久遠は毎日、時間の許す限り電話してきた。 それでも撮影の都合で電話をできないことも多い。そんなときは必ずメールがきた。キョーコの好きそうな花や景色があれば写真つきで送られてきたし、ただ『会いたい』というだけのメールもした。

久遠は何の用事もない電話やメールをすることができて浮かれていた。今までは、何かしらの用事がないと電話することができなかったのだから...。強いて不満をあげればキョーコの返信がそっけないことぐらいだろうか。キョーコも仕事中で上手いタイミングで返信できないが一日に2度は最低でもメールがくる。「おはよう」と「おやすみ」のメール。「おはよう」には今日の予定、「おやすみ」には今日の出来事が必ずついてくる。これに『会いたい』とか『愛してる』がついていれば最高なのに...。


21時すぎに電話が鳴った。キョーコは発信者を見て慌てて電話に出る。

「おはよう。そっちはこんばんはだね。」

久しぶりの久遠の姿と声。モニターを通したそれは嬉しいのにどこか緊張する。

「こんばんは。そしておはようございます。」

テレビ電話でもきちんとお辞儀するのがキョーコらしくてつい笑ってしまう。

「ちょっと待ってね。」

久遠が視界から消え、一旦久遠の足元が映ったと思ったら見事な朝焼けが見えた。深い緑の森の向こうに産まれたばかりの太陽。まだ柔らかな陽はあたりを優しく包んでいる。森の手前には湖があり風がないのか鏡のように森を映している。

「わぁ~。」

「すごく綺麗だろう?」

「えぇ、すごく...。」

キョーコは妖精さんがいそうと思わず口走りそうになったが、やめておいた。絶対にからかわれると思ったからだ。

「ふふふ。妖精が住んでいそうだろう?」

「そんなこと言ってません。」

「言ってないかも知れないけど、思ってたでしょ?」

むぅっと頬が膨れる様が可愛らしくて久遠はキョーコをからかうのをやめられない。

「もう、いいです。」


「そんな!まだ時間はあるんだ。切らないで。」

キョーコに電話を切られるかと思った久遠は慌てて引き留める。早朝でまだロケは始まらない。キョーコも今日の仕事は終わったはずだ。こんなにゆっくり、しかも顔を見て話せるのは久しぶりなのだ。

「景色はもういいから、久遠を見せて...。」

最後の方は段々と声が小さくなったが、久遠の聞き間違いではないはずだ。会いたいとはなかなか言ってくれないキョーコが美しい景色よりも自分の顔が見たいと言う。何とも言えず、こそばゆい気持ちになってからかうことで誤魔化した。

「あぁ、やっぱり妖精を見たい?この森に似合うだろう?」

モニターを自分に向ける。森はもう映らなくなったが明けていく空が久遠の後ろに鮮やかに映った。

「またそんなこと言って。どれだけからかえば気が済むの?」

「ん~?ずっと?俺だけの特権だし。」

「からかうのが特権って...。そんな意地悪な妖精さんはいません。」


しばらく、ロケ地のことやキョーコの仕事の話など他愛もない話をしていたら突然知らない声が割って入った。

「クオン!こんなところにいたの?朝食の時間よ?」

久遠が声をかけられて振り向きざまにシャツから零れ落ちそうな大きな胸が見えた。顔は見えないがキョーコとは対照的なスタイルだ。声の感じも若々しく、きっと久遠と同年代なのだろう。

「あら?テレビ電話?もしかして噂の恋人?」

モニターを覗き込もうとしてかがんだために女性の胸が久遠の目の前にきた。

「あぁ!ダメだよ。」

久遠は自らの体でモニターをブロックして慌てて電話を切った。

「また電話するから。じゃあまた!」


「どうして切ったの?久遠の恋人見たかったわ。」

「見世物じゃないよ。」

久遠は短い逢瀬を邪魔されてすこぶる機嫌が悪い。最初のうち撮影現場では久遠に言い寄る女性が後をたたなかったが、久遠は恋人がいるからと堂々と言っていたし一旦キョーコの話をしだすと賛美が止まらず辟易して誰も聞かなくなった。聞かなくはなったがそこまで褒め称える恋人がどんななのか気になるのは当然で...。


「ふ~ん。だって、クオンが言うような女神みたいな人がいるなら見てみたいじゃない?写真すら見せてくれないし。それにあんまり凄すぎて今じゃ言い寄る女性陣を蹴散らす嘘なんじゃないかとか、本当はゲイで相手が男性だから見せられないんじゃないかとか...。とにかく、いろんな憶測が飛んでるわよ。」


まさか、自分が写真を見せないことで嘘やゲイと思われるなんて思いもしなかった。キョーコの写真ならちゃんと持っているが、見せるわけにはいかない。「オルティス学園」の今の放送があと1か月で終わる。ちょうど「WOUNDED MOON」のプロモが終わるころだ。それが終わるまでは二人の交際は秘密にしなければいけない。本当はフィアンセだと言いたいのを我慢して恋人だと言っているのだ。ここで写真を見せてその努力を無にしてはならない。


