少しだけの沈黙のあとに坊がおどけた調子で急いでつけくわえた。
「いいんだ、こんな奴、人間どころか鶏の風上にもおけないだろう?」

ガックリと肩を落とす坊に蓮は感心したように言った。

「君はやっぱり人間ができてるな。俺なんかとは全然違うよ。」

「そうだろう。敦賀君なら辛くても祝福してあげるだろう。ん?人間ができてる?」

「祝福?そんなことするわけないだろう?俺ならどんなに汚い手を使ってでも奪うね。」

途中から会話がズレている。坊は蓮に問い返した。

「えっ、どういう意味?」

「君は偉いよ。祝福できない自分を責めるなんて。それって相手の幸せを考えて祝福してあげなきゃって思ってるんだよね。本心から祝福できるかできないかは別としてさ。俺にはムリ。正直、今までの彼女たちには振られても笑って新しい彼と幸せにって言ってあげられていたんだ。今考えると本気で『好き』じゃなかったんだろうな。でも、今はそんなこと言えない。彼女の幸せはもちろん大事だけど、彼女なしでは俺の幸せがないんだ。彼女が手に入るなら泣いて縋るのでさえ厭わない。全世界を敵にしたっていい。だから、自分が辛いのに相手の幸せだけ考えて引こうとする君はスゴイと思うよ。」

まさか、そんな風に言われるとは思わずにキョーコはビックリする。

「敦賀君…なんか感心する点がずれてないか?それに綺麗事なんかじゃないんだ。敦賀君も言っていたろ?コクってギクシャクするよりこのままならずっと仲のいい仕事仲間でそばにいられるんじゃないかって。そんな打算なんだよ。」

「あぁ、そこは良くわかるよ。俺もずっとそう思ってたから。でも、もう限界なんだ。仕事仲間じゃ満足できない。誰かにさらわれるかもと思ったらいてもたってもいられないんだ。」

「そうなんだよね、僕じゃない誰かと笑ってケンカして仲直りして…仲睦まじくしてるなんて許せない。…敦賀君はスゴイな。それでも僕はこの気持ちを知られたらと思うだけで怖くて仕方ない。」

「だって、友人としてそばにいたって自分じゃない誰かと恋人になるのを見てるのなんて辛くて仕方ないじゃないか。どうせ、辛いなら当たって砕けた方がよくないか?まぁ、1度や2度砕けても諦める気はないけどね。」

「そうかも知れないけど…。」

「それに砕けないかもしれないじゃないか?まだ決まったわけじゃない。」

「それも怖いんだよ。万が一、砕けなかったら…。もし、もしもだよ?恋人になれたとして。しばらくの間は幸せな日々を送れると思うんだ。でもね、いつか終わりがくるだろう?そうしたら幸せを味わってしまった分、終わった後のその人のいない人生を考えると…それなら幸せな日々を知らないほうが耐えられるんじゃないかって思うんだ。」

「なんで終わること前提なんだ?」

「だって、僕だよ。いずれ飽きるに決まってる。」

「そんなに卑下する理由がわからないんだけど?」

蓮は眉根をよせる。

「いい男の代名詞みたいな敦賀君にはわからないよ。僕の気持ちなんて。」

「そんな風に言ってもらえているのは知ってるよ。でもそんなの見た目と役柄だよ。俺の中身を知ってもそんな風に言ってくれるかは甚だ疑問だね。」

「だって敦賀君は春の日差しのようだと評判じゃないか。」

「仕方ないだろ?そういうイメージで売ってるんだから。そう見えるようにしてるからね。今、君と話してるのが本当の俺に近いかな。ここで本当の俺を知ってるのは社長だけなんだ。社さんも俺の本名でさえ知らないくらいだ。まぁ、最近は本性がバレつつあるけど。」

「えっ?!マネージャーさんも知らないの?本当に?」

「まぁ、イロイロあってね。でもね…彼女は知ってるんだよ。」

「でも、さっき社長さんしか知らないって…。」

「もちろん本名とかの詳細は知らないよ。でも、彼女は感覚でわかってるんだよ、俺の中の汚い部分を。しかもロクに話したことない始めから。なのに細かいことを聞かずに俺を支えてくれるんだ。それも意図的じゃなく、本当に何気ない行動や言動が今の俺を支えてくれてるんだ。そんなことされたら惚れるなってほうがムリがあるだろう?魂の片割れだと、出会うべくして出会ったと思わないか?今までの辛かった出来事は全て彼女に繋がってたんだ、運命だったんだって思うんだよ。」




