ニューヨーク狂人日記 -6ページ目

やさしくなりたい

昼食はいつもの場所、いつものベンチ。
横木の一本が腐れ落ちているので、いつも空いている。

このところサンドイッチばかりなので
いつもは本を広げて食べるのだけれど、今日は久々の弁当。
本を広げては食べにくい。

そんなわけで外へ出る前にお供選び。
携帯に無料音楽ソフトをダウンロードしていくことにした。
Bob Dylanの声を聞きながらビルディングを出る。

陽だまりのベンチでスプーンを動かす。
ヘッドホンの中、インタビューに答えるボブの声を聞きながら。

なにしろ普段音楽なんて聞かない。
その上携帯アプリだとか、
動作環境なんかわけがわからない。
幸いにベンチではオープン・ネットワークがつながるのだけれど、
つながらない場所ではどうなんだろう?

そろそろ走り始めようと思っている。
初めのうちは音楽でも聞きながら
だましだまし自分に鞭打たねばならないだろう。

そんなことを考え、
ネットのつながらない場所まで足を伸ばし、
遠回りして帰ろう。

どうやら使えそうだ。
供が友に変わった瞬間(とき)。



角を曲がりイヤホンを耳から外す。
ジャックを携帯から引き抜き、白いコードを丸く巻き取る。
やっぱり歩くときは素耳の方がいい。
芝生の上を歩くのは素足の方がいいのと同じだ。

点滅する信号機の音。
落ち葉を踏む乾いた音。
遠くから近づき、そして消えていく車のうなり。
すれ違うカップルの声。
遠くから聞こえる屋外ライブのドラムのリズム。
人工滝。

無数の音のカクテルが心地よい。
風の音までが聞こえてくる。



公園へ入る。
角のベンチに腰を下ろし
自転車にまたがる男と話している年配の女。
からくり人形のような動きで
時おり手を挙げては優しい笑みを送ってくる。
ぼくもその度に小さく手を上げて近づいていく。

キルティング加工された緑色のマウンテン・パーカー。
たぶんWoolrichのものだろう。
陽に焼けた顔は路上暮らしを思わせる。

だんだんと近づく。
手が上がる。
微笑む。
手を上げる。

彼女の前を通り、
ぼくは横腹を背中を見せる。
振り返らない。
まだ手を上げ、微笑んでいるんだろうか。

ぼくは歩く。
敷石を覆いつくした黄色い葉を踏みしめながら。
その音を聞きながら。
砕ける葉の姿を思いながら。

細長い公園には点々とベンチが並ぶ。
並んで腰を掛けている二人連れの男。
彼らの顔も陽に焼けている。
ホームレスたちは公園を指す。
公園はホームレスたちを引き寄せる。

そこにはベンチがあり陽が射す。
咎め立てする者はあまりいない。
人は座りたい。話したい。
一人になりたい。一人では寂しい。

また厳しい季節がやってくる。

ベンチに座る黒縁メガネの男が
女に向かって何かをささやきいている。
何かはわからない。
ただ口が、空気が動いているだけで。

携帯を操作しながら歩く女。
ゲームか?それともテキストか?

コーヒーの白い紙コップを手に
公園を斜めに横切っていく男。
ぼくはあまり斜めには歩かない。

また滝の音が聞こえてきた。
昼飯前にすれ違った赤ずくめの女が遠くのベンチに座っている。



「やさしくなりたい」
そんな言葉が浮かんできた。
何度も、何度もこたましながら。
言葉が消え入らないうちに、
今の気持ちの響きを書き留めておきたくて。
ベンチに積もる黄葉を手で払い腰をおろす。
バッグを開ける、ノートを広げる。



黄色い軸の鉛筆を拾った。

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日経、朝日

発行部数からいっても。
あいうえおでも。
朝日、日経だろう。
それでもこの二つを語る時はいつも
日経、朝日となる。
語呂やリズムは大切だ。
朝日経
なんて書いてしまうと、
どこぞの怪しい宗教のありがたいお経のようでもある。



今日はちょっとまじめに
『内向型人間がもつ秘めたる影響力』のことを。
おかげさまでアマゾンや書店売りでは
地味ながらも着実に動いているようです。
買って下さった方、
応援して下さっている皆さんありがとう。
いつか感想を聞かせて下さい。

