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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2019年1月8日(火)新宿武蔵野館(東京都新宿区新宿3-27-10 武蔵野ビル3F、JR新宿駅中央東口から徒歩2分)で、12:25~鑑賞。

「迫り来る嵐」⑴

作品データ :
原題 暴雪将至
英題 THE LOOMING STORM
製作年 2017年
製作国 中国
配給 アットエンタテインメント
上映時間 119分


「迫り来る嵐」⑵

経済発展に向けて社会が激変した1990年代後半の中国を舞台に、工場の警備員でありながら刑事気取りで連続殺人事件の捜査に取り憑かれた男の運命と愛の行方を陰鬱な筆致でサスペンスフルに描いた中国製ノワール・ムービー。主演は『ミッション:アンダーカバー』のドアン・イーホン(段奕宏)、共演に『修羅の剣士』のジャン・イーイェン(江一燕)。監督は本作が長編デビューとなる中国期待の新鋭ドン・ユエ(董越)。2017年・第30回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、最優秀男優賞(ドアン・イーホン)と最優秀芸術貢献賞を受賞した。

ストーリー :
1997年、中国。小さな町の古い国営製鋼所で保安部の警備員をして働くユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)。製鋼所内の泥棒検挙で実績を上げてきた彼だったが、いつしか近所で発生した若い女性の連続殺人事件の捜査に、刑事気取りで首を突っ込み始める。顔見知りの警部から捜査情報を手に入れ、自ら犯人を捕まえようと奔走し、死体が発見される度に事件に執着していく…。ある日、恋人のイェンズ(ジャン・イーェン)が、犠牲者の一人に似ていることを知ったユィの行動によって、事態は思わぬ方向へ進んでいく。果たして、ユィに待ち受ける想像を絶する運命とは…。

▼予告編

2019年1月8日(火)新宿武蔵野館(東京都新宿区新宿3-27-10 武蔵野ビル3F、JR新宿駅中央東口から徒歩2分)で、10:15~鑑賞。

「マイ・サンシャイン」⑴

作品データ :
原題 KINGS
製作年 2017年
製作国 フランス/ベルギー
配給 ビターズ・エンド/パルコ
上映時間 87分


1992年の“ロサンゼルス暴動(Los Angeles riots)”を背景に、家族と暮らせない子供たちを育てるホストマザーの一家とその隣人を描く社会派ドラマ。ホストマザーのミリーに扮するのは、『チョコレート』でオスカーを獲得し、その後も話題作へ出演し続ける、誰もが認める実力派性格女優ハル・ベリー。そして、ミリー一家を見守る隣人オビーには、『007』シリーズのジェームズ・ボンド役でお馴染みのダニエル・クレイグ。監督は、長編デビュー作『裸足の季節』(本ブログ〈July 10, 2016〉)でアカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど世界的に高い評価を受けたトルコ出身(幼少時にフランスに移住)の新鋭デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン(Deniz Gamze Ergüven、1978~)。彼女がシナリオハンティングで訪れたLAサウスセントラルで何人もの子供たちをホストマザーとして育てている女性ミリーと出会ったことから、アメリカ史上最悪の規模の都市暴動となったLA暴動を、暴動主体ではなく、市井に住む普通の家族の視点から描くというアイデアが生まれた。

本作の原題「Kings」は、様々な解釈が可能なタイトルだが、基本的に「数多くのロドニー・キングたち」を意味すると思われる。その意味合いで、端的にはロス暴動の起点となった“ロドニー・キング事件”の被害者ロドニー・キング(Rodney King、1965~2012)を、また1960年代に公民権運動を推進したマーティン・ルーサー・キングJr.牧師〈Martin Luther King, Jr.、1929~1968/04/04〉)を指すが、さらには本作の「パリに住むトルコ人」~フランスに足場を置くトルコ人~エルギュヴェン監督が学生時代を過ごした南アフリカのネルソン・マンデラ(Nelson Mandela、1918~2013)や、“2005年パリ郊外暴動事件”(警察に追われたアフリカ系移民が変電所に逃げ込んで感電死したことをきっかけに勃発した暴動)の犠牲者や、トルコの現強権下で抑圧される人々などのメタファーでもある。ちなみに、本作では、キング牧師と縁がある2人のミュージシャンの曲が各1曲使われている。1曲はファンクの帝王ジェームス・ブラウン(James Brown、1933~2006)の代表曲「Say it Loud - I'm Black and I'm Proud 」(1968)、もう1曲はエンディングで流れるジャズ歌手ニーナ・シモン(Nina Simone、1933~2003)の「Ooh Child」(ファイヴ・ステアステップス〈The Five Stairsteps〉が70年に発表した曲を71年にカバー)。

「マイ・サンシャイン」⑵

ストーリー :
LAサウスセントラル。シングルマザーのミリー(ハル・ベリー)は、様々な事情で家族と暮らせない8人の子供たちを慈しみ育てている。彼らは人種も違うし血は繋がっていないが、本当の家族のようだ。貧しいながらも、ミリーはケーキを焼き宅配する仕事で子供たちを養い育て、子供たちも彼女の愛情のおかげで居場所を見つけ、笑顔が絶えない日々を送っていた。白人の隣人オビー(ダニエル・クレイグ)は、騒々しいミリー一家にいつも文句を言うが、心根は優しく、そんな家族の日常を何気なく見守っている。
ある日、ミリーは母親が逮捕され、帰る家を失った少年ウィリアム(カーラン・ウォーカー)を保護し、一緒に暮らすようになる。さらに、ミリーの代わりに子供たちの面倒を見ている真面目な少年ジェシー(ラマー・ジョンソン)の学校の同級生で、彼がほのかに恋心を抱いているニコール(レイチェル・ヒルソン)も家を失い、さまよっていた。黒人ばかりが暮らすこのサウスセントラルで、どの家も生活は苦しく、子供を顧みる余裕はない。ジェシーはウィリアムの素行の粗さが気になるが、それでも少しずつ距離を縮めていく。
1991年はLAで二つの大きな事件が起きた。1991年3月3日、26歳の黒人男性ロドニー・キングが自動車の運転中、スピード違反でLA市警から追跡された末、警官数人から理不尽な暴行を受けた“ロドニー・キング事件”。一般市民がその様子を偶然撮影した「暴行」映像は、世界中を駆け巡った。1991年3月16日~ロドニー・キング事件のわずか13日後~、15歳の黒人少女ラターシャ・ハーリンズ(Latasha Harlins、1975~91)が韓国系食料品店(Korean Grocery)で万引きと間違えられて女店主トウ・スンジャ(斗順子、49歳)に射殺された“ラターシャ・ハーリンズ射殺事件”。犯行は店の監視カメラが捉えていた。
1991年11月15日、ラターシャ・ハーリンズ事件で逮捕されたトゥ・スンジャに、<5年間の保護観察処分+400時間の社会奉仕+500ドルの罰金>という収監なしの判決が下る。人の命を奪っておきながら、事実上無罪のような判決に怒りが沸き上がるLAの街。
行き場をなくしたニコールに手を差し伸べ、眠る場所を与え、微笑み合ったジェシー。ニコールと心は通じ合ったものと思っていた。けれど、ニコールはジェシーではなく、ウィリアムを選ぶ。
1992年4月29日、ロドニー・キング事件の公判で集団暴行をした4人の警官に無罪の評決が出る。黒人が犠牲になった二つの事件への不当な評決に、街の怒りは沸点に達した。そして、白人と韓国系商店を標的とした“LA暴動”が起こる。
血の気の多いウィリアムは暴動に加わろうとし、ジェシーはそれを止めようとする。暴徒と化した市民が商店から略奪している映像をテレビで見て、店に向かう子供たち。小さな子供たちだけが家に残される。ミリーとオビーは、子供たちを守ろうと必死に混乱を極めた街を奔走する…。
ただ、家族が一緒にいられれば、それだけで良かった。ささやかに暮らしていたはずのミリーたちの生活は一変する―。

