蛇の道のへびオジサン
1ヶ月前までよき隣人だった。
今はホームレス。
2年ほど前からはじめた空き缶集めを続ける、働くホームレス。
なりたての頃、季節はずれの寒さを心配したり。
食事のことが気にかかったり。
会えばタバコやビールのj陣中見舞い。
オジサンは今も元気だ。
もしかすると、昔以上かもしれない。
心配がふっきれてしまったから。
いつかやってくる。
間違いなくやってくる。
その日。
やって来たその日、ぼくも途方に暮れた。
しかし、あまりにもあっけない幕切れで、
呆然とするだけで実感はわかない。
あまりにも簡単に」ことが終わってしまって。
時間は人を削りもすれば、図太くもする。
痩せながら太り、太りながら痩せていく。
もう、心配はしていない。
ただ不思議なだけで。
あまり、人にものごと訊くのは好きじゃない。
訊かれるのが嫌いだからだろう。
中には、いや、ほとんどの人は訊いてもらいたいのだろう。
しゃべりたい。
でも、訊かない。
時おり、その不思議を思い出しては首をひねり楽しむ。
「どうやって……?」
1年前と変わらぬオジサン。
1年前と同じ場所に住んでるオジサン。
不思議なんだが同じ場所、同じ家に。ホームレスなのに。
オジサンが立ち退いたその日、玄関には錠前がおろされた。
入ろうとする者を拒むというよりも、威圧するような大きなものが。
あくる日になると数人のメキシカンがやってきて、
次々とガラクタを道路に置かれたダンプスターへ投げ込んでいく。
3日目。
「あー、いなくなっちまったなー」
帰宅時に、隣の家へ目を投げかけていた。
3日前までの彼の家。
夜、8時になると、
"C'mon baby. Come eat. C'mon!!"
裏庭からは、猫くんたちを呼ぶ大声が聞かれていた。
道路に面した2階の窓がどこかちがう。
見上げると、犬の絵の描かれたサインが張られている。
「監視カメラ作動中」
ビールを買いに行った時に会ったオジサン。
大きなショッピングカートを押しながら、いつもの大またで横を歩く。
歩みを緩めると、彼もゆっくりに。
「じゃ、またな」
玄関からは錠前が消えていた。
手を上げて中に消えてゆく。
???
さすがに、ショッピングカートを前庭に残すことはなかったが。
数日後の夜。
珍しく、電話に出てみた。
普段は出ないのに。
電話は嫌いだから。
「あのさー。ガスがつかないんだ。
料理させてくれるかな?
30分もかからないと思う」
翌朝、窓を見上げてみた。
ガラスの向こうにゆるく貼られたロープには数足の靴下が。
3日前。
裏窓から身を乗り出しネコくんをさがす。
ちいさな光が懐かしい場所から目端を刺す。
裏庭側の角にある窓から灯りが漏れている。
ろうそくの灯りではなく白熱灯だ。
このごろ、オジサンの家の窓を見上げて帰るのが習慣となっている。
昨日はまた変化が。
マーチン・ルーサー・キング
バラク・オバマ
ネルソン・マンデラ
3人の肖像画がが道行く人に微笑みかけていたる。
2階にある3枚の窓。
監視カメラの警告サインを両側からささえるように
左側に肖像画、右側にはくつ下のシルエット。
そういえば、5日ほど前には女性を見た。
しばらく姿を消していたオジサンのガールフレンド。
悪びれるところは微塵もなく
"Hello~"
軽く上げた右手をヒラヒラとさせながら、錠前の消えた玄関から出てくるところだった。
追い出されたオジサン。
今は、ホームレスとなって旧居に住む。
さて、どうやってあの錠前を外したんだろう?
どうして窓に物を飾っちゃうんだろう?
この世はわからないことばかり。
ミステリーにはことかかない。
8時になると聞こえてくる。
"C'mon baby. Come eat. C'mon!!"
