あなたも変わるセルフコーチング -139ページ目

「ミッションライフ・コーチング」プロフェショナル認定コーチ誕生!

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 この9月に、「ミッションライフ・コーチング」の卒業生からコーチ過程を終了し、リアリライズ公認の2人のプロコーチが誕生しました。

 この2人のプロコーチの誕生は、当社の「ミッションライフ・コーチング」をこれから世の中にさらに普及していくために、非常に大きな出来事であります。

 特にこの2人は、「ミッションライフ・コーチング」をまず自らがクライアントとして、純粋に取り組み、その価値と自らの変化を誰よりも感じています。

 このクライアントとしての実感と、そしてコーチングを受けるまでの経験などもあわせ考えると、当社においては、非常に優秀なプロコーチの誕生であります。

 おそらく、このコーチングの開発者である私以上に優秀で、素晴らしいコーチングを展開してくれるであろう期待のプロコーチの誕生であります。

 以下には、この2人のコーチングを体験した上での体験談とあなたへのメッセージを掲載させて頂きました。

 今後は、この2人のプロコーチとともに、ますます「ミッションライフ・コーチング」を普及し、この社会に役立つ覚悟であります。どうか今後ともよろしくお願いいたします。

                                     2005年9月10日
                                     有限会社リアライズ 代表取締役 青木毅

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MLC認定プロフェショナルコーチ 神谷昌義 紹介

神谷1969年 東京上北沢で生まれる。A型

1985年 15歳 高校生活わずか一年にして中退し、 フランス料理の修行を行う。

1988年 18歳 バイク事故に遭いコックの道を諦め大学資格検定の予備校に入学。
同時に夜の世界(水商売:パブのウェイター、バーテン)のアルバイトを経験 。

1989年 19歳 大検に無事合格、大検の予備校も終わり、予備校の校長先生の誘いでオーストラリアにて日本語教師として赴任。

1990年 日本に帰国後、再び夜の世界に戻りホストをはじめる。ホストを辞め、大学受験を目指し予備校に入学する。

1991年 21歳 オハイオ州立ライオグランデ大学日本校国際経営学部経営管理学科無事合格。多くの友人に恵まれ、この頃から、人の相談にのることが多くなり、“人のためになりたい”という自覚が芽生えはじめる。

1995年 25歳 就職内定を貰っていた香料の商社から会社の一方的な都合で、
直前に内定を取り消され、大学時代にアルバイトをしていた葬儀屋さんの社長に誘われ無事に就職する。

1996年 26歳 わずか就職後1年半で取締役常務に昇進。

1999年 30歳 結婚をきっかけに葬祭業を辞めることに・・・ 。学生時代にアルバイトをしていたお肉屋さんの社長の紹介で一部上場のスーパーの子会社に就職し、接客、販売のインストラクターを    任される。

2000年 31歳 会社から実績を認められ、今までになかった新しい課として販売促進課が設立され、初代課長を任されると共に、部下を2名が配属。この頃より、コーチングに興味を持ち出す。

2001年 32歳 仕事にもゆとりができ始め、携帯で無料のカウンセラーのトピックを作り、カウンセラーの真似事をはじめるが、はじめのうちは1件/日も満たない状態ではあったが、親身に相談に乗りどんな相談にも真剣に対応しているうちに、評判が良くなり相談件数があっという間に3件~5件/日になる。

2002年 33歳 相談件数が10件/日を超えクライアントになかなか答えを送れなくなり、手に負えない状態になる。多くのクライアントが”なぜ無料で?”と疑問を抱いていたが、カウンセラーの卵の状態でトレーニング中のためという事で納得してくれていたが、携帯代も手に負えなくなり、一時携帯電話を手放す事に。

2004年 35歳 勤めている会社を紹介してくれた食肉会社の社長から専務で来て欲しいとヘッドハントされ、従業員1200名の企業をやめわずか6名の有限会社に取締役専務として就職。部下の育成の為と思いコーチングを独学で学び始める。このすぐあとにリアライズの存在を知り、メールマガジンを取り始める。

2005年 36歳 リアライズの東京新年会に参加。これをきっかけにコーチになろうと決意。リアライズの「ミッション・ライフーコーチング」をはじめる。「ミッション・ライフーコーチング」のコーチ課程を修了し晴れてコーチに。取締役専務の職を辞しリアライズにコーチとして就職。

      さらに詳しい神谷昌義のプロフィールは、
      
神谷のブログ
「コーチの卵」をご覧下さい! 