▼予告編



◆ デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督 インタビュー(映画パンフ『マイ・サンシャイン』〈発行日:2018年12月15、発行:ビターズ・エンド+パルコ+ポニーキャニオン、編集:ビターズ・エンド、定価:本体600円〈税込み〉) :
―『マイ・サンシャイン』のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
2005年のパリ郊外暴動事件がすべての始まりです。この事件の最中に私自身も尋問を受けました。私は生後半年からずっとフランスで暮らしているにも関わらず、フランス人として扱われていません。国籍申請は二度却下され、パスポートも申請する度に、通るか不安になります。母国と思っている国に認められない、という拠り所のなさを感じ続けてきました。私自身がよく知っている「愛している母国に拒絶される」という感情がパリ郊外暴動事件を引き起こしたのです。/1年後、ある女性がLA暴動について話してくれました。その当時、私は思春期でしたが、ロドニー・キングやレジナルド・デニー※のことは忘れられませんでした。このふたつの暴動はまったく違った環境で起こりましたが、究極の絶望感が発端である点では同じものです。

※レジナルド・デニー(Reginald Denny、1956~)はLA暴動の最初の犠牲者で白人トラック運転手。1992年4月29日、若者を中心とする暴徒化した黒人らによって頭に鉄塊を落とされるなどの暴行を受けて大怪我をするが、この模様(「レジナルド・デニー集団暴行事件」)も地元TV局の取材ヘリから空撮されて、幾度となく繰り返し全米にTV放送された。なお、暴行を受けた後、彼はTVニュースでその暴行のライブ中継を見ていた地域住民の黒人によって助け出され、病院で開頭手術などを受け一命を取り留めている。

―何度も取材のためにLAを訪ねたそうですね。
まず、パリでLA暴動に関するあらゆる情報に目を通し、作りたい映画のイメージがすぐに浮かびました。その後、06年8月にLAへ行く機会があり、1カ月滞在しました。サウスセントラルや、暴動が始まった地区を回り、歴史的事件として自分の中に情報を取り込んでいきました。この滞在中に得たものすべてが、最初の直感を固めていったのです。それから3年間、何度もLAに行きました
ギャングのメンバー、LA市警、特定の地域に住む人たちのメンタリティについて知りたいと思いました。この都市の住人が決して超えない見えない境界線が、どのように機能しているのか。サウスセントラルは、都市から切り離された島のようなものです。白人はめったにそこに足を踏み入れません。それぞれのコミュニティの間には複雑な関係があり、その機能を理解するのに、時間が必要でした。

―ミリーをはじめ、登場人物たちはどのように生まれたのでしょうか。
『マイ・サンシャイン』で描かれるシーンはすべて現実をもとにしています。トイレを盗んだ男、暴徒を説得したファスト・フードの店長…みな実在の人物なのです。ミリーも実在します。サウスセントラルで運命的に出会いました。教会を探して迷ったときに、道を聞くと「私の教会にいらっしゃい」と言い、道案内をしてくれました。そこからミリーとの友情が生まれました。ミリーはある象徴のような人で、全人類の子供の面倒を見るホストマザーなのです。

―ハル・ベリーとダニエル・クレイグはどのように選んだのでしょうか。
ダニエル・クレイグは、多様な役柄を演じてきた偉大な俳優です。身体的な俳優でもあり、彼のパレットには、バスター・キートンやハロルド・ロイドに近い色調もあるのです。ダニエルが『マイ・サンシャイン』で演じたオビーは、何よりもその多様な色が必要でした。ハル・ベリーには、『裸足の季節』のアカデミー賞のキャンペーン中に会いました。ユーモアと優雅さを併せ持った、ミリーの情熱にふさわしい女性です。でも、彼女に初めて会った時は、ミリー候補としてはまったく考えていませんでした。それなのになぜか『マイ・サンシャイン』の物語を彼女に話していました。このときの出会いの火花から、数年後に映画が生まれることになったのです。

―LA暴動は、現在でも今日性があります。25年前の暴動について、どうお考えですか。
今でも二つの問題が片付いていません。まず、アメリカの「人種問題」です。解決からほど遠い。例えば、ニュー・オーリンズは奴隷制の痕跡が深く残る街です。この街で行なった取材では、様々なタブーやヒステリックな反応を見ました。次に、「B級市民」的な感覚です。多くの人がその存在を無視している市民がいます。世界中での移民難民への対応が顕著ですが、出自や肌の色に基づいて、命に価値がある人とそうでない人を分けている。この二つは現在に続く問題です。

―ニュース映像が多用されますが、どのような効果を狙ったのでしょうか。
LA暴動のきっかけになったロドニー・キング事件と、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件の映像は、突然アメリカの病理を照らし出しました。この暴力的な映像の中に、大衆は自分たちの姿を見出したのです。『マイ・サンシャイン』で描きたいと思ったのはこういったことです。まるで知人のような距離感の人々の映像から、人はどのように影響を受けるのか。この三面記事的な事件の中に、街が自身の姿を見いだし、機能不全に陥る。私たちが生きている現在も同じことが起きています。アマチュアのカメラマンが撮ったほんの小さな三面記事が、一人一人の人生に影響を与えるような視覚文化の中に生きているのです。

◆ ハル・ベリー(Halle Berry、1966~) インタビュー(MOVIE Collection:オスカーに輝く名女優が語る、女性として、母としての思い-2018/12/19) :
──本作は、黒人男性が白人警官たちから理不尽な暴行を受けたロドニー・キング事件と、15歳の黒人少女が万引き犯と間違われ射殺されたラターシャ・ハーリンズ事件をきっかけに勃発したLA暴動を軸にしていますね。
ベリー:この物語はアメリカの歴史の中で重要な出来事を描いていて、私たちはまだ解決策を見出していないの。もっとこの問題が世に知られ、議論され、注目されるべきだと思う。事件が発生した当時よりも、時間が経った今の方がよりよく対処できるのではないかしら。あの夜のことを如何に忘れていたか、如何にたくさんの命と人に影響を与え、今もなお私たちに影響を与えているかを、デニズ(・ガムゼ・エルギュヴェン監督)はとても女性的な視点で描き出したの。あの暴動がどんなに多くの人や家族に影響を与えたか、この家族の物語を通して知らなくちゃね。

──トルコ生まれの女性、デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンが本作を監督しています。結婚に備えて外出を禁じられた5人姉妹が自由を求めて立ち上がる姿を描いた長編デビュー作『裸足の季節』が、カンヌ国際映画祭をはじめ各国で絶賛されました。
ベリー:『裸足の季節』は大好きだったわ。それが出演を決めた理由のひとつ。私は女性をサポートしたいといつも思ってるの。だから女性監督と仕事をするのは大好き。力強い女性は他の女性に力を与えると思う。監督と一緒にいたすべての瞬間が愛おしいわ。

