヴァリ(Frankie Valli、1934~)(Frankie Valli & The Four Seasons)> cf. 本ブログ〈March 27, 2015〉 ]
▼ bar scene : 【鹿狩りを終えた仲間6人が、ジョンの酒場で痛飲し、ゴスペル・ソングのようなものを歌いだし→まもなくジョンがショパンのノクターン(「夜想曲第6番ト短調作品15の3」)弾き出す(ジョンに扮したジョージ・ズンザの実際の演奏)。その切ない響きに、満座が黙り込み感傷的に耳を傾ける。(→と、場面が一転し、我々観客はベトナムの戦場へと連れて行かれる…)】
▼ Village attack :
▼ Russian Roulette scene :
▼ One Last Shot :
▼ FINAL SCENE-“God Bless America” : 【いつものジョンの酒場に欠けている仲間、ニックの不在はマイケルだけでなく、スティーブン、スタン、アクセル、リンダ、ジョンも重く感じている。彼らが口遊む「GOD BLESS AMERICA」は、国家に対して抱く複雑な心情を表わすようで深い余韻が残る…。「ゴッド・ブレス・アメリカ」は、米国の作詞・作曲家アーヴィング・バーリン(Irving Berlin、1888~1989)が1918年に作詞・作曲した楽曲。これは「米国第2の国歌」などとも言われるが、米国政府が認定したわけではない。】
▼ The Deer Hunter and Michael Cimino winning BEST PICTURE and DIRECTING|the 51st Academy Awards : [第51回アカデミー賞は1979年4月9日、ロサンゼルスのドロシー・チャンドラー・パビリオン(Dorothy Chandler Pavilion)で発表・授賞式が行なわれた。司会はジョニー・カーソン(Johnny Carson、1925~2005)。監督賞のプレゼンターをフランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola、1939~)&アリ・マッグロー(Ali MacGraw、1939~)、作品賞のプレゼンターをジョン・ウェイン(John Wayne、1907~1979/06/11)が、それぞれ務めた。](Michael Cimino wins the Oscar for Directing and Barry Spikings, Michael Deeley, Michael Cimino and John Peverall win the Oscar for Best Picture for “The Deer Hunter” at the 51st Academy Awards. Presented by Francis Ford Coppola, Ali McGraw and John Wayne, and hosted by Johnny Carson.)
▼Christopher Walken winning ACTOR IN A SUPPORTING ROLE |the 51st Academy Awards : [助演男優賞のプレゼンターを務めたのは、ダイアン・キャノン(Dyan Cannon、1937~)とテリー・サバラス(Telly Savalas、1922~94)。](Dyan Cannon and Telly Savalas presenting Christopher Walken with the Best Supporting Actor Oscar for his performance in “The Deer Hunter” at the 51st Academy Awards.)