「なぁ、やっぱり聞いておきたいんだけど。」

「なに?」


小夜子は身支度しながら社の言葉を聞いていた。蓮の予想通り、見送りはムリだった。


「いや、もう疑ってはないんだけど、蓮とは...。」


「あぁ、彼はね、私のお兄様なの。だから気にすることはないのよ。」


社には全く意味がわからない。蓮は久遠は一人っ子だ。まさかクーの隠し子でもあるまい。何を言っているんだという顔で小夜子を見る。


「蓮には兄弟はいないよ、俺の知る限り。」


髪をまとめながら小夜子は笑う。


「えぇ、血の繋がりはもちろんないわ。でも、お姉さまと結婚したんですもの、それならお兄様でしょ?実際、子どもの頃は妹のようにかわいがってもらったもの。」


蓮が結婚したのはキョーコちゃんだ。キョーコちゃんも一人っ子のはず。だが、そのキョーコちゃんを姉と慕う子がいた。いや、でも、そんな名前が違う。年は...あうかもしれない。でも、そんなこと認めたくない。社はパニック状態だ。これでもかと目を開いて素っ頓狂な声が出た。


「まっ、まりあちゅあんんん!!!?????」


「そうよ。そんなにかわったかしら?」


小夜子は『今日もいいお天気ですね』というぐらい、なんでもないことのように言う。


幼いころのマリアを思い出し、目の前の小夜子と重ねる。大きな目。明るめの栗色の髪。短くはなっているがふわふわとしたウェーブ。そう言われればマリアの面影がある。面影があるだけに、幼いころを知っているとこうしてつきあっていることが後ろめたい。小夜子の年齢は知っているが大人びているのでそんなことは思わなかった。でも、マリアだと言われてしまうと自分が犯罪者のような気持ちになってしまう。


混乱している社を見て今なら聞けるかも知れないと何気なさを装って小夜子からも質問をする。


「私も聞きたかったことがあるの。どうしてお姉さまは狙われなかったの?」


社は上の空で小夜子の質問に答える。魂がどこかに飛んでしまったかのように放心している。


「あぁ、それは蓮の記者会見のお蔭だね。結婚するのは久遠・ヒズリだって言ったから。あの詭弁とも方便ともつかない会見を見て、都合よく解釈したらしい。蓮は結婚しないって。そういうところがぶっとんでるよな。」


「あぁ、それで...」


身支度を終えた小夜子は社の横に座った。いたずらがバレた子どものように目をキラキラさせて。


「ねん挫した時は、歩けるからおろしてって言ったのに『子どもの頃はあんなに喜んでたのに』なんて言うんですもの。それに『前より重くなった』って。大人になったんだから重くなったんじゃなくて大きくなったのよ!なのにそんな風に言ってからかうんだもの。スカーフだって『社さんについてるなら君にもついてるはずだ、だからいつもしないスカーフをしてるんだろう』ってからかう気満々で。ねっ、私の話聞いてる?」


社はもう考えがまとまらない。小夜子の話もどこか他人事に聞こえる。魂を飛ばしたまま思いついたことから尋ねる。


「蓮はいつから知ってたの?」

「私のこと?お付き合いのこと?」

「両方。」

「私のことは、マネージャーとして挨拶した時から。だってアメリカでお姉さまの家に何度も遊びに行ってるもの。おつきあいのことはよくわからないわ。でも割と初めからだと思う。付き合う前にすでに『社さんはお勧め』って言われたもの。」


社はためいきをつく。一方の小夜子は楽しそうに種明かしをしていく。


「そう...。小夜子は偽名?」

「半分は本当。宮津はお母様の旧姓。本名は宝田マリア小夜子。」

「なんで名前を?」

「だって、社長の孫なんて仕事しづらいじゃない。それにおじい様との約束だったの。自分の力だけで仕事を覚えろって。それなら、後継者として考えてもいいって。」


その後も小夜子の説明は続いた。


小さいころ、『さよこ』と上手く言えなくてセカンドネームの『マリア』で通していたこと。『小夜子』は母リナが尊敬するモデルから名前をとったこと。ローリィが実はクオーターでイギリス貴族の血をひくこと。本名が宝田アルジャーノン隼人ということ。『隼人』は軍国主義の祖父がつけた名前で嫌っておりわざと『ローリィ』と名乗っていること。ビジネススクールはローリィや皇貴のやり方の方が数歩も先をいっていて学ぶべきことがないと思ってやめたこと。