──LAの危険地域、サウス・セントラル(現サウス・ロサンゼルス)に暮らすステップファミリーの母親役を演じた感想は?
ベリー:年齢の異なった8人もの子どもの母親役を演じるチャンスがあると聞いて、飛びついたの。私がここにいることも、私自身が親であることと深くつながっている。間違いなく私の経験がすべての瞬間に活かされていると思うわ。私の中に根付いている、自分の中にあるもので、この役に深みとリアリティをもたらすことができると確信があった。子どもたちの足にキスするシーンがあるのだけど、自分の子どもにも何百回としてきたこと。そういう感情がどういうものなのか、私は実感できるの。

──演技とは思えない母親ぶりでした。
ベリー:ええ、本当の母親のように感じているわ。大きい子たちにはそうではなかったかもしれないけど(笑)、小さい子たちにとっては絶対そうだったと思う。子どもたちとの出会いは、私の大切な人生の一部。今でもしょっちゅう彼らと会っているし、私の子どもたちとも遊んでるのよ! 私たちの仕事はたくさんの素晴らしい人たちとすぐに仲良くなることができる。終わったら“さよなら”をしておしまいとはならずに、ずっと人生についてくるもの。女優という仕事に与えられたギフトのひとつだと思う。子どもを持ってからすごく子煩悩になったの。私の子どもに何かしたら承知しないわよ、本当に(笑)。

──ダニエル・クレイグが、隣人のオビーを演じていますね。子どもが多くにぎやかなあなたの家族に文句を言いながらも、温かく見守ってくれる役でした。
ベリー:一筋縄ではいかない役柄だったわね! 彼らしくないような、そんな“ボンド”が見られるのはよかったし、新しい一面が発見できて、彼が偉大な俳優であることがよく分かって楽しかったわ。ボンドにもなれるし、ボンドに囚われることもあるし、けれど、ボンドだけではないということを彼は証明したの。素晴らしいわよね。

▼cf. ロドニー・キングに対する〈ロス市警〉警察官による「暴力の過剰行使」映像の一部 :

【1991年3月3日、黒人青年ロドニー・キングはハイウェイで、スピード違反を犯しパトカーに停車を求められた。当時、彼は強盗罪で逮捕、収監された後の仮釈放の身であり、再収監されることを恐れて逃亡。しかし、カーチェイスの末、20人にものぼる警官が彼を車から引きずり出して、装備のトンファーバトンやマグライトで殴打、足蹴にするなどの激しい暴行を加えた。たまたま地域住民が手持ちのビデオカメラでこの様子を撮影しており、その映像が全米のニュースで流れることとなった。
この事件で、ビデオに映り身元が分かる白人警官3人(ステーシー・クーン巡査部長、ローレンス・パウエル巡査、ティモシー・ウィンド巡査)とヒスパニック系警官1人(セオドア・ブリセーノ巡査)の計4人が起訴された。裁判の結果、警官たちの「キングは巨漢で、酔っていた上に激しく抵抗したため、素手では押さえつけられなかった」との主張が全面的に認められ(実際はおとなしく両手をあげて地面に伏せたキングが無抵抗のまま殴打され、医療記録によると顎(あご)を砕かれ、足を骨折、片方の眼球も潰されていたとされるが、裁判では認められなかった)、事件発生から1年経過した92年4月29日に、陪審員は無罪評決を下した。
証拠映像がある中での無罪判決は、現地のコミュニティーで長年続く人種間の緊張状態を刺激した。4月29日当日、サウスセントラルで最初の暴動が発生。暴徒化した市民が韓国系店を中心に商店を襲い、放火や略奪を行なった。この動きはLAのみならず、ラスベガス、アトランタ、サンフランシスコをはじめアメリカ各地で小規模な暴動や抗議を生んだ。暴動鎮圧のために州兵に加えて、4000人を超える連邦軍(陸軍および海兵隊)部隊までが投入され、さらには司法省がロドニー・キング事件について、公民権法違反容疑でのFBIによる再捜査をアナウンスするなどの努力によって、6日間にわたった暴動はようやく収束に向かう。LA暴動による被害は死者53人、負傷者約2000人を出し、放火件数は3600件、崩壊した建物は1100件に達した。器物損壊被害総額は10億ドル以上といわれる。この事件での逮捕者は約1万人にものぼり、そのうち42%が黒人、44%がヒスパニック系、そして9%の白人と2%のその他の人種が含まれていた。】

▼ cf. The Attack on Reginald Denny(レジナルド・デニー集団暴行事件) :
(The attack on Reginald Denny was an incident in the 1992 Los Angeles riots in which Reginald Denny, a white construction truck driver, was beaten nearly to death by a group of black men who came to be known as the "L.A. Four". The attack was captured on video by a news helicopter, and broadcast live on US national television.)


■私感 :
本作は冒頭で、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件を描く。そして、この衝撃的なエピソード以降、1992年ロス暴動という世界史的事件を舞台としながら、主人公ミリー一家の視線から一貫してカメラを逸らさずに、物語を展開する。
一家は貧しく、常に離散の危機にさらされる。彼らを結びつけるのはミリーの深い愛情だ。隣人のオビーは、一家の騒々しさに不満を漏らしつつ、実は彼らを温かく気遣っている。いつも雑多な会話があちこちに飛んで賑やかな一家とは対照的に、オビーは一人暮らし、いかにも白人低所得者層然とした、ひねくれた粗暴な佇まいを見せている。そんな人種も暮らしぶりも違う彼らの日常がある日、丸ごとLA暴動の渦中へ投じられていく。
映画という形式の虚構を逆手にとって、リアリティーの前提を視覚化し、個別特殊を突きつめることで普遍へ至る表現の巧みさは、秀逸そのもの!
本作では、人種問題の深刻さ~白人・黒人・有色人などの人種区分に起因する偏見⇒差別の根の深さ~がイメージも豊かに描き出される。
そして、暴動という極限状況下で、暴力が感染する事態が巧みに描き込まれる。普段は大人しい「子供たちのまとめ役」であるジェシーが、暴動で何処も殺気立つ中、突発的に落ちていたガラスの破片を拾い、問題児のウィリアムの腹部を刺してしまう―。さらには、ミリーが育むヤンチャ坊主3人が、暴徒が次々と韓国系商店を襲い商品を奪う様子が流れるテレビ報道に駆り立てられて、自分たちもと街へ飛び出して略奪を始める―。
本作を見終わった後、私はしみじみとした感懐に打たれた。ジェシーは自分の“罪”※に、どう向き合っていくのか…。肌の色が違うミリーとオビーの関係は、どうなるのか…。そして、暴動を経験した子供たちは、どんな大人に成長するのか…。

※ジェシーによるウィリアムの刺傷後:傷口から出血するウィリアムを見てニコールは、パニックになり、泣きながら傷口を素手で押さえて止血する。→我に返ったジェシーは、公衆電話で救急車を何度も呼ぶが、全て警察の要請がないからと断られる。→ジェシーとニコールは、血まみれのウィリアムを路上に乗り捨ててあった車に運び、騒乱化した街を抜け病院を探す。→しかし結局、ウィリアムは息を引き取った…。

私はハル・ベリー×ダニエル・クレイグの二大スター競演を鑑賞できて大満足!そして、これまで私の記憶の底に沈みがちだったLA暴動~人種問題[人種(⇄民族)に起因する社会問題]の歴史上、避けては通れない大事件~を、本作が今改めて鮮やかに炙(あぶ)り出してくれたことに、ひたすら感謝!
2019年1月7日(月)「ココロヲ・動かす・映画館○(通称ココマルシアター)」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-15、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で、12:45~鑑賞。

