ニューヨーク狂人日記 -5ページ目

百葉箱

ノート、ペン、本……。
そういえば、昔話。
タワーレコードがPULSEというフリー・マガジンを発行していた。
毎月楽しみにしていたのは、
Desert Island Disc
というコーナー。
ただそれだけの話。

考えてみれば。
周りを見回してみても。
50年後、100年後に残しておきたいものが見つからない。
紙類のほかにあまり持ち物がない。
もちろんPC関係など、
時代の風雪には到底耐えられないようなものはそこそこ持っているけれど。

子供の頃だったら
「50年後」というのは想像はできないが
「いつかたぶんやってくるんだろうな」ということはどこかでわかっていた。
しかし今から50年後の自分は?
まず存在していないだろう。
だから50年後の自分宛に何かを残すというのは、
ナンセンスかロマンス
そのいずれかに過ぎない。



夏になると毛虫がポタポタ。
そんな具合だから絶好の日除けになるのに
運動会の日はガラガラだった。
藤棚の盛りは薄紫色をした花の匂う頃。
春の数週間を除くといつも閑散としていた。
あの白い箱はそんな藤棚の北側にあった。

芝生の張られた一角は柵で仕切られていた。
その中心に高床式の箱は立つ。
真っ白なペンキを塗られて。

一度だけだが中をのぞき込んだことがある。
夏の日に照らしだされた扉とは対照的に
中は薄暗くひんやりとしていた。
なんだか微笑みながら解剖をされているうさぎのように。

設備の大げささに比して
薄闇の中はいたってシンプルだった。
温度計と湿度計が並ぶだけ。
後にも先にも湿度計を見たというのはこの時きりで
生活をしていて湿度計から直接何らかの恩恵を受けた
そんな記憶はない。

今も百葉箱は小学校校庭の片隅に立っているのか。
殆どと言っていいほどに利用されることなく。
雨や雪が降ろうと、
夏の日差しにあぶられようと
ただ佇立しているだけで役立つことはあまりなく、
数年に一度思い出したように新しいペンキを塗り重ねられながら。

実のところ役に立たない存在というのは
役に立たないというだけで世の中に
非常に役に立っているように思うのだが。
そんな存在のない世界は味気なく、
校庭の百葉箱はそういったことを暗示するために
日本全国に立てられたのではないか?

今ふとそんなことを考えた。



小学校の開校記念式典が行われたのは日曜。
日曜なのに学校へ行かなければならなかった。
退屈な話を聞かされ、
帰りに配られた大きな紅白饅頭と
<開校50周年記念>
の金文字の刷られたプラスチック製の30センチ定規がせめてもの救いだった。

行事の一環として
百葉箱のそばにタイムカプセルを埋めたような気がするんだが。
もしかしたら夢だったのかもしれない。
50年後の自分に何を伝えたかったんだろう?

記憶が現実のものなら
10年と経たぬうちに50年を迎える。



さて、50年後の自分に何かを贈るとしたら。
何にしようか?



小学校は統合され
百葉箱のあった場所にはコンクリートが張られ駐車場となっている。



雨が降っている。
遠くで忙しく動く人々がまるで絵空事のように見える。
晴れた日に胡散臭い募金活動をしている、
とってつけたような笑顔をふりまくネーチャンたちの姿はない。
雨の日には何をしているんだろう?
お金を数えながらニコニコしているのかもしれない。

今日もどこかで百葉箱は濡れているのだろうか。
誰からも振り向かれることもなく。
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レストア中 ~ぼくのマンハッタン・ブリッジ~

もう30年前になる。
この頃では旧車と呼ばれる車に乗っていたことがある。
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そんなことがあったじゃらだろうか?。
リストアという言葉に強く反応してしまう。



なにせ旧いものだから
あちこちにガタがきているし、
以前はなんとも思わなかったところが
いやに気になってしまったりもする。

キャブレターは分解掃除をして
(今どきの新車にキャブレターなんてあるかな?)
ブレーキパッドやプラグは新品と交換しなければならない。
シートの裂け目からは中綿が見えているし、
いっそのこと外装もアイボリーにでも塗り替えてしまおうか。

かつては気にならなかった
ーいや、当時は結構気に入ってたのかなー
後から取り付けたアクセサリ―は全部外してしまおう。
あれは間違った選択だった。

燃料計も壊れているし、
いや待てよ。
今日日(きょうび)のバイオ・エタノール混のガソリンなんでそもそも使えるのか?
もうそろそろ冬だから、
エンジンオイルも10W-30を買ってこなくちゃいけない。

