ニューヨーク狂人日記 -11ページ目

テニスボールを放ったら。……ハムが飛んできた

「これはあなたの斧ですか?」
池の女神に訊かれたら。
もじもじして。もじもじして。
その末に銀の斧を指さすだろう。
金ではなくて。
無言で、うつむいたままで。
ぼくはそういう男です。

<わらしべ長者>というのは結局は物々交換の話だ。
共通価値を認める貨幣というものが主流の現在では
到底生まれない話だ。
それぞれが、それぞれの物に価値を見出すからこそ。

ホームレスの頃、
2 for 1 man
と呼ばれる男がいた。
誰も本名は知らない。

雨の日も、雪の日でも。
毎夜同じ場所に座る。
夜中に空き缶を集めた男は彼の元へと向かう。
ガマン出来ない男たちは。


普通の店では空き缶1個を5セントで引き取ってくれるのだが、
夜中に営業する店はない。
2 for 1 manは。
2個を5セントで引き取る。
男たちは2.5セントで時間を買う。
彼は儲け、男たちは救われる。
時間を金で買うタイムマシーン。



キャッチボールをして。
あるいは
サッカーのパスをして。
返された球がスイカだったり、
ビーチボールが転がってきてオットセイが乗っていたりしたら、
もちろん大抵の人はびっくりしてしまうのだが、
苺が飛んでこないという保証はどこにもない。

ただ本人が野球やサッカーのボールを勝手に思い描いているだけで。
飛んできたヤカンに罪はない。
それに悪態をつくのはわがままというものだろう。

ヤカンが来たらひと息いれて水を飲めばいい。
苺だったら牛乳パックが投げられてくるのも待つのもいい。
いろんな投げ方があり、
投げ返されるものがある。



ここのところアナログ生活にどっぷりで、
12月のブログ更新が一回だったことに一昨日気づく。
うすうすと感じてはいたのだけれど、
数字というのは実に怖い。

共通と思われる価値観を、
公平と思われる手段でつきつけられてしまう。
算数なんて習わなきゃよかった。
算数・数学が身近となって人間は幸福になったのだろうか?
ぼくには道行く人よりも、
座布団の上で丸くなるネコくんの方が
幸せそうな顔をしているように見えてならないんだが。
出かける前天気予報で出される予想最低気温は辛い。


茄子の次にはハムが飛んできた。

「着くかもしれない」
「着かないかもしれない」
「インクがにじんでるんじゃ?」
「そろそろかな」
「おかしいな……」

飛行機に乗り込みシートベルトを締めてしまえば、
かなりの確率で目的地に到着する。
しかも大概の場合は予定の時刻に。

きっと旅をしたくなっていたんだろう。
心のどこかで。
座っているだけじゃなくて。
小さな画面で映画を見たり、
何度も尻の位置をずらしながら眠りこけるのではなくて。

タバコ屋でタバコを買い。
誰かの食べたみかんの皮を足でどけたり。
うどん屋でうどんを食べ。
降りだした雨に駆け出し。
すぐにやんだ雨に「傘を買わなくてよかった」、設けた気分になったり。
時刻表を見上げてため息をつき。
靴下を洗濯して。
コインロッカーの中身を想像してみたり。

葉書メルマガはどこか似ている。

忘れた頃に着くものもあれば、
海の向こうのお正月に滑りこむもの。
着いたのかどうかすらわからぬもの。
宛先不明で送り返されてくるものすらなぜか楽しい。

不安定な列車が次の駅をを出てゆく。
風が吹いてくる。



ブログで、FBで、mixiで、メールで
到着を知らせてくれる人がいる。
道具というそれぞれの声を使って。
もちろん葉書をくれる人もいるし、
動画や曲で受信通を通知する人も。



地というこの球は無数の声に満ちている。
text、写真、絵、音楽、思索、もちろん肉声も。
どのボールを使うか、
そして自分のボールを見つけることの出来た人はやはり幸福なんだろう。
それが卵であっても、
やはりネコくんのような顔をして眠るのだろう。

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小池さんのこと

正月には久々に丸餅を食べた。
子供の頃の憧れは、
火鉢の上に敷かれた金網で膨れあがる角餅だった。
四角い座布団に風船。
丸餅より絵になる。
なにより故郷には角餅がなかった。



オバQの小池さんが九州生まれだったら。
髪はやっぱり直毛なのか。

串を打たれたおそ松くん、チビ太のおでん。
その心は?