イロイロと悲しくなってきたキョーコだが、考えてみるとこれはチャンスかもしれない。『キョーコ』では敦賀さんに思いを告白することはできないけれど、『坊』ならできるかもしれない。本人にこんな気持ちを直接吐き出せるなんて二度とないだろう。もしかしたら、少しは気持ちの整理がつくかもしれない。

「そんなに聞きたいのかい?」

「そりゃ、聞きたいよ。」

「仕方ないなぁ。毒にこそなれ薬には絶対にならないけどそれでもかい?」

満面の笑みでブンブンと勢いよく蓮が首を縦に振る。坊に対する態度はどこぞの小学生のようだ。

「どんなこって言ってもなぁ。普通…ではないか。とにかく、美人だね。」

「ヘェ~、この業界の人かい?」

「まぁね。でも、その中でも際立ってるかな。」

「それはそれは…。でも、容姿にだけ惹かれるわけじゃないだろう?」

「もちろん、仕事に対する態度は尊敬に値するね。もともと才能があるにも関わらず人の3倍は努力してるしね。しかも、それに奢らないんだよ。場の雰囲気も大事にしてより良いものを作ろうとするしね。」

「それは素晴らしいね。けどあとは?この業界は才能も努力もたくさんの人が持ってるだろう?何かこう、もうこの人じゃないとみたいなのはないの?」

「うーん…。実は最初は嫌われてたんだよ。なんかこいつは生理的に無理!みたいな感じで。僕も嫌いだったしね、あんまりにも綺麗だからどうせ顔だけなんだろうって思ってたし。」

「それで?」

姿は『坊』なのにどんな表情をも見逃さないように蓮はじっと見つめてくる。真剣そのものだ。どんなに見つめても『坊』は眉も動かせないのに。

「だけどね、偶然にも仕事とかで関わらなきゃいけなくなってしまって。さっき言ったみたいな仕事に対する真摯な態度とかがわかったんだ。僕のこと好きじゃないくせにイロイロと世話焼いてくれてアドバイスとかくれてさ。そのうちにお互いの事情がわかり始めたらだんだんと打ち解けて。あとは、もう坂道を転げ落ちるようだったね、いつの間にか目が追っちゃうんだよ。アンテナがついてるのかってぐらい、ほんのちょっとしか映ってなくても、後ろ姿でも身体のほんの一部でもすぐわかる。今なんて足音だけでもわかるんだから、末期もいいところだ。相手が悲しいと僕も悲しいし、喜んでると僕も嬉しい。そんな気持ちになったことは初めてなんだ。もっと前にそんな風に思ったと勘違いしたことはあったけど今とは全然違うね。あれは相手を好きなフリをして自分の存在意義を確かめてたんだ。」

「どういう意味?」

「昔ね、盲目的に好きだった人がいたんだ。振り返ると好きだと思ってた人がいたって感じかな。相手が喜ぶことを考えて、自分のことは後回しにして何でもしてあげてた。ある時ね、別の人とキスしてるのを見てしまったんだ。今、僕の想い人がそんなことしてたらと思うと想像しただけで耐えられないね。あの時はショックだったけどそれだけだったんだ。」

坊はそこで呼吸を整えるように一息ついた。

「今、僕の想い人には好きな人がいるんだ。その人に会ったっことはないけれど、それはそれは素敵な人みたいなんだ。想い人がその人のことを語る時は本当に幸せそうで、あの様子からすると僕には微塵も勝ち目はないね。二人は、上手くいくと思うよ。想い人が本気になったら上手くいかないわけがないんだ。でも、僕はそれを祝福できない。上手くいかなきゃいいのにって、不幸を願ってる。そんな卑怯な奴なんだよ、僕は。軽蔑するだろう?好きな人の幸せを願えないなんてさ。」

蓮はおやっという顔をした。その表情を認めると坊は「なにか?」とかえす。

「いや、君も苦しい恋をしているんだね。相手はどんなこ?」

坊は驚いて後ろへ飛び退いた。

「なっ、なっ、なんなんだよ。何を根拠にそんないいががりをつけるんだ。」

誰がどうみても明らかに挙動不審な坊に蓮は苦笑いだ。

「いいががりって、どこがいいががりなのかな?羨ましいって言ったからなんとなく思っただけだけど、そんなに動揺したらYesと言ったも同然だよ。」

坊はしまったというように肩をふるわせた。「坊」の表情はかわらないのに、ジェスチャーだけでこれだけの感情を表すのはたいしたものだと感心する。しかも、番組中は声すら発しないのにだ。

「君には関係ないだろ?」

「つれないなぁ。恋バナっていうの?君は俺の数少ない友人なんだよ。本音でこんな話しできるのは君だけなんだ。」

「僕のことなんか何も知らないくせに。」

「全部とは言わないけど、知ってることもあるよ。嫌いな人間にバカ正直に嫌いと言ってしまったり、それでも非はちゃんと認められて謝罪できる。バカな相談にも誠意をもってのってくれる。口も堅い。俺にはすごくいい奴なんだ。」