今週末、

10月26日(土) 朝日新聞 1面下部に
10月27日(日) 日本経済新聞 中面に大きく

広告を出す旨、ご連絡いただきました。
出版社の方々の応援・本気度、
嬉しく、心強い限りです。
こちらでもありがとう。



前の本ではこうした援護射撃が皆無と言っていいほど、
ではなく、全くの「ゼロ」だったので。
その出版社にやる気がなかったとは言わないけれど、
極限に近い弱小出版社だったので営業予算は0円。
本を作るというその事実で満足、完結をしてしまった面がなかったとも言えない。
「いいものは売れる」
(というよりも話題性があると自分が信じるものは売れる)
という、まさに神風精神とも似通った空気が漂っていました。
吹くわきゃないのに。
そして結果としてはあまり売れなかった。

唯一の営業というのがメール攻勢。
しかも著者みずから一日中PCに貼り付いての。
たった一人での盲撃ち。

あの当時だったからまだ許された面もあると思う。
書いたメールは6000通余。
返信を下さったのが200通ほど。
「3%以上!それはいい数字ですよ」
と励ましてくれた人もいた。
魚のいることのわからない池に釣り糸を垂れる人はあまりいない。

さて、どの程度の人が読んでくれたんだろう?
長年音信不通であった親友は
20冊ほども買ってくれ知り合いに配ってくれたという。
そんな話を数年前に聞いた。
ここでもありがとう。

そんなわけで、
ほとんど元祖スパム・メイラーとして、
書籍営業一人部隊となって奮戦をした日々だった。
その上、印税を手にすることもなく……。

それでもあの営業活動があったからこそ
生まれた友情、出会いがある。
これらは何物にも代えがたく、今も最も貴重な財産だ。
これからも。

さすがに今回はスパム・メイラーにはなれない。
あの当時ですら叩く人がいたくらいだから、
今となっては逆効果となること必至。

やっていることといえば。
「訳者です」と名乗り、
ネット書店のいくつかに「あとがきのあとがき」のような
セルフ・レビューを書く程度。

それでも、
たくさんあると思っていたサイトはそれほど数はなかった。
その上レビューランのないものも多く、
加えて最大手2社は「購買したお客様のみ」。
あちらも商売。実に理にかなっているとはいえ、
海外在住者とあっては亀。
首はおろか、手も足も出ない。

セルフ・レビューではなく、
匿名やハンドル・ネームで
「素晴らしかった!」
「明かりが見えてきた!」
そんなことを書き込むのは実にたやすいし、
それなりの効果だってあるだろう。
書籍に限らず、食事や、買い物。
いろいろな場所でそんなことをしている人を実際に知ってもいるし。
それでも、ぼくにはできないし、やりたいとも思わない。

ちなみに
「ニューヨークで路頭に迷った時に使えそう」
前の本を扱う某通販サイトのレビュー欄、最初の投稿は
版元社長の書き込みで、ハンドルネームで、完全ななりすまし。
そういう内容の認識しかされていなかったことは滑稽でもあるし、
そんな頭なら売れるはずもない。

古過ぎるのかもしれない。
言葉を替えればバカなのかもしれない。
それでもぼくにはできない。
「やろう」とも思わない。
「バカ」と笑いたいなら笑えばいい。

そんなわけでネットをさまよえば数カ所で巡りあうであろうセルフ・レビュー。
そのすべては、訳者・境誠輝の名前でやっています。



それにしてもだ。
本当にありがたい。
実にありがたい。
嬉しい。
笑っている。

これは広告で
別に書評などで取り上げられたわけではないのだけれど。
こんなに一所懸命になって
「売ろう」
「読んでもらいたい」
そんな気持ちが。
スタッフの大多数の方には面識すらないのだけれど、
その姿が、背中が浮かび上がってくる。

本作りの素晴らしさを。
チームワークという言葉を。
噛みしめている。

そして、あの言葉を。
翻訳が本決まりになったときあの人が言った言葉を。
「いい本を作りましょうね!」



土曜日の朝日。
日曜日の日経。

また新しい風が吹くことを願うばかり。

台風という風がちょっと心配なんだが……。

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ウィンピーがもつ秘めたる影響力

《はまり役》というものがある。
まるで役どころがその人そのものであるような。
その関係は「→」ではなく「=」で結ばれる。

それは幸福とも言えるだろう。
しかし、フーテンの寅の渥美清
スーパーマンのクリストファー・リーヴ
(映画を見ないので最近のはわかりません)
彼らを見ていると、苦悩といった言葉もまた浮かんでくる。



『内向型人間がもつ秘めたる影響力』
今回、この翻訳をさせてもらったのは幸運と言ってもいい。
仕事という面ではもちろん。
内向型人間という言葉を知り、
それが鏡の中の自分であることを知ったのだから。

当たり役ではないかもしれないが、
自分なりにはまり役だとは思っている。
単純な文章置き換え作業だけではなく、
そうした人間でなくでは出すことのでき匂いを、静かな叫びを。
そんな空気がページ間から立ち上るものとなったことを願うばかり。