■リアライズ青木コメント:まさにコーチになるために生まれてきた人間。それは神谷コーチのことでしょう。人に対する深い愛情と真摯な姿勢は、すでに当社のクライアントを変化させてしまいました。彼のコーチングは、自らの役割を果たすその破天荒な人生から生まれています。また過去には優秀なコンサルティングとしても活躍していて、まさにコーチの中のコーチといわれる存在になるでしょう。

【「ミッションライフ・コーチング」を終了して 神谷昌義】

平成17年1月16日(日)その日が自分の運命を変える大きな意味を持つ1日になるとは思いもしませんでした。

その日はリアライズの東京新年会。

それまではリアライズとの関係は一メルマガの読者で無料メールコーチングを一回申し込んだだけで、仕事もプライベートも非常に忙しくメールコーチングも続いていませんでした。

ただ自分自身の状態はただただ忙しく過ごしている日常で“本当に俺はこれでいいのか?”という人生への疑問符を抱える毎日の現状からの脱却を求め、“コーチングの関係の人たちの集まりなら自分自身も少しはいい影響が受けられるかな ”とたわいのないきっかけで申し込んだのでした。

宴会の始まりに自己紹介を行い、話しが進むに連れ、気が付けば自分が話の中心になり、青木コーチから“神谷さんはコーチになれるね”という一言から

“それでは僕をリアライズのコーチにしてください”と直談判。

あっさりと“やってよ”といわれその場で“コーチになろう”と決意しました。

その時は、ミッションライフーコーチングに関しては何の知識もない僕でしたが、カリキュラムを始め、進めていくうちにますますこれにほれ込みやっていくうちにドンドンこれを人に伝えたいという気持ちが固まってきました。

ミッション(自分独自の生きる価値)が出来上がった時には、自分の心の中には強い確信みたいな物を持っていたような気がします。

ミッションライフーコーチングをはじめるまではなんとなくこんな感じとおぼろげだった物が、ミッションが出来上がることでこうだと自身をもって言い切れるようになりました。

9月の1日付けでコーチ認定をリアライズより頂きいよいよこれからが正念場です。

多くの人たちがこのミッションライフーコーチングにより人生を変えたように私自身も身をもって大きく人生を変えることになってしまいました。

これからは、コーチとして多くの人たちにこのミッションライフーコーチングの良さを広げながら、さまよっている人生に一本の道を見つけさせるお手伝いを精一杯やっていきたいと思います。   

 自分の人生はこれでいいのか?と疑問符を持ち続けながら生きてきた自分にこれが自分の生きる道というものを見つけるお手伝いをしていただいた青木コーチには感謝の気持ちで一杯です。

これからもますますリアライズを発展させ、多くのクライアントに感動や喜びを感じてもらう為に精一杯頑張っていきますので末永くよろしくお願い致します。 

MLC認定プロフェショナルコーチ 坪内善彦 紹介

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1997年  横浜国立大学工学部卒業後、大手建設コンサルタント会社に入社。橋梁設計を専門とし、第二東名的場ジャンクション・東北新幹線押出し工法・四国縦貫道アーチ橋などの特殊橋梁を担当。

2001年  大手鉄鋼会社などを経て、一部上場建設会社に入社。苦手意識のあったコミュニケーションを克服するため自ら営業課を希望したが、隠れたた才能が開花。初年度から神奈川エリアのトップセールスになり、入社8ヶ月で課長昇進。最短記録を樹立する。その後支店長を打診されるが、経営方針に疑問を持ち退社。