バカボンのパパはどうやって仕事をとってくるのだろう?

カルピス作るとき人は何個の氷を入れるんだろう?



「原発についてどう思う?」
「安倍政権に期待することは?」

興味がないわけじゃなく、
自分なりの考えもあるけれど。
この先もそんなことを語ることはまずない。

「なぜっ?」て、
ぼくには今でも小池さんのヘア・スタイルの方が大切だから。



家でくつろぐとき、
靴下を足裏の中ほどまでずらしてしまっているときがある。
おそ松くん、イヤミのように。
理由は今もわからない。



おくればせながら、
あけましておめでとうございます。



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退屈男

$ニューヨーク狂人日記

この眉間に冴ゆる三日月は。
天下御免の向こう傷。
直参旗本、早乙女主水之助、人呼んで旗本退屈男。
パッ!
諸刃流青眼崩し破邪の一刀。
一指し舞うて仕る。
プハッ!



ぼくら世代だと、
西川のりおのギャグのほうが馴染み深い。
でも、ぼくは夕方4時からやっていた白黒の再放送。
「素浪人 花山大吉」も好きだった。

ここのところ、市川右太衛門「「旗本退屈男」の姿がよく浮かぶ。
天下御免と言っても、
懐から印籠を出す格さんではなくて。
口上をたれる主水之助の浮かぶ。
このふたつのありかたは似ているようで違う。
それにしても時代劇の核は「旗本退屈男」で作られたのではないだろうか。



「ま、どちらをとられても似たようなものですがね……ハッハッハッ」
スネークマンショー時代の伊武雅刀の声が響くのは毎度のこと。
日本の今日は衆議院総選挙投票日ですね。
それにしても退屈男が出てくるとは考えてもいなかった。

「原発」
「原発」
「原発」

候補者のほとんどが声高らかに
「原発反対」を唱える。

それにしても見苦しいばかりの天下御免。
御免と思っているどれだけが、
心のなかで「ゴメン」と舌を出していることやら。



ここまで来てしまったものを瞬時になくしてしまうには無理がある。
ドイツのように周辺状況を見極めた上で、
しかも絶妙のタイミングでやらなくては。
個人的にはあれほどうまい方法はないと思う。

反対を唱える方にしたって。
ひとりだって明日から無くなるなんて思ってない。
「すぐにやめろ!」
叫ばなければズルズルになるのがわかっているからこそ声を荒げる。
ブレーキを踏んだその瞬間には止まらない。
スピードが出ていれば出ているだけ距離はのびる。
だから今から踏もうと言ってるんだ。

ぼくは原発には反対。
でも声を荒げない。

いや、風力にも太陽光にもそれほど賛成ではない。

「光合成と酒だけで生きていけたら」
と思っているくらいだから。
ゴロゴロしてて長生きできたらそれでいい。



それにしても退屈だ。
プハッ!
$ニューヨーク狂人日記


(あまりにもアナログ漬けで久々の更新。ブログの書き方すら忘れかけてた)

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Believe


今日はこの言葉に救われた。
いつもの道をいつもの方向に過ぎる。
いつもの速度で。
もちろんいつもの風景を流しながら。
小雨の中傘はささずに。

信号を渡り引き返す。
いまいちどあの文字を見上げるために。

年末のイルミネーション。
そこにはなんの力もない。
でも、言葉。
昨夜からずっとのPray。
祈っていた。
通りの向こう雨ににじむ言葉。
Believe

カチリ。
自分の中が音をたてる。
それまでただ闇雲に動かすだけだったアイロンを。
肩から袖口へと流すように。
そんな感じだ。



それでもまだ闇は照らし出されぬ。
でもシワを伸ばすため懸命に肩から袖へ。
霧吹きがあればいいのに。



シャツはきれいにプレスされていた。



詳細は後日。
今日は眠れる。
ビールがうまい 



アリガトウ。
ただそれだけを言いたくて。



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いつの間にかきみは

ホームレスをやめてから2度目の帰国。

「えっ?」
何を言ってるんだろうこの人は。
「もう一度言ってくだだい」
"Our mileage will never expire, never!"

