やっと
明日から発送します。
今回はほんとうに長かった。
とりあえず休刊でも、廃刊でもありません。
もちろん休肝でも、配管でも。
あえて言うなら拝観と言いたいところだけれど。
それはね。
というわけでリアルSPAMがそろそろ前世界ににじみ出します。


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今回はほんとうに長かった。
とりあえず休刊でも、廃刊でもありません。
もちろん休肝でも、配管でも。
あえて言うなら拝観と言いたいところだけれど。
それはね。
というわけでリアルSPAMがそろそろ前世界ににじみ出します。

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Not Printed Yet
「やれやれ……」
「おやおや……」
「あれれ……」
「またか……」
ぼくをよく知る人たちの。
その飽きっぽいい。
根気のない。
気まぐれな。
……
そんな性格をよく知る人たちのつぶやきが。
ここ数週間、頭の中で渦を巻く。
もぞもぞと、こだまをつづけている。
ついに5月は『ボヤキ新聞』を出すことができなかった。
別に飽きたわけでも。
ネタがないわけでも。
切手を買う金がないわけでも(とりあえず今のところは)。
ない。
「そろそろ作ろうかな」と思っていた5月もまだ初めの頃。
舞い込んできた一通のメールで日常が様変わりしてしまった。
時間がない。
時間が足りない。
とは言っても、やりくりが下手くそなだけで。
ちゃんとした人ならきっと。
十分に時間を取ることができるんだろうけど。
能力とか、コツだとかを埋めるものは時間しか持ち合わせていないから。
そういったわけで、5月は休刊月となってしまい申し訳ないです。
そういったわけで、骨身こそ削ってはイないけれど。
寝る時間や、好きなことをする時間を削って生きている今日この頃。
とはいえ。
今やっていることは面白く、好きなことになっていっているんだけれど。
睡眠時間ばかりか。
酒の量も中学生並みに落ちていて。
こちらもまた休肝月。
ひと月ほどブログの更新までとまってしまっていたものだから。
「どうかしました?」
「大丈夫ですか?」
とメッセージを下さる奇特な方もいらして。
なにせ、突如消えてしまうという前科があるもので。
やっぱり信用されていないというか。
どこかで誰かを不安がらせてしまうのだろう。
そんなわけで、とりあえずの現状報告に代えさせていただきます。
とはいうものの。
今週中にはなんとか最初の山を超えられそうなので、
次の週末には第7號を刷って順次投函していくつもりです。
途絶えた手紙。
手紙という、ハガキという媒体の。
定期便というものの持つ姿を。
つくづくと考えている今日このごろです。
ありがとう。
それでは近いうちにまたお会いいたしましょう!


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「おやおや……」
「あれれ……」
「またか……」
ぼくをよく知る人たちの。
その飽きっぽいい。
根気のない。
気まぐれな。
……
そんな性格をよく知る人たちのつぶやきが。
ここ数週間、頭の中で渦を巻く。
もぞもぞと、こだまをつづけている。
ついに5月は『ボヤキ新聞』を出すことができなかった。
別に飽きたわけでも。
ネタがないわけでも。
切手を買う金がないわけでも(とりあえず今のところは)。
ない。
「そろそろ作ろうかな」と思っていた5月もまだ初めの頃。
舞い込んできた一通のメールで日常が様変わりしてしまった。
時間がない。
時間が足りない。
とは言っても、やりくりが下手くそなだけで。
ちゃんとした人ならきっと。
十分に時間を取ることができるんだろうけど。
能力とか、コツだとかを埋めるものは時間しか持ち合わせていないから。
そういったわけで、5月は休刊月となってしまい申し訳ないです。
そういったわけで、骨身こそ削ってはイないけれど。
寝る時間や、好きなことをする時間を削って生きている今日この頃。
とはいえ。
今やっていることは面白く、好きなことになっていっているんだけれど。
睡眠時間ばかりか。
酒の量も中学生並みに落ちていて。
こちらもまた休肝月。
ひと月ほどブログの更新までとまってしまっていたものだから。
「どうかしました?」
「大丈夫ですか?」
とメッセージを下さる奇特な方もいらして。
なにせ、突如消えてしまうという前科があるもので。
やっぱり信用されていないというか。
どこかで誰かを不安がらせてしまうのだろう。
そんなわけで、とりあえずの現状報告に代えさせていただきます。
とはいうものの。
今週中にはなんとか最初の山を超えられそうなので、
次の週末には第7號を刷って順次投函していくつもりです。
途絶えた手紙。
手紙という、ハガキという媒体の。
定期便というものの持つ姿を。
つくづくと考えている今日このごろです。
ありがとう。
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episode 2
メビウスの帯はまだ。
閉じたままで。
今はねじれた裏側を歩いているところ。
小中高。
12年間同じクラスだったSちゃんが。
いよいよNYへやって来る。
それでもやっぱり寂しい。
カウントダウンというのは。
年末のあれは<その先>があるからこそ。
誰もがハッピーになれる。
もし、そこで環がほころびていたら……。
大きな単位から小さなものへ。
20から始まるカウントダウンに入った。
余命がどのくらい残っているか。
そのときぼくは何をするだろう?
