新しく一歩をふみだす、というような時、
それには大きく三種類のパターンがあるような気がします。


ひとつは、楽しくワクワクとした気持ちが大きく、

やりたい!
面白そう!
ワクワクする!

という、キラキラした空気感に包まれているパターン。



もうひとつは、顔をグッとあげて前を見て、
悔しさのような気持ちが大きく、

絶対に負けない
私はやるよ

という、立ち上がっていくエネルギーに満ちているパターン。



最後は、身体の力が抜けていて、
流れに委ねるような感じで、

理由や理屈はわからないけれど、
今の自分にとって大切なことだということが
確信できているパターン。



実は今の私、最後のパターンにいます。


今まで経験して来たことのない感覚です。

でもきっと、大丈夫。

そう思えている自分も、いて。



ふみだす前に大切なことって、
「ある」ことに「気付くこと」。

「ある」ことがわからなければ、
軌道修正も方向転換もできないんだよね。


でも、この「気付く」というのがまた、
難しいのよね。


自分ではなかなか気付けないの。


なぜなら、
あまりにも自分にとって当たり前のことが多いから。


「ある」ことが顔を出したときに、

あ、これ私苦手

って、かわしちゃうと気付けないんだけど、

当たり前のように、
無意識にかわしちゃうから、
永遠に気付かない…のスパイラル 笑


それが、ある時ふと、気付けたりする。


これ、いつも私やってるな?と。


今回私は、友人からの助言で気付いて、

ハッ!!!!!

としましたよ。



もう乗り越えられたと思っていて、

なんなら、
もう私の中には無いと思っていたこと。


あった。


あったよ。


長いことずっと、
無いことにしちゃって来てたんだ。


ごめんね。


あったよ。



あったことに気付き、
そこに意識を向けてあげる。

まずは、そこから。



そこが完了できてから、
新しくふみだすことがでくるのかもしれない。


焦らなくて、
無理して顔あげなくて、

大丈夫だ。


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さて、今度の日曜日にお話し会を開催しますよ!


先月、清里で体験をしたことを
どうしてもシェアしたい!という思いが湧き上がってきて、
その思いを大切にお話し会を企画してみました。


時間を重ねるごとに、
当日どんな言葉が自分の中から出てくるのか、
そしてご一緒する皆さんとどんなシェアができるのか、
とても楽しみになってきている自分がいます。



幸せになりたい、幸せでありたい、
という思いは誰の中にもあるのではないかと思います。


そして、その「幸せ」を手に入れたいという思いから、

「何か」が手に入れば幸せになれる、
永遠の幸せが約束される、というように
思っている節もあるのではないかな。


私は、すごく、ありました(笑)


例えばそれが
恋人だったり、パートナーだったり、
結婚だったり、子供だったり、
仕事の成果だったり、収入額だったり。

素敵なおうちや車だったり、
贅沢な旅行だったり、
雑誌のようなインテリアやお洋服だったり。

ね。


それが手に入れば、「幸せ」になれると、
そんな風に感じていた時も長くありました。



それ、順番が逆だよ、といわれたことも何度もあります。

でも、正直なところよく分からなかったのです。


では、まず何が先なのか?

何を先にクリアすれば、幸せが手に入るのか?って。



自分を満たすことだと、そんな言葉も耳にしていました。
そういえば。


でもね、目に見えないじゃないですか。

「満たされている状態」というもの。

だから、いつまでたってもこれでいいのかな?って、
不安な気持ちもどこかにありながら、
前に進んできたように思います。



でもね、今思うのは、
もうそういうのも全部ひっくるめて、「幸せ」。


悲しさや悔しさや絶望感を感じられる自分がいることも、
幸せなことなんじゃないかなと思うのです。


その渦中はそう思えなくても(私もその時はそう思えないし)、
それでいいんだと、

弱くて小さくて、ダメダメな自分にも目を向けてあげられる。


無理して前を見なくていいし、
無理して前に進まなくていいし、
頑張って乗り越えなくていい。

それで、私は大丈夫。



そんな自分への思いを積み重ねていけるようになると、
満ちて溢れ出す瞬間が、必ず来るんだなと。

それが自分を満たすこと。


そんな気が、しているんだよなぁ。



日曜日のお話会は、
そんなことをお話しする場にしたいなと思っています。


自分が感じていることを言葉にして外に出し、
誰かに聞いてもらうということも、
自分を大切に扱う一歩としてとても大切だと思います。


正解はないし、求めないし、そもそもないから。

安心した場で、シェアしましょう。


最近お気に入りのお茶とお菓子を持参する予定です。

お席はまだ十分にご用意できます。
温かい時間、ご一緒しましょう!

