「祖国と青年」12月号の巻頭言は、「トランプ大統領が突きつけるもの」と題して、別府正智さんが書かれていますので、以下、ご紹介します。
マスコミが報じない「もう一つのアメリカ」
十一月八日、アメリカ大統領選挙において共和党のドナルド・トランプ氏が次期大統領に選ばれた。「人種差別主義者」「ファシスト」とまで米マスコミから叩かれていたトランプ氏が勝ち、大統領ほぼ確定かのように報じられていたヒラリー氏がなぜ負けたのか――マスコミの報道だけでは判然としない。
トランプ氏台頭の背景に、日米両国のマスコミが報じない「もう一つのアメリカ」があることを、弊誌元編集長の評論家、江崎道朗氏は指摘している。以下、江崎氏著『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』を参考に、トランプ大統領誕生がわが国に何を突きつけているのか、論じたい。
アメリカが左傾化している、と聞けば日本の保守派の多くは耳を疑うであろうが、江崎氏によれば、アメリカは深刻な危機に立たされている。アメリカの新聞は、日本の朝日新聞や赤旗といった左翼リベラル系ばかりで産経新聞のような保守系の全国紙は存在しない。メディアも含めたアメリカの偏向ぶりは日本以上にひどく、日本には、左翼リベラルから見た一面的なアメリカしか見えてこないとのことだ。
左傾化するアメリカ
オバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と発言し、軍事費の大幅削減とアジア安全保障政策の見直しが図られているが、この背景には、共産主義者による「ホワイト・ギルド」と言われる白色人種の自虐史観が潜んでいる。「アメリカの対外軍事行動が国際秩序を乱してきた」とのオバマ大統領の指摘は、白人はキリスト教を悪用・歪曲し、人種差別や侵略戦争を繰り返す罪深き人種だという歴史観に立脚している。彼等を支えているキリスト教や道徳を否定し、教育を偏向させれば、国内は混乱し、アメリカは世界の警察官として振る舞うことが出来なくなる。そうすれば、共産主義国の中国はアジアで覇権を握り、アジアにおける共産化が進む――かかる共産主義者の工作が米国内で蠢いているのである。
トランプ氏は移民排斥者としてメディアに叩かれていたが、「移民がいけないのではなく、不法移民が問題だ」と一貫して主張している。不法移民により国内治安は悪化し、生活保護を片手に税金を貪り、安価な労働力により企業は圧迫を受け、地方の疲弊を招いている。更には彼等が選挙権を持つに至り、地方政治をコントロールする存在ともなっている。
このような実情に危機感と不満を強く抱くアメリカ人が「アメリカを再び偉大な国へ」と声を上げているトランプ氏を支持したのである。
トランプ氏は「アメリカ・ファースト」と主張しているが、あくまでアメリカの国益を重視し、必要以上に他国に介入しないとするだけであり、日米同盟を軽視している訳でもなく、すぐに同盟関係が破綻するわけでもない。
ヒラリー幻想を捨て去れ
ヒラリー大統領誕生であれば、どうであったか。中西輝政氏は「ヒラリー幻想」と称して、次のように指摘している。
「今のアメリカには、中国に対するギリギリの抑止力はあります。しかし、抑止と実践はちがう。(中略)要するに、中国が『抑止』を突破してきたときに、アメリカが日米同盟を守って実践、つまり日本のために武力行使をするかどうかは大変不鮮明です。とくに、アメリカは、核大国の中国を相手にして、同盟国日本の領土とはいえ無人島の尖閣諸島を守らないと思う」
今年一月、米軍司令官のハリス氏が「中国に攻撃されれば尖閣を守る」と発言したことが日本でも大きく報道されたが、これはあくまで太平洋司令官の立場で述べただけであって、オバマ大統領や国務省の見解ではない。今年は大統領選挙の年であり、アメリカ海軍や海兵隊、OBを敵に回すことは得策ではないと考え、オバマ民主党政権側は発言をあくまで「黙認」したに過ぎないと、先の江崎氏は述べる。
オバマ路線を受け継ぐヒラリー氏が大統領であればよかった、などという議論は「幻想」に過ぎないことを吾々は知らねばならない。
国民一人一人の国防意識の覚醒を
トランプ大統領であれ、ヒラリー大統領であれ、わが国にとって「イバラの道」であることに変わりはない。しかし、その中でもトランプ大統領の誕生は、わが国にとって、いわば見て見ぬふりをして放置してきた対米依存の国防問題を正面から考えるまたとない契機を与えられたことを意味する。ヒラリー大統領であれば、わが国は正面に向き合うことなきままに、為す術なく亡国に向かっていただろう。
安倍政権は外交政策により、防衛体制の見直しを図ってきているが、防衛費一%に満たない国防予算は一向に変わることなく、「方針・計画あれど予算なし」の姿勢は、米軍から「日本は本気ではない」と信用を失しているという。せめて世界標準であるGDP二%に上げることは急務だ。そして憲法九条を改正して自衛隊の存在を明記すべきである。
問われているのは安倍政権だけではない。国民一人一人が自分の国は自分で守るという気概、相応のリスクを背負う覚悟を持てるか否かが問われているのである。その国民意識の反映が政治に現れてくるのだ。
トランプ大統領の誕生は、これまで見えていなかったアメリカの実情を鮮明にし、わが国が置かれている危機の実態を眼前に浮き彫りにしたといっていい。この現実を国民一人一人がいかに受け止めるのか、トランプ大統領の誕生は吾々に突きつけている。