小夜子を避け続けて10日。今日は撮影最終日だ。打ち上げをして明日には蓮は帰国することになっている。あとは1か月後また映画のプロモのために来日する予定だ。
いくら避け続けても同じ職場で部下だ。限界がある。今回は新開監督の肝いりの映画で、いくら小夜子が優秀でもチーフの社が挨拶をしないわけにはいかない。こんなに気の進まない仕事がかつてあっただろうか。社は打ち上げの会場になるべく遅くに入った。皆がほろ酔い加減でいてくれれば早々に挨拶を済ませて帰れると思ったからだ。お目当ての新開監督やスタッフに挨拶をする。予想通り上機嫌で次もよろしくと言われた。辺りを見回すが当の蓮が見当たらない。それどころか小夜子もいない。監督に辞去を申し出て蓮を探す。主役がいないなんておかしい。スタッフに尋ねると二人してエレベーターの方に向かったと言う。エレベーター?ここはホテルのバンケットだ。蓮は明日早く帰れるようにここに部屋をとっている。直接空港へいくはずだ。
社はここ数日振り払っても振り払っても拭えない嫌な予感がすぐそこに迫っている気がした。
蓮が泊まるなら最上階だろうとエレベーターの最上階を押す。何度押しても動く速さは変わらないのに焦って何度もボタンを押す。ノロノロと動いてやっと最上階にたどり着く。左右を見回して小夜子を探す...と小夜子が蓮に抱えられるようにして歩いているのが見えた。慌てて駆け出し、近づくと小夜子が泣いているのがわかった。
「蓮、お前!」
自分でもどうしてそうしたのかわからない。社は蓮に殴りかかろうとしたが蓮はこともなげに社をよけた。アクションも自分でこなす俳優だし、なにより本当の場数を積んでいる。喧嘩なんて小学生の時以来の平凡な身の上の社がかなうわけがない。それでも、小夜子の涙を見て頭に血がのぼっている社は蓮に掴みかかった。
「なんで小夜子が泣いているんだ?」
突然の社の暴挙に蓮はキョトンとする。社は取り乱したせいで人前で『小夜子』と呼んだことに気が付いていない。その事実に蓮はフヨと口元をゆるませる。
「笑ってる場合か?」
胸倉を掴まれているのに余裕の笑みを見せる蓮が腹立たしくて仕方ない。蓮に敵わないことはわかっているが、どうにか1発くらいはお見舞いしたい。
「そうですね、そんな場合ではないです。この部屋はお二人に譲りますから、じっくりと話し合ってください。明日の見送りは結構です。」
蓮は固く握りしめられたシャツを難なく外すと先に社を次に呆然としている小夜子を部屋に押し込んだ。ドアを閉める前に小夜子に囁いて。
「きちんと向き合わないと欲しいものは手に入らないよ。それには正直じゃないとね。これは経験者からのアドバイス。そしてこれは励ましとほんのちょっとの嫌がらせ。」
囁きの最後には頬へのキスのおまけつき。意味ありげに社を見ると蓮は部屋を出て行った。
「さあて、下に戻るか。監督、まだつぶれてないかな。朝までつきあわせないと...。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
痛いほどの沈黙。
社は意味ありげな視線を残して蓮が出て行ったドアを睨みつけていた。小夜子はそのドアの前から動くことができない。数分間の沈黙の後、社は口を開いた。
「帰る。どいて。」
小夜子はその声でようやく頭を動かし始めた。
「なぜ、?やっと話ができるのに。」
「話なんてないだろ。」
「だから、私のこと避けたの?話すことがないから?」
「そうだ。でも、蓮はムリだよ。魔がさすことはあってもキョーコちゃんと引き離すことはまずできない。」
「蓮はムリってどういう意味?」
「それを俺に言わせる?蓮は天然誑しだからって最初に言ったろ?まぁ、そばにいれば惚れるなってほうがムリがあるけど。俺はつなぎか何か?まぁ、それで構わないよ。どうせ始まりは同情だしね。もし、夜が寂しいならいつでもおいで。相性はいいみたい...」
小夜子の目から大粒の涙があふれ出した。先ほどの廊下でみた涙とは比較にならないほどポロポロと次から次に溢れてくる。
「ど、どうしてそんなこと言うの?ユキヒトに私の何がわかるの!?」
「わかんないよ。でも、蓮と二人であんな顔見せられちゃ俺の出る幕なんてないことはわかるよ。」
「あんな顔?」
「気づいてないのか?捻挫した時も、こないだのスカーフの時も。2人ともすごく親密だった。それ以外の時もなんだか仕事の顔じゃなかった。」
社が気付いていたなんて小夜子は思いもしなかった。上手く隠せていると思っていたのに、やっぱり女優はムリだと思う。なりたいなんて思わないけれど。
でも、もしかしたら、もしかして、希望があるの?これは嫉妬?
「嫉妬?」
社は小夜子を睨みつけた。殺してやりたいとでもいいたげな眼だが、その奥には情熱の炎も垣間見える。嫌われていない、いや、好かれている、もしかしたら愛されてると思うと嬉しくて仕方ない。だって、自分の物にならないならいっそのこと殺したいくらい愛してるって言うじゃない?
「愛しくて憎い?」
社はギリリと音が聞こえてきそうなくらい、奥歯を噛みしめる。どうしてだか、小夜子には手の上で転がされてばかりいる。年上の余裕を見せてやりたいのに、次の瞬間にはもう転がされている。小夜子は社に近づいて首に腕をまわす。社は硬直したまま動かず、小夜子がさっきまでいた場所をずっと見ていた。
「ねぇ、私はユキヒトだけのモノ。だから、あなたも私だけのモノ。いい?」
小夜子はのびをして唇にキスをした。社は反射的に小夜子の腰を支えようやく目をあわせた。
「俺だけのモノ?」
「そう、ユキヒトだけのモノ。私を笑わせるのも喜ばせるのも...悲しませるのもアナタだけ。」
「俺だけ?」
「そう、さっきはユキヒトが私と別れるつもりだと思っていたから。その考えが頭にこびりついていて仕事中なのについ泣いてしまったの。それで、会場から連れ出してくれたの。それだけよ。」
「でも...。」
「何がそんなに心配?」
「小夜子ならいくらでもいい男を選べるだろう?何も俺でなくても。」
「そう?褒め言葉として受け取っておくわ。でも、だからこそ選んだのよ。ユキヒトを。」
「...。」
「私、こう見えて人を見る目はあるつもりなの。私はユキヒトがいい。ユキヒトは?」
社は小夜子の瞳の奥をのぞきこむ。高飛車な物言いのわりには瞳は揺れていて不安が見え隠れしている。それがかわいいと思える時点でやっぱり負けは見えている。
あぁ、やっぱり完敗だ。
「小夜子がいい。」
言い終わるかどうかのタイミングで熱烈にキスをされた。2人きりの部屋でお互いの気持ちを確かめ合ったのだ、もうすることは決まっている。なだれ込むようにしてベッドにダイブする。明日の蓮の見送りはムリそうだった。