Oh! RADIO
ムズムズしてる。
モコモコしてる。
『風使いの雨宿り』を聴きのがしてしまった朝。
別のラジオを聴いていた。
ほんとうは、
「ラジオのつまみをひねった」
そう書きたいんだ。
よく熱したフライパンにベーコン、それから玉子をふたつ落として。
ついでにステーキ・ソースを作りながら。
蒸し暑い部屋で火を使う。
ネコは洗面台の中に丸くなり涼をとる。
そんな朝にはデルタ・ブルースがいい。
エアコンだけが夏じゃない。
シャワー、扇風機のうなり、スプリンクラーの音、スワンプ・ミュージック。
そんな夏だってある。
半熟の目玉焼きにホット・ソースをたっぷりと。
久しぶりに届いたメールで教えられた、
ミシシッピー州グリーンウッドにある小さなラジオ局。
WABG - AM960
こんな朝にはぴったりの局だ。
残念なのは、ニューヨークに住む身ではラジオを聴けない。
こんな局は、こんな音楽は、やっぱりざらついた音で聴きたい。
ラジオ。ラジオ。ラジオ。
ラジオが聴きたい。ラジオが聴きたい。
モノラルのラジカセで、ラジオを聴きたい。
関東では主要ラジオ局がネット配信をはじめたという。
ラジオというメディアが、ラジオ番組が注目を集めてきているんだろう。
でも、ラジオはラジオで聴きたい。
つまみをひねりすぎると、びりびりいってしまうスピーカーで。
イヤホン1本だけを耳に突っこみ、ペコペコの音で。
いつの間にか名前が変わっていたFEN。
街中で偶然出会った昔のガールフレンドに、
以前とは別の姓を名乗られた、そんな気分だ。
ウルフマン・ジャックが死んでからどれくらい経つだろう?
ナイター中継を、画像はテレビ、音声はラジオで楽しむ人まだはいるんだろうか?
初デート。少年はカーラジオでどんな局にチューンする?
ラジオ。ラジオを聴きたい。
線という、ケーブルという、
限られた人に向けた、限られたやりかたではなくて。
無限の空から落ちてくる、電波を拾い集めて。
無限の空に漂う無限の人へ、
ときに、たった一人へ向けられた記号を寄せ集めながら。
空からのメッセージに両手を広げよう。
アンテナを張ろう。
大切なものを落っことさないように。
消えてしまったものはしようがない。
そう思うことのできる自分でありつづけたい。
ラジオ。
書いている途中に題名は決まってしまった。
『Oh! RADIO』
清志郎さんの声が鳴り止まない。
♪繋がってるのは 曇った空だけではなくて
ぼくらの心 そう いつもどこかでひとつさ♪
もう20年くらいになる。
東へ下りる斜面の向こうから、少しずつ大きくなりはじめたエンパイアステート・ビルディング。
New Jerswyを走るRt. 46 East。
小さな飛行場の少し手前だった。
エアコンのついてない車のカーラジオ。
つまみを92.3FM:K Rockにあわせて。
CMの直後、自分の中に空白ができあがる。
懐かしい声。
つづいて流れてくる歌声。
清志郎さんがニューヨークのクラシック・ロック局にゲスト出演をしていた。
Steve Cropperと一緒に。
Oh!ラジオ!
空からの電波、空からのメッセージは、
イライラの角をけずり、
ムズムズのお尻をなで、
モコモコを手でならしてくれる。
テニスボールはいらない。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
《WABG - AM960》局
DJ。電話番。大工。広告営業。草刈り。……そして社長。
八面六臂の大活躍をするポーさんは、
ミシシッピー州グリーンウッドにある、
小さなさなラジオ局のスーパーマンでスーパースター。
日曜朝のメールは、横浜に住むブルーズ好きの知人からだった。
「WABGというAM局でインターンとして働きます。6月30日に飛行機に乗ります」
女性の行動力に脱帽です。
WABG、ぜひ聴いてみてください。
オーバーオールに麦藁帽子、
窓を巻き下ろしたエンジ色のピックアップで、どこまでも続く畑の中を走りたくなる。
助手席にハーモニカを置いて。
常時、広告主募集中だそうです。
もしかしたら、ブルーズがつなぐ奇縁があるかも。
Lunner
寝坊。
ラジオ が聴けなかった。
ベッドの中で格闘するものの、打ち負かされる。
睡眠という、欲に。
ぼくは欲望に弱い。
インターネット・ラジオの中にはタイムマシンを装備するものもある。
でも、ラジオのラジオたるゆえんはそのとき。
聴取者に対しては、いつまでも無慈悲・高潔であってほしい。
そんなわがままなお願い。
とはいえ、休日といえば「午後さま」があたりまえだった数年前。
それに比べりゃ、番組終了時刻、9時にベッドから出たのだから仏様みたいなもん。
ラジオ。ラジオ。ラジオ。
昨日はなんだか食べそびれてしまっていた。
それほど朝寝坊をしたわけじゃないのだけれど。
ブランチは、朝寝坊の怠け者へのオマージュだが、
午後になって起き抜けてくる者へのやさしい囁きはなんだろう?