ああ、冬か。
寒くなったらまずはアクセルを2、3回踏み下ろし、
それからチョークを引いてからエンジンをかけ10分は暖機運転が必要なんだ。
起き抜けは機嫌が悪くって。
最近ではアイドリングしてるだけで白い目で見られちまうもんなー。
まったく暮らしにくいったらありゃしない。



「あそこも」、「ここも」……。
いじり始めたら際限がない。
この間交換したばかりと思っていたのに
もう次の交換時期が迫っていたり。
なんだかこのままいつまでも
ライフワークとなってしまいそうな予感もあるんだが。
けれども、そんなわけにもいかないし。

かといってベストの状態で走りたいし。
それでも走っているとあちこちにあらが見えてきて……。
やっぱりライフワークかな……。

まるで、
ニューヨークに来た頃には既に始まっていた
マンハッタン・ブリッジの補修工事みたいだ。
もう、30年くらいにはなるはずだ。
たしか今年11月にはレストア終了のはずなんだが
いったいどうなったろう?

それにしてもマンハッタンという言葉が
いやに遠く聞こえるな。



あと30年かかるかな……。
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ザラメの街

今はどうなんだろう?
小さな頃、長距離走はなんでもマラソンと呼んでいた時期があった。
今ではジョギングなんだろうか?
それでも「人生はマラソンだ」
そんな言葉で語られる時、人生が42.195キロだなどと考える人はいない。

昨日はニューヨーク・シティ・マラソン。
一昨年までは(昨年はハリケーンのため中止)
自宅そばがルートの一部で身近と言えないこともなかった。
今年からは物理的にも、精神的にもはるか彼方の物語ととなる。
今年、友人が初挑戦、完走したという。
そうした意味では今も身近と言えないこともない。



走りはじめて1週間が経つ。
ぼくの中のマラソン、長距離走を。
実は「年を取ってよかった」と思えている。
そうしてそれが
年を取る、経験を重ねることではないか
と考えている。
いつの間にかゴールなき道を歩むことができるようになっていた。

感触がなかったので自信はないのだけれど。
その日は少しずつやんわりと訪れるのではなくて、
ある日唐突に「ガツン」とやってくるのではないだろうか。
気づいていないだけで。

「どれだけ遠くまで行くことができるか?」
「どれだけ速く走り抜けることができるか?」

負け惜しみではなく、強がりでもなくて。
今のぼくからはそんなピースが抜け落ちてしまっている。

ただ走りたいから走る。
健康を考えてのことではない。
もちろん、暇であるという理由はあるのだけれど・

走るのが楽しく、
走ることを、そのこと自体を愉しむために走っている。
その時間の息吹を感じるために。

そう、初めて長距離を走った40年前にも
確かにこの感覚はあった。
まるで新しい世界がひとつひとつ開けていくように。
一歩一歩に宿っているように。
前へ出るためではなく、積み上げるように足を運ぶ。

いつの頃からだろう。
速く走ることを自分へ課すようになったのは。
それは留まるところを知らず加速度的に高まっていく。

上へ、上へ。
もっと速く。

そして走ることをやめた時に消えた。



雨に濡れた落ち葉の積もる舗道。
一歩ずつ木の葉の表情が変わる。
遠くに立つ針葉樹の中に顔が見える。
信号待ちで足踏みをしながら振り返ると、
遠い日がザラメのような表情をして見えた気がした。
丘の向こうは見えない。
上りつめた時に広がる光景の驚き。
車の窓越しには嗅ぐことのできぬ匂い。
自転車にまたがっていては聞こえてこない音に耳を傾ける。



『内向型人間が持つ秘めたる影響力』静なる時間のことを考える。
動の時間の中で見つける静なる時間。
それはNYという街で見つけることのできる静寂とも似ている。
動の街で見つけた静なる時間。
静なる場所で見つける静寂の音。
矛盾を生き、復配の間を走る。



最寄りのセブン・イレブンまで往復1.5マイル。
小雨の中を駆け抜ける。
タバコを一箱求めまた駆ける。
矛盾の健康ライフ。



雨の街を走る。
自分の足音を追いながら。
自分の足音に追われながら。
霧の向こうから車のライトが近づいてきた。
家まであと少し。
少しだけスピードをあげよう。
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飽きっぽいぼくが。
まさか1年も続けることができるとは。
とりあえず自分で自分に拍手。
とりあえず10回目の配信です。