作品データ :
原題 LA MÉLODIE
製作年 2017年
製作国 フランス
配給 ブロードメディア・スタジオ
上映時間 102分


「オーケストラ・クラス」

フランスで実践されている音楽教育プロジェクト「Démos(デモス)」~音楽に触れる機会の少ない子供たちに、無料で楽器を贈呈しプロの音楽家が音楽の技術と素晴しさを教える情操教育プログラム~を題材にした感動のヒューマンドラマ。挫折したバイオリニストと問題を抱えた子どもたちが、音楽を通してそれぞれに、音楽を奏でることの喜びと人生の素晴らしさを見出していく姿を描く。『コーラス』など音楽映画の名作をプロデュースしてきたニコラ・モヴェルネが製作。主演は『幸せはシャンソニア劇場から』のカド・メラッド。共演にサミール・ゲスミ、アルフレッド・ルネリー。監督は俳優出身で、監督としてはこれが長編2作目のラシド・アミ。

ストーリー :
パリ19区の小学校。子どもたちの登校する姿を見つめながら、椅子に一人の男が座っている。些細な言い合いから本気になって喧嘩をする子どもたちを、先生たちが止めに入る。その男は校長室で、説明を受けていた。6年生のオーケストラクラスの指導者として、校長とそのクラスの担任ブラヒミ(サミール・ゲスミ)に説明を受け、挨拶を交わした。その男はバイオ二ストのシモン・ダウド(カド・メラッド)。
アフリカやアジア系などの多様な移民たちが通うこの学校では、地元のフィルハーモニー・ド・パリが運営する音楽教育プログラムを実践しており、今年はシモンが子どもたちにバイオリンを指導することになる。
緊張した面持ちで、シモンは担任のブラヒミと防音設備のある小さな教室に向かった。教室の中では好き勝手に喋っている子どもや、気ままに騒いでいる子どもなど、新しい先生が来ても全く意に介さない様子。唖然とするシモンは自己紹介を始めるが、子どもたちの様子は変わらず勝手に振る舞い続ける。
シモンは「クラシックで好きな曲は?」質問をする。「ジャジャジャジャーンのベートーベンかな?」とピアノを引く真似をして答える子ども。あちこちから罵声とバカにした笑いがあふれる。さらにシモンは「じゃ知ってる音楽家は?」と質問を繰り返す。「セリーヌ・ディオン!」と声を張り上げる子ども。すると大喝采の子どもたち。シモンがバイオリンの扱い方やパーツを教えようとすると、ある子どもが好き勝手に弾こうとする。シモンは止めるように注意をすると、「先生は、遊べ(play)と言った」と不満げに言い返す子ども。シモンは「遊ぶのじゃない、弾く(play)だ!」と厳しい顔で応じる。
もともとシモンはこの仕事を望んで引き受けたわけではなく、別れた妻や疎遠になった娘のこと、そしてプロのギタリストの仕事も失って、半ば自暴自棄で、この小学校にやって来た。
初日の授業を終えて、担任のブラヒミに大丈夫かと声をかけられ、シモンはこう答える。「30秒も集中できないし、ほとんど楽器にも触れたことがない。どうやってバイオリンを教えるんだ?」ブラヒミはオーケストラ・クラスの最終目標が年度末にフィルハーモニー・ド・パリのメインホールで課題曲「シェエラザード」(ニコライ・リムスキー=コルサコフ作曲の交響組曲)を演奏することにあると言い、子どもたちのために頑張ってほしいとシモンを励ます。
後日、シモンは子どもたちに模範演奏を披露する。いつもの騒がしい子どもたちの動きが止まり、真剣な表情で彼らの耳に音楽が飛び込んだ瞬間だった。
ある日休み時間に、オーケストラ・クラスにある男の子が入り込み、勝手に人のバイオリンを触っていた。触られているバイオリンの子どもが、「俺のバイオリンを勝手に触るな!」と、見つけて怒鳴りつけた。他の友達も加勢して大喧嘩になっているところに、シモンとブラヒミが駆けつけ彼らを止める。そのアフリカ系の男の子は、アーノルド(アルフレッド・ルネリー)といい、時々授業を窓から覗いているのをシモンは気づいていた。「オーケストラ・クラスに入りたいのか?」とシモンが聞くと、「やりたい」と真剣な眼差しでアーノルドが答えた。
アーノルドは学校から貸してもらったバイオリンが嬉しくて、帰宅してから毎晩アパートの屋上に上がり、パリ郊外の夜景を見ながら、練習に励んだ。アーノルドの母親(タチアナ・ロホ)は「バイオリンやりたいの?」と尋ねる。彼は静かに「…うん」と答えた。それを聞いて、母親は思わず微笑む。
ある日、「シェエラザード」の同じフレーズを、何度も子どもたちが弾いている音をシモンが聴いていると、優しく透き通った音色が聴こえた。アーノルドにみんなの前で音を出すようにシモンがアーノルドに言うと、恥ずかしくて尻込みをしてなかなか弾こうとしない。「弱虫!」などと冷たい言葉や嫉妬の視線を受けながらも、シモンはみんなの前に出して弾くように促す。アーノルドは意を決し、バイオリンを弾き始める。子どもたちが、アーノルドの音色に惹き込まれる。アーノルドの才能を見出したシモンは、無口で引っ込み思案の彼の背中を押し、演奏のソロを弾くように伝えた。
子どもたちが少しずつ真剣に練習を重ねるも、相変わらずトラブルは続いていた。クラスの一番のガキ大将サミール(ザカリア・タイエビ・ラザン)に授業中、度が過ぎた暴言を吐かれ、シモンはカッとなって彼を突き飛ばした。ブラヒミに「子どもに手をあげたらダメだ」と窘(たしな)められるが、「サミールのような子どもは排除すべきだ」と反論する。「本当にそう思っているのか?」と言って去っていくブラヒミを見て、シモンは再び自暴自棄に陥り、指導者としての自信を失った。
そんな時、昔一緒に仕事をしていたバイオリストの友人から連絡がある。第2バイオリストが必要で、ツアーにも行けることを知った。小学校の授業の後、シモンはブラヒミを呼び出す。バイオリストに戻り、ツアーに行くことを伝えた。「子どもたちを見捨てるのか?子どもたちは君を信じているし、コンサートを楽しみにしているんだ」とブラヒミは説得したが、「僕は、音楽家なんだ!」と言い放つシモン。既にシモンの心は決まっている様子だった。
学校の帰り、シモンはたまたまアーノルドの母親に会い、夕食に招かれた。母子家庭に育ったアーノルドの生活を垣間見、母親がシモンに「毎日屋上で練習しているの。あの子があんなに真剣なのは初めて、先生のことが好きなんですよ」と伝えた。
シモンはサミールの家に行き、両親に突き飛ばしたことを謝った。「サミールは、バイオリンをしたいのか?」と聞く父親(スリマヌ・ダジ)に。サミールは恥ずかしそうに「うん」と答えた。その様子を見て微笑む母親。シモンはサミールの家でバイオリンを引いた。3人ともその音色に聴き入っている。
次の日、サミールは久しぶりに学校に来た。教室でシモンの言葉に機嫌よく返事をするサミールに周りが驚いて、「先生の機嫌とってる~!」と囃(はや)し立てる。それでもサミールは、優しい目でシモンと視線を交わした。
教会でバイオリンのコンサートをするシモン。第2バイオリンとして、誘われたメンバーに入り演奏した。演奏している友人にシモンのいつもの演奏と違う様子に気づかれている。
ある日、シモンは別れた妻と住んでいる娘と会い、夕食をしながら離れていた距離が少しずつ近づいてくるのを感じていた。実家に帰り、久しぶりに自分の母親(コリーヌ・マルシャン)にも会い、彼は本音を漏らした。「音楽家に戻ったのに、演奏したら全然楽しくないんだ…子どもたちといると楽しいんだ」
練習を重ねてきた冬のある日、他校の子どもたちと合同練習に参加したオーケストラ・クラスのメンバーは、実際合わせてみるとほとんど演奏についていくことができなかった。途中で弾くことを止める子どもや泣き出す子ども、サミールは笑っていた。アーノルドは表情も変えず動きが止まっていた。彼らはそれなりに上達し、自信を持っていただけに大きなショックとなった。
クラスの子どもたちは、アーノルドの家の屋上で自主練することを決めた。狭い場所で、雪が積もる中、子どもたちは文句を言いながらも練習を続ける。子どもたちが自主練に打ち込む中、シモンはブラヒミにツアーの仕事を断り、最後までクラスの指導をする決意を伝えた。
そんなある日、電気整備がショートし、教室・練習場が火事で燃えてしまう。オーケストラ・クラスの存続が難しいことを子どもたちと保護者に説明すると、保護者の中から、空き倉庫を提供するので、練習場に作り替えないかという提案が出る。次の日から早速、倉庫を保護者総出で改装し、暖気設備も整えて無事に練習再開にこぎつけた。
アーノルドが夕食を終えて、「オーケストラの演奏は、テレビに映るの?」と母親に聞いている。「なぜそんなことを聞くの?」と、母親が訝(いぶか)しげに聞き返す。母親が振り返ると、アーノルドは涙を流している。長い沈黙の後、「お父さんに会いたい。何処にいるの?なんで出て行ったの?」と、アーノルドは抑えていた思いを溢れんばかりに吐き出す。母親は何も答えず、疲れてると言って奥の部屋に向かう…。
いよいよフィルハーモニー・ド・パリの晴れ舞台の日。舞台裏で待つ子どもたちは、どの子も真剣な表情で、心が一つになって舞台へと歩き出す。指揮者が子どもたちと目が合った瞬間、バイオリンを一斉に構えた。演奏の前半、アーノルドのソロパートが始まる。あの優しく切ない伸びのある音色、合同練習で聴いた指揮者は、アーノルドの上達に目を見張る。全員の心と音が今や一つとなって「シェエラザード」の演奏が終わった。保護者だけではなく観客全員がスタンディング・オベーションの会場、いつまでも拍手が鳴り止まない演奏だった―。