いや、きっと何もしない。
いつもと同じ日々をただ漫然と過ごしていることだろう。
その日もまた。
それでも。
数が減じていくにつれ。
片手で数を弄べるくらになった時には。
過ぎ去ったもの。
喪われゆくことに。
間違いなく。
撫でられていく。
最後の一本を大切に喫った。
いつものように。
根本まで。
喪われてゆくこのひとときを。
掌の中、温めるように。
オシマイ。
まるで一泊バス旅行のような軽装で。
到着口に現れたS君。
満面の笑顔で昔のように。
凹と凸は肩を並べ出口へと向かう。
友達というのは実にありがたいものだ。
「こんなことまで!?」
びっくりするようなことまで覚えていてくれる。
ゆっくりと回る回転式の自動ドア。
前のドアを少しずつ追うように歩いている時だった。
「セイキちゃん、ハイライトやったよね」
「?」
「いや~、なんもおみやげば思いつかんやったけど、
たしかハイライトば喫いよったとば思い出してね。
なんもなかばってん、これおみやげね」
薄暗いタクシーの中。
後ろへと流れ続ける街灯のあかりに。
ハイライトのカートンがまぶしい。
普段はくすんで見えるあの水色が。
それと週刊新潮の最新号。

これまでの人生を振り返ってみると。
実に奇妙なことが奇妙なタイミングで起こる。
たとえば。
心機一転。
引越しの荷物を運び終え。
お疲れビールを買いに下りたアパートの入口に。
なぜかドラッグ・ディーラーが立っていたり。
幸いにしてタバコは「やめた」のでライターは持ってきていない。
かくして生まれて初めて。
37年目の禁煙は。
帰宅した午前0時過ぎ。
6時間で潰えた。
日本へ帰る機内よりも短い時間だった。
だが。
親友の志を裏切るわけにはいかない。
帰国の前日のこと。
テーブルの向こうSちゃんが笑いながら言う。
「でもねセイキちゃん。
あの10箱目の終わる頃に。
もし、また誰かがおみやげばくれらしたら、
それは神様が
『あんた一生喫わんといけんバイ』って言いよらすとよ』
Sちゃんと迎えた小学4年の春。
よそから転任してきた担任の先生を今でも覚えている。
「会うは別れのはじめと言います……」
別れはやはり寂しかった。
それでも別れよりも会えたことに感謝をしたい。
そんな顛末で。
玄関にまだランニング・シューズはない。
色々なカタチで応援してくれた皆様。
申し訳ないです。
たぶん、あと3週間で喫いおえます。
神様のダメ出しがなければ。


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閉じたままで。
今はねじれた裏側を歩いているところ。
小中高。
12年間同じクラスだったSちゃんが。
いよいよNYへやって来る。
それでもやっぱり寂しい。
カウントダウンというのは。
年末のあれは<その先>があるからこそ。
誰もがハッピーになれる。
もし、そこで環がほころびていたら……。
大きな単位から小さなものへ。
20から始まるカウントダウンに入った。
余命がどのくらい残っているか。
そのときぼくは何をするだろう?
いや、きっと何もしない。
いつもと同じ日々をただ漫然と過ごしていることだろう。
その日もまた。
それでも。
数が減じていくにつれ。
片手で数を弄べるくらになった時には。
過ぎ去ったもの。
喪われゆくことに。
間違いなく。
撫でられていく。
最後の一本を大切に喫った。
いつものように。
根本まで。
喪われてゆくこのひとときを。
掌の中、温めるように。
オシマイ。
まるで一泊バス旅行のような軽装で。
到着口に現れたS君。
満面の笑顔で昔のように。
凹と凸は肩を並べ出口へと向かう。
友達というのは実にありがたいものだ。
「こんなことまで!?」
びっくりするようなことまで覚えていてくれる。
ゆっくりと回る回転式の自動ドア。
前のドアを少しずつ追うように歩いている時だった。
「セイキちゃん、ハイライトやったよね」
「?」
「いや~、なんもおみやげば思いつかんやったけど、
たしかハイライトば喫いよったとば思い出してね。
なんもなかばってん、これおみやげね」
薄暗いタクシーの中。
後ろへと流れ続ける街灯のあかりに。
ハイライトのカートンがまぶしい。
普段はくすんで見えるあの水色が。
それと週刊新潮の最新号。

これまでの人生を振り返ってみると。
実に奇妙なことが奇妙なタイミングで起こる。
たとえば。
心機一転。
引越しの荷物を運び終え。
お疲れビールを買いに下りたアパートの入口に。
なぜかドラッグ・ディーラーが立っていたり。
幸いにしてタバコは「やめた」のでライターは持ってきていない。
かくして生まれて初めて。
37年目の禁煙は。
帰宅した午前0時過ぎ。
6時間で潰えた。
日本へ帰る機内よりも短い時間だった。
だが。
親友の志を裏切るわけにはいかない。
帰国の前日のこと。
テーブルの向こうSちゃんが笑いながら言う。
「でもねセイキちゃん。
あの10箱目の終わる頃に。
もし、また誰かがおみやげばくれらしたら、
それは神様が
『あんた一生喫わんといけんバイ』って言いよらすとよ』
Sちゃんと迎えた小学4年の春。
よそから転任してきた担任の先生を今でも覚えている。
「会うは別れのはじめと言います……」
別れはやはり寂しかった。
それでも別れよりも会えたことに感謝をしたい。
そんな顛末で。
玄関にまだランニング・シューズはない。
色々なカタチで応援してくれた皆様。
申し訳ないです。
たぶん、あと3週間で喫いおえます。
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2013/04/27

37年間お世話になりました。
様々なシーンがフラッシュバックしてきます。
最後の時。
Last Chanceのためにとっておいたひと箱。
それも20本目となった。
いつもそばにいてくれた。
空白。
そう言う人もいる時間。
しかし、見かけとは異なり実に身の詰まった、
美味いカニのような時の堆積。
それでもサヨナラを言おう。

煙草をやめた。
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Floral Park