さて、影響力の方はどうだろう?
残念だが縁がない。
あるとも思えないし、第一、当人がそんなことを望んでいないのだから。

しかし、原著を読み進めてみると。
ここで語られる影響力というものが一般にイメージされるものとは
少々違っていることがわかってくる。
影響力という
influenceという
単語が描くイメージに影響され硬直化していた。
言葉というものの限界がそこにはある。
いや、個人的限界を作ってしまっていた自分がいた。
言葉がないなら、
その世界を見せることができないのならば、
創らなければならない。

ほんの小さなこと。
1セントの得にもならぬようなこと。
そんな中にも影響力は潜んでいる。
いや、そんな中にこそ。
ゼロは無限大に限りなく近い。



「火曜日にはきっと返すからハンバーガーをおごってくれないか?」

ウィンピーが好きだ。
漫画・ポパイの中の登場人物。
いてもいなくてもストーリーにはまったく差し障りのない存在なのだが。

同じように「天才バカボン」のレレレのおじさん。
「オバケのQ太郎」の小池さん。

ウィンピーはハンバーガーを食べる。、
レレレのおじさんは掃除をする。
小池さんはラーメンを食べる。
しっかりとその役をこなしていく。

ああまでしつこくハンバーガーをねだっても誰一人嫌な顔をしない。
人徳があるのかもしれない。
会うたびにそんなことを言われれば
普通だといやになってしまうのだが。

それは、火曜日には必ずウィンピーがお金を返していたからだろう。
そんな場面が放映されることはなかったけれど、
そうでなければウィンピーとポパイ、オリーブ、ブルートとの関係が
ああまで恒常的に成立するはずはない。
「ウィンピーの火曜日」
そんな映画を誰か作ってくれないかな。

「火曜日にはきっと返すからハンバーガーをおごってくれないか?」
せがみ続けることでウィンピーは
「約束はね。守るためにするんだよ。
ほら、守ってさえいればぼくみたいに。
お金なんかなくてもハンバーガーが食べられるんだから」
そう語っていたのではないだろうか?

こんな影響力ならぼくにもできるかもしれない。
発揮されることがあるかもしれない。

影響力はそんな場所にも宿る。
そんな場所にこそ宿る。
影響力という言葉を考えさせられた仕事でもあった。


まだ行ってはいないが、
ポートランドにはWimpy'sというバーガーショップがあるらしい。
写真で見る限りまずそうなんだが。

小池屋なんて名のラーメン屋なら日本に4、5軒はありそうだ。
レレレのおじさん。実は電気店の社長さんらしいが、
さすがにこんな店はないな。
熊本市の新市街の焼きそば屋、「トムとジェリー」は今もあるのだろうか?
漫画・トムとジェリーでは
たまにテキサスからやってくるジェリーのおじさんが好きだった。
ネコくんの頭をなでひげを触るたびに、
あのオジサンのことを思い出していた。

ポパイは全米でチェーン展開をしている。
ホウレン草屋ではなくてフライドチキン・レストランを。
そしてここのロゴ・カラーは黄色。
$ニューヨーク狂人日記

そして黄色といえば……。

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はまり役になり過ぎぬよう気をつけてはおこう。
先のことはわからない。

昨日のことは忘れた。


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いつもの時間、いつもの場所で

考えごとをしていたせいか。
階段の先に4階が見えていた。

不思議なのは4階の書架には〔5〕で始まる番号が振られている。
$ニューヨーク狂人日記

3階では〔4〕
1階、2階ではなぜか気に留めたことがない。
未体験の地下は〔1〕で始まっているのだろうか。
と、普通だったら好奇心の強い人は立ち上がるのだろうが、
ぼくは怠け者だからそんなことはせず空想世界に遊ぶ。

中学の英語授業で習った、
「イギリスでは1階=GroundFloor、2階=First Floor」
1=0
2=1
3=2
そんな法則がかぶさってきてなんだかわけがわからなくなる。

とにかく階段を使えば
階数表示より先に書架番号が目に入ってくるので、
それで階数を確認するようになった。
5=4
なんだかイギリスにいるような気になってきた。

ともあれ5=4の公式のもと、
階数表示を確かめることなく左に折れていつもの席へ。

先週から同じ机の同じ場所に置かれた
スターバックスの透明カップにさされた緑色のストロー。

「誰か居るんだな」
2日ほどそう思っていたが、
土曜午後から動くことのないアーミーグリーンのニット帽。

そしてぼくは誰かが忘れていった2本のヘアピンが隅っこにある
いつもの机の前へ腰を下ろす。

物が消えない
「掃除がされていない」
言われてしまえばそれまでだが、
過ぎ去った時のものがそのままの姿でそこにある光景は
どこか安堵感がある。
かといって部屋が汚れているわけではないのは不思議な事だ。
他人者を大切に、これがオレゴニアンの風潮なのか。
だとすれば素晴らしい。



