喜びは我々の人生にとって、とても大切なものです。
でも、喜びを求めるようになると、執着や依存を生み苦しみにつながります。
つまりは、「いまここ」に生きる心がけが大切だということだと思います。
「依存症の作り方」で生物の学習や依存について書ました。
マウスではエサで説明しましたが、人では食事だけではなくその他の気持ち良さや喜びも同様のことが起きます。
つまり、必要であれば喜びや気持ち良さを得るように "心" が学習して、考えなくても自然とそれらに向かうように心が導いてくれます。
でも、その求める気持ちが強くなり、「喜びが足らない」という気持ちになっているとすれば、それは依存や執着に繋がっています。
何かに依存したり執着すると、いろいろなものを犠牲にします。
- 新しい経験を得る機会を失う
- 強いフィルターで世界をみるために、気付きを失う
- 喜びが無いという不幸を感じたり、喜びを失う不安を感じる
などなど。
喜びを感じるのはとても大切ですが、喜びを求めることなく「いまここ」に生きる心がけが大切です。
依存につながる喜びにはどんなものがあるでしょう?
- 贅沢な体験
- 気持が上がるレジャー
- 性的な快感
- 好意的な評価
- アルコールや薬物
- ギャンブルや絶叫マシンなどの興奮
- 他人からの愛
などなど、他にも色々とありますね。
これらの喜びを感じるのは、まったく問題ありません。
が、それらの喜びを得られたことに感謝をして、一つ一つ区切りをつけて、さらに求めることがないようにするのが、幸せに生きるコツなのかもしれません。
強く自分が求めなくても、チャンスがあれば心が喜びに近づけてくれます。
執着や依存につながる喜びの中で、おちいりやすくて注意が必要なものとして以下のようなものがあります。
- 自分の存在や価値を感じられる喜び
- 苦痛や不安から逃れる喜び
仕事中毒、ギャンブル依存、恋愛依存などの要因として、これらが関係することが多いからです。
幸せに生きるためには、執着で他に目が向かなくなったり、恐れから何かを避けることなく、心の自由を保つことが必要になります。
心が自由な時は、何かのためにリキんだり、何かに不満を抱いたりしません。
- 心が静かで、平常心を保った状態。
- 自分も外の世界もありのままに受け入れられる状態。
ということになります。
これらの、執着や恐れからの回避、ありのままに生きる大切さは、仏教で深く考察されていて、幸せになる心を作るための技術として禅(=マインドフルネス)を教えているようです。
私は仏教については、まだほんの一部しか知りませんが、マインドフルネスに興味を持つと仏教の心理療法的な側面に触れることが多く、強い興味を駆り立てられます。
例えば、仏教は慈悲を推奨しますが、これは道徳的な側面だけではなく、「他人から認められることへの執着」による苦しみから解かれる技術として教えている側面があります。
また、依存の仕組みや解決方法は行動療法でも詳しく考察されています。
「なんか、したくなる・・・」というのは、行動療法を勉強すると、腑に落ちることが沢山書かれています。
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この本、表紙の雰囲気は軽いですが、内容はカウンセラーを目指す初学者のための本で、とても濃密です。