▼予告編

2019年1月7日(月)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、10:45~鑑賞。

「いろとりどりの親子」

作品データ :
原題 FAR FROM THE TREE
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ロングライド
上映時間 93分


作家アンドリュー・ソロモン(Andrew Solomon、1963~)が10年間で300以上に及ぶ親子を取材した、世界的ベストセラー・ノンフィクション“Far From The Tree:Parents, Children and the Search for Identity”(2012)を映画化したヒューマン・ドキュメンタリー。自閉症、ダウン症、低身長症、LGBTなど“違い”を抱える子を持つ6組の親子にカメラを向け、“普通”でないことの葛藤と向き合いながらも、“違い”を前向きに受け止め、ありのままを受け入れ愛する親子の飾らない姿を見つめていく。監督は社会派ドキュメンタリーを数多く手がけるレイチェル・ドレッツィン。

ストーリー :
様々な“違い”を持った子供が直面する困難とその経験から得られる喜び!その“違い”を欠陥としてではなく光として祝福する方法を見出していく6組の親子は、幸せの形が無限に存在していることを、私たちに気づかせてくれる―。
原作者アンドリュー・ソロモンの父ハワードは、ニューヨークの薬品会社フォレスト・ラボラトリーズ社の元会長で、母はアンドリューが同性愛者であることを受け入れることなく、彼が27歳のときに卵巣ガンで亡くなった。その後、深刻なうつ病を克服したアンドリューは父と和解し、同性パートナーと結婚、現在はパートナーと息子と暮らしている。ダウン症のジェイソンの母で、エミー賞受賞脚本家・エミリーと夫はダウン症の子でも学べることを立証した。ジェイソンはダウン症の人との可能性を世に示す代弁者として人気を博し、現在は友人3人と共同生活を送りながらラジオ局に勤めている。タイピングを覚えるまで言葉を発したことはなかった自閉症のジャックの両親オルナット夫妻は、ジャックのためにあらゆる治療法を試した。息子トレヴァーが16歳のときに8歳の少年の殺人で終身刑となったリース夫妻は、トレヴァーの弟・妹ともに住む場所を変え、新たな生活を送っている。エルサルバドルとアメリカンサモアの血を引くアメリカ人で、マジュースキー骨異形成性原発性低身長症2型(Microcephalic osteodysplastic primordial dwarfism type II)という非常に珍しい型の低身長症のロイーニは、低身長症の人々の生活を支援する団体リトル・ピープル・オブ・アメリカの年次大会に初めて参加する。ソーシャルネットワークサービス「MySpace」を通じて出会った低身長症の夫婦リアとジョセフは、夫婦ともに障害者の自立や権利のために、積極的に活動している。

▼予告編

2019年1月6日(日)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、16:20~鑑賞。

「リベリアの白い血」

作品データ :
原題 OUT OF MY HAND
製作年 2015年
製作国 アメリカ/リベリア
配給 ニコニコフィルム
上映時間 88分


リベリア共和国初の政府公認の映画組合と共に制作され、第65回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品された人間ドラマ。内戦の傷跡が残るリベリアのゴム農園で働く主人公が、自由を求めて単身ニューヨークへ渡るも、厳しい現実に直面していくさまを描き出す。北海道出身でニューヨークを拠点に活動する福永壮志監督の長編デビュー作。主演は、自身もゴム農園での労働経験があるリベリア出身で、映画初出演のビショップ・ブレイ。元BATTLESのタイヨンダイ・ブラクストンが音楽を担当する。

ストーリー :
リベリア共和国のゴム農園で働くシスコ(ビショップ・ブレイ)は、過酷な労働の中で家族を養っていた。仲間たちと共に労働環境の改善に立ち上がるが、状況は一向に変わる気配がなかった。そんな折、従兄弟のマーヴィン(ロドニー・ロジャース・べックレー)からニューヨークの話を聞いたシスコは、より良い生活のために愛する家族をリベリアに残し、単身アメリカへ渡ることを決意する。NYのリベリア人コミュニティに身を置き、タクシードライバーとして働き出したシスコ。移民の現実を目の当たりにしながらも、多種多様な人が住み、騒がしい都会での生活に少しずつ馴染んでいく。しかし、元兵士のジェイコブ(ディヴィッド・ロバーツ)との予期せぬ再会により、リベリアでの忌々しい過去がシスコに蘇ってくるのだった…。

▼予告編

2019年1月4日(金)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、本作第1部を、15:50~鑑賞。
同年1月6日(日)同館で、本作第2部、第3部を、それぞれ12:30~、14:30~鑑賞。

「チリの闘い」⑴

作品データ :
原題(スペイン語) La batalla de Chile:La lucha de un pueblo sin armas
英題 The Battle of Chile:The Struggle of an Unarmed People
製作年 第1部‐1975年/第2部‐1976年/第3部‐1978年
製作国 チリ/フランス/キューバ
配給 アイ・ヴィー・シー
上映時間 第1部‐96分/第2部‐88分/第3部‐79分