昨夕6時。
大盛りのサラダとステーキを前に考え込む。
遅い遅い朝食、遅めの昼食、少しだけ早めの夕食。
Lunner?
予想通りだった。
調べてみてもそんな言葉はありゃしない。
はるかスカンジナビア半島。
ノルウェーという国にそんな地名のあることを知ったのはもうけ。
人はこうやって知識を蓄えていくのかもしれない。
まあ、とにかく、さすがの寝坊の神様も、
そこまでの慈愛は持ちあわせていないことだけはわかった。
食べそびれてしまったのは、
今週の弁当、おつまみの仕込み作業のため。
ただでさえ蒸し暑い部屋で火を使う。
料理を作りながらだと、なぜかへらない腹。
つまみ食いさえほとんどしないのに。
ダイエットに悩む人は料理をつくるというのも手かもしれない。
BENTO
BENTO BOX
このところ英語化が見られる弁当。
たぶんRAMENの次くらいを走行中。
WALKMAN、小型車、カプセルホテル……。
日本人の特質は高質なものをを繊細にまとめるというところ。
その快適さがアメリカ人に認知されてきている。
小さくなったアメリカに。
弁当を作り出した文化が。
ミッドタウンのランチどき。
この3年 ほど目立つのは韓国料理の出店。
次はBENTO BOXか?
小さいだけではな く。
カプセルホテルのような弁当に会えるかな。
弁当について最近考えることがあるんだけど、
それはまた回をあらためて。
〓更に調べ てみると、LunnerはないがDilunchというのが出てきた。
うん、こっちの方がリズムがある。
ぼくはリズム感がない。
神様はやさしい。
不機嫌な街
生きてるわけじゃない。
抑えなきゃならないことだってわかってる。
どこかで。
それでもどうにもならないことがある。
本能に従うのもまた大切なこと。
本能に引きずられて外へ。
無性に野菜を食いたい。
考えてみれば、昨夜は肉のオンパレード。
野菜は……、あった。
枝豆、キャベツ、申しわけ程度の付け合せサラダ。
全然足りていないんだろう。
芯からの指令に従い、スーパーへ。
またもやニューフェイス。
変な場所に青色が。
薄曇りの町にアクセントをつけている。
歩道には節だらけの小さな行列。
いつの間にかアイスクリーム屋ができていた。
さて、ここは?
この間まで何屋だったっけ?