途切れていた縁が。
結ばれるはずのなかったものが。
会うべくして会った人が。

とても地味なメディアですが
驚きの連続でした。
そしてこれからも。



ボヤキ新聞・10號配信です。



*お申し込みはメッセージかメールで
お名前、ご住所をお知らせください。
言うまでもありませんが無料です。
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85年後のキミに

永遠性というものは望みであり
実のところ存在することはないだろう。

どんなものにも必ず終わりというものが訪れる。
だからこそ人々は
「永遠なれ」、「千代に八千代に」
と歌にまでする。

永遠というのは「かなり」長い期間ということに過ぎない。
算出できない。算出方法がないといいうことだ。

永遠を望む一方、
終わりがなければ困るということもどこかでわかっている。
終わりがあるからこそ誕生があるのだから。



アメリカへ来てびっくりしたことのひとつに
Lifetime Waranty
というのがあった。
永久保証というやつだ。

どうやるのかというと、
例えば折れ曲がってしまったドライバーを
購入店へ持っていけば新品と交換してくれる。

過去、そして今という時をつぎはぎしながら
未来へとパッチワークしていく。
それは永遠という観念よりも商品への自信といったものに近い。



さてどうした経緯だったのだろう?
85年前に発行されたこんな本を手にとってくれたのは。

いや、85年後には「本」を「手にとる」という観念すらなくなってしまっているかもしれない。
もしかしたら釣り竿を振る観念も。
ギターを爪弾く観念も。
落ち葉が舞い落ちてくるという観念も。

そこには意志があったのだろうか?
それとも運が作用したのだろうか?

歴史に残る名著などではなく、
無数という数えるのが面倒くさい数を表す表現でくくられる
一般書の中から。
ある程度の時を経た本を見つけて、出会っていく過程・作業というのは
どんなものなのだろう。

書店や古本屋など。
たとえ数万冊をかぞえるものがひしめいていたとしても。
それでも書架を上から下へ、左から右へ。
目を、身体を動かしていけば
背表紙のすべてを、
題名、作者名に目を通していくのは不可能ではない。
そんな中からたったの一冊を引き出してくることも。

電子書籍には永遠性に近いものがある(と今は言われている)。
その一方、宇宙とも似た空間の中に存在をしている。
バーチャル世界の平台から消えてしまった電子書籍には
意志の力、そして運というものが伴わねば出会うことはできない。

ただ、その頃になると本と運の関係も、
今からでは想像もつかぬような展開を見せているかもしれない。
そんな気がしている。

ただひとつ。
古本のない世界は少し寂しい。



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(他のフォーマットについても順次発売予定)



85年後の新品を手にとってくれる人はどんな人なのだろう?
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ビート

「???」
気のせいか?
何かが通り抜けたような気がしたのだけれど。
顔を上げてみる。

気のせいじゃなかった。
セーラー服姿の女。
それにしてもだ。
夏服だ、今朝は芝生が霜で白くなっていたというのに。
それにしてもだ。
場所柄から考えても唐突に過ぎる。


ああ、今日はハローウィンだった。

変な格好をして喜ぶ人と、
ワールドシリーズに熱狂する人には
どちらにも似たような血が流れているんだろう。

どちらにもなれそうにない。
なろうとも思わないが。



1、2、3、4
1、2、3、4

1小節に4拍

そうだったんだ、これだ。
4日目にして身体がリズムを思い出した。
リズムを刻み始めた。

リズムとは脳みそではなくて身体の奥深くに刻まれるものだ。
メロディーを忘れることはあっても
長い間馴染んだリズムが消えてしまうことはない。

匂い
手触り
温もり
そんなものと同じように不意に甦ってくるものがある。



もう10年以上も前の話だ。
あの時も最初はリズムだった。
次第にメロディーがついてきた
ホームレス生活も最後のあたり。
一日も終わろうとする頃になるといつも
歌をくちずさんでいた。