「チリの闘い」⑵
「チリの闘い」⑸
「チリの闘い」⑷
「チリの闘い」⑶

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』で知られるチリ・サンティアゴ出身のパトリシオ・グスマン監督(Patricio Guzmán Lozanes、1941~)が、1975年から78年にかけて手がけた3部構成のドキュメンタリー映画。チリにおける1973年の政治変動を編年史的に描く。
東西冷戦期の1970年、チリでは選挙によって成立した世界初の社会主義政権が誕生し、サルバドール・アジェンデ(Salvador Allende、1908~1973/09/11)が大統領に就任した。「反帝国主義」「平和革命」を掲げて世界的な注目を集め、民衆の支持を得ていたが、その改革政策は国内の保守層、多国籍企業、そしてアメリカ合衆国政府との間に激しい軋轢を生み、チリの社会・経済は混乱に至る。73年9月11日、陸軍のアウグスト・ピノチェト将軍(1915~2006)ら軍部が米国CIAの支援を受け、軍事クーデターを起こす。アジェンデは自殺(諸説あり)。以後、チリはピノチェトを中心とした軍事独裁政権下に置かれた。パトリシオ・グスマンはこのチリにおける政治的緊張と社会主義政権の終焉を撮影・記録。クーデターの後、グスマンは逮捕・監禁されるも処刑の難を逃れ、フランスに亡命。撮影されたフィルムも奇跡的に国外に持ち出され、映画監督クリス・マルケルやキューバ映画芸術産業庁(ICAIC)の支援を得て、「史上最高のドキュメンタリー映画」とも言われる破格の作品を完成させた。映画は75年製作の第1部「ブルジョワジーの叛乱」(96分)、76年製作の第2部「クーデター」(88分)、78年製作の第3部「民衆の力」(79分)の3部作になっている。日本では2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映。16年、3部作計263分(4時間23分)の作品として劇場公開。

ストーリー :
第1部:「ブルジョワジーの叛乱」(La insurrección de la burguesía)
1973年3月のチリ議会選挙における左派(人民連合)の予期せぬ勝利に続く、右派による攻勢の激化を検証する。議会制民主主義がアジェンデの社会主義政策を阻止できないことを思い知った右派は、その戦略を国民投票から街頭闘争へと転換する。第1部は右派が政府を弱体化して危機的状況を引き起こすために、デモやストライキの扇動から暴動、そしてテロへとその暴力的戦術をさまざまに駆使する様子、そして遂には軍部がクーデター未遂事件を引き起こすまでの数か月間を追う。

第2部:「クーデター」(El golpe de estado)
第1部の終盤に登場した1973年6月29日のクーデター未遂事件で幕を開ける。この「クーデター未遂」は軍にとって有益な予行演習となったことは明らかであり、「本番」が行なわれるのは時間の問題だと誰もが認識しはじめた。左派は戦略をめぐって分裂し、一方右派は着々と軍による権力掌握の準備を進める。最終的に73年9月11日の朝にクーデターが実行に移され、大統領府は軍による爆撃を受け破壊される。アジェンデはラジオを通じてチリ国民に向け演説をした後、拳銃自殺と思われる死を遂げる。同じ日の夜、アウグスト・ピノチェトを議長とする軍事評議会のメンバーがテレビ出演し、新たな軍事政権の発足を宣する。

第3部:「民衆の力」(El poder popular)
平凡な労働者や農民が協力し合い、“民衆の力”と総称される無数の地域別グループを組織していく姿を追う。彼らは食糧を配給し、工場や農地を占拠・運営・警備し、暴利を貪る
闇市場に対抗し、近隣の社会奉仕団体と連携する。こうした活動は、まず反アジェンデ派の工場経営者や小売店主や職業団体によるストライキへの対抗手段として始められたものだった。やがて“民衆の力”は、右派に対し決然たる態度で臨むことを政府に要求する、ソビエト型の社会主義的組織体へと徐々に変質していく。

▼予告編



▼ cf. アジェンデ 最後のスピーチ :
【1973年9月11日、軍のクーデターで非業の死を遂げたチリ大統領サルバドール・アジェンデ。大統領官邸(モネダ宮殿)を反乱軍に包囲された中での、国民に向けた最後のラジオ演説―】
2018年12月28日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:15~鑑賞。

「アリー/スター誕生」

作品データ :
原題 A STAR IS BORN
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 136分


これまでにも何度もリメイクされてきた1937年の名作『スタア誕生』(原題:A Star Is Born、ウィリアム・A・ウェルマン監督)を原作に、世界的歌姫レディー・ガガが映画初主演を果たし、相手役を務める『世界にひとつのプレイブック』『アメリカン・スナイパー』のブラッドリー・クーパーが記念すべき監督デビューを飾った感動の音楽ドラマ。国民的人気を誇るロック・スターに才能を見いだされたヒロインが、スターダムへと上り詰める姿が描かれる。第91回アカデミー賞で作品賞を含む8部門でノミネートされ、歌曲賞(主題歌賞)を受賞した。

ストーリー :
ウェイトレスとして働きながらも歌手を夢見るアリー(レディー・ガガ)だったが、なかなか芽が出ず、自信を失いかけていた。そんな時、場末のバーで歌っていた彼女の前に、世界的シンガーのジャクソン(ブラッドリー・クーパー)が現われる。彼はアリーの歌声に惚れ込み、彼女を自身のコンサートに招待する。そして、いきなり大観衆が見つめるステージにアリーを呼び込み、一緒にデュエットを披露し、観客からの喝采を浴びる。これをきっかけに、アリーは瞬く間にスターへの階段を駆け上がっていくとともに、ジャクソンとも深い愛情で結ばれていく。しかし、全盛期を過ぎたジャクソンは、徐々に歌う力を失っていく。その栄光に陰りが生じるにつれ、日々ストレスから酒浸りになるジャクソン。やがてアリーのマネジャー、レズ(ラフィ・ガヴロン)はジャクソンの存在がアリーのキャリアの邪魔になっていると思い立ち、その事実をジャクソンに突き付ける。それが悲劇的な結末をもたらすことになった…。

▼予告編



▼ 主題歌(“Shallow”)スペシャル映像 :



▼ 音譜 レディー・ガガ(Lady Gaga、1986~)&ブラッドリー・クーパー(Bradley Cooper、1975~)「シャロウ~『アリー/ スター誕生』 愛のうた」(“Shallow”)<Live From The Oscars、第91回アカデミー賞授賞式(2019年2月24日)での歌唱> :

2018年12月26日(水)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、16:45~鑑賞。
「アメリカン・スリープオーバー」

作品データ :
原題 THE MYTH OF THE AMERICAN SLEEPOVER
製作年 2010年
製作国 アメリカ
上映時間 96分

日本公開 2016年8月27日

新感覚ホラー『イット・フォローズ』(2014年)で注目されたデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の長編デビュー作。米デトロイト郊外を舞台に、一夜の「Sleep Over(お泊まり会)」に参加した思春期の少年少女たちの揺れ動く心模様を掬(すく)い取った青春群像劇。出演は『イット・フォローズ』のクレア・スロマ、『ホラー・シネマ・パラダイス』のジェイド・ラムジー&ニキータ・ラムジー姉妹。