「悪いね、今日はあと2本だけしか残ってないんだ」
常套句を使おうとしてやめた。
この青年には先週金曜日にこれを使ったばかりであることにきづく。
もっとバラエティーを増やさなければ。
一人苦笑しながら。

いつもの時間。
いつもの場所。
いつものコーヒー入り水筒をを手に。
いつものベンチで朝の一服。

この礼儀正しいアラブ系の青年も「いつも」の一部となっていくのだろうか?

「おじゃまをして大変申し訳ないのですが、よかったらタバコを1本1ドルで売っていただけないでしょうか?」
胸ポケットから取り出した箱のフタを開き、青年へと差し出す。
オレゴンには消費税ばかりかたばこ税もないのだろうか。
NYでは12ドル以上もしていたものが4ドル50セントで売られている。
そのくせ、この礼儀正しい青年はNY取引市場の価格で引き取ろうというのだ。
立派なやつだ。
感心なやつだ。
変な話だが、
こんな感心な青年と日に2人ほども会えるとするならばタバコ代はゼロとなる。
ただ、礼儀正しくない青年は嫌いだ。

「申し訳ないですがライターをお持ちでしたら貸していただけないでしょうか?」
あくまで青年は礼儀正しい。

吸い殻を灰皿へ捨て立ち去ろうとすると、
「ありがとうございました。良い一日をお過ごしください」
青年は最後まで礼儀正しく、
空を仰ぎながら気持よさそうに煙を吐き出す。



見かける顔の女の子が、
横を通り抜け二つ後ろ、いつもの席に腰を下ろした。



$ニューヨーク狂人日記
今日の収益1ドル。
これが緑色に見えるのか?
アメリカではGreen Buckと呼ばれる。
アメリカ人の色彩感覚はどうなっているのだろう。
茶トラの猫のことをRed Tabbyと呼ぶ。

それでもこの本はカバーの中まで黄色なのでした。


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月曜の午後に

携帯にメッセージが入り、
急いでメールを書かなければならなくなった。
ちょうど昼食を終えたところ。
「ありがとう」と返信をし、
近所のオープン・スペースへと入り込む。

必要な連絡を終えたものの。
信じがたい内容を再三読み返す。

ランチタイムということもあり混んでいる。
陣取ったのはトイレに近いソファー。
とはいえ快適ではある。

昨日やっと封を開けたダンボールから出てきた本を広げる。
昼食、陽光、ソファー。
眠りに落ちそうな……。
と思うと足音が近づきトイレへと消えていく。
ドアが開きどこかへと遠ざかっていく。
落ちそうで……引き戻される。
そんなことの繰り返し。
それでも20分ほどで元気になった。
$ニューヨーク狂人日記
意識したわけではないのだけれど、
ダンボールから出てきた本もなぜか辛子色

荷物をまとめ立ち上がる。
ドアを出ようとすると3mほど向こうから東洋人の女の子が。
扉を支えて待っていると小走りになる。
"Thank you."
微笑みながらのお辞儀は「ありがとう」のものだった。
新入生だろうか?
この子もあとしばらくすると小走りすることをやめてしまうのかもしれない。
陽光の中へと戻る。



自然派のくせに意外な面もある。
オレゴニアンのほとんどは回転扉を使わない。
その重さに慣れないせいだろうか?
都会派、元ニューヨーカーのぼくには軽めに感じられるのだが。
自然派でもあるぼくはいつも回転扉を使う。
これまでのところ100%

設計とは人の流れも考えあわせてするのだろう。
回転扉を使って建物内に入ると
流れ的には右から二番目のセキュリティ―・ゲートを通るようになる。
それでもぼくは右端を通りたいんだ。
変なところにこだわりがある。

今日は今ひとつ人の出入りが少ない。
問題ない。
右端を通れる。
右方向へ閉殻に折れる。

曲がった時だった。
女の子と鉢合わせとなってしまった。
左へ。
右へ
左へ。
ゲートをはさみ横方向に
影とダンスでもするように身体を動かす。

4回目でぼくは止まった。
その横を女の子がすり抜けていく。
互いに苦笑まじりの笑みを浮かべて。



いつもの階段を4階まで。
PC、ノート、万年筆を机に出す。
ヘッドホンをかぶり、腰を下ろしながら携帯のジャックにつなぐ。
いつ終わるとも知れぬ、
鉄輪がレールの継ぎ目を叩く音が聞こえてきた。
ペンのキャップを取る。
遠くに駆けていくいスニーカーが聞こえる。