お会いできることを楽しみにしています!



【満たされるキャリア Selfillのお話し会】

●日時:2018年2月11日(日)10:00-12:00

●場所:東京 武蔵野市内
(JR中央線:詳細はお申し込み後にご連絡します。)

●参加費:4,000円

●人数:6名

●お申込みはこちらからお願いします


自分の変化とともに、
プロフィールなどにも違和感を感じるようになり、
少しずつ変更しています。


その流れの中で、名乗っている名前についても、
「どうしようかな~」という思いがここ最近ありました。


白鳥未緒という名前は旧姓で、
結婚と同時に夫の姓にに変わっているのですね。

戸籍上は。


けれど、
仕事などでは旧姓のままの方がスムーズなことが多かったし、

何といっても大好きな名前なので、
そのまま旧姓を名乗り続けています。


子供が生まれ、保育園や学校に通うようになると、
やはり戸籍上の名前で呼ばれることが多くなり、

例えば銀行口座や資格登録や、
仕事を受託する際のやり取りなどでも、
戸籍上の姓を使う必要がある場面がとても多い。


その都度、説明して回るのも結構な労力を使うんですよね。


一つ一つは小さなことなんだけれど、
毎回対応するのが面倒になってきたこともあって、

この際、戸籍上の名前に統一しようかな~と。

そんな風に感じていたのです。



仕事上は白鳥未緒で、
プライベートは戸籍上の姓で。

と考えてやってきたのですが、

もうそもそも、

仕事とプライベートの境界線がほぼなく、
大変に心地よい働き方ができていて、
とてもありがたいなと感じていますし。


仕事は!とか、
プライベートは!とか、

そう、肩ひじ張って生きなくても大丈夫なんだなと、
安心感を得られていることもあって。


名前にこだわる必要もないのかな、と。


そんな気持ちと思いを、
昨日家族で車に乗っている時に、
何気なく旦那さんに話してみたんですね。


最後まで、しっかりと、
いつもの通り私の話に耳を傾けてくれた彼は、
こう、言いました。


「生まれた時に授かった、
 自分だけの名前を大切にしたらいいよ。」


私の意見に賛同するでもなく、
そして反対するでもなく。


彼はいつも、
本質を突いた答えを一言で返してくるのです。


「戸籍上の名前に縛られる必要もないし、
 旧姓にとらわれる必要もないけれど、
 自分だけの名前を大事にしたらいいよ。」


あぁ。

そうか。

どんな状況でも、
自分が心地よさを選んでいくことができる。

どんな状況でも、
本当に大切なことを選び続けていくことができる。


自分が、
自分にとって大切なものから決して目を逸らさずに、
思いを寄せ続けてあげることが、できるんだ。


彼からのその言葉が、
あとからじわじわと自分の中に染み入ってきて、

夕飯の準備をしながら涙が溢れてきてしまいました。


どんな自分にも開き続けて、
どんな自分にも思いを寄せて、

自分が思い感じることを、選び続けてあげること。

それが、自分を大切に扱うことなのかもしれない。


そんな、私が大切にしたい本質を、
温かくいつも見守ってくれる人がそばにいてくれること。


幸せだ。


幸せな自分を認めていくことも、
もしかしてどこかに怖さがあるのかもしれない。

幸せになったら、そこで終わってしまうような気がして。


でもきっと、幸せに上限はない。


もっともっと、
もっともっと幸せになり続けられる、
そんな私自身を信頼したいな。


だからこそ、大好きな白鳥未緒という名前を、
これからも大切にしていきたい。


そんな2018年立春。

次男がインフルエンザA型にかかりました。
 
熱も一時上がりましたが、今はもう解熱して元気いっぱい!
 
