愛情深い関係に恵まれない人は、愛情を失うことを心のどこかで恐れています。
愛情を失う時に感じる悲しみを避けようとしています。
逆の言い方をすると、愛情深い関係を築ける人は、その恐れがありません。
今、なかなか愛情のある関係に恵まれないとしたら、まず自分の中にある、「愛情を失ったときの悲しみへの恐れ」を見つけて解放する必要があるかもしれません。
これは「悲しみを引き受ける勇気」を持つという言い方もできます。
愛のある関係ができているとき、私たちは無防備な状態になっています。
愛のある関係というのは、相手を信頼して、心をさらけ出します。
また、相手を特別に思い、相手が喜ぶことが自分の喜びにつながる状態にもなっています。
これは、相手の苦しみの影響も受けやすくなり、他人の苦しみを一緒に味わうリスクを背負うことになります。
打算的な思いで、何かをしてあげたりしてもらっても、なかなか愛は育たないでしょう。
相手の反応を気にして、自分の言動を気にし過ぎていると、心を開くことができず愛情は育たないでしょう。
愛のある関係を結ぼうとするとき、リスクを感じることがあります。
- もっと適した人に出会う
- 愛を失う・拒絶される
これらが起きた時の悲しみや後悔、みじめさへの不安や恐れを感じていることがあります。
これらを感じるとき、愛情を注ぐことに消極的になったり、不適切な態度をとってしまいがちです。
これにも、大きく2つの態度があります。
- 関係をコントロールしようとする
- 相手に服従する
どちらも健全な愛を育ているのを邪魔します。
たとえば、
- 相手への愛をなかったことにする
- 相手の欠点を探す
- 愛されている確証を得ようとする
- 相手を試す
- 自分の愛への代償を求める
などです。
いずれも、愛ある関係のチャンスを失ったり、愛のあった関係を冷ましたりしてしまいます。
つまりは、相手の心が離れていくように振る舞ってしまいます。
「相手からの愛を得るには、相手の求めに応じなければならない」と感じることが習慣になっている状態です。
「相手を大切に思う」ということを「服従すること」と錯覚している状態とも言えます。
大人同士の健全な関係であれば、相手の求めにおじるか否かを選べる自由がありますが、その自由を感じられない状態です。
愛を失ったときの悲しみを恐れて、自分の中の気持ちをないがしろにする状態です。
これが続くくと自尊心が低くなり、やりたいことが分からなくなっていきます。
そもそも、相手のいうことに服従してばかりいると、「相手を大切に思う」という気持ちが育たなくなり、自分の中の愛情が減っていくかもしれません。
では、どうすればよいのでしょう?
「どうすればよいか?」と考えると、答えが難しくなります。
時と場合によるからです。
それよりも、時と場合に応じた適切な態度をとれるようにすることが重要になります。
つまりは、相手からの愛を求めたり、愛を失う悲しみへの恐れを手放すことです。
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