あの頃も金はなくて。
それでも無性に帰りたかった。
正月というものを日本で迎えたかった。

ダメもとでコンチネンタル航空に電話をかけてみたのだが。
自分の期待と相手の実際がどこか噛み合っていなかった。



モンタナ、ノースダコタ、サウスダコタ、アラスカ、ハワイ。
行ったことのない州はこの5つだけ。
出張ばかりの仕事だった。
おかげでかなりのマイレッジを貯め込んでいた。

まだお買い物ポイントなどはなくて、
掛け値なしの飛行距離のみ。
日本帰国に数度使ったとはいえ、
それでも莫大なマイルが残ってい<た>はず。

会員番号を憶えているはずもなく。
当時、引越しは趣味のようなもので、
年に一度の転居を繰り返していた。
どこの住所で登録したかさえわからない。

手がかりといえば名前と会社名。
その名前すら数社はミス・スペルをしていて、
面倒くさいので放ったらかしにしていた。

行くところまでは行ったみたいだ。
なんとか。
それでも本人確認ができない。
電話番号を訊かれたり、
当時持っていなかったソーシャル・セキュリティー番号を問われたり。

15分ほどのやり取りの末。
やっと見つかった。
見つけたものを教えてくれた。
しかもふんだんに残っている。
年末のため空席はなく、
人生初の国際線ファーストクラス。



どうやら出張とは切れない人生らしい。
ホームレス時代にも出張を繰り返していた。
対岸のNJ州へ。
Path Train、無賃乗車で。
空き缶を集めるために。

そう。
2001年9月11日も出張中だった。
仮眠を終えて駅へ行くと人だかりがしている。
Path Trainが動いていない。
崩れゆく2本のビルを対岸のボードウォークから眺める。



あれはいくつ前のこの日だったろう。
12?13?14?
その夜も対岸への出張だった。

この日が彼らにとって特別なものである。
そのことを身をもって知った夜。

この日を迎えるたびにあの夜の出来事を思い出している。
きっとこれからも。

この日のことを考えるとき浮かぶのは。
きらびやかで笑顔に満ちたパレードではなく。
その後に放映されるワンちゃんのコンテストのことでもない。
スーパーの冷凍庫でカチンカチン。
ゴロゴロ転がる羽根のない七面鳥でもない。

静寂が聞こえてきそうな夜。
遠くの角を曲がる車のヘッドライトすら音をたてそうな夜、

いつもだとあちこちで同業者と出会うのだけれど、
毎年この夜だけは誰とも出会っていなかった。
その夜も。
まあ、それだけでも特別なのだけれど。

5階建てレンガ造り。
そんなビルが延々と続く通りを歩いていた。
自分の足音。
アスファルトのでこぼこを拾うショッピングカート。
空き缶の触れ合う音。
それが街にある音のすべてだった。

いつもは明るく照らしだされた街路も、
この夜は暗い。
明かりの灯る窓がない。



"Here you go, man. Happy Thanksgiving."

遠くの方に2つの人影が見えていた。
赤く小さな灯りが、これもふたつ動きつづける。
ぼくは仕事を続ける。
影に少しずつ近づきながら。

2メートルほどだったろう。
青いビニール袋を開こうとするぼくの方にゴム底の靴音が近づいてくる。
街灯が遮られ暗くなる。
止まった。

声と手が伸びてくるのは同時だった。
顔を上げると灯りを背負った影が立っている。
光を反射しているのは二つ折りにされた20ドル札だった。

もらういわれのない金。
その前にぼくはいつにも増して短時間で、
十分に収入の元を得ている。

しかしそれは彼らにとっては十分に渡す云われのある金だったのだろう。

「ありがとう」
素直に受け取ることにした。

紙幣がぼくの掌に移ると男たちは、
裸電球の灯る玄関へと消えていった。



アメリカへ来るまでターキーを食べたことはない。
そういった食品の存在を知ってはいたのだけれど。
健康ブームもあり見直されているが、
今でも好んで食べようとは思わない。