2004年  地方建設会社に幹部候補待遇として入社。第一線の営業マンとして活躍するかたわら、営業管理職として社員教育、 営業戦略の策定と実践を指揮する。

2005年  「ミッションライフ・コーチング」のコーチ過程を終了し、プロコーチとしてデビュー。

     さらに詳しい坪内善彦のプロフィールは、
     坪内個人の紹介サイト「This is Tsubouchi.」をご覧下さい! 

■リアライズ青木コメント:坪内コーチは、この「ミッションライフ・コーチング」に劇的に変化を感じたクライアントでした。彼自身が持っていた改革のテーマをこのコーチングで改革し、誰よりもその価値を実感したコーチの誕生です。人間の心のひだまで読み取りコーチングする才能は、ずば抜けたものがあると感じています。若い方々だけでなく、幅広い年代の方々に対して自信をもってお薦めできるプロコーチであります。

【「ミッションライフ・コーチング」を終了して 坪内善彦】

ある時私は、はたと止まってしまったのです。

売っている商品に、自信が持てなくなってしまったのです。

私の営業スタイルは、お客様の息子になって考えてあげること。要するに、自分の親にでも売れる商品を提供するということでした。ところが社会の変化から、商品のメリットが少なくなってきて、とても親には薦めたくないものになってしまったのです。

やる気もなくなり、これからどう生きていったらいいかさえ分からなくなりました。

 

じゃあ、オレは何がやりたいんだ。

どこへ向かっていけばいいんだ。

どうすれば、幸せになれるんだ。

 

悩んだ私は、1日10万円もするセミナーに出てみたり、成功者の本を読み漁ったり、日記、ビジュアリゼーション、夢手帳など色々試してみました。

でも、なんかしっくりこない。

選択肢が増える一方で、絞り込むことが全くできない。

ただ、無理矢理目標を作って、毎月こなし、一年後には何かが見えてくるだろうという感じで動いていました。

しかし、動けば動くほど、モヤモヤとしたものが胸の真ん中で大きくなっていくようでした。

 

そんな時に、リアライズの冊子“あなたが変わるコーチング”を手にしたのです。

これだ!と思いました。

自分のために『ミッションライフ・コーチング』を導入したいと思ったのと同時に、これが本物であれば、これこそ私自身が売りたい商品ではないかと思ったのです。

 

無料電話コーチングの一回目の時に、既に導入を決めており、青木コーチに「京都に行きます」と言っていました。金額も見ずに決めていて、たとえ500万円でもやってやろうと思いました。借金したって、自分の生きる道さえ分かれば、比にならないくらいの価値があるだろうと思ったのです。

 

『ミッションライフ・コーチング』は、期待を裏切りませんでした。

 

ミッション・ビジョンができた時の実感は、メロン大に膨らんだ、胸の真ん中に出来たもやもやがスッと無くなった感じ。そして、綺麗さっぱりとしたその空間の壁に、ミッションとビジョンを書いた紙が貼られ、脳や体がそれをもとに動き出したといった感じです。

そう、私のための、私だけの、これが私ですと素直に言える『セルフ・イメージ』を手にしたのです。

 

この『セルフ・イメージ』の力は、想像を遥かに超えるものでした。

生きる道が明確になります。

自信が芽生えます。

これから先、自分自身の更なる進歩が待っていると思えるようになります。

優先順位がはっきり分かります。

体が、自分の望む方向に勝手に動き出します。

燃えたぎるような永続的なモティベーションが湧きあがります。

自分の欠点を気にしなくなります。

人の良い所が見えてきます。

人が寄ってきます。

笑顔が増えます。

葉っぱの緑が鮮やかに目に映ります。

・・・

 

あなたにも、是非実感してもらいたいです。