今日からヘッドホンをつけている。
鉄輪の音はホワイトノイズの一種。
『内向型人間がもつ秘めたる影響力』で知った。

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つくる

実は、この一週間、暖かい。
実は、この二週間、焼き鳥を食べていない。
そんなふたつが兼ねあってセルフ焼き鳥。
ひとつが欠けても実現しないことがある。
タバコを持っていても、火がなければ。

じっくりと。
遠火の炭火で焼き上げた。
ポートランドには焼き鳥屋がない。
焼き続け、食べ続け夜。
写真はない。
ので、季節外れのバラ。
これまた黄色。
$ニューヨーク狂人日記-1382308014878.jpg
あー、豚バラも焼けばよかった。
もう遅い。



肉を、玉ねぎを切る。串に刺す。
午前中から仕込み作業。
なかなか火が起こらない。
強すぎる。
焼き鳥を作る。

どんなことだって、
作るという作業はどんなことでも
それなりの苦労が伴い、
それがまた楽しかったり。
こうして書いてみると、
作業とは作ることなんだな。

「つくる」
つくる、つくる、つくる……。
そんな言葉が渦巻く朝。

たとえば「思う」と「想う」。
たとえば「喜び」と「悦び」。
たとえば「帰る」と「還る」。
どのレンガを使うのか迷っしまうことがある。
多くは、その時の感覚に従がう。

翻訳というのは創作というよりも作業といった面が強い。
ただ、漢字で考えると
作るではなく、
創るでもなく、
造る。

辞書的解釈では間違っているかもしれない。
それでもぼくの頭には「造る」が浮かぶ。


英和辞典でもまた違うだろう。
それでもぼくの頭には
create=創る
make=作る
built=造る
となる。

builtと聞けばbuilding
大掛かりなもの。
それでもぼくの頭には
赤茶色のレンガを
一つ一つ積み上げていく男の背中が映る。
水平器をにらみつけながら漆喰の量を調整したり。

小さな頃、三匹の子豚「ブー、フー、ウー」の人形劇が好きだったからだろうか?
末弟ウーの作ったレンガの家のイメージが消えないのか。

最初からやり直したり。
あちこし修正したりしながらレンガを積み上げていく。



折りにふれパラパラと読み返す『内向型人間がもつ秘めたる影響力』
何度も、何度もやり直したのだけれど。
違うレンガを入れたり、
漆喰を調整したり。
それでもイケナイレンガが気になったりする。

本作りというのも実に大変な作業だということを痛感した五ヶ月。
ひとりでは到底完成することはかなわない。
編集の方、デザイナーをはじめ諸々の担当者が携わり、助けられ、
一冊が出来上がっていく。
大工と左官だけで家は建たない。

そんな中で最後の最後まで頭を痛めたのが、
キーワードというレンガ。

自分の中では英語のままがしっくりといっていたのだけれど。
それでは(読む人に)やさしくない。
そんな意見もあり、
最後の最後まで編集者さんの頭を悩ませてしまった。
申し訳ない。

結局落ち着いたふたつのレンガ。
influence=影響(力)
influencer=影響力者

今、読み返してみると。
どうしても「ボコッ」
このレンガに引っかかってしまう。
特に影響力者というレンガに。

翻訳という仕事は造るという作業がメイン。
それでも創ることもまた求められる。
力量不足に自己嫌悪。
引き出しを増やさなくては。
新しいレンガを焼くために。

Influence(er)という言葉からまったく新しい日本語のレンガを創り出すことができたら……。
この一点だけは心残りです。

言葉を創る。
才能のある人がいる。
才能のないぼくは、
やっぱり一日、一日というレンガを大切にしていくしかない。



もしかすると、あのレンガ気になってしまうかもしれません。
それでも、本という建物としてはいいものを造ることができたと思っています。

薄霧が明け、陽の射し出したポートランドから。
今日もまたレンガをひとつ。
二つは積まぬ怠け者。



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ウルトラ気分

「痛かて思うけん痛かっタ、バカが!」
泣きっ面に蜂である。
小さな頃、転んで膝小僧をすりむき
泣きながら家に帰るといつも父親に怒られた。
「コツン」とおまけまでつけられて。

精神一到何事か成らざらん。
心頭滅却すれば火もまた涼し

数年前、星野仙一は「火中の栗を拾うバカがいるか」
そんなことを言ってオールジャパンの野球チーム監督就任を拒んだ。
石川五右衛門は大笑いをしながら火にあぶられ、息絶えた。
日本の精神文化はこの辺にある。