ストーリー :
デトロイト郊外。新学期を目前に控えた夏の終わり。マギー(クレア・スロマ)はプールサイドで自分の夏に物足りなさを感じて、もっと楽しい“何か”をするべきではないかと嘆いていた。翌日に街で開かれるパレードで、仲間たちとダンスを踊ることになっている彼女は、ダンス仲間からその日の夜に開かれるスリープオーバー(お泊まり会)に招待される。しかし、それを子供っぽく思った彼女は、友達の家へ顔を出す前に、知り合いから教えられた年上のパーティに乗り込むことに。そこで再会したのは、昼間プールで見かけた年上の男…。その夜、街では他にもいくつかのスリープオーバーが同時に開かれていた。その中で、ある少年は一目惚れした女性を捜し、別の少女は友達の家で恋人の浮気を知り、青年は恋した双子の少女に会いに行こうとする。そして、夜が更けるにつれ、それぞれのスリープオーバーが互いに交錯し、やがて彼らはそれぞれ探していたものに手が届きそうになるのだが…。

▼予告編



■私感 :
本作オフィシャルサイトのSPECIALに、次のようなCOMMENTが載っている(THE MYTH OF THE AMERICAN/SPECIAL)。

“痛ましくも痛快な、愛すべき物語” ーUSA today
“忘れられないほど美しいショットと物語”ーNewYork Post
“詩的で、愛おしく、優しく、そしてすべて真実”ーCicago Sun Times
“私たちが待ち望んでいたインディペンデント映画”ーIndependent on Sunday
“初めて脚本・監督したデヴィッド・ロバート・ミッチェルによる、今まで語られなかった、こんなにもみずみずしく心を奪う青春物語”ーLos Angeles Times
“美しく描写されたティーンの苦悩の物語”ーHollywood Reporter
“なかでも素人俳優たちによる自然な演技が素晴らしい”ーTime Out London
“驚くべき魔法のインディペンデント映画”ーMail on Sunday
“ミッチェルは、これらすべての感情をジャグリングし、絶妙なバランスでスクリーンに映し出した。彼のこの小さな映画は、彼らの若々しい不完全さを完璧に描いている”ーAssociated Press

言いも言ったり!大仰な美辞麗句もいいところだ。
私に言わせれば、本作は欠伸(あくび)を漏らすほど退屈な映画だった。
だいたいファーストカットからラストまで淡々とした、のっぺらぼうな作風。日常があってプロットポイントないしミッドポイントがあってクライマックスに向かって盛り上がっていくといったストーリー展開とはまるで無縁!これでもって、どうして「痛ましくも痛快な、愛すべき物語」、「みずみずしく心を奪う青春物語」が編み出されようか!「素人俳優たちによる自然な演技」と言ったところで、そこらの無名の役者(坊ちゃん嬢ちゃんorアンちゃんネエちゃん?)のダラダラした会話とヘタクソな演技を、これでもかというほど見せつけられては、たまったもんじゃない!

ここで思わず知らず、ある青春映画の傑作が思い浮かぶ。
私はこれまでに~小学校時代以降~、洋画・邦画を問わず、数多の“青春映画”(若者特有の夢や挫折、友情や初恋、冒険と旅立ちを描いた映画のジャンル)を鑑賞してきた。それらの作品中、ことのほか印象的で、今なお忘れがたい作品の一つが伝説のハリウッドスター、ジェームズ・ディーン(James Dean、1931~1955/09/30)の主演作『理由なき反抗』(原題:Rebel Without a Cause、監督:ニコラス・レイ、米国公開:1955年10月)である。
それは、出世作『エデンの東』(原題:East of Eden、監督:エリア・カザン、米国公開:1955年3月)で現代の若者の揺れ動く心情を代弁した名優J・ディーンが、今度は非行少年の役で当時の保守的なハリウッドに大反響を呼んだ、映画史上屈指の青春映画にほかならない。そこでは、親の世代の考え方を容認できず、反抗を繰り返す若者たちの、もろく傷つきやすい等身大の青春像が間然するところなく描かれている。

↓ 『理由なき反抗』(1955年)公開当時のポスター(Warner Bros.)
  「理由なき反抗」

Cf. 映画 “Rebel Without a Cause” Trailer :


私は中学生から大学生にかけて、ディーンの主演作3本、『エデンの東』(日本公開:1955年10月4日)、『理由なき反抗』(日本公開:1956年4月18日)、『ジャイアンツ』(原題:Giant、監督:ジョージ・スティーヴンス、米国公開:1956年10月10日、日本公開:1956年12月22日)を、札幌or東京の映画館で、それぞれ数回鑑賞した(各作の初見は『理由なき反抗』→『ジャイアンツ』→『エデンの東』の順)。3作は共に“抜群の感情表現”を見せる孤高の天才俳優ディーンに魅せられた私の美しく昇華された、忘れられない思い出に結びつく作品である。しかし、当時の私の場合、格別の興味をかき立てられたのが何よりも『理由なき反抗』であり、それこそ身につまされて飽かず何回も~少なくとも5回以上~観たものだった※。

※何しろ同作には、主演のディーンに加えて、私の最も好きな女優のタイプの一人であるナタリー・ウッド(Natalie Wood、1938~81)が出演しているではないか!ちなみに、彼女の主演作(ミュージカル)『ウエスト・サイド物語』(West Side Story、1961年)~シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を下敷きにした同名のブロードウェイ・ミュージカルの映画化作品~も良かったが、ウォーレン・ベイティ(Warren Beatty、1937~)と共演した『草原の輝き』(Splendor in the Grass、1961年)~1920年代のアメリカを舞台にエリア・カザン(Elia Kazan、1909~2003)がメガホンを撮った青春(悲恋)映画~、これ最高でした!

Cf. 映画 “Splendor in the Grass” ー Wordsworth's poem in the final scene :

【ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth、1770~1850)の詩(“Ode:Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood”)の一節:
 Though nothing can bring back the hour
 Of splendour in the grass, of glory in the flower;
 We will grieve not, rather find
 Strength in what remains behind...】

Cf. 流れ星 Natalie Wood(July 20, 1938~November 29, 1981) :


『理由なき反抗』が高く評価されるのは、何よりも1950年代の若者の鬱屈や反抗を端的に表現した、20世紀最大のスターともいわれるディーンの高い演技力‐圧倒的な存在感によるところが大きい(24歳という若さで交通事故死したディーンは、死後公開された『理由なき反抗』、『ジャイアンツ』では、2年連続でアカデミー主演男優賞にノミネートされた)。
対して、本作『アメリカン・スリープオーバー』は、しょせん素人に毛の生えた新米俳優による「学校劇」レベルの映画にすぎない。これでは、同じ青春映画のジャンルに入るとは言っても、両者を比較すること自体が野暮もいいところだろう。『理由なき反抗』が『アメリカン・スリープオーバー』とは比較を絶するほどの逸品であることは言うまでもない。

ただし、私が問題にしたいのは、映画作品が展開する物語のテーマのあり方についてである。
『理由なき反抗』が訴えるテーマ性は、はっきりしている。ここでは、社会の中の大人‐親の子に対する無理解・無関心といったテーマ性のもと、社会‐大人‐親に対する日頃の不満の捌け口を求めて(⇒愛の渇望)、反抗を繰り返す若者たち~大人でも子供でもない思春期を迎えた少年少女~の行き場のないエネルギーが躍動的に描かれる[気弱で意志薄弱の父と勝ち気で人前でも平気で夫を怒鳴りつける母を持つジム(ジェームズ・ディーン)。父の愛に飢えているジュディ(ナタリー・ウッド)。生まれて間もなく父が出奔し、母もほとんど家に寄りつかず、メイドと暮らすプラトー(サル・ミネオ)。…]。