♪咲いた咲いた チューリップの花が……♪
口ずさんでいた。
刷り込みというものは根深い。
良くも悪くも。
Joeが住んでいた頃の垣根は根こそぎ消え、
小さな小さな花壇に衣替え。
丈の低い植え込みにも小さな花が。
コミュニティー・ガーデンでは、
チューリップの蕾の赤が濃くなり膨らむ。、
あちこちで紫のアクセントを添えるジャスミンたち。
規則正しく植え混んでないところがいい。
チューリップだってもちろん球根からだ。
群生の密集具合を見れば、
去年の子どもたちがそのまま根付いたことがわかる。
すみれのプランターを横目に4番街を折れる。
日当たりのせいなのか。
それとも植えたばかりなのか。
ここでは水仙が黄色い花を開きはじめたところ。
コミュニテイィー・ガーデンでは、
すっかり枯れてしまっているというのに。
それにしても。
花弁を落とすことなく、
そのままの姿で枯れてしまう水仙。
哀れとか、悲しみではなくて。
生命の達成感、満足の笑顔を感じてしまう。
大往生をした老爺のように。
道端にしゃがみ込む男女が見える。
パンジーを植えているところだった。
まだ支柱にささえられる若い樹の足元に。
いつなくなったのだろう。
誰が掘り返したのだろう。
ここには大きな切り株があった。
5年前に切り倒されたメープルの巨木が。
秋には歩道にまっ赤なスタンプを押す葉をたたえていた。
生命の可能性を願いながら通り過ぎていたのに。
その消滅に自分自身が気づいていない。
図書館前では薄紅色の花が開きはじめた。
マグノリア。
その名を知ったのは4年前。
植物園を散歩している時だった。
知ったからといって、
世界が変わったわけじゃない。
ただ、ごく稀なことだが、
誰かと断片を共有することができる。
ただそれだけのこと。
そろそろ1週間くらいになるか。
人生の殆どを役名からとった芸名通した、
三國連太郎さんが亡くなってから。
戒名は不要という遺言らしい。
名前とはその程度のものだ。
名前とは大切なものでもある。
名前は1でも3でもなく。
名前は0か∞だ。
地下鉄駅の周りはこのところBlueが目立つ。
青い花ではなくて制服警官が増えた。
これといって何かをするわけではなく。
見せるということなんだろう。
花瓶に花をいけるのと似ている。
エレベーター横に夜咲くの花が枯れていた。
そういえば洗濯屋前には生乾きの花もあったな。
アスファルトに開く酔っぱらいの吐瀉物。
階段を下りるために方向を変える。
朝日が眩しい。
空に咲く大輪の花。
地球に昼を与える花。
ロイングアイランドにFloral Parkという町がある。
Tulip Avenue
Carnation Street
すべての通りが花の名を持つ町。
人々はどんな思い出名付けた。

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口ずさんでいた。
刷り込みというものは根深い。
良くも悪くも。
Joeが住んでいた頃の垣根は根こそぎ消え、
小さな小さな花壇に衣替え。
丈の低い植え込みにも小さな花が。
コミュニティー・ガーデンでは、
チューリップの蕾の赤が濃くなり膨らむ。、
あちこちで紫のアクセントを添えるジャスミンたち。
規則正しく植え混んでないところがいい。
チューリップだってもちろん球根からだ。
群生の密集具合を見れば、
去年の子どもたちがそのまま根付いたことがわかる。
すみれのプランターを横目に4番街を折れる。
日当たりのせいなのか。
それとも植えたばかりなのか。
ここでは水仙が黄色い花を開きはじめたところ。
コミュニテイィー・ガーデンでは、
すっかり枯れてしまっているというのに。
それにしても。
花弁を落とすことなく、
そのままの姿で枯れてしまう水仙。
哀れとか、悲しみではなくて。
生命の達成感、満足の笑顔を感じてしまう。
大往生をした老爺のように。
道端にしゃがみ込む男女が見える。
パンジーを植えているところだった。
まだ支柱にささえられる若い樹の足元に。
いつなくなったのだろう。
誰が掘り返したのだろう。
ここには大きな切り株があった。
5年前に切り倒されたメープルの巨木が。
秋には歩道にまっ赤なスタンプを押す葉をたたえていた。
生命の可能性を願いながら通り過ぎていたのに。
その消滅に自分自身が気づいていない。
図書館前では薄紅色の花が開きはじめた。
マグノリア。
その名を知ったのは4年前。
植物園を散歩している時だった。
知ったからといって、
世界が変わったわけじゃない。
ただ、ごく稀なことだが、
誰かと断片を共有することができる。
ただそれだけのこと。
そろそろ1週間くらいになるか。
人生の殆どを役名からとった芸名通した、
三國連太郎さんが亡くなってから。
戒名は不要という遺言らしい。
名前とはその程度のものだ。
名前とは大切なものでもある。
名前は1でも3でもなく。
名前は0か∞だ。
地下鉄駅の周りはこのところBlueが目立つ。
青い花ではなくて制服警官が増えた。
これといって何かをするわけではなく。
見せるということなんだろう。
花瓶に花をいけるのと似ている。
エレベーター横に夜咲くの花が枯れていた。
そういえば洗濯屋前には生乾きの花もあったな。
アスファルトに開く酔っぱらいの吐瀉物。
階段を下りるために方向を変える。
朝日が眩しい。
空に咲く大輪の花。
地球に昼を与える花。
ロイングアイランドにFloral Parkという町がある。
Tulip Avenue
Carnation Street
すべての通りが花の名を持つ町。
人々はどんな思い出名付けた。
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Red, Red Clam Sauce
「あら夕食はRed Clam Sauceのパスタなのね。
そう。
リングイニで。
なるほどね」
沙漠を逃げる殺人犯に。
顔見知りが背後を抜け。
セルフサービス、隣ののキャッシャーへかごを置いた。
不思議なんだが。
この人は顔見知りなのに。
近所で会ってもシカトを決め込まれることがほとんど。
なんかやったか?