めまぐるしい入れ替わりが、記憶を置き去りにする 。
チャイニーズ・レストラン、メキシカン・レストラン、アイスクリーム・ショップ……。
この数週間でオープンしたのは食い物屋ばかり。
2年後に残るのは半数にも満たない。
5年前、この筋は閑散としていた。
土曜こそ歩く人もチラホラといたが、
日曜夜に至っては砂漠。
遠くを歩く人が街頭の下で浮かんだり消えたり。
元来がプエルトリコ系の町であったのが、白人の流入が止まらない。
保護区へ追い込まれるネィティヴ・アメリカンのように、
浅黒い肌が少しずつ。
5年前。
そこが過去と未来の交わるところだったのだろう。
高騰する家賃の一方で、熟しきっていないマーケット。
シャッターを下ろす店の相次ぐ一方、引き上げる者がいない。
百花繚乱となった今、
あるアンケートでは「ニューヨークで一番住みたい街」に選ばれてしまった。
ブティック、靴屋、ジュエリー・ショップ、ネイル・サロン……。
食い物屋以外で店を出すのはそんな業種。
不規則に並ぶジグゾーパズルのピースを眺めながら、
浮かんでくるのは泡沫(うたかた)という言葉。
なぜか、すべてが実のないビジネスに見えてくる。一過性の。
空虚なダンスを踊りつづける人々。
20年ののち、痕跡を残す店がどれだけあるんだろう。
St. Marksという通りがある。
NYパンクのメッカと呼ばれたストリート。
パンク・ショップ、ヘッド・ショップ、安ホテル、Hells Angels、ドラッグ・ディーラー、モヒカン、革ジャン、tatoo、削げ落ちた頬の若者たち……。
パティー・スミスやジョイ・ラモーンが生活者として歩く街。
そんなふた昔前の風景。
今では観光名所となり、寒風の下、歩道からあふれ出す人々。
店の8割は飲食店となってしまった。
その殆どがなぜかアジア系。
15年前、レコード、CDを売った、売りさばいた。
建てつけの悪い、重い木枠のドアの向こう側。
右側には少し高くなったカウンターがある。
いつもオーバーオールにバンダナ姿。
いつも笑顔をたたえているJoe。
ウィリー・ネルソンにどこか似ていた。
最初の数回こそ、状態を入念に確認してからの買い取りだったが、
ある日を境に、顔を見ただけで従業員に目で合図を送るようになった。
状態を見ることなく、選別すらしないで、
$12X枚数の現金を渡してくれる。
コレクションの状態と、趣味。
それがJoeのものと完璧にマッチしたようだ。
もちろん、いくばくかの情もそこにはあったはず。
1枚として引取りを拒まれたことはなかった。
Joeは何枚のオーバーオールを持っていたのだろう?
金曜夜の人混みの中、タバコを吸いながらそんなことを考える。
そんなJoeの店も2年前に消えた。
あとにはチャイニーズ系の少しだけおしゃれのピントがずれたレストラン。
飲食店ばかりが軒を並べる街は、どこか不機嫌に見えてくる。
ゴト師たちの宴
そんな人たちがほとんど。
しかし、ライフスタイルと捉え、そこに生きる人も。
様々な職業があるのは、どのスタイルも同じ。
空き缶拾い、地金集め、密売……。
合法、非合法。
認められているもの、そうでないもの。
彼らにとってそれは生業で正業。
<親の職業欄>には無職と書く。
Sniperという職業がある。あるらしい。
「仕事はスナイパーです」
まだ、そんな方に会ったことはないので、「らしい」としか言えない。
インタビュー中に撃たれたタクシン派の元幹部。
あれなんか、間違いなくスナイパーのお仕事だろう。
われわれに最も親しみがのあるのは、
デューク東郷。ゴルゴ13。
一方、NYでこのところ注目を集めるお仕事。
いつの間にかSwiperと呼ばれてる。
もちろん、親の職業欄に書くことはない。
駅の改札近くに立つ。
ただなんとなく。
乗客候補者にスワイプを販売。
つまり、改札の磁気読み取り機にカードを走らせ、お客様を構内にご案内。
現金と引換に。
もちろん同じ駅で同じカードの連続使用は出来ない。
どっこい、数枚のカードを所持する彼らは順ぐりに使っていく。
どんな仕事にも、ある程度の初期投資が必要であることの好見本。
「あっぱれ!」
新聞記事に快哉をあげていた。
職業人である彼ら、最近では需要の掘り起こしをしているらしい。
とはいってもTVCMを流したり、議員に贈りものをするわけじゃない。
あくまでこだわる現場主義。
いわれてみれば、とても簡単な方法なんだけれど、
世間の例にもれることなく、最初にやった奴は偉大だ。
投資するもの。
爪楊枝。
1台の券売機に2本もあればこと足りる。
1本は紙幣投入口、もう1本をクレジットカード読み取り口に。
そんな作業で機械はただの箱になる。
電車乗りたや、切符はなしか。
券売機の前に佇む候補者に、
「兄さんスワイプしたげようか。$2にまけとくよ」