見えるというのは実に便利ではある。
見えないはずのものが見えたりすると得をした気分になる。
いつの時代にも、濡れたTシャツが好まれるのは、
「なんか得した……」
そんな気分になってしまうところにある。
もっとも、見たくもないものをつきつけられるのには困ってしまうのだけれど。



もちろんぼくにだってスケベゴコロはある。
それでも、色々なことを考えあわせると
見えないことを好むほうが多い。
特に未来に関しては、
自分のこれからなんて見たくない。
残された時間の目盛りなんて迷惑千万。

好きな作家にはなぜかギャンブル好きの人が多い。
浅田次郎だったり、色川武大だったり。

将来、そんなことが起こるとは思わないけれど、
もしもぼくが馬に狂ったとしても競馬場へ足を運ぶことはないだろう。
友人に頼むなり、場外馬券を買うなりして、
レース中は別のことをしているだろう。
結果だけわかればそれでいい。

どちらかと言えば、
結論・結果よりも経過の方をはるかに重んじるぼくなのだけれど、
こういうのは結果だけで腹いっぱいだ。
スポーツ観戦にまったく興味のない由縁はその辺にあるのかもしれない。



現実から目をそらす。目をつぶる。
いけないこととはわかっている。
それでも臆病者のぼくは、
ついついそうしてしまうのが習い性となってしまっている。

カバンを開ける。
ノートを広げペンを出す。
実に体に悪い。

な・い……。
インクがもう殆ど入っていないことに今頃気づく。
ついこの間入れたばっかりなのだが、
昨日チェックしなかったのがいけなかった。
$ニューヨーク狂人日記
残りわずかのインクです



実に始末が悪い。
そもそもこんなペンを買わねばいいのだが、
欲しかったペンの軸はすべてがスケルトン(透明軸)使用。
白、茶、黒と三色あるがどれも透けている。

青ランプが赤の点滅に変わってしまった。
そのとき彼は何を考えるのだろうか?
とっさに頭のなかで優先順位をつけ、
末尾にあるものは端折って飛んでいってしまうのだろうか。

書こうと思っていたこと。
書いときたいこと。
色いろあるのだけれど、どう考えても足りないような気がする。
書きながらも、減っていくインクがちらつき身体に悪いったらありゃしない

これを書いている今も、
なんだかペン先がカリカリしてきたような気がするんだが。
鼓動だって少し速くなってきた。
気のせいだろうか?

教えておくれよ。
こんな時、キミはどうしているんだいウルトラマン?



このところの朝の日課。
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身体に悪いったらありゃしない。
でも、濡れたTシャツは悪くない。

$ニューヨーク狂人日記
いろんなもの注入してくれたらいいんだが……。
ちなみ近所で発見したこの店、つぶれた後でした。

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腹腹時計

ハラハラしている。



『腹腹時計」
という冊子があった。
あったそうだ。

学生運動も下火にとなる一方の1970年台。
夢にうなされる若者のバイブルとしてもてはやされた。

『腹腹時計』
革命の実践マニュアルで、
時限爆弾の作り方が易しく解説されていたという。

もちろん実物を見たことはない。、
しかし、タイトルは小学生の頭に刻み込まれ、
風雪で浅く、薄くなったとはいえ、
まだ文字を読み取ることができる。
それほど広く認知された題名だったのだろう。

この成功(?)に一役買ったのが和文タイプライターだという。
今では、ピンとくる人はほとんどいないだろうが。

和文タイプライター。
文字に違うことなく和文用のタイプライター。
とはいえ、今もアメリカのオフィスで出番のある、
英文タイプライターとは大きさ、形状からして違う。
(『腹腹時計』の頃、
姉が購読していた旺文社の『中●時代』の裏表紙は
オリベッティ社のタイプライターだった。
値段的にも、英文タイプライターはかなり手近なものとなっていたのだろう、その当時には)

机そのものがタイプライターとなったような大型機械だった。
見るからに重そうで、とても事務器という言葉を思い描かせない。
たしか、資格にも『和文タイプ△級』といったものがあった。

運転免許センターや役所の近くには、
《タイプ屋》という商売があった。
原稿を持ち込むと、
「ガチャン、ガチャン……」
鈍重、緩慢な音をたてながら役所所定の用紙に活字が刻まれていく。
そのスピードと重さは、
薄暗い事務所の風景と重なり、
まさに文字を拾うという光景だった。



『腹腹時計』がわら半紙のガリ版刷りだったら?
歴史のIFを考えてみる。
(もはやガリ版も、わら半紙も
説明抜きでは通用しないものとなっているだろうけど、
面倒くさいので検索して下さい)
活字ではなく、手書き文字だったら。
あれほどカルト的な人気を、評判を得ることができただろうか?

