とらわれた天使の歌声
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ゼノ話その17



とらわれた天使の歌声



ゼノギアスで小説を書く。

最近はとんと御無沙汰で、ブログランキングのジャンルを小説にするのもなんかおこがましいんで変更しちゃったオイラなんですが考えてみれば不思議な話です。

現在手持ちのサイトは実は二代目サイトでして、初代のサイトを含めると間にブランクこそあれ、かれこれ10年ぐらいゼノギアスというゲームを題材に小説を書いています。


いったい何故、ゼノギアスというゲームでそんなに小説が書けるのでしょう?


ゼノが好きだから?


いや、たしかに好きなことは好きなのですがそれが小説が書ける理由だとはいえません。

単純に好きという気持ちが筆を進ませているというわけじゃないですね。理由はもっと別のところにあります。


元々オイラは物語を書くのは趣味なわけでして(実際ゼノギアスではないオリジナルの小説も未公開ですが書いてます)そしてまた、物語を書くために色々考えるのも好きなのですが、自分がテレビゲームというジャンルで出会ったゼノギアスというゲームに描かれていた「世界」ってのはそういう風に「考えて書くことを楽しむ」には格好のフィールドであったからなのです。

深く考え、想いを巡らすに足る、膨大なシナリオ(ゲーム本編以外に合計一万年分)、詳細な歴史設定、キャラ設定(これはいわゆるガチガチに固められたというニュアンスではありません)、確かに考えて考え抜けばいくつか破綻をきたす部分は存在するのですがそれでも「考え、想いを巡らす」には十分、あまりある「器」を備えているのがゼノギアスというゲームでありそんなゲームはおいらにとっては初めての出会いであり、その後も一度たりとも出会ったことのないという稀有なゲームであったわけです。


それではオイラの創作意欲を掻き立てるゼノギアスのなにが魅力なのでしょうか。


まず忘れてはならないのが登場するキャラの魅力ですね。

もともとおいらはゲームヲタクでも同人系でもないのでいわゆる「キャラ萌え」はしないんで、あんまし好きキャラどうのこうのってな動機でゼノギアスでお話を書くということはないわけでして、ここで言いたいのは主役キャラを含めて、ある意味(一体ダレが主役なんかわからんぐらい)サブキャラが皆魅力的でありそれが自分の創作意欲を刺激するってことですね。そしてまた、そのキャラひとりひとりがぞれぞれ詳細な「自分史」というものをもっているわけでして、それらを丹念にひも解いていくと作者が意図的に横のつながりをもたせた歴史を貫く壮大な相関図が描かれているのがわかり、ますますその意欲は大きくなっていくのです。。

実際、どのキャラ(それこそキスレブの一般兵士でも)をメインにしても、相当深く掘り下げたお話が書くに足るキャラ設定を備えているんですよね。ゼノギアスに描かれたキャラっていうのは。

そしてもうひとつはいわゆる「カップリング要素」。

ゼノギアスには公式非公式にかかわらず実に様々なカップリングが存在します。そしてそれは決して男×女のみならず男×男、場合によっては女×女も含め多種多様。

まあ、公式に設定されたカップリングは別として、非公式に関してはあからさまに「狙ってる」感は否めないわけですが(苦笑)これはこれで各々のキャラについて「深く考え、想いを巡らす」には多大なる貢献を果たしているわけなのです。


人と人との関係、心の交差を描くというのはやはり奥が深く、また自分自身が年齢を重ねていくにつれて、その見かたが変化し、とらえ方が変わっていくのもまた楽しいものです。まあ、それもゼノギアスについてこだわり続けた10年という長い歴史があるからこそ言えるわけなのですけど。

約1万年という時空を貫いた広大なシナリオと各部にわたる詳細な設定によって構築されたゼノギアス世界というフィールドの中で、そこに描かれた世界観を反映させつつ、自分なりに深く考え、想いを巡らし、新たなひとつのゼノギアスという物語を構築する。

これは考える事が好きなおいらにとって非常に楽しい作業でした。



かれこれ発売から10年以上たってもゼノギアスというゲームにはいまだに想うこと、考えることがまだまだたくさんあります。

自分にとっては最高のアイテムであるゼノギアス。

やっぱ好きなんでしょう。このゲーム。






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