そう、殺人犯の話だった。
ぼくの前に置かれているものはといえば。
クラム缶
トマト
ニンニク
Basil
袋$1.25の安物のリングイニ
どこをどう切っても。
親子丼を食べるようには見えない。
だろう。
「あ、今日はざる蕎麦ですかね?」
机の上に、二倍濃縮麺つゆ瓶を置いて仕事しているようなものだ
「惜しかったね」
おろしショウガを見せる。
「さるうどんなんだ」
やっと暖かくなった。
Tシャツの上にはボロボロのボタンダウン。
ラルフ・ローレンのシャンブレーを羽織って。
ボタンは留めない春だから。
素足にはサンダル。
靴下をはいて出てきたのだが、
コインランドリーで洗濯機に放り込んでしまった。
そんなわけで足元には。
コンパクトにたたまれた洗濯物。
オレンジのランドリーバッグの丸い角が立っている。
一人暮らしの男の週末のある日を凝縮した図と言えないこともない。
午後のスーパーは閑散としてる。
棚の間の通路に2、3人ずつの客。
10年通うこの店。
いつもラジオはOldies Stationのチューンだ。
こうしていつまでもOldiesが流れていくのだろう。
10年前に流行っていたあの歌がOldiesとなってしまっても。
今日というこの日が旧く、懐かしく思われる日まで。
そして人々は言う
「あの頃はよかったね」
いつの時代でも同じだ。
Oldiesという場で進む時。
10年も通っているわけだから。
どのあたりに何があるのかはわかっている。
その中でどれを買えばいいのかも。
海辺の町の少年がウニの巣を知っているように。
缶入りのRed Clam Sauceを眺めていた。
しばらくしてやめた。
自作することにする。
そもそもなぜ沙漠の逃亡者になってしまったかというと。
電車が橋の上に出たその頃に。
ページの中に出てきたからだ。
主人公はひとりでリトル・イタリーのレストランに入り、
Red Clam Sauceのパスタをリングイニで注文する。
ただそれだけのことだけれど。
無性に食べたくなってしまった。
和食にしようと思っていたのに。
そんなわけでその材料だけを買い出しに。
あれも今日みたいな週末の午後だった。
Park Ave、20丁目辺りの南西角。
D'agasutinoというスーパーで。
Red Clam Sauceの缶詰を見ていたのは。
棚の一番上から手にとりラベルを眺めていた。
フランというプリンを買った。
Red Clam Sauceの缶を見るとき。
どうしたわけかこのシーンがいつも
フラッシュバックされてくる。
逃げこむなら都会に限る。
でも、今、僕が食べたいのはRed Clam Sauceのパスタで。
リングイニでなければならない。
捕まったっていいさ。
口元に笑いを浮かべBasilのコードを探す。
ゴミ箱を覗かれることを異常に嫌う人がいる。
たとえ空き缶拾いがいつもの男で。
絶対にあたりに散らさないとわかっていても。
窓を開けて怒鳴らずにいられない。
ゴミ箱はある意味その人の分身とも言える。
生活はおろか、性格や、忌み嫌い隠している自分自身さえも。
その中では渦を巻く。
ふたの下に押し込めた自分。
回収車がやってきて逃亡者を都会に放り込んでくれるまで。
クラム缶をスキャンしながら。
ポリバケツのことを考えていた。
Red Clam Sauceは明日にしようか?
裏切ってやりたくなったが。
やめた。

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そう。
リングイニで。
なるほどね」
沙漠を逃げる殺人犯に。
顔見知りが背後を抜け。
セルフサービス、隣ののキャッシャーへかごを置いた。
不思議なんだが。
この人は顔見知りなのに。
近所で会ってもシカトを決め込まれることがほとんど。
なんかやったか?