活字の発明。
そもそもは大量に、しかも統一された文字(=読みやすい)。
こんなところに起点がある。
背景には平等・公正といったものも。

便利な道具であったそれは、
時とともに公的な性格に祭り上げられ、
ありがたがられる存在となっていった。
活字文化から活字崇拝へ。



今ではベッドに寝転びながら、
掌の中で活字を産み出していく風景が日常のものとなりつつあり、
公的という誤解は色褪せ、私的性格を強めていっている。
余分なものは削ぎ落とされ、
大量、統一という核となるものだけが残った。
〈刷る〉という出口の方は危うくなってきているが。’



GoogleのChromcastを使えば、
YouTubeを大型画面に映すことができる。
今の時代、過激派活動が再燃するとすれば、
やはり和文タイプではなく、
動画というメディアを選ぶことだろう。

ぼくですらPCのRAM交換など、
「ちょっと知りたい」
そんな時にはYouTubeを探す。
ましてや当時、高嶺の花であった和文タイプライターに比して、
Google Chromcastは35ドルというお値段。



「kindle版はないの?」

数日前のこと。
『内向型人間がもつ秘めたる影響力』について
フェイスブック上でそんなコメントを受けた。

あいにく、境版『腹腹時計』はいまだ活字を使い、
紙という媒体に印刷されております。


女性の手には少し重いかもしれませ。、
カバンの中でもかさばります。
本棚でも相応の場所を取りますし、
時が経てば色褪せ、角も丸くなってくることでしょう。

それでも、
気の向くときにパラパラと読み返すこともできれば、
誰に気兼ねすることなく貸し借りだってできる。
コピーも取れれば、赤線だって引ける。
古本屋にも売れるし、図書館に寄贈という手もある。
事故でメモリーが飛ぶこともないし、
壺に入れて庭の片隅にでも埋めておけば
3000年後には価値ある歴史資料は間違いなし。

境版『腹腹時計』
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Quiet Floorにて

図書館にいる。心落ち着く場所に。
紙の匂いがする。古い紙の匂いだ。
インクの匂いがかすかに混じる
$ニューヨーク狂人日記



建物へ入る前には土を嗅いでいた。
緑と茶色のブレンドされた秋の匂いを。

匂いは奥深く眠るものを揺さぶる。



階段を上る。
午後は5階へと行ってみた。
大きな広葉樹が目の前に枝を広げる。
そんな窓辺の席でノートを広げる。

PCはほぼ電池切れ。
コンセントにつないで放っておくことにする。
電脳世界から解放。
かつてあれほど求めていたものが、
この頃では実に面倒くさく、
それでも広げてしまっている自分がいる。
この世界はそろそろおなかいっぱい。
自分本来の環境を整えよう。
無為な世界で無為な時間を過ごしすぎぬように。

キーボードとモニターのない時間、空間。
実に気持ちいい。
今は、つかの間の解放だけれど。

あらゆるものごとについて。
無縁というのは決して悪いものではない。
無縁仏。
人々は悲しい目をするけれど、
その仏には縁というものがなかった、
ないわけではない。

ひとつの状態として縁がないように見えるだけで。
ただ、その点だけを見つめているだけで。
縁に恵まれていることだけが幸福とは限らない。



図書館へはよく通ってきた。子供の頃から。
身近にあるものへはとにかく入ってきた。
ホームレス時代にも。
日本でもそうだろうが、
ホームレスと図書館の縁は深い。

図書館にも個性があり、表情がある。
そして、アメリカの図書館を日本と同じと思ってはいけない。
そりゃあ本はあるさ、机だって、椅子だって。

開館前から並び熟睡し帰る老人がいる。
家庭(?)教師の姿が見える。
警官が見回る。
トイレで身体を拭いている人がいる。
学校が引けると、子どもたちが集まり大声でゲームに興じる。
MANGAを描き写す若者がいる。
角で抱き合うカップルがいる。
新聞紙を広げ、ポケットナイフでパパイアを切り出す男がいる。

これがアメリカの図書館だ。
概して……うるさい。



今日はPSU(ポートランド州立大学)図書館。
NYと較べると格段に静かだ。

とはいえ、慣れというものはぜいたくなもので、
時が経つと静けさの中にうるささを見つけてしまう。

こうしてぼくは2階、3階……。
今日の午後は5階にいるわけだ。
階が上がるにつれ静かになっていく
しばらくは4階ばかりを使っていて、
5階は今日が初体験。
残すは地下1階のみ。