今夜何億のアメリカ人が食べているんだろう。
わが家でも猫くんたちのごはんはターキー。
缶詰だけれどね。
「ありがとう!」
この日を祝おう。

そしてぼくも久々のターキー。

人は齢をとる。
今のぼくは12年前とは違う。
体も中身も。

その一方でいつまでも齢をとらぬものもある。
いつもあの時の姿で。
Same Old Songを歌う。
時代を生きるというのはそういうことなんだろう。

それなのに。
久しぶりに会いに行くことを決めたのに。
いつの間にかきみは。
姿を変えてしまっていた。
見つけるのにしばらく時間がかかっちまったよ。



ぼくのターキー。

ワイルド・ターキーのラベルは、
いつの間にか変わってしまった。
毒々しい存在感は影を潜め、
共存という言葉すら見えてくる。

とりあえず乾杯。
今宵、すべての「ありがとう」に。



今夜も窓の向こうは暗い。$ニューヨーク狂人日記-1353640300623.jpg

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Sunny Afternoon

ストーンズ、ビートルズ。
自分の中、はかることのできぬ大きさを占めるのだけれど。
それでも、ぼくはキンクスが結構好きだったりする。

晴れた冬の日。
ひなたを拾いながら歩く。
いつかキンクスを口ずさんでいる。

今日は日陰を歩いていた。
それでも口をついて出てきていた。



厚着をし過ぎた。
極端なもので
Tシャツに短パンの男もいる。
こちらはといえばウール・シャツにダウン・ベスト。
おまけに木綿のマフラーまで巻いて。
引き返して脱いでくれば済むのだけれど、
面倒くさい。

そんなわけで日陰を拾う。

「金曜日に投函したはがき。
今はどのあたりだろう?」

そんなことを考えながら。
これといって目的のない散歩は進む。



(あ、この歩き方、懐かしいな)

ゆっくり歩く自分の姿を感じながら記憶をまさぐっていた。

人通りの少ない裏通り、
ちょうどXavier(ザビエル)校の前あたり。
会ったことのない知り合い・ザビエルさんの顔を思い浮かべている時だった。

ハリケーン余波は継続中で。
リサイクルのゴミは収集されない。
いったいいつになることやら。

そんな青色ビニール袋から透けるゴミたち。
そのひとつひとつを確かめるように歩を運びながら。

それを出した人。
その生活。
家族。
部屋の中。
家での顔、仕事場での顔。

思い浮かべながら。
いつしか両手は腰のあたりで軽く組まれていた。



(こんな歩き方をしていたことがあったな)

ヨーロッパ。
2005年。
3ヶ月かけてまわった国々。

美術館ではいつもこの姿、スピードで歩いていた。
混みあったところ、閑散としているところ。
雨の日、閉館前独特の空気の中。
冷やりとした石壁にはねかえる自分の足音に耳を傾けながら。

いつもこの姿だった。



大通り手前にある動物病院をのぞき込む。
大きなガラス窓の向こう、
カプセル・ホテルのように積まれた大きな金属製のかご。

いつ来るのか。
本当に来てくれるのか。
ただ待つしかない。
別々のかごに入れられた猫くんたちは、
タオルの上まったく同じ姿で眠っている。
きっと同じことを考えながら。



大通りは嫌いだ。
それでも進むためには突っ切らなければならない。
ブランチの席を待つ列。
今日はサイドウォーク・カフェまでが満席だ。
大声で話しながら通り過ぎていくベビーカーを押す父親。
メープルの葉が赤いスタンプを押す歩道。

<意志>
しゃがみ込んで仔猫をなでる女の白い肌が目に入る。
GとT。
GパンとTシャツの間から。
青黒い文字で書かれた漢字TATTO。
ケツの真上に書かれた<意志>の文字。
その心は?

気づくと腕組をしていた。
信号待ちをしながら。
この世には気づいていないことのほうが圧倒的に多いんだろう。
気づくということは幸運でもあり、ある場合には不幸でもある。