宝田家の話を聞いていて気づいたことがある。いや、絶対に気づきたくなかったことだ。


俺は社長の孫に手を出したのか?!あの社長の?!社長もこわいが父である皇貴さんのほうがこわい。彼はローリィよりも柔和だが、その分絶対に怒らせたら恐ろしいはずだ。いや、どんな優しい人でも娘の恋人にはいい顔をしないものだ。社が何度目かのため息をつくと小夜子が心配そうに顔をのぞきこんだ。


「ごめんなさい、黙ってて。でも、これでもう隠し事はないのよ。」


小夜子を安心させるために微笑んで肩を抱く。


「なんでもないよ。ただ、ちょっと、いやかなり驚いたけど。でも、納得できることもあったな。初めて見た時は、モデルがいいと思ったんだ。リナさんの娘だ、当然だね。」

「お母様に似てると言われるのは嬉しいけど、私は裏方がいいの。」


「それも問題ないよ。勘の良さとか人を見る目とか、さすが社長の孫だよ。きっといい後継者になれるよ。でも皇貴さんはいいの?」

「お父様はアメリカで自分でお仕事をたちあげてるから、おじい様の仕事は継がないんですって。おじい様もあの通りだから、お父様のスキにすればいいっておっしゃってるし。」

「皇貴さんの仕事を継ぐ気はないの?」

「私はこの世界が好きなの。裏も表もいろいろあるけど、夢を売る仕事が好きなの。それに、お父様は再婚して弟がいるから大丈夫なの。まぁ、それも弟が望めばだけれど。」


社は小夜子を抱き寄せた。


「そうか。とりあえず、社長に挨拶にいかないとだな。」


そうとう気が重いが、絶対にばれている。早いに越したことは無い。それに早めに段取りをつけてアメリカにも挨拶にいかなくては。


「ねぇ、本当に黙っていたこと許してくれる?結婚辞めるなんて言わない?」

「いいよ、言いにくかったのはわかったから。小夜子がやめたいなら考えてもいいけど...やっぱりダメ。もう返事もらったし。」

「ユキヒトが嫌って言うなら...。うん、やっぱりダメ、約束は守らなきゃね。」


微笑み合って頬を寄せる。


「もう、隠していることは無い?」

「えぇ、もうないわ。」

「本当に?過去に結婚してたとかはなしだよ。まぁ、それでもかまわないけど。」


社が冗談めかして言った言葉に小夜子は憤慨した。


「そんなことあるわけないでしょう!おつきあいも初めてだったのに!」


社は凍りついた。今、なんて言った?


「初めて?」

「そうよ。」


小夜子はそっぽをむいて答える。


「俺が?」

「だって、初恋は敦賀蓮だし、おじい様とお父様が身近な男性だもの。そのへんの男なんて目に入らないわ。」


確かに周囲にいる男のレベルが高すぎてみる目は厳しくなるかもしれない。だからって俺が初めてつきあった男だなんて信じられない。初めてつきあったってことは全部初めてってことか?


「嘘だろ?だってこんなにイイモノだなんて思わなかったって。そんな兆候なかったし。」


社の言いたいことを理解して小夜子の頬に赤みがさした。


「だから、そういうことシタイと思うような男に今まで会わなかったんだもの。あんなにイイモノだなんて思ってなかった。それに『初めて』は必ず出血するなんて信じてないでしょう?」


社にとっては社長の孫だということよりも最後の告白が一番の爆弾だった。恐るべしラブモンスターの申し子。




☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


不定期更新におつきあいくださりありがとうございました。

小夜子の正体、わかった方いたかしら?

年の差でばれるかなと思っていましたが分かった方も黙っていてくださってありがとうございます。

私個人としては、この年の差はナイんですけど、まぁお話ですから良しとしました。


もうね、蓮×キョーコは絶対だしそれも引っ付くときは久遠であってほしい。

とかいいながら蓮とキョーコの両片思い状態が一番好きだし。

奏江の相手は飛鷹、千織の相手は光。

というのが私の中のカップリングなのです。

で、ヤッシーは?となって考えました。

年の差以外はマリアいいんじゃない?