そう、殺人犯の話だった。
ぼくの前に置かれているものはといえば。
クラム缶
トマト
ニンニク
Basil
袋$1.25の安物のリングイニ
どこをどう切っても。
親子丼を食べるようには見えない。
だろう。
「あ、今日はざる蕎麦ですかね?」
机の上に、二倍濃縮麺つゆ瓶を置いて仕事しているようなものだ
「惜しかったね」
おろしショウガを見せる。
「さるうどんなんだ」
やっと暖かくなった。
Tシャツの上にはボロボロのボタンダウン。
ラルフ・ローレンのシャンブレーを羽織って。
ボタンは留めない春だから。
素足にはサンダル。
靴下をはいて出てきたのだが、
コインランドリーで洗濯機に放り込んでしまった。
そんなわけで足元には。
コンパクトにたたまれた洗濯物。
オレンジのランドリーバッグの丸い角が立っている。
一人暮らしの男の週末のある日を凝縮した図と言えないこともない。
午後のスーパーは閑散としてる。
棚の間の通路に2、3人ずつの客。
10年通うこの店。
いつもラジオはOldies Stationのチューンだ。
こうしていつまでもOldiesが流れていくのだろう。
10年前に流行っていたあの歌がOldiesとなってしまっても。
今日というこの日が旧く、懐かしく思われる日まで。
そして人々は言う
「あの頃はよかったね」
いつの時代でも同じだ。
Oldiesという場で進む時。
10年も通っているわけだから。
どのあたりに何があるのかはわかっている。
その中でどれを買えばいいのかも。
海辺の町の少年がウニの巣を知っているように。
缶入りのRed Clam Sauceを眺めていた。
しばらくしてやめた。
自作することにする。
そもそもなぜ沙漠の逃亡者になってしまったかというと。
電車が橋の上に出たその頃に。
ページの中に出てきたからだ。
主人公はひとりでリトル・イタリーのレストランに入り、
Red Clam Sauceのパスタをリングイニで注文する。
ただそれだけのことだけれど。
無性に食べたくなってしまった。
和食にしようと思っていたのに。
そんなわけでその材料だけを買い出しに。
あれも今日みたいな週末の午後だった。
Park Ave、20丁目辺りの南西角。
D'agasutinoというスーパーで。
Red Clam Sauceの缶詰を見ていたのは。
棚の一番上から手にとりラベルを眺めていた。
フランというプリンを買った。
Red Clam Sauceの缶を見るとき。
どうしたわけかこのシーンがいつも
フラッシュバックされてくる。
逃げこむなら都会に限る。
でも、今、僕が食べたいのはRed Clam Sauceのパスタで。
リングイニでなければならない。
捕まったっていいさ。
口元に笑いを浮かべBasilのコードを探す。
ゴミ箱を覗かれることを異常に嫌う人がいる。
たとえ空き缶拾いがいつもの男で。
絶対にあたりに散らさないとわかっていても。
窓を開けて怒鳴らずにいられない。
ゴミ箱はある意味その人の分身とも言える。
生活はおろか、性格や、忌み嫌い隠している自分自身さえも。
その中では渦を巻く。
ふたの下に押し込めた自分。
回収車がやってきて逃亡者を都会に放り込んでくれるまで。
クラム缶をスキャンしながら。
ポリバケツのことを考えていた。
Red Clam Sauceは明日にしようか?
裏切ってやりたくなったが。
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イカノハナシ
「大丈夫だろうか?」
焼き鳥屋のカウンターで前屈み。
赤く七味の浮く串を持つ手が。
止まった。
壁の時計を仰ぐ。
くねくねと。
右に左に不等号を開きながら。
生前を思い浮かべることも難しいほどに。
いったい何本の足が刺されてるんだ?
イカは下足が好きで。
イカ食い人の多くもきっとそうだろう。
いったいどうなってるんだ?
大丈夫だろうか?
姿焼きを食べている人もたしかにいる。
でも。
やっぱり下足がうまい。
地球上では大丈夫なんだろうか。
業界ではどうなっているんだ?
下足と胴体のバランスは。
イカにあるのは2本の手と8本の足。
下足とは言っても串には手もはいってるだろう。
人間の手と足では味が違うんだろうか?
自分の足は食いたくないな。
特に先っぽの方は。
胴体はひとつしかない。
ぼくだってひとつさ。
まさか余った胴を捨てはしないだろう。
どこへ行ってしまったのか。
胴は。
塩辛にしてもたかが知れている。
いや、もしかしたら。
知らないだけで。
地球には30本も、120本も足のある。
イカが存在しているのかもしれない。
遺伝子工学研究者Mの大発見。
需要と供給はバランスせねばならない。
女10人に男1人というのは。
やはりまずい。
無益な殺生をしてはならない。
毎日足の増えるイカ。
そんなものを発明した者がいた。
M。
朝起きると足が1本増えている。
あくる日も。
また、あくる日も。
昨日のズボンははけない。
イカたちはスカートが売れ出し。
リーバイスは潰れてしまった。
「あ、また生えてきた」
在庫がだぶつき。
とうとう供給が上回る。
「あ、また生えてきた」
足が多すぎて仕事もできない。
足が多すぎて生活保護ももらえない。
18本までと決められてしまったんだ。
でも、生きなきゃ。
多ければ、大きければいいものとは限らない。
どんな地球でも最後の一手は。
切り売り。
血を売る奴もいれば、内臓の人もいる。
イカは街角に立つ。
手描きの幟を手に。足に?