では、『アメリカン・スリープオーバー』が自らに課したテーマは、いったい何か。
本作では、10代の子たちがわいわい集まった、大人がいないコドモ帝国の中で、甘酸っぱい感傷に浸って、何やらうるさくおしゃべりしたり、思案をめぐらしたり、睦まじげに話し込んだり…。夏の終わりの物悲しさと共に流れる、青春時代の切ない時間が互いの心の琴線に触れる…こうした取り止めもない感想で一件落着、といったところか。
要するに、本作は確たるテーマ性を喪失した、劇的変化に富むシーンもない、物語の展開が一本調子の映画であり、したがってまた鑑賞眼のある「観客」に平板で退屈な印象をもたらす映画であった―。
2018年12月26日(水)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、14:45~鑑賞。

「アンビリーバブル・トゥルース」

作品データ :
原題 THE UNBELIEVABLE TRUTH
製作年 1989年
製作国 アメリカ
配給 ジェイ・ブイ・ディー
上映時間 97分


ニューヨーク・インディペンデント映画界を代表する映画作家ハル・ハートリーが1989年に発表した長編デビュー作。世界の終わりを憂える17歳の少女と刑務所帰りのミステリアスで孤独な青年が、惹かれ合っていくさまをオフビートなタッチで綴ったラブストーリー。日本では1991年に『ニューヨーク・ラブストーリー』のタイトルでビデオ発売され、2014年にハートリー監督作4作品を集めた特集上映で劇場初公開。出演は、『トラスト・ミー』(ハル・ハートリー監督、1990年)のエイドリアン・シェリーと、『シンプルメン』(ハル・ハートリー監督、1992年)のロバート・バーク。 

ストーリー :
ニューヨーク州の平凡な住宅地リンデンハーストに、全身黒ずくめの男ジョシュ(ロバート・バーク)がやって来た。彼はこの町の出身で刑務所から出所したばかりだった。腕を買われたジョシュは、自動車整備工場で働き口を得る。しかし、町の人々は彼が犯した罪についてあれやこれや噂し、警戒する。そんな中、ジョシュの雇い主ヴィック(クリストファー・クック)の17歳になる美しい娘オードリー(エイドリアン・シェリー)が、ミステリアスな雰囲気を漂わせるジョシュに夢中になってしまう。“世界は明日にでも核戦争や環境破壊で滅んでしまう”と信じるオードリーだったが、満たされぬ恋を経験したことで、次第に変わっていく…。

▼予告編


2018年12月25日(火)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、16:00~鑑賞。

作品データ :
原題 아가씨(アガシ)
英題 The Handmaiden
製作年 2016年
製作国 韓国
配給 ファントム・フィルム
上映時間 145分


「お嬢さん」

サラ・ウォーターズ(Sarah Waters、1966~)の傑作ミステリー『荊の城』(原題:Fingersmith、2002年)を『オールド・ボーイ』『イノセント・ガーデン』のパク・チャヌク監督が、舞台をヴィクトリア朝のロンドンから日本統治下の朝鮮半島に移して映画化。莫大な遺産を相続する日本人令嬢と、その財産を狙う詐欺師の片棒を担ぎ侍女として令嬢に近づいた孤児の少女が辿る驚愕の運命を、過激な性愛描写を織り交ぜサスペンスフルかつ官能的に描き出す。出演は『チェイサー』のハ・ジョンウ、『泣く男』のキム・ミニ、『最後まで行く』のチョ・ジヌン、そしてオーディションで選ばれた新人、キム・テリ。

ストーリー :
1930年代、日本統治下の朝鮮半島。スラム街で詐欺グループに育てられた孤児の少女スッキ(キム・テリ)は、藤原“伯爵”(ハ・ジョンウ)の呼び名を持つ詐欺師にスカウトされ、彼の計画を手伝うことになる。ターゲットは、世間とは隔絶した辺鄙な土地に建ち、膨大な蔵書に囲まれた屋敷から一歩も出ずに支配的な叔父・上月(チョ・ジヌン)と暮らす華族令嬢・秀子(キム・ミニ)。彼女は結婚した暁には莫大な遺産を相続することになっていた。そこで伯爵が秀子を誘惑して結婚した後、精神病院に入れて、財産をまるまる奪い取ってしまおうというのだ。スッキの役割は、メイドとして屋敷に入り込み、純真で世間知らずな秀子を巧みに操り、彼女を確実に結婚へと誘導していくというものだった。スッキは珠子という名のメイドとして働き、計画は順調に進む。ところが、やがて献身的なスッキに秀子が少しずつ心を開くようになり、スッキもまた、騙(だま)す相手のはずの秀子に心惹かれ出し、二人は身も心も愛し合うようになっていく…。

▼予告編



メモ 本作に関する〈映画.com〉の映画評論:清藤秀人「どの国とも違う摩訶不思議な世界観。自分が日本人であることを忘れて楽しむべし」(映画.com-『お嬢さん』 2017年2月28日更新)は、大いに参考になったので、以下に全文を引用する。

≪映画には色々な楽しみ方がある。例えば、パク・チャヌクがハリウッド進出後、7年ぶりに韓国に戻ってメガホンを執った最新作の場合はこうだ。まず、日本統治下の朝鮮半島で出会った日本人華族令嬢と韓国人のメイド、メイドと結託して令嬢に取り入ろうとする同じく伯爵こと結婚詐欺師、以上3人の視点で異なる展開を見せる多元焦点化(1つの出来事を複数の視点から語り直す)ドラマとしての楽しみ方。そして、伯爵の指示で令嬢の秀子に接近したメイドのスッキが、迂闊にも秀子の美貌に一目惚れしてしまい、やがて、女同士の快楽にのめり込んでいくエロチック・サスペンス(たまにコメディ)としての食し方。中でも、チャヌクが“ハサミ”と呼ぶ秀子とスッキが互いに股間を挟み合いながら一気に絶頂へと上り詰めていくラブシーンは、女優たちの波のようにうねる体が演技とは思えない臨場感を生んでいる。
しかし、何と言っても強烈なのは、朝鮮であって朝鮮ではない、日本であって日本ではない、かと言って、他のどの国とも違う摩訶不思議な背景と衣装と言語、これに尽きる。秀子の叔父で富豪の上月が半島に建造した自慢の邸宅は、主人の趣味を反映して瀟洒な和洋折衷様式なのだが、希少本コレクターの上月が世界中から集めた膨大な書庫を通り抜けると、その奥には畳の中に松と石庭が配置された大広間が出現する。広間のど真ん中に座り、叔父の特訓によって官能小説を臨場感たっぷりに読み聞かせて、客人たちの萎えた下半身を挑発しまくる秀子は、上より横に広い湯婆婆みたいな日本髪を結っている。この後、結婚式を挙げるために秀子と伯爵、そしてスッキは日本を訪れるのだが、それすら、どこかフェイク・ジャパンに見えてしまう。実際に三重県、桑名市の六華園や諸戸氏庭園でロケされているにも関わらず、だ。
極めつけは、セリフの約7割が韓国語訛りの日本語である点。劇中では主な韓国人俳優、子役までがダイアログコーチに叩き込まれた男性器、女性器、排泄物を表す日本語をさらりと口にするのだが、韓国語のソフトなフィルターを通すと○○○も×××も※※※も、なぜか我々が秘かに親しんできたスラングとは微妙に異なって聞こえる。つまり、家屋も衣装も言語も、国籍に関係なく、作り手のセンスによっていかようにもアレンジ可能な映画作りの自由を、パク・チャヌクは1939年のカルチャーが混在する朝鮮半島と日本に時間を設定した上で、心行くまで謳歌したかったのだろう。だから、本作の最も相応しい楽しみ方は、とりあえず自分が日本人であることを忘れること。そうすれば、未知なるパラレルワールドへ容易に飛べるはずだ。≫