必要なのはササヤキという営業、ただそれだけ。
楊枝とササヤキ。
ゴト師、という職名が浮かんできた。
人間が作り出したものが打ち負かされるのを見るのは気持ちがいい。
しかも背後に権力や巨大組織があるときはまた格別だ。
街のダイ・ハードたちの叡智に脱帽、乾杯。
生への執着に喝采を送る。
スワイパーにより沈默を与えられた機械。
4月度統計で7091台。
前年同期比26%の上昇。
こんな数字の向こうに見える世相もある。
MTA(NY交通局)は次々と予算削減案の実施に踏み切り、
今回はあちこちでトークンブース(券売所)が閉鎖となった。
軍隊がいるだけで抑止力。
ただ座っているだけでも抑止力。
そんな無人の駅構内で暗躍するスワイパーたちは、
機械の限界を’訴える天使といえないこともない。
最近では監視カメラにガムテープを貼ったり、
子供の見張りを立てたり、と変貌続ける時代に対応しつつお仕事中。
一方で警察官増員や監視カメラ増設で対処する、という当局。
結局のところ経費節減につながらず、
乗客の不安をあおっただけで終わっちゃうかもしれない。
人間のいいとこは反省をする、そんなとこなんだがな。
イタチごっこは終わらない。
いつの時代もあそこで、ここで。
そして文明は進み、同時に人間の大切さを知る。
無愛想な駅員にマイク越しで怒鳴られるより、
券売機で買う方がもちろん気持ちいい。
それでも彼らが人間であることに、なんらかわりはない。
広がう人工空間から消えた気配。
日本の無人駅とはまた別の世界がここにある。
無人ブースは不気味だ。
広がる空間を前に、
ほんの一瞬、現実界からトリップした気分になることもある。
きっと犯罪もまだまだ増えていく。
がんばれスワイパー。
世直しのために。
いづれ、運賃値上げ、という形で自分の身に還ってくることはわかっちゃいるけど、
応援せずにいられない。
だれもキャンバスに描かない
テキトーさ加減にあきれる午前7時8分。
どこにそんな色があるんだ?
あるのは縁もゆかりもない色。
しかも形状までもが。
アイボリーと勝手に決め込んでいた。チャイニーズ・レストランのシャッター。
ニューフェースのパジャマはくすんだ銀色だった。
そればかりか、蛇腹状になっているのは上下30cmほど。
ほとんどが細い丸パイプで碁盤状に編まれていて、
文字に違うことなく落書きの余地なし。
落書きというキーワードがこのシャッターを選択させたのだろうか?
シヤッター商店街という言葉をよく耳にする、日本。
故郷にも太くて長いのが1本。
当たり前の話だが、それは店が閉まっているということ。
確認したことはないが、24時間営業のコンビニシャッターはあるのだろうか?
開店中の店では姿はおろか、気配すら消しているシャッター。
営業中、人々の目に落書きの映ることはない。
それでも店主は、スプレーで刻まれるGraffittiを拒む。
入念に下着を選ぶ女性のように、どのシャッターにするかを決める。
もちろんそれは景観という、街に漂う空気を作るものでもあるのだけれど。
苦肉の策として考え出されたのが、
この碁盤状パイプ式シャッターなのだろう。
割ろうと思えば、そこに見えるショーウィンドウ。
むき出しの暗い店内は、無用意に寝顔をさらす。
気休め程度の防火効果は落書き防止の質草に。
「あきめくら」
そんな言葉が浮かぶ午前7時9分。
毎朝、過去の幻影を見ながら通り過ぎていたみたいだ。
見回してみると、落書きのあるシャッターなんてほとんどない。
この町はいつの間に、こんなにも礼儀正しい場所になってしまったんだ。
やっと見つけることができたのは、
韓国人が経営する、防弾ガラスで仕切られた窓を持つ酒屋。
ハラール・フードが売り物の、これは別のチャイニーズ・レストラン。
貧相な文字が申し訳程度に蛇行するだけ。
そろそろ、アンテナのサビを落とさないと。
サボリがちなこの頃だから。
道路と川は似ている。
両岸に漂う空気は別物であることが多い。
3年住んだアパートから、筋向いに越してそろそろ4年。
幅6mほどの道路を挟んで、それぞれ停滞する異なった空気。
向こう岸の頃、こちらに住む人の顔なんてひとつも知らなかった。
気にもかけていなかった
すぐそこが遠い。
1年半になる。
駅へ向かうときに、大通りの向こう側を使わなくなって。
落書きのないシャッターに、少しだけ混乱しつつ目をやった先には異景。
3mほどもあるフェンスが、ペンキの銀色で朝の光を乱雑にはね返す。
10年ほども空き家であり続けるビル。
駅の間近ということもあり、道行く人の放り投げるもので、
またたく間にゴミ溜めと化していく。
知らぬうちに不細工なフェンスで囲まれていた。
3mもの高さに空き缶を放る人はさすがに少ない。
棲んでいた猫くんたちはどうしたろう?