<産直、イカ下足大特価!!! ー目の前で落とします!ー>
実は彼。
このイカくん。
上州新田郡の貧しい農家の生まれでなまってる。
自分のことを「アッシ」と呼ぶ。
もちろん足の方も「アッシ」で。
ぼくの足は「アッシのアッシ」でややこしい。
大晦日。
少しでもいい。
金を持って帰らなきゃ。
借金取りは来るし、イカだってたまには餅を食いたい。
また父ちゃんに殴られる。
何本あるのか。
数えたくもないようなパンチがふる。
いや、あれは蹴りなのか。
もうどっちかわからない。
寒い……。
でも売れない。
いや。
だから売れないのか。
ああ、わからない。
「アッシを買ってください」
通りゆく人は皆同じ目つきをしている。
ちゃんと2本の手と8本の足で。
ズボンを履き。
耳だって蝶ネクタイのようにピンっと尖ってる。
くちばしも硬そうだ。
「アッシを買ってください……」
「イラネーよ。俺はおかまじゃないよ」
「いや、アッシじゃなくって、アッシを買ってほしいんです」
父ちゃんに殴られる……。
蹴られる?。
よくわからない。
通りの向こうに灯りがついて消えた。
「ポッ」
またついて。
消えた。
また。
近寄ると。
マッチを売る少女が屈みこんでいる。
「寒いから1箱欲しいんだけど、でも金がないんだ」
「じゃあ、その足1本と交換しましょうよ。私もお腹空いたから」
元の場所へ戻りしばらくすると。
少女は美味しそうに下足を食べはじめた。
長いマッチで器用に串打ちまでして。
それにしてもどうして醤油なんか持ってるんだろう。
七味を持っていないのが惜しい。
塩焼きが食べたいな~。
「ぼくも腹が減ってきた」
イカ君も焼きだす。
1本。
また1本。
また1本。
そして1本。
石階段の横。
初日に浮かぶイカの君の姿。
足のないイカ。
2本の手だけを残して。
新年の青空にタコはあがっても。
イカはあがらない。
冷たい風で一夜干しとなってしまったイカ君。
足のないイカ君。、
残された両手に握りしめられたマッチ箱と軸。
かじりつくと。
下足は冷たく硬くなっていた。
酔っ払ってるらしい。

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焼き鳥屋のカウンターで前屈み。
赤く七味の浮く串を持つ手が。
止まった。
壁の時計を仰ぐ。
くねくねと。
右に左に不等号を開きながら。
生前を思い浮かべることも難しいほどに。
いったい何本の足が刺されてるんだ?
イカは下足が好きで。
イカ食い人の多くもきっとそうだろう。
いったいどうなってるんだ?
大丈夫だろうか?
姿焼きを食べている人もたしかにいる。
でも。
やっぱり下足がうまい。
地球上では大丈夫なんだろうか。
業界ではどうなっているんだ?
下足と胴体のバランスは。
イカにあるのは2本の手と8本の足。
下足とは言っても串には手もはいってるだろう。
人間の手と足では味が違うんだろうか?
自分の足は食いたくないな。
特に先っぽの方は。
胴体はひとつしかない。
ぼくだってひとつさ。
まさか余った胴を捨てはしないだろう。
どこへ行ってしまったのか。
胴は。
塩辛にしてもたかが知れている。
いや、もしかしたら。
知らないだけで。
地球には30本も、120本も足のある。
イカが存在しているのかもしれない。
遺伝子工学研究者Mの大発見。
需要と供給はバランスせねばならない。
女10人に男1人というのは。
やはりまずい。
無益な殺生をしてはならない。
毎日足の増えるイカ。
そんなものを発明した者がいた。
M。
朝起きると足が1本増えている。
あくる日も。
また、あくる日も。
昨日のズボンははけない。
イカたちはスカートが売れ出し。
リーバイスは潰れてしまった。
「あ、また生えてきた」
在庫がだぶつき。
とうとう供給が上回る。
「あ、また生えてきた」
足が多すぎて仕事もできない。
足が多すぎて生活保護ももらえない。
18本までと決められてしまったんだ。
でも、生きなきゃ。
多ければ、大きければいいものとは限らない。
どんな地球でも最後の一手は。
切り売り。
血を売る奴もいれば、内臓の人もいる。
イカは街角に立つ。
手描きの幟を手に。足に?