しかし自宅待機期間でもあるので、
ここ3日間はほぼ自宅にこもっています。。。
 
 


 
昨年の終わりくらいから、
仕事や働き方に思いを巡らせながら、

「自分はどうしたいのか?」

ということに深く思いを馳せてきているのですが、

年が明けてからやってみたいことが
溢れるように湧き出してきて止まりません。


あんなこともやってみたいし、
こんなこともやってみたい。

勢いがつくと前のめりになって突っ走ってしまいがちなのも、
私の個性のひとつ 笑


ここ最近もまさにそんな感じで、
突っ走りながら頭の中も取っ散らかっていました。


取っ散らかりながらも走っていいんだけれど、
今回の私は何だかそれに違和感を感じていて。


もう少し丁寧に、自分を扱ってあげたい。


そんな気持ちがあることに気付いたんです。


だから今回、次男の自宅待機を理由に、
とにかくのんびり、だらだらと家で過ごせていることが、
宝物みたいに輝いて感じられる。


のんびりと、だらだらする時間を、
私は過ごしてもいいんだと。

そんなことに気付きながら、
温かいお部屋でいつもは見ないテレビを見ながら、
おやつを食べている私なんて、

なんだか、すごく、愛おしいな。





長いこと、

「目標を達成すること」とか
「結果を出すこと」が大事だと信じてきて、

そのために今の自分が感じていることを
見てみぬふりして

【つべこべ言わずにとにかくやるんだ!】

って、突っ走って頑張ってきました。


でも、もうそれは私には無理なんだって気付いた。


それは、
その目標や結果というのが、

自分を無視した上に成立していることならば、

いつまでも満足することはない、とわかったから。


軟弱な土地にいくら立派なお家を立てても、
不安定なのと同じ。



でもね、
その渦中にいる時って、わからないんだよね。


「自分を無視した上に成立している」


だなんてことに、
これっぽっちも思いを馳せることがないから。


そんなこと、思いもよらないから。

そんなはずないと、思っているから。




幸せや満足は、

【目標を達成してこそ】
【結果を出してこそ】

そこまで頑張り続けた人だけが
手に入れられることだと信じて疑わなかったのです。

わたし。



そう、信じて頑張っているけれど、
いつまでも目標や結果に到達せず、
常にもやもやとしている自分は、

まだ頑張りが足りていないし、
弱音を吐いているんだ。


そう、思って、
自分のお尻を叩き続けて、
ダメだダメだって、
まだダメだって、

ずっと自分を走り続けさせることに、
頑張ってきたんですよね。


幸せや満足は、

【目標を達成してこそ】
【結果を出してこそ】

そこまで頑張り続けた人だけが
手に入れられることだと信じて疑わなかった、から。





でも、もうそれは違うということに気付いてしまった。


少なくとも私自身は、
そういう方向性で満足感を得られるタイプの
人間ではないということをしみじみ痛感しているんです。


だから、もう、
自分の中の違和感を見てみぬふりをすることは、
もうできないし、したくない。


自分の中に、
できないことや到達していないことがあって、
でもあきらめたくないことがあるということ。

そして、そこに向かって行きたい思いがあるということ。

そこに、どうしようもない情熱があって、
その情熱をどう取り扱っていいか分からないほどに
熱くて大きなものであるということ。



自分の中にあるものにまず、気付く。

そして、
そんな自分自身のままでいいことを、
少しずつ受け入れていく。

ちょっとずつ、時間をかけて。

行きつ戻りつを繰り返しながら。


そうしているうちに、
様々な出会いや経験を積み重ねながら、

その自分が生きる方向性に
少しずつ気づいて、動けるようになっていく。


ないものにフォーカスして手に入れようとするのではなく、
あるものに気付いていく。


一瞬一瞬変わりゆく自分を感じながら、
揺れ動く自分にも気付きながら、

自分を大切に扱っていく時間の積み重ねが、

自分を信頼していくことにつながり、

その時間の積み重ねが、
自分を生かしていくことにつながり、

自分を生かしていくことが、
心からの安心感とくつろぎをもたらしてくれる。


幸せや満足は、

【目標を達成してこそ】
【結果を出してこそ】

と思い込んでいた私自身が、
今言葉にできることはこのくらいかもしれない。


でも、