だって、ヤッシーって世話好きで振り回され体質(?)、一方マリアはローリィ譲りの俺様気質、経営者としてもローリィのやり方を引き継げそうだし。

こう考えると、その年の差もいいスパイスかもなんて思えてくるからあら不思議。

上手く書けたかは別として少しでも雰囲気が出ていればと思います。

余談ですが、皇貴の仕事は宅配業です。もちろん経営者。日本並みの早い親切丁寧で全米展開中、全国に愛を配っています(笑)

ここまでおつきあい本当にありがとうございました (-^□^-)


あっ、あと1話

おまけ書きます

やっぱり今朝も先に目を覚ましたのは社だった。先に目が覚めるのは体力の差なのか単に年なのか。小夜子を腕に抱きながら柔らかな髪を弄ぶ。穏やかな寝顔はいつもの仕事の顔より幼く見える。


何の前触れもなく、唐突に小夜子が目を開けた。社と目が合うと柔らかく微笑む。その微笑みにつられるように微笑み返して、おはようのかわりにとても自然に言葉が口をついた。


「結婚しよう。」


言われたことをすぐにのみこめず、小夜子はキョトンとする。小夜子の顔を見て社は自分の言ったことに自分で驚いた。何しろ、意識せず、ホントに自然に出てきた言葉なのだ。


「あっ、いや、すぐ...とかじゃなくて。いずれ、その、小夜子がいいと思った時に。まだ、若いし、仕事もはじめたばっかりだし、その、あの。」



小夜子は徐々に理解して喜びに瞳が輝いて、すぐにまたすました顔に戻した。


「したいの、したくないの、どっち?」

「はい、結婚したいです。」

「そう、そんなに言うなら結婚してあげてもよろしくってよ?」


ニヤリと笑う小夜子に一矢報いようと体を反転させ組み敷いた。


「生意気な口だ、調子にのるなよ。」

「ねぇ、愛してる?」

「そうだね、愛してる。」

「じゃ、仕方ないわね。惚れたもの負けよ、我慢なさい。」

「小夜子は?」

「愛してるわ。」

「そうか、じゃあ、仕方ない。惚れたもの負けだ、我慢しろ。」

「何を?」

クスクスと笑う小夜子に口づけながら言った。

「俺に愛されるのを...。」

「いいわ、一生我慢してあげる...」


小夜子の言葉の最後の方は聞こえなかったかもしれない。





゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


小夜子はたんに朝が弱いんです。

名前通り、夜型です。










小夜子を避け続けて10日。今日は撮影最終日だ。打ち上げをして明日には蓮は帰国することになっている。あとは1か月後また映画のプロモのために来日する予定だ。


いくら避け続けても同じ職場で部下だ。限界がある。今回は新開監督の肝いりの映画で、いくら小夜子が優秀でもチーフの社が挨拶をしないわけにはいかない。こんなに気の進まない仕事がかつてあっただろうか。社は打ち上げの会場になるべく遅くに入った。皆がほろ酔い加減でいてくれれば早々に挨拶を済ませて帰れると思ったからだ。お目当ての新開監督やスタッフに挨拶をする。予想通り上機嫌で次もよろしくと言われた。辺りを見回すが当の蓮が見当たらない。それどころか小夜子もいない。監督に辞去を申し出て蓮を探す。主役がいないなんておかしい。スタッフに尋ねると二人してエレベーターの方に向かったと言う。エレベーター?ここはホテルのバンケットだ。蓮は明日早く帰れるようにここに部屋をとっている。直接空港へいくはずだ。


社はここ数日振り払っても振り払っても拭えない嫌な予感がすぐそこに迫っている気がした。


蓮が泊まるなら最上階だろうとエレベーターの最上階を押す。何度押しても動く速さは変わらないのに焦って何度もボタンを押す。ノロノロと動いてやっと最上階にたどり着く。左右を見回して小夜子を探す...と小夜子が蓮に抱えられるようにして歩いているのが見えた。慌てて駆け出し、近づくと小夜子が泣いているのがわかった。


「蓮、お前!」


自分でもどうしてそうしたのかわからない。社は蓮に殴りかかろうとしたが蓮はこともなげに社をよけた。アクションも自分でこなす俳優だし、なにより本当の場数を積んでいる。喧嘩なんて小学生の時以来の平凡な身の上の社がかなうわけがない。それでも、小夜子の涙を見て頭に血がのぼっている社は蓮に掴みかかった。


「なんで小夜子が泣いているんだ?」


突然の社の暴挙に蓮はキョトンとする。社は取り乱したせいで人前で『小夜子』と呼んだことに気が付いていない。その事実に蓮はフヨと口元をゆるませる。


「笑ってる場合か?」


胸倉を掴まれているのに余裕の笑みを見せる蓮が腹立たしくて仕方ない。蓮に敵わないことはわかっているが、どうにか1発くらいはお見舞いしたい。


「そうですね、そんな場合ではないです。この部屋はお二人に譲りますから、じっくりと話し合ってください。明日の見送りは結構です。」


蓮は固く握りしめられたシャツを難なく外すと先に社を次に呆然としている小夜子を部屋に押し込んだ。ドアを閉める前に小夜子に囁いて。


「きちんと向き合わないと欲しいものは手に入らないよ。それには正直じゃないとね。これは経験者からのアドバイス。そしてこれは励ましとほんのちょっとの嫌がらせ。」


囁きの最後には頬へのキスのおまけつき。意味ありげに社を見ると蓮は部屋を出て行った。


「さあて、下に戻るか。監督、まだつぶれてないかな。朝までつきあわせないと...。」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