拒絶の壁。受容のドア。
ゴミを投げ入れる行為、
いやゴミの存在そのものが、現代というキャンバスのを彩る絵の具。
そしてキャンバスは消えた。
午前7時10分。
時計台の針を見上げながら、地下鉄への階段を降りる。
Radio Days
日曜の朝はけだるい。
Sunday Brunch。
言葉に、習慣に憧れたのは四半世紀前のこと。
ニューヨークへ来て、
朝寝坊の怠け者へのオマージュを体感した。
紙皿から食べるより、薄い磁器の皿から食べる方がうまいこともある。
同じ料理でも。
日曜日は朝寝坊。
8時15分、目覚しが鳴る。
一瞬の逡巡のあと、意を決して起き上がり、
ネコくんたちの歓待を受ける。
おなかがすいた!
聴こう。聴こう。
思いながら果たせなかったラジオ。
FMおだわらにダイヤルをあわせる。
わけにもいかないのでクリック。
rainmanのボーカル:daisuke がパーソナリティーをつとめる、
『風使いの雨宿り』
地球は小さくなってしまった。
大陸の反対側、海の向こうと何の疑いもなく話す。
裏側の住人と同時に聴くラジオも、
ほんのわずかだけ遅れているのだろう。
携帯を買ってからは、月に1度は聞く母の声。
核兵器のない世界はやってこない。
レストランへ予約を入れると、笑顔の声で訊いてくる。
携帯の番号をおしえろと。
そのくせ行ってみると予約が入っていない。
もう行かない。
警察へ遺失物届を出しにいくと、Eメール・アドレスを訊かれる。
そのくせ書類作りに使うのは、
信頼を重厚という形に翻訳をしたIBMのタイプライター。
渡し舟の切符を携帯で買うような気分になり、薄暗い部屋で待つ。
小学校のクラス名簿。
電話番号欄は半分も埋まっていなかった。
父の名を記入する欄には、毎年いくつかの空白がある。
さすがに住所が空欄の同級生はいなかったが。
電気。ガス。水道の順で止められていく。
今、ライフラインは何本ある?
電話、携帯、インターネット……
どの順番で止められていくのか?
震える携帯。
Text Messageの着信を知らせる。
また地下鉄が遅れている。安い料金と引き換えにしている様々なもの。
どちらが幸せなんだ。
突如、携帯とコンピューターが消えてしまったら……。
間違いなく世界は麻痺してしまう。
7年前の大停電では、そのどちらもが、ただ邪魔な箱に転じた。
冷蔵庫ですら。
部屋中にある無用の箱、箱、箱……。
この20年で捨ててきたものは何だろう?
気づいてみると2000年問題から10年が過ぎたている。
あの空騒ぎはいったい何だったんだろう?
次に年号が変わるとき、
印刷屋さんはまたもうかるんだろうか?