そんな時間の積み重ね方にシフトしている自分自身が、
やっぱり愛おしいなと感じるのです。



仕事を変えても
パートナーを変えても
住む場所を変えても
ノウハウを変えても

土台をしっかり見つめることから目を逸らしていたら、
いつまでも安心できるお家は建たないんだよね。





お昼ご飯はおうどんが食べたい~。

という次男リクエスト。

雪景色の中、スーパーに行ってくるかな。

私が個人事業主としてお仕事をスタートさせた時、
開業届を出すにあたって屋号をつけました。


「Selfill」

セルフィル、と読みます。


【自分で自分を満たすことのできる人でありたい】


そんな言葉が自分の中でピンときて、
“self”と“fill”の単語を組み合わせ、

「selfill」という言葉を見た瞬間に、
「これだ!」と確信したのを覚えています。







今年、2018年という年が明けてすぐに、
私は清里という場所で4日間を過ごしました。


昼の富士を望む


その時間と空間の中で私は初めて、
「満たされる」という感覚を体験することになります。


それは、今まで私が思っていた感覚とは全く違うものでした。



まだまだ言葉で表現することができませんが、

自分の中から優しく温かい感覚が湧き上がってきて、
それが自分を包み込んで、溢れ出す。


その感覚は私に、
そこはかとない安心感をもたらしてくれました。



これこそが、【自分で自分を満たす】ということなのだ、
と、清里での経験を通じてわかりました。


朝焼けの富士



そして今までの私は、
「わかったつもりになっていた」のだということにも気付きました。



仕事も、結婚も、子育ても、

自分らしく楽しみたい!
もっともっと欲張りたい!


私自身、ずっとそう思って、
その時々にできることをやって、
“頑張って”ここまで来ました。


「私らしく、自分らしく在りたい」

という気持ちを大切にしてきたつもりでしたが、
どこかで苦しさをいつも感じていたのも事実です。


望んではいるものの、
“私らしさ”や“自分らしさ”がよく分からず、

様々な方法で「らしさ」を明らかにしようと頑張り続け、

いつの間にか


「私らしくあらねば」


という義務感にすり替わっていたのかもしれません。




でも。


時間の移り変わりとともに自分も変化し続ける。

「私らしさ」も変わり続ける。

晴れの日も雨の日も、ある。


そして、それでいい。



そんなすべてを包み込んでくれるような、
満たされた感覚こそ、

仕事も結婚も子育ても!と
自分らしく生きることを頑張りたい女性に、
何より一番大切な感覚だとわかったのです。


つらら






戦略やノウハウに頼るのではなく、

いつどんな時にも、
自分を頼りにできる自分を取り戻すこと。



キャリアコンサルタントとして活動してきて、
もちろん今までも精いっぱい関わってきましたが、

私自身が「満たされる」という本物の感覚を味わったことで、
お伝えできることが広がったように感じています。



まだうまく言葉にできない部分も多いのですが、

仕事のこと、結婚のこと、子育てのことなど、
「ライフキャリア」を考える上でなぜこの感覚が大切なのか?

という率直な思いをシェアしたいと感じています。



そこで、お話会を開催しよう!と思い立ちました。


セミナーでもなく、ワークショップでもなく、お話し会。


私が一方的に何かを話したり教えたりする場ではなく、
参加者の方とそれぞれの思いを共有しながら、

「満たされる」

ということの大切さについて、
思いをシェアしていく場にできたらと思っています。



仕事も結婚も子育ても!という頑張り女子の方も、

自分らしさが分からずにもやもやしているという方も、

何かにもう疲れてしまったと感じている方も、

全くそんなことはないという方も。


「自分を満たす」ということを、
温かい安心した場で分かち合う時間を共に過ごしましょう。



【満たされるキャリア Selfillのお話し会】

●日時:2018年2月11日(日)10:00-12:00

●場所:東京 武蔵野市内
 (JR中央線:詳細はお申し込み後にご連絡します。)

●参加費:4,000円

●人数:6名


●お申込みはこちらからお願いします
https://goo.gl/forms/mVMsbN72gomzx2VE3


やっぱりソフトクリーム
やっぱり清里といえばソフトクリームだしね!