1人で背負い込んでしまう マイストーリー⑮ | 悩ましい毎日から本当に望む人生に変化させるストレスクリアコーチング

悩ましい毎日から本当に望む人生に変化させるストレスクリアコーチング

本当の自分に気付き現実を確実に変化させるコーチング技術です

 

こんにちは

 

 

 

ストレスクリアトレーナー

福井あけみです

 

 

 

マイストーリーシリーズとして

お届けしています

 

 

 

さて、前回からの続きです

 

 

 

赤薔薇赤薔薇赤薔薇    赤薔薇赤薔薇赤薔薇

 

 

主治医の先生から

放射線治療の提案を受けて

 

 

 

阪大病院を紹介されました

 

 

 

阪大の先生は

放射線をやってみる価値はある

と言われました

 

 

 

良性の腫瘍が

すべて消滅したケースもあると

 

 

 

そうなったら

どれだけいいだろう。。

 

 

 

でもやはり副作用もあることを

説明されました

 

 

 

腫瘍を刺激するので

痛みがより出る可能性はある、と

 

 

 

これ以上に痛み?

怖くて仕方ないけれど

消える可能性だってある

 

 

 

ずっとこんな痛みが一生なんて

やっぱり嫌だ

 

 

 

放射線治療を受けることを

決断しました

 

 

 

約3週間受けたのですが

案の定放射線を当てた後は

痛みが必ず出ました

 

 

 

苦しみながらも

治療を終えたのですが

MRIを見ても

腫瘍はなんの変化もありませんでした

 

 

 

入院中痛みのコントロールで

モルヒネを服用し

あまり歩くことがなかったためか

帰ってから

ほとんど歩けなくなってしまっていました

 

 

 

それは車の運転も

厳しくなっていたし

車から降りて

家に入る時に

何かにつかまらないと歩けない

 

 

 

一旦こけてしまうと

自分の力で立てない

 

 

 

雨の日は最悪でした

足元がおぼつかないため

こけると全部濡れてしまう

 

 

 

立てないから

地べたをズリズリ這うので

お気に入りのパンツが破けてしまう

 

 

 

その頃娘が塾に通っていて

夜10時にお迎えに

行かないといけませんでした

 

 

 

モルヒネのせいで

眠気が尋常ではなく

22時という時間は本当にしんどくて

それでも運転すると

急に寝てしまっていたりすることが

あるのです

(ほんと危ないですね、すみません)

 

 

 

とにかく必死な思いで

お迎えに行きました

 

 

 

家に着くと

子どもは早く家の中に入りたいものです

 

 

 

さっと家に入っていく姿を見ながら

私は重い足を引きずりながら

とぼとぼ歩く

こんなにしんどいのに

誰も助けてくれない

腹が立ってくるのです

 

 

 

いつもイライラしていました

 

 

 

そのうち車の運転も

もう自分の足では無理になってきました

 

 

 

どうしよう?

家は高台の場所だったので

車がないと生活していけません

子どもたちだって

守ってあげられない

 

 

 

そこで

足が不自由な方用に

手動で運転できる装置があるのを知って

車に取り付けてもらうことにしました

 

 

 

とても簡単な仕組みで

バーを手前に引くとアクセル

前に出すとブレーキ

これだけです

 

 

 

簡単なのですが

慣れていないと

とても怖いものです

 

 

 

頭でどっちがアクセルか?

なんて考えていたら遅い

パニックになったら

大事故に繋がります

 

 

 

体感覚に落とし込まないと

運転は出来ません

 

 

 

最初は足を動かさない

というのが怖くて仕方なかったです

 

 

 

一度だけ練習中に

アクセルとブレーキを

間違えたことがありました

ギリギリブレーキをかけて

止まったけれど

もちろん人もいなくて

本当に良かったけれど

あんなにも怖い思いをしたことは

ありませんでした

 

 

 

とにかく車に乗らないと

生活がしていけないので

必死で練習して

なんとか普通に運転出来るまでに

なりました

 

 

 

だけどもうほぼ

歩くことが困難になっていた私は

外でのお買い物の時は

車いすを使うようになりました

 

 

 

あんなに怖れていた

車いすの生活だったのに

体がとにかく楽になる

重い足を引きずるだけで

全身が疲労困憊していたし

すっと思ったところに行けるのは

本当に救われました

 

 

 

ただもう家の中でも

歩くことが大変になってきて

バリアフリーの家にしないと

いけない状態になってきました

 

 

 

でもまた建て替えするとなると

すごい金額になる

1人で悶々と悩みまくりました

 

 

 

もう限界を感じて

夫に言いました

「もうこんな生活無理

足が動かないんよ

車いすで生活させて」

 

 

 

夫は

「わかった

新しい家を建てよう

大丈夫や」

 

 

 

その一言で

一人でずっと強がっていた私は

あまりにホッとして

泣き崩れてしまいました

 

 

 

そこから

希望が見えました

 

 

 

新たな土地が見つかって

話はどんどん進みました

 

 

 

車いすでも生活出来る家

こんなに安心出来るなんて

 

 

 

あの一番大変だった時と比べたら

生き返るようでした

 

 

 

よかった

これでもう大丈夫

 

 

 

そんな気分でいたのですが

悩み好きの私は

また悩みを作るのです

 

 

 

長くなったので

本日はこのあたりで

 

 

 

いつも最後までお読みいただき

ありがとうございますラブラブ
 

ダイヤオレンジストレスクリアジャパンプロフェッショナル協会認定
  コーチ・トレーナー
  ストレスクリア滋賀大津教室長
  ビリーフチェンジセラピーカウンセラー
  福井あけみ

 

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