病院の質の悪さが、患者の気持ちを踏みにじる事があることを、知ってほしいものです。

看護師は詰め所で、長電話のやり放題、話にもなりません。

私と妹は、母のおしめ交換などなんともなかったのですが、元気になった母に言わせれば

感謝していたみたいです。


当時、お風呂も普通に入れませんでしたから、よく清拭(身体を拭いてあげること)をしました。

それと母に一番いい病院を探すのに、一生懸命でした。


とにかくこの病院から転院させたくて頑張りましたね。

転院までには、いろいろとありました。

転院するには、転院先の病院に、紹介状を書いてもらわなければいけません。

母の主治医は院長でしたが、私たちが転院させたいリハビリのしっかりした、この病気に

強い病院には、院長は繋がりがなく、紹介状を書くことに、否定的でした。

それでも私たちは必死でしたから、転院先の病院から、、紹介状の書式を頂いてきて

やっと書いてくれました。


それが、やはり一筋縄ではいかないポンコツ病院ですから、院長は休診日の日曜に出てきて

紹介状を書き、わざわざ母の病室に顔を出し、「こんな天気のいい日に、わざわざ出勤させられて・・・」

といやみを言ったそうです。

自分がさっさと、勤務日に書き上げていればなんのことはないと思うのですがね。

院長からこんな感じですから、たいした病院ではないですね。

麻痺がひどくなるにつれて、動けなくなっていく母には、おむつがされるようになりました。

妹と交互に、おしめ交換をやりました。


食事も食べにくくなっていき、身体半分が麻痺していく中、食事も喉を通っていきません。

右側が麻痺したため、箸も持てず、スプーンやフォークで食事をしていました。

左手でスプーンを持ち食事をするのですから、時間もかかるし、病気で食欲もない、

それなのに看護師達は、食事介助もせず、なぜ食べないのかなにも聞かず、下膳してしまう。

脳梗塞で入院しているのに、血圧測定にも来ない、本当にでたらめな病院でしたね。


おしめ交換は、この病院では、ワーカーさんがやってくれるのですが、(ワーカーとは、昔は

補助婦さん、今では、ヘルパーさんです。)

そのワーカーからも病気の母に、厳しい言葉が飛んでいたことを、後で聞き怒りが収まりませんでした。

半身麻痺の母は、便をするのにも、一度に出ないのです。

身体半分が麻痺しているわけで、当然内臓も麻痺していますから、力が入らず、少しずつしか

用が足せないのです。

その母に、こともあろうかワーカーが言った言葉は、「ちょこちょこ出さずに、いっぺんに出してよ。」

と言ったらしいのです。

忙しいのは私たちも理解できます。

しかし、言葉とは、時に武器にもなります。

その日から気を使った母は、便秘になりました。


この病気の人は、あまり強く力んだりすると、血管が詰まったり、破裂したりします。

病院の職員が言うべき言葉ではない、ただでさえ病気で入院している患者に・・・・

そのワーカーに、食って掛かったことを、覚えています。

いつもと様子が違うと感じたら、なるべく早期入院をお勧めします。

処置が早ければ早いほど、元通りの身体に近い状態に戻りやすいです。

この病院は、すぐにリハビリの処置をしませんでした。


母の主治医は院長だったのですが、家族がリハビリの依頼をするまで、リハビリの指示も

出さず、めんどくさそうにスタッフに指示を出したのです。

まったく呆れてしまいます。

よく腕から手指まで固まって動かなくなっている方がいらっしゃいますが、

とにかくマッサージを繰り返しました。


ベットサイドでのROM(間接可動域)間接を曲げてあげたり、腕や足などを、

痛がらない程度まで動かしてあげるのです。

私がそんなことをしていたなんて、あの意識混濁中の母には、まったく覚えがないようですが・・・

今思い起こせば「痛い、痛い」と、痛いことばかり言っていました。

知らずに、リハビリを開始していなかったら、母の腕全部固まってしまっていたでしょう。