柔らかく微笑まれて思わす頬が染まる。坊の中で良かった。そうでなければ、あの笑みに殺されていただろう。

「そうだな。確かに君の名前も知らない。そろそろ親交を深めてもいい頃だ。俺、今日はこれで上がりなんだ。ここで会えたのも、こんな時間に上がれるのも奇跡だよ。せっかくだからこの後飲みにでもいかないか?」

さっきよりもさらに坊は飛び退いた。そんなことできるわけない。『坊』のままでいけるならまだしも『キョーコ』でいくわけにはいかないのだから。

「あっ、ごめん。俺の予定を押し付けて。この後何か予定でも?」

キョーコは蓮からの助け舟に乗っかることにした。

「あぁ、実はちょっとね。だから、今日はすまない。」

「そうか、残念だな...。全く時間はないのかい?せめてお茶くらいどうだい?」

寂しそうな蓮につい坊が肯いてしまうと、うってかわって満面の笑みをみせられる。

「君の楽屋にお邪魔していい?楽屋ならその鶏マスクを外してもいいんだろう?」

坊はピキリと固まってしまう。楽屋には『キョーコ』の私物と服がある。誰がどう見ても女性ものだ。ましてマスクを外すなんて論外だ。

「えっと、このままじゃダメかな?敦賀君と話す時はいつもこの格好だから、このままのほうが緊張しないでいられるような気がするんだ。だから、いつものセット裏で話さないか?あそこならまず人も来ないし。」

「そう!なら色々と本音で話せるね。」

何やら都合よく解釈したらしい蓮と『坊』は連れだっていつもの場所へ移動していった。二人並んで腰をおろすとワクワクした表情で蓮は問いかける。

「で、どんなこ?」

坊はジトリと蓮を睨みつけ、ため息を吐く。もちろん、坊の中で、だ。

「敦賀君もかわってるな。そんなこと聞いてどうするんだよ。」

「だって、こんな話し誰とでもできないだろう。お互いに苦しい恋をしているんだ、同志じゃないか。」

「そりゃあ、敦賀君ほどの俳優ならスキャンダルだろうけど…。あっ、あの優秀なマネージャーさんとかと話せばいいじゃないか。僕なんかよりよっぽど頼りになるんじゃないか?」

「マネージャーって社さんだろ?頼りになるのは事実だけど、この件では話したくない。社さんは俺のことからかってばかりで。ヘタレだなんだと散々なんだ。」

「えっ?マネージャーさんは知ってるの?」

「なんか近しい人から見ると、俺の気持ちはバレバレみたいで。社さんは俺が自覚する前に俺の気持ちにもう気づいてたんだ…。他にも社長や、もしかしたら彼女の親友にもバレてるかもしれない。」

「!」

キョーコは絶句する。社さんや社長は人を見る目があるからわかるのだろう。彼女の親友はどんな人だかわからないからなんとも言えないが。それでも近しい人にバレバレなんて、自分は敦賀さんの想い人なんて全くわからない。近しい人にわかるのに、自分がわからないってことは、自分は敦賀さんの近しい人ではないのだろう。そこに思い当たると急に胸のあたりが重くなる。

「そっ、それなら彼女にもバレてるんじゃないか?敦賀君の話しじゃ賢い人のようだし。」

蓮はため息をつく。

「それが、他人の心の機微にはものすごく敏感なのに、自分に向けられる好意には酷く鈍感なんだよ。まぁ、いいんだ。今まではその方が仕事仲間として一緒にいられたから。でも、最近欲がでてね。俺の罪が消えたわけではないけれど、彼もこのまま贖罪の日々を送るのを望んではいないんじゃないかと思えてきて。都合の良すぎる解釈だけどね。そう思えるようになったら、もう彼女との関係が仕事仲間だけなんて我慢できなくなってしまって。近頃の彼女は前にも増して美しくなってしまって、いつ誰がさらってしまってもおかしくないんだよ。彼女が俺なんかなんとも思ってなくても、どうにかして振り向かせたいんだ。時間はいくらかかってもいい。だって、もう彼女以外欲しくないんだから。なんて、長くなったね。俺のことはいいから、君の話しも聞かせてよ。どんなこなんだい?君が好きになるくらいならいいこなんだろ?」

蓮の語りはさらにキョーコの胸を重くする。敦賀さんがそこまで好きになる人はどんな人なんだろう。きっと天使のような人に違いない。好きな人の幸せを喜べないような地獄行き決定の自分のような人間でないのは確かだ。