青信号をゆっくりと歩き出し、
再び小径を奥へと進む。
どんぐりをかじるリス。

歩く速度が心地いい。
このところこんな歩き方をしてなかった自分に気づく。

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あなろぐメルマガ。『ボヤC』はじめ〼



小部屋からキッチンへ戻る。
みぞれは雪になっていた。
はがき50枚印刷の変化。

「とりあえずなんか書かなきゃ」
発刊の辞、とまではいかないけれど。
とりあえずは。

そんなことを考えて。
窓の外に舞う白い雪を眺めながら。
以前、交流のあったブログタ・イトルを思い出す。

『この掌の中で消える雪のように』



なんでこんなことを思いついたのか。
よくわからない。
まだ10日しか経っていないのに。
たぶん殆どのことはそんなものだ。

ハリケーンの奏でる音を聞きながら。
「そうだメール・マガジンを出そう!」

この先少しずつ、少しずつ。
掌で受け止めても。
体温を伝えても。
消えてしまわぬ雪を作ろうと。



デジタル世界のおかげで。
地球の裏で起きていることを瞬時に体感することができる。
友人のライブも。
遠い昔、知り合いだった人の結婚式も。
訃報すらも。

そんな時代だからか。
ハリケーンの風の中。
子供時代、停電の食卓。
ロウソクで食べたコロッケを思い出したからかもしれない。



メールマガジン。
言葉こそ同じでも。
まったく別物にしようと。

何人もの手を経て届けようと。
手間をかけようと。
ま、端的に言えば、
はがき新聞。

少し汚れていたり。
雨で滲んだインクだったり。
誰かの手元に届く。
封を切るときめきはないが。
少なくとも一瞬では消えない。
ゴミ箱へ放り込む手間がある。
腰をさすりながらゴミ置き場へと向かう。


飲み屋で。
仕事で。
道ばたで。

アドレス帳のデータに事欠かない。
電話番号。
メール・アドレス。
写真まで入っていたり。
仲がいいのに住所を知らぬ人のなんと多いことか。
妹の住所すら知らない。
人の存在すらかすんでいく。



架空。
バーチャル。
サラリな付き合いも快適ではあるけれど、
もっとベッタリ、コテコテ。
実のある付き合いをしたいのも本音。
DVDは壊れてしまったらお釈迦だが。
カセットテープやビデオテープの頃はテープでつなげた。
死からよみがえるチャンスがあった。





〓〓〓〓〓〓〓〓〓
境セイキの葉書メルマガ
『ボヤキ新聞(ボヤC)』

受け取りたいあなた。
クシャクシャにして捨ててしまいたいなら。
メッセージ、メールにて住所をお伝え下さい。

「コトンっ」

雨上がりの昼前頃。
コンクリートを踏む足音が近づいてくる。
大きくなってくる。
そして。
止まった。

一通の葉書が硬く小さな音とともに。
郵便受けに落ちます。

もちろん日本をはじめ世界各地に。
1枚のカードは旅をする。
切手とはんこを背負い。

移動ではなく、終着地へ向け。
待っていてくれる人の元へ。

旅をします。


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11月の朝顔

ハリケーンが去り。
地下鉄も少し復旧し。
それでもまだ停電の家がある。
そんな週末に咲いた一輪の朝顔。

4月に種を巻き。
じっと。
じっと。

6ヶ月の間双葉を広げ続けた。
大きくなることはできない。
それでも精一杯の太陽を。
自分の中に取り込もうと。

光を。
空を。
地面を。
生命に換えようと。

生命が実った。

ここに生まれるであろう。
次の生命を。
また大切に育てたい。




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bicycle







Bicycle bicycle bicycle
I want to ride my bicycle bicycle bicycle
I want to ride my bicycle
I want to ride my bike
I want to ride my bicycle
I want to ride it where I like
You say black I say white
You say bark I say bite
You say shark I say hey man
Jaws was never my scene
And I don't like Star Wars!!!!!!!!!!!



あと数週間で復旧すればいい方だろう。
「自転車を買うか?」

見に行ってみると手頃なのは売り切れ。
6000ドルのはまだあった。

I want to ride my bicycle!
And I don't like Star Wars!



ランス・アームストロングは永久追放になっちまうしな。
ハローウィーン・パレード。
今年は中止。
人が多いのはきらいだからちょうどいい。

次の週末のNYCマラソンは開催されるらしい。
すぐ近所がコースの一部で、
ランスがマラソンを走る姿を見たのは5年前?

ばいしくる。

こっちはキヨさん。



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今夜の気分は?

日頃、家で音楽を聴くことは。
ほとんど。
といっていいほどにない。

こういうことを言うと90パーセント以上の人が。
引く。

音楽を日常で聴かない=カタワ者
みたいな公式がいつの頃からが出来上がってしまった。
まるで罪悪のように。
大好きだったあの人が、
実は隠れ切支丹だった。
そんな目をしている。

サッ。
顔から血の気の引く様を何度も目の前にした。

音楽を聴くことよりも。
音に耳を傾けることが好きなだけなのさ。
それが静寂という音であったとしても。


昔から。
人並み以上に音楽は好きだし。
色々なものをそこから得てきた。
でも、今は鼻歌で十分。



そんなぼくではあるけれど。
今夜はこんな気分で。



Van Morrison




今宵、月と踊ろう。




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