蓮はおやっという顔をした。その表情を認めると坊は「なにか?」とかえす。

「いや、君も苦しい恋をしているんだね。相手はどんなこ?」

坊は驚いて後ろへ飛び退いた。

「なっ、なっ、なんなんだよ。何を根拠にそんないいががりをつけるんだ。」

誰がどうみても明らかに挙動不審な坊に蓮は苦笑いだ。

「いいががりって、どこがいいががりなのかな?羨ましいって言ったからなんとなく思っただけだけど、そんなに動揺したらYesと言ったも同然だよ。」

坊はしまったというように肩をふるわせた。「坊」の表情はかわらないのに、ジェスチャーだけでこれだけの感情を表すのはたいしたものだと感心する。しかも、番組中は声すら発しないのにだ。

「君には関係ないだろ?」

「つれないなぁ。恋バナっていうの?君は俺の数少ない友人なんだよ。本音でこんな話しできるのは君だけなんだ。」

「僕のことなんか何も知らないくせに。」

「全部とは言わないけど、知ってることもあるよ。嫌いな人間にバカ正直に嫌いと言ってしまったり、それでも非はちゃんと認められて謝罪できる。バカな相談にも誠意をもってのってくれる。口も堅い。俺にはすごくいい奴なんだ。」

柔らかく微笑まれて思わす頬が染まる。坊の中で良かった。そうでなければ、あの笑みに殺されていただろう。

「そうだな。確かに君の名前も知らない。そろそろ親交を深めてもいい頃だ。俺、今日はこれで上がりなんだ。ここで会えたのも、こんな時間に上がれるのも奇跡だよ。せっかくだからこの後飲みにでもいかないか?」

さっきよりもさらに坊は飛び退いた。そんなことできるわけない。『坊』のままでいけるならまだしも『キョーコ』でいくわけにはいかないのだから。

「あっ、ごめん。俺の予定を押し付けて。この後何か予定でも?」

キョーコは蓮からの助け舟に乗っかることにした。

「あぁ、実はちょっとね。だから、今日はすまない。」

「そうか、残念だな...。全く時間はないのかい?せめてお茶くらいどうだい?」

寂しそうな蓮につい坊が肯いてしまうと、うってかわって満面の笑みをみせられる。

「君の楽屋にお邪魔していい?楽屋ならその鶏マスクを外してもいいんだろう?」

坊はピキリと固まってしまう。楽屋には『キョーコ』の私物と服がある。誰がどう見ても女性ものだ。ましてマスクを外すなんて論外だ。

「えっと、このままじゃダメかな?敦賀君と話す時はいつもこの格好だから、このままのほうが緊張しないでいられるような気がするんだ。だから、いつものセット裏で話さないか?あそこならまず人も来ないし。」

「そう!なら色々と本音で話せるね。」

何やら都合よく解釈したらしい蓮と『坊』は連れだっていつもの場所へ移動していった。二人並んで腰をおろすとワクワクした表情で蓮は問いかける。

「で、どんなこ?」

坊はジトリと蓮を睨みつけ、ため息を吐く。もちろん、坊の中で、だ。

「敦賀君もかわってるな。そんなこと聞いてどうするんだよ。」

「だって、こんな話し誰とでもできないだろう。お互いに苦しい恋をしているんだ、同志じゃないか。」

「そりゃあ、敦賀君ほどの俳優ならスキャンダルだろうけど…。あっ、あの優秀なマネージャーさんとかと話せばいいじゃないか。僕なんかよりよっぽど頼りになるんじゃないか?」

「マネージャーって社さんだろ?頼りになるのは事実だけど、この件では話したくない。社さんは俺のことからかってばかりで。ヘタレだなんだと散々なんだ。」

「えっ?マネージャーさんは知ってるの?」

「なんか近しい人から見ると、俺の気持ちはバレバレみたいで。社さんは俺が自覚する前に俺の気持ちにもう気づいてたんだ…。他にも社長や、もしかしたら彼女の親友にもバレてるかもしれない。」

「!」

キョーコは絶句する。社さんや社長は人を見る目があるからわかるのだろう。彼女の親友はどんな人だかわからないからなんとも言えないが。それでも近しい人にバレバレなんて、自分は敦賀さんの想い人なんて全くわからない。近しい人にわかるのに、自分がわからないってことは、自分は敦賀さんの近しい人ではないのだろう。そこに思い当たると急に胸のあたりが重くなる。

「そっ、それなら彼女にもバレてるんじゃないか?敦賀君の話しじゃ賢い人のようだし。」

蓮はため息をつく。

「それが、他人の心の機微にはものすごく敏感なのに、自分に向けられる好意には酷く鈍感なんだよ。まぁ、いいんだ。今まではその方が仕事仲間として一緒にいられたから。でも、最近欲がでてね。俺の罪が消えたわけではないけれど、彼もこのまま贖罪の日々を送るのを望んではいないんじゃないかと思えてきて。都合の良すぎる解釈だけどね。そう思えるようになったら、もう彼女との関係が仕事仲間だけなんて我慢できなくなってしまって。近頃の彼女は前にも増して美しくなってしまって、いつ誰がさらってしまってもおかしくないんだよ。彼女が俺なんかなんとも思ってなくても、どうにかして振り向かせたいんだ。時間はいくらかかってもいい。だって、もう彼女以外欲しくないんだから。なんて、長くなったね。俺のことはいいから、君の話しも聞かせてよ。どんなこなんだい?君が好きになるくらいならいいこなんだろ?」

蓮の語りはさらにキョーコの胸を重くする。敦賀さんがそこまで好きになる人はどんな人なんだろう。きっと天使のような人に違いない。好きな人の幸せを喜べないような地獄行き決定の自分のような人間でないのは確かだ。