痛いほどの沈黙。


社は意味ありげな視線を残して蓮が出て行ったドアを睨みつけていた。小夜子はそのドアの前から動くことができない。数分間の沈黙の後、社は口を開いた。


「帰る。どいて。」


小夜子はその声でようやく頭を動かし始めた。


「なぜ、?やっと話ができるのに。」

「話なんてないだろ。」

「だから、私のこと避けたの?話すことがないから?」

「そうだ。でも、蓮はムリだよ。魔がさすことはあってもキョーコちゃんと引き離すことはまずできない。」

「蓮はムリってどういう意味?」

「それを俺に言わせる?蓮は天然誑しだからって最初に言ったろ?まぁ、そばにいれば惚れるなってほうがムリがあるけど。俺はつなぎか何か?まぁ、それで構わないよ。どうせ始まりは同情だしね。もし、夜が寂しいならいつでもおいで。相性はいいみたい...」


小夜子の目から大粒の涙があふれ出した。先ほどの廊下でみた涙とは比較にならないほどポロポロと次から次に溢れてくる。


「ど、どうしてそんなこと言うの?ユキヒトに私の何がわかるの!?」

「わかんないよ。でも、蓮と二人であんな顔見せられちゃ俺の出る幕なんてないことはわかるよ。」

「あんな顔?」

「気づいてないのか?捻挫した時も、こないだのスカーフの時も。2人ともすごく親密だった。それ以外の時もなんだか仕事の顔じゃなかった。」


社が気付いていたなんて小夜子は思いもしなかった。上手く隠せていると思っていたのに、やっぱり女優はムリだと思う。なりたいなんて思わないけれど。


でも、もしかしたら、もしかして、希望があるの?これは嫉妬?


「嫉妬?」


社は小夜子を睨みつけた。殺してやりたいとでもいいたげな眼だが、その奥には情熱の炎も垣間見える。嫌われていない、いや、好かれている、もしかしたら愛されてると思うと嬉しくて仕方ない。だって、自分の物にならないならいっそのこと殺したいくらい愛してるって言うじゃない?


「愛しくて憎い?」


社はギリリと音が聞こえてきそうなくらい、奥歯を噛みしめる。どうしてだか、小夜子には手の上で転がされてばかりいる。年上の余裕を見せてやりたいのに、次の瞬間にはもう転がされている。小夜子は社に近づいて首に腕をまわす。社は硬直したまま動かず、小夜子がさっきまでいた場所をずっと見ていた。


「ねぇ、私はユキヒトだけのモノ。だから、あなたも私だけのモノ。いい?」


小夜子はのびをして唇にキスをした。社は反射的に小夜子の腰を支えようやく目をあわせた。


「俺だけのモノ?」

「そう、ユキヒトだけのモノ。私を笑わせるのも喜ばせるのも...悲しませるのもアナタだけ。」

「俺だけ?」

「そう、さっきはユキヒトが私と別れるつもりだと思っていたから。その考えが頭にこびりついていて仕事中なのについ泣いてしまったの。それで、会場から連れ出してくれたの。それだけよ。」

「でも...。」

「何がそんなに心配?」

「小夜子ならいくらでもいい男を選べるだろう?何も俺でなくても。」

「そう?褒め言葉として受け取っておくわ。でも、だからこそ選んだのよ。ユキヒトを。」

「...。」

「私、こう見えて人を見る目はあるつもりなの。私はユキヒトがいい。ユキヒトは?」


社は小夜子の瞳の奥をのぞきこむ。高飛車な物言いのわりには瞳は揺れていて不安が見え隠れしている。それがかわいいと思える時点でやっぱり負けは見えている。


あぁ、やっぱり完敗だ。


「小夜子がいい。」


言い終わるかどうかのタイミングで熱烈にキスをされた。2人きりの部屋でお互いの気持ちを確かめ合ったのだ、もうすることは決まっている。なだれ込むようにしてベッドにダイブする。明日の蓮の見送りはムリそうだった。