<産直、イカ下足大特価!!! ー目の前で落とします!ー>
実は彼。
このイカくん。
上州新田郡の貧しい農家の生まれでなまってる。
自分のことを「アッシ」と呼ぶ。
もちろん足の方も「アッシ」で。
ぼくの足は「アッシのアッシ」でややこしい。
大晦日。
少しでもいい。
金を持って帰らなきゃ。
借金取りは来るし、イカだってたまには餅を食いたい。
また父ちゃんに殴られる。
何本あるのか。
数えたくもないようなパンチがふる。
いや、あれは蹴りなのか。
もうどっちかわからない。
寒い……。
でも売れない。
いや。
だから売れないのか。
ああ、わからない。
「アッシを買ってください」
通りゆく人は皆同じ目つきをしている。
ちゃんと2本の手と8本の足で。
ズボンを履き。
耳だって蝶ネクタイのようにピンっと尖ってる。
くちばしも硬そうだ。
「アッシを買ってください……」
「イラネーよ。俺はおかまじゃないよ」
「いや、アッシじゃなくって、アッシを買ってほしいんです」
父ちゃんに殴られる……。
蹴られる?。
よくわからない。
通りの向こうに灯りがついて消えた。
「ポッ」
またついて。
消えた。
また。
近寄ると。
マッチを売る少女が屈みこんでいる。
「寒いから1箱欲しいんだけど、でも金がないんだ」
「じゃあ、その足1本と交換しましょうよ。私もお腹空いたから」
元の場所へ戻りしばらくすると。
少女は美味しそうに下足を食べはじめた。
長いマッチで器用に串打ちまでして。
それにしてもどうして醤油なんか持ってるんだろう。
七味を持っていないのが惜しい。
塩焼きが食べたいな~。
「ぼくも腹が減ってきた」
イカ君も焼きだす。
1本。
また1本。
また1本。
そして1本。
石階段の横。
初日に浮かぶイカの君の姿。
足のないイカ。
2本の手だけを残して。
新年の青空にタコはあがっても。
イカはあがらない。
冷たい風で一夜干しとなってしまったイカ君。
足のないイカ君。、
残された両手に握りしめられたマッチ箱と軸。
かじりつくと。
下足は冷たく硬くなっていた。
酔っ払ってるらしい。
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朝9時17分
蘇った言葉が離れない。
どうして50歳日曜の朝なのか。
なんで卵を溶き出したその時なのか。
なぜ春なのか。
ただ、言葉がはりついてしまって。
絡みあったサランラップのように。
ただその言葉だけで。
何が続くのか。
画像すらも受かばない。
フライパンの火を落としコンピューターに向かう。
「ああ、この漫画か」
内容はまったく覚えていない。
放映時期からすれば幼稚園の頃に見ていたことになる。
作詞・作曲は三木鶏郎、歌はデュークエイセスだったんだ。
ストーリーは思い出せないけれど。
♪戦争はやめろ!♪
主題歌冒頭を今、この時。
ひとりの男の中で蘇らせただけでも。
このテレビ漫画の存在した価値は。
十分にある。
戦争はやめろ!

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どうして50歳日曜の朝なのか。
なんで卵を溶き出したその時なのか。
なぜ春なのか。
ただ、言葉がはりついてしまって。
絡みあったサランラップのように。
ただその言葉だけで。
何が続くのか。
画像すらも受かばない。
フライパンの火を落としコンピューターに向かう。
「ああ、この漫画か」
内容はまったく覚えていない。
放映時期からすれば幼稚園の頃に見ていたことになる。
作詞・作曲は三木鶏郎、歌はデュークエイセスだったんだ。
ストーリーは思い出せないけれど。
♪戦争はやめろ!♪
主題歌冒頭を今、この時。
ひとりの男の中で蘇らせただけでも。
このテレビ漫画の存在した価値は。
十分にある。
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牡丹
子供の頃、落とし穴をよく掘っていた。
あれは何のためだったんだろう?
今はよく落ちる。
ボタンひとつ。
という安易さ。簡便さ。
行きつ戻りつ、廻り道をして。
告白できなかったことは。
遠い昔。
の思い出になるかもしれない。
チューブを押せばワサビが出てきたり。
掌紋でドアが開き。
つまみをひねればお湯がでる。
実に簡単だ。
安易なボタンだが、
実のところは重いボタンなのかもしれない。
(都市伝説であったらいいのだけれど)
どこかにあるという、
核兵器発射ボタンと同じくらいに。
「なるほど……」
「こういう使い方なんだ」
このために開発されたのかもしれない。
今ではこれが世界の流儀なのかもしれない。
気づけば結構な人が使っていて。
よくはわからないけれど。
たしかにメールやコメントというものにはきりがない。
返事をもらったら返事をかかえす。
それは性分としてこの先も消えゆくことはないだろう。
きっと世界中多くの人がそのはずだ。
それで発明されたのか?
このボタンは。
郵便なら手間も時間もかかる。
来ないなら来ないで相手の理解も得られる。
それを期待している面もどこかにあるし、
思い出した頃にやってくる返事というのは実に嬉しい。
それでもネットの世界になると……。
どうやら多くの人が。
Facebookコメント欄にあるボタンを押す。
ピリオドとしての機能もあるみたい。
それは悪いことじゃない。
「オシマイ」と言われるより「イイね」と言われたほうが
もちろん。
気分的にはイイね。
一度。
あるいは数度のやりとりの後、
きりのいいところで押す。
オシマイ。
向こうもこちらも返信に気を使うことはなくなる。
皿を洗い、ページをめくり。
それぞれの日常へ。
ピリオド。
素晴らしい発明だ。
シェアというのは微妙だな。
自分でも暴発してしまうことがある。
友人のものならばいい。
ただ、その源がわからないものは。
「いいな」と思って「イイね」を押す。
単純な気持ちなんだが。
故意の爆弾が仕込まれていたり。
恋の爆弾なら大歓迎なんだが。
「イイね」ボタンを押し慣れてしまうと。
<シェア>を目論み、
ただ拡散することを目的としたものだってある。
「いいな」と思わせるものを創りだして。
気づけば「イイね」ボタンを押してしまっている。
まんまと<手>に乗って躍る。
オブラートの中には自覚性のない毒が仕込まれているのに。
すぐに効くとは限らない。
意識にとどまりゆっくり、ゆっくりと。
蝕んでいく。
大きな地球には三年殺しという方もあると聞く。
日本にも『ボヤキ新聞・第5號』が届きはじめた。
ブログに書いてくれた方、
記事の中「第三號が見つからない」との嘆きの言葉が。
さっそく1枚刷って送ろう。
と思ったのだが。
いや。
それはそのままでいいのかもしれない。
ご本人にから連絡があるまでは。
欠落には欠落としての意味があり、
空いた穴を埋めることのすべてが善とは限らないのだから。
しばらく経ち
「あー、そうだった。あの時、第三號が見つからなかったんだ。
たしかあの時は●Xをして、
あの本の間からからずっと探していたアイツの電話番号が見つかったんだ。
『すぐに会おう』ということになり痛飲し、
翌朝はもちろん二日酔いで、
気づいたら額に怪我をしていたっけ……」
欠落という一事からでさえ未来は広がっていく。
しかも人の穴をおせっかいで埋めてどうするんだ?