意識の深いところというよりも
身体の深淵から「ポカリ」。
ある夜突然浮かんできて、
毎夜その時間帯になると浮かんでは消えるようになった。

矢沢永吉の「A DAY」

その日のことを考えていたのか。
昨日までのことを振り返っていたのか。
明日からのことに思いを巡らせていたのか。
それはわからない。
身体に訊いてくれ。



昼食前、外のベンチで。
行き交う人々を眺める。
歌が湧き出てくる。
♪帰ろうか よそうか 煙突の煙白い街……♪
ジョニー大倉『川崎リターン・ブルース』
初めて買ったジョニー大倉のシングルで、
工場町生まれのせいでもないだろうけれど
A面よりもB面の方を気に入ってしまった。
ポートランドで歌う『川崎リターン・ブルース』

1、2、3、4
1、2、3、4
リズムを思い出した身体がビートを叩き始める。
いける。
いける。

大きく吐いて、できるだけ小さく吸う。
大きく吐いて、できるだけ小さく吸う。
無意識に足が前へ出るようになったらしめたものだ。
大きく吐いて、できるだけ小さく吸う。
大きく吐いて、できるだけ小さく吸う。。

ふんわりと拳を握る。
小指だけは軽く輪を描くように。
前へではなくて積み上げていくように。
大きく吐いて、できるだけ小さく吸う。

そうだそうだ身体が叩いている。
いける、いける、



もう、30年以上になる。
真面目に走ったのは。
4日目にして身体の記憶が目覚めはじめた。
リズムを、ビートを叩き始める。



♪帰ろうか、よそうか……♪
♪吸おうか、よそうか……♪
タバコを手に身体の底から歌が湧き上がってきた。



なぜ走る気になったか?
また別の日に答えようと思う。

少なくともNYCマラソンに出るためではない。
出ようとも思わない。
あっちの方はハロウィンの人に、
ベースボールの血の人にまかせておこう。

$ニューヨーク狂人日記

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静者たち

学習する辞書に戸惑うことがある。
コンピューターを借りた時なんかは特に。
熟成と書きたくて、
jyukuを打ち込むと
熟女と表示されひとり赤面したり。
まあ、似たようなものではあるのだが。

もう手にとって下さった方もいると思う。
「???」
中には、気づいた人もいるだろう。
その部分だけが真っ白なキャンバスに描かれたものではないことに。

絵の具を塗り重ねながら。
へらで削り落としながら。
角を落とし
なめらかに表面を仕上げながら、
また塗り重ねていく。

なんとか体裁を整え。
目立たぬようしたつもりだけれど。
そこだけが明らかに違う。
何度も、何度も。
その部分だけは。
執拗と思えるほどに手を入れたのだけれど。
それでも最初に描かれた絵を
うっすらと。
しかし、くっきりと見て取ることができる。

「それはそれでいい」
いや、「その形で残しておきたい」
そんな思いがどこかにあった。
聖なる領域として。



"Quiet Influence"
『内向型人間がもつ秘めたる影響力』
翻訳の打診を受けた際、
「自分色に染めたい」そんな思いがあった。
これまでにはない訳にしてみようと。
忠実であるより
自分というものが先行をしていた。

それでも時間が経つにつれ。
あらためて原著と正面から向き合うにつれ。
「原作者への礼を失してはならない」
という考えが強くなってくる。
司会者に徹することに。
ただ、日本語として読みやすい文章、
このことだけは心がけながら。



編集者へ送った最初のサンプル訳は
<自分色>が濃厚で、
辞書的というよりも感覚的な訳だった。
大意こそそれぬもの。
草稿に目を通してもらった人からは
「ここまで意訳をしてしまっていいものでしょうか?」
随所で指摘を受けるほどに
自分のストーリーになってしまっていた。
結局は、そんな意見も聞き流しそのままを編集者に送ったのだけれど。

自分の物語ではなくなってしまった。
それでも。
あの一日。
サンプル訳をした一日がなければ
この本は今あるものと異なるものとなっていただろう。

初めてイントロバートという言葉、存在、分類を知った。
自分がそこに区分けされることも。
そうして著者は
そうした人々の力を引き出したい
育て上げたいためにこの本を書いたということも。

そこに自分が属するからではない。
イントロバートを見る著者の目・文章を通して伝わってくるもの。
その第一印象がこれだった。

紆余曲折の末、
イントロバート=内向型人間
におさまったのだけれど。
ぼくの内部では今も<静者>という言葉に置き換えられる。
イントロバートへと向ける著者の眼差しに、
聖者を見るときの温かさ、敬虔さ。
ある種の神々しいものを見る視線を感じたから。