4階、5階は静かだ。
黙々と勉強をする学生たちがそこここに背を丸めている。
(たまにサンドイッチを食べている者もいるが)
革底の靴、コカコーラの栓を開ける音が響くほどに。

階段を上がる。
4階、5階への入り口に張り紙がある。
Quiet Floor
静寂を保つことが求められる階。
日本の図書館の音が。
$ニューヨーク狂人日記

どうやら、うるさいことが本来の姿で、
Quietであることが一種特別なことのように扱われているようだ。
図書館だけではなく。

地球本来の姿は静寂であったように思う。
感じる。
もちろん静寂の中にも、
あらゆる音を見つけるころはできるのだが。
Noisyではない。
まあ、ある音は、ある者にとっては、
決してNoisyではないのだろうが。



Quietは、
求められる、要求されるものとなっていた。
静かであることはデフォルトではないのだ。
少なくとも今の世の中では。
音が、声がそれがあることが常態となってしまった。
だからこそ、敢えてQuietと言わねばならない。

そして物音を立てるものがすべてではない。
それはQuietがあって初めて成立をする。
バーの喧騒の中で会話が成立することのないように。
音のみで世の中は成り立たない。
味のあるギタリストは、無音の中に音を奏でていく。

そしてQuietだけでも地球は回らない。



深い闇に輝くオレゴンの月が美しいように。



静、
そして動。


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わたしはイタチ

二人目はクマさんだった。
とは言っても、クマとイタチの物語ではない。
ルームメイトの話だ。
歳下から歳上の人に変わった。

本業は日本で美容室経営。
若い頃にはぴんからトリオ、横山ホットブラザーズ。
そんな人達の後ろでギターを弾いていたらしい。
ギターはかなり巧い。

ニューヨークに長期滞在中で。
毎朝、早朝に出かけ、昼過ぎには帰ってくる。
雨の日は休むが土日も出かけていく。
ヒラメ、シーバス、ブラックフィッシュ、イカ、サバ……。
レストランや食料品店に魚を売って暮らしていた。

今も頭から離れることがない。
「イタチの一本道」
そんな言葉を初めて聞いたのはクマさんからだった。

イタチという動物は必ず同じ道を通るらしい。
そんな悲しい習性から、猟師の餌食となってしまう。
イタチの愚かさになぞらえた、
ワンパターン人間を揶揄する言葉らしい。

とにかく話の面白い人で、
腹を抱えて転げまわるようなストリーのどこかで、
「イタチの一本道」
が出てきた。



同じ道を歩くのは嫌いじゃない。
好きと言った方がいいかもしれない。
執拗を思われても否定はできない。
病的なところのあるのも自覚している。

何かに憑かれでもしたかのように、
同じ道を歩いていることがある。
時間も。
道の中、歩んでいく位置も。
同じものを。

それでも。
そんな中でも。
毎回、違った風景が見える。

昨日は外れていなかった、
公衆電話の配電カバーのネジが緩んでいたり。
開店前のクリーニング屋の暗い窓の向こう、
アイロンの場所がいつもとは違っていたり。
パンジーの花が増えていたり。
朝顔の赤みが増していたり。
犬のウンコが落ちていたり。

同じ道を歩くのは嫌いじゃない。



少し前に書いたことではあるけれど、
『Quiet Influence~内向型人間のもつ秘めたる影響力』は、
本文→作者紹介→序→はじめに→謝辞の順序で訳していった。
順路とは言えない。

日本語へと置き換えるのに5週間。
当初は4週間の計画だったのだけれど。
残りの3週間を書き直しにあてた。
1回、2回……。
最終的には7回の書き直し。

それとて十分には程遠かったが、
時間的制約もあり最終稿として編集者の方に渡す。

ゲラ(校正刷り)として渡され後も、
(申し訳ない……)
と思いつつ、かなりの赤ペンを入れさせてもらった。
もう、ここまでくるとM体質なのかもしれない。

そうして黄色いカバーをかけられ、
本として手元にある今ですら。
まだまだ書き直したくてウズウズしている。

とはいえ、決して未完ではなく、
胸を張って読者の方へお届けできるものであるとの自負はある。
ただ、自分自身で納得のいかないところのあるだけで。
昨日、胸を貼っていた箇所が、
一夜開けると赤面したくなってくる。



もしかすると書き直しなんてしない方がいいのかもしれない。
実際にのところ、昔、ある編集者に助言して頂いたこともある。

それでもまだ自分に満足できないでいる。



同じ道を歩くのは嫌いじゃない。

歩く。

今日も。
明日も。

きっと、ずっと。

$ニューヨーク狂人日記
落ち葉が風の道を教えてくれた


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