いや、そんな商売さえ立ち消えているかもしれない。
映画館の暗闇にたたずむ無声時代の弁士さながらに。
手にしたものを捨て去ることはできない。
温かい蒲団は快適なんだ。
包み込まれているときにはわからないが。
後ろに戻るということが我々にはできない。
簡単そうには見える、でも。
そのとき、が、突如あらわれるまで。
すべてを、ひと時に、あらがうことのかなわぬ力で失うまでは。
メモリーは飛んでしまったが、快適な運動を繰り返している。
電源コードを抜いてしばし。
記憶と引きかえに健康を取り戻したプリンター。
白地に黒模様のはいった紙を吐き出しつづける。
先週の『風使いの雨宿り』はミニ・ライブ。
短い時間だったけど、非朝寝坊にオマージュしてくれる空気。
なんだか、最近、ラジオの足音が聞こえてくるんだ。
☆rainman ホームページ
☆FMおだわら
(サイト内で『関東>FMおだわら>放送を聴く』で聴くことができます)
みんながんばれ。だからがんばれ。
ケーブル、ラジエーター、エアコン……。
山積みの地金。
青いショッピングカートを押すやせた黒人男。
かがめた腰。胸で押すように歩道へのスロープを上る。
地金屋まであと30分。
遠くに見える水色の帽子が、定刻に家を出たことを教える。
黒犬を散歩させるパン屋の店主。
仰ぐ空に大きく両手を広げ、
「すばらしい朝だね。気をつけて」
笑顔の贈りもの。
ドア、ボンネット、トランク、
大きな6枚のプエルト・リコ旗をはさみ込む、銀色の車が過ぎていく。
バックミラーに小旗をなびかせて。
ルームミラーの下で揺れる旗飾り。
彼らだけの記念日へ向け、ギアはすでに入れられた。
暑すぎるのかな。
ここ数日、猫のうちの1匹は身を伸ばしていることが多い。
窓辺で。台所のタイルの上で。
他の猫より齢ではではあるけど、大丈夫かな。
猫と話したい。
窓辺で薄目を開き見送ってくれる。
今朝も目覚ましは鳥のさえずり。
交差点に佇むぼくの前をゴミ回収車が曲がっていく。
開け放った窓枠にあずける浅黒い腕。
気だるい顔の警官がパトカーで通り過ぎる。
真新しいシャッターが新人であることを語る。
まだ落書きがのないチャイニーズ・レストラン。
アイボリー色は広大なキャンバス。
3軒先のデリで窓ガラスが割られたのは2年前のこと。
オープンして3日目だった。
歩道できらめく午前7時の朝陽を受けた無数のガラス。
地下鉄駅にもBLUEが。
ドレッド、ひげ、Tatooの女。
3人の警官が折畳みテーブルを広げている最中だ。
荷物検査のチェックポイント、只今準備中。
改札でまごつく若いカップル。
女はどこか不機嫌そう。
一眼とコンパクトの間、
中途半端な銀色カメラが男の腹のあたりで揺れる。
いつもとは違う音。
パブリック・スペースの清掃員が変わっていた。
チリ取りを引きずる音、水槽のフィルターを掃除する音が違う。
膝に置いた本に目を戻すと、ここも何かが違う。
久しぶりに全開のチエック。
こんにちは。
家から電車まで。
電車からパブリック・スペースまで。
いったい何人の苦笑をかったことか。
教えたくても教えにくいものはある。
明日は別の車両に乗ろうかな。
1年ぶりの顔が見える。
ベンチでタバコをくゆらせる、ひとりの日本人女性。
ハードカバー・ブックを広げて。
夏の期間限定、パートタイム常連。
朝にDiet Dr. Pepperを飲むのは。
背を丸めた夏服のビジネスマン。
片手に持つBlack Berryの向こうでMarlboro Lightの箱が口開く。
背中は無防備だ。
向かい側の歩道にはストリート・ベンダー。
突如、上半身だけがふり返る。
切り抜かれた窓から水を歩道へ捨てる。
無造作に。
テレビ局前では屋外撮影の準備中。
カメラ、マイク、小さなステージ、警備員……
夏の一景。
線
逆側の扉が開き、降車駅が近づいたことを知る。
静止に近づく風景を映し出す窓。
ホームで真剣にそれを追う男の姿。
そうだ。ここが肝心なんだ。
ここでの見極めが、大げさな言い方だが、運命を左右する。
混みすぎていてはいけない。
ガラガラじゃ話にならない。
人工濾過されたアナウンスのあと、窓枠が額縁になりそして扉が開いた。