「ない」という事実は「ある」という状態よりも、
意味が深く無限の可能性を秘める。
プリント・アウトしたものに切手を貼り投函する。
ぼくにとってそれは実に簡単な作業。
だが。
安易に他人の「ない」という事実を変えてしまうことに戸惑いを覚える。
それはタイムマシンに乗って過去を変えてしまうことに等しいから。
「ある」からこそ「あった」からこそ。
「ない」は生まれた。
それは∞。
危ういボタンを押してしまわぬために。
そんなわけでひげフレさん。
もしご入用の際にはご連絡を。

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あれは何のためだったんだろう?
今はよく落ちる。
ボタンひとつ。
という安易さ。簡便さ。
行きつ戻りつ、廻り道をして。
告白できなかったことは。
遠い昔。
の思い出になるかもしれない。
チューブを押せばワサビが出てきたり。
掌紋でドアが開き。
つまみをひねればお湯がでる。
実に簡単だ。
安易なボタンだが、
実のところは重いボタンなのかもしれない。
(都市伝説であったらいいのだけれど)
どこかにあるという、
核兵器発射ボタンと同じくらいに。
「なるほど……」
「こういう使い方なんだ」
このために開発されたのかもしれない。
今ではこれが世界の流儀なのかもしれない。
気づけば結構な人が使っていて。
よくはわからないけれど。
たしかにメールやコメントというものにはきりがない。
返事をもらったら返事をかかえす。
それは性分としてこの先も消えゆくことはないだろう。
きっと世界中多くの人がそのはずだ。
それで発明されたのか?
このボタンは。
郵便なら手間も時間もかかる。
来ないなら来ないで相手の理解も得られる。
それを期待している面もどこかにあるし、
思い出した頃にやってくる返事というのは実に嬉しい。
それでもネットの世界になると……。
どうやら多くの人が。
Facebookコメント欄にあるボタンを押す。
ピリオドとしての機能もあるみたい。
それは悪いことじゃない。
「オシマイ」と言われるより「イイね」と言われたほうが
もちろん。
気分的にはイイね。
一度。
あるいは数度のやりとりの後、
きりのいいところで押す。
オシマイ。
向こうもこちらも返信に気を使うことはなくなる。
皿を洗い、ページをめくり。
それぞれの日常へ。
ピリオド。
素晴らしい発明だ。
シェアというのは微妙だな。
自分でも暴発してしまうことがある。
友人のものならばいい。
ただ、その源がわからないものは。
「いいな」と思って「イイね」を押す。
単純な気持ちなんだが。
故意の爆弾が仕込まれていたり。
恋の爆弾なら大歓迎なんだが。
「イイね」ボタンを押し慣れてしまうと。
<シェア>を目論み、
ただ拡散することを目的としたものだってある。
「いいな」と思わせるものを創りだして。
気づけば「イイね」ボタンを押してしまっている。
まんまと<手>に乗って躍る。
オブラートの中には自覚性のない毒が仕込まれているのに。
すぐに効くとは限らない。
意識にとどまりゆっくり、ゆっくりと。
蝕んでいく。
大きな地球には三年殺しという方もあると聞く。
日本にも『ボヤキ新聞・第5號』が届きはじめた。
ブログに書いてくれた方、
記事の中「第三號が見つからない」との嘆きの言葉が。
さっそく1枚刷って送ろう。
と思ったのだが。
いや。
それはそのままでいいのかもしれない。
ご本人にから連絡があるまでは。
欠落には欠落としての意味があり、
空いた穴を埋めることのすべてが善とは限らないのだから。
しばらく経ち
「あー、そうだった。あの時、第三號が見つからなかったんだ。
たしかあの時は●Xをして、
あの本の間からからずっと探していたアイツの電話番号が見つかったんだ。
『すぐに会おう』ということになり痛飲し、
翌朝はもちろん二日酔いで、
気づいたら額に怪我をしていたっけ……」
欠落という一事からでさえ未来は広がっていく。
しかも人の穴をおせっかいで埋めてどうするんだ?
「ない」という事実は「ある」という状態よりも、
意味が深く無限の可能性を秘める。
プリント・アウトしたものに切手を貼り投函する。
ぼくにとってそれは実に簡単な作業。
だが。
安易に他人の「ない」という事実を変えてしまうことに戸惑いを覚える。
それはタイムマシンに乗って過去を変えてしまうことに等しいから。
「ある」からこそ「あった」からこそ。
「ない」は生まれた。
それは∞。
危ういボタンを押してしまわぬために。
そんなわけでひげフレさん。
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