外向型人間の力を光とイメージする一方で、
内向型人間のそれは灯りとして柔らかにぼくの内部を照らし出していったのだ。

<静かな時間>
そう訳されるのが普通だろう。
(聖)静者たちの発する灯り。
目を閉じ、そんな灯りを見つめている時に<静(聖)なる時間>という言葉が生まれた。
このイメージなしで
翻訳の完成することはなかった。

ぼくの中、今もこの本の副題は『静者たち』であり続けている。

原書に忠実であることは必要だと思う。
それでも、自分の中でイメージを膨らますことができなければ
読み手を引っ張っていく駆動力になることはできないと信じる。



そうして今もぼくのコンピューターの辞書には2つの言葉が残る。
せいじゃ=静者
せいなる=静なる


$ニューヨーク狂人日記
なぜか今、昆布茶がアツかったりするPortlandの秋



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風を感じて

走っているのに。
風を感じていないことがある。
感じていない自分を感じていることが。

ダイニング・テーブル。
泡の立たぬビールが残る。
風が吹いた。

夜はふけ。
テレビでは騎兵隊が銃を撃つ。
爆発音。いななき。ひずめの音。
ゆっくり倒れる貯水槽。
カーテンは揺れていない。

「最後に泣いたのはいつだったろう?」

そんなことを考えながら。
カーテンを眺めている。

カーテンは揺れない。
風を感じている。

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Do Nothing

うまいことを言う、昔の人は。
「早起きは三文の得」

言われ始めた頃の三文。
いったいどの程度の価値だったのだろう?
家1軒とか、車1台でないのはわかる。
きっと生活に密着した実感あふれるものだったのだろう。

たとえば、
豆腐は買えるけど厚揚げ豆腐には足りない。
といったような。

時代は移れども、
三文は三銭にも、三円にも変わらなかった。
もちろん3セントにも。
デフレもインフレも関係なかった。
三文は三文のまま、永遠の三文なのだ。



「なにかあったの?今朝は早かったじゃない」

「低血圧なんだよね……」
言い訳をしながら目をこする。
あんなに朝には弱かったのに。
寝れば寝るだけ得をしたような気分になっていたのに。

早起きをするようになって7年近くになる。
まあ、今でも寝るのは趣味のようなもので、
ベストは7時間なのだけれど。

出かける2時間前にはベッドを抜け出す。
習慣になってしまっている。
だから出かける時間によって
起床時間はシフトをする。
途中、午睡をすることはあるけれど。

早めに出かける朝には日ごろ顔をわささぬ人たちに会い、
不思議そうな顔をされてしまう。
何をするわけでもないのに、
そんなに早く起きる理由がどうしても理解できないのだ。

本を読むだとか。
何かを書くだとか。
その2時間に何かをやるわけではない。
何もしないために早起きをする。

やらねばならぬ時。
やる時。
やりたい時。

そんな時には2時間に加えての早起きをする。

顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、飯を食う。
30分もあれば事足りる。
あとは何もしない。

強いて言えば「何もしない」ということをするために早起きをする。
ああ、なんだか禅問答みたいになっちまった。
こんな時には英語の方が具合がいい。
Do Nothing.

何の得にもなっていない。
散歩をするわけでもないし、
したとしても3セントを拾うこともないだろう。
11年経った今、3セントを拾うために
立ち止まり、腰をかがめるのが億劫になってしまっている。
それは決していいことではない。
それにここポートランド郊外では
路上に3セントを見つけるよりもリスと目が合うことの方が簡単に思える。

かといって損をしているとは思っていない。
人間に与えられた時間というのは限られている。
如何にそれを有効に使うかに人々は腐心する。
そうして文明は発達をしてきて、これからも続くだろう。
本来なら、時間を有益に使うことが筋というものだろう。

それでもぼくは、Do Nothingを選ぶし、
それはぼくにとって欠くことのできない時間でもある。
貴重でこそあれ、決して無駄な時間ではない。
有益には見えないかもしれないが無益なものでもない。



翻訳をしていた時期には5時間前に起きていた。
3時間翻訳をして。
2時間Do Nothing
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朝の月が見えて、なんだか得をしたような気分

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朝日新聞

大阪、名古屋、西部本社版は10月28日(月)掲載のようです。
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