「あっちに行ったか……」
扉が閉じる直前、男が乗り込んできた。
赤いトマトソースの空き缶をヘッドにくくりつけたギターを抱くように。
最近よく目にする、
カーボーイ・ハットのメキシカン・トリオのひとつじゃない。
速度を増す電車の中、哀しげなメロディーが騒音と格闘しはじめ、
沈みかける夕陽のような声があとを追う。
揃いのウエスタン・シャツなんかは着ない。
看板は着古されているがくたびれてないシャツとズボン。
うつむき加減で耳を傾ける。
2本の線が段々と太くなり、そして焼きつく。
ベージュ色のチノパンを走る、硬く、太い2本の線。
音よりも次第に大きくなっていく線。
浮かび上がってきたのはひとりの男の背中だった。
毎週のこと。
週末になると、夜の2時間をたっぷりと費やしてアイロン台の前に立つ。
ハンカチからGパンにいたるまでのすべての衣料を黙々とプレスする。
真ん中にはテレビ画面。
目端には男の背中。
窓のない地下室。
それが週末の視覚だった。
儀式の傍観者であり続けたころ、
男の背中にただようのは誇りという言葉。
ギターにあわせる声が次第に大きくなってきた。
音が映像を追い越す瞬間。
電車は減速をはじめ、ギターが最後のフレーズをかきならす。
ブレーキの音、線路の凸凹を拾う振動、車両のきしみ。
車内は雑多な音だけに。
「●★■▼⇔*……」
しばらく続いたスペイン語のあと、
"Thank you ladies and gentlemen.
Have a good day."
これが彼唯一の英語というものなのかもしれない。
トマトソースの空き缶に1ドルツを差しこんでホームに下りる。
最後に学生ズボンを寝押ししたのはいつだったろう?
「新聞の一面は普天間、普天間。
どこを見ても事業仕分けのことなんか書いちゃいない。
こんなことでは参院選を戦うことなんかできない」
憮然とした表情で、差し出されたマイクの束に向かう、
某M党、幹部のひとり。
彼のズボンにも細く鋭利な線は走っているのだろうが。
引越日和
そんなわけで6年ほど路上に。
交通の便、住環境、家賃、ペット、家族、転勤……。
引越しには様々な理由がある。
差し迫ったものもの。
「そろそろ……」というもの。
「そろそろ……」と思ってはいても、
引越しの実際を想像するだけで気は重くなり先延ばし。
「そろそろ……」のほとんどは、住もうと思えば住めるから。
これまでに何回の引越しをしてきたか?
NYC→CHICAGO→LA→CHICAGO→NYC
大都市間だけで4回。小さなものを入れると両手、両足では足りない。
あの6年間をあわせると、あたりまえだが、2000回はくだらない。
ほぼ毎日が引越しだったから。
今日、引っ越しをする。
0円から0円へ。
とはいっても仮想空間上、ブログの引越。
アドレス(住所)も入れ物も変わるのだからこれも引越しだ。
シェルターに住むホームレスの口から「満足」という言葉は出ない。
無料ブログとはいえ、長く住めばアラも目立つ。
「隣の音がうるさい」、「ねずみが出る」、「シャワーが冷たい」……。
引越しと同様、「そろそろ……」レベルの文句ではあるのだけれど。
「そろそろ……」の腰を上げたきっかけは、友人がはじめたブログ。
早速コメントをしようとおもったら。
できない。
会員でなければできないということ。
そんなわけで会員になり、ついでにブログを作り試用すること2ヶ月。
釘も打てるし、ペットも飼える。交通至便。
住み心地も悪くはないので、「そろそろ……」の腰を上げた次第。
「そろそろ……」から3年がたっていた。
こんなところが、ぼくがぼくである所以なんだろう。
今日は晴れ。
月末でもあり、引越トラックがあちこちに停まる。
来る者あり、去る者あり。
散歩の途中、このところ探していた植木鉢を拾い、今日の引越しを決定。
引っ越します。
*引越しで失うものは多い。
だからこそ、ぼくのように植木鉢を拾うニンマリ男もいるわけで。
エキサイトからアメブロへは記事の引越しはできないらしく、
今日までのものはそのまま に。
まさに、身ひとつでFurnished Roomへお引越し。