「嘘でもゲイでもないよ。でも、写真は見せられない。もったいないからね。」



「うん、努力してね。」

こんなときに見せる久遠の笑顔はカイン丸をさらに甘くした笑顔で、本当にカワイイと思ってしまう。セツカではなくキョーコが久遠をカワイイと素直に思えることが嬉しい。以前だったら、そんな気持ちも否定していたから...。ポワンと胸の奥がくすぐったくなるのが何とも心地よくぼーっとしてしまう。


久遠は、なにやらトリップしているキョーコの胸元にある少し大きめのペンダントを指差した。

「ねぇ、それどうしたの?すごく似合ってる。真ん中はプリンセスローザ?」

薔薇のモチーフが浮きあがった円形のペンダントはアンティーク調の鈍色で薔薇の中心には小さめの石が埋め込まれている。

「これ?マルコさんが作ってくれたの。エンゲージリングをしばらくつけられないから長めのチェーンが欲しいって言ったら、それだとリングが傷つくよって。ほら、こうやって開けると中にリングが入っているの。石は...多分、プリンセスローザなんでしょうねぇ。」

「へぇ、それだといつも一緒にいられるみたいでいいね。マルコにお礼をいわなくちゃ。」

「本当に、これだと肌身離さずいられてすごくいいの。でも、お礼はいいかも。私たちの婚約を発表したら商品化するって言ってたから...。」

「はは。さすがマルコ。商魂たくましいね。」

「ふふ、本当に。」


急に久遠が真顔になるとキョーコの手に自分の手を重ねた。

「俺たちの結婚のことなんだけど、きちんと報告しないとと思ってキョーコのお母さんに今日会ってきたんだ。」

キョーコの顔から一気に血の気が引き表情が無くなる。久遠はキョーコの手を強く握った。

「それで、母はなんて?」

「おめでとうと...。式には...。」

「...来ない...でしょう?」

「あぁ。申し訳ないけど出られないと。」

「...そう。」


ジェフが未緒の母に結婚の報告に行った時さながらに冷たい返事をされた。まるで緒方監督が今日の様子を予知して先にドラマで再現したのではと思わせるくらい同じだった。いや、リアルなだけに後味が悪い。本当は『おめでとう』の一言もなかった。20歳過ぎているのだから好きにすればいいと言われただけだ。最初はキョーコと一緒に行こうと思っていたが、二人で挨拶に行く時間はしばらくとれそうもない。キョーコとは何かありそうなのは知っていたが、それでもキョーコの親に変わりはない。会見を見て知るのは問題だろうと思って一足先に挨拶にいったのだが、今となっては一人で良かったと思う。いったい、どうすれば娘にあれほど無関心でいられるのか暑苦しい親の愛しかしらない久遠には理解できない。いつかキョーコから理由を話してくれるだろう。

心配顔でのぞく久遠にキョーコはどうにか笑みをみせた。

「大丈夫、わかってるから。心配しないで。それより挨拶に行ってくれてありがとう。」

「いいんだ。ちゃんと言っておきたかったんだ。『御嬢さんを僕にください』ってね。許可はもらったから、返せって言われてももう絶対に返さないよ。」

茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる久遠に、今度は本当の笑みをキョーコは返した。母のことはもうとっくに諦めている。今は久遠がいてくれる。それに、久遠の両親が本当の娘のように接してくれている...。


「あっ、挨拶って言ったら私もお伺いしなきゃ。先生方、反対じゃないかしら?」

「そんなわけないだろう?前にも言ったけど、早くプロポーズしないと養女にする!って言ってたくらいなんだから。良かったよ、キョーコがプロポーズしてくれて。でなきゃ兄妹になっているところだった。」

「ん?私がプロポーズ?やだ、あれはそんなつもりじゃなかったって言ってるのに!」

「本当に?あれは誰がどう聞いてもプロポーズだよ?キョーコがそういうつもりじゃなくても他の誰にもあんなこと絶対に言わないでね。あんなこと言われたら勘違いするよ。」

「もー!そんなこと言うわけないでしょう?他の人にあんな風に思うわけないもの。」


そのあとは、やっぱり離れがたくて近くのバーに移り朝まで語り明かした。久遠のホテルもそんなに遠くはなかったが、あと1か月も会えないと思うと二人きりの部屋で理性を保つ自信がない。


「じゃあ、行くね。電話もメールもするから...。」

「うん。今度会う時は、『WOUNDED MOON』のプロモーションね。」

「なるべく早く戻ってこられるようにするから...。」

「ダメ。お仕事がんばってしてください。」

「俺が手を抜くと思ってるの?」

「ふふ。分かってます。そうだ、先生にプロモが終わったらご挨拶に伺いますって伝えておいてね。」

「う~ん。言ったら、こっちに飛んできちゃうんじゃないかな。だから、キョーコが来る間際に伝えるよ。」


もう行かなくてはいけない時間になっていたが、二人ともさきほどから同じ話を繰り返して動けずにいる。本当に、時間ぎりぎりになってようやく二人は「せーの」で歩き出すことにした。









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前にも書きましたが、どうしてもキョーコと母の確執(というよりは母からの一方的拒絶にしかみえませんが)の原因が想像できません。

和解させてあげたい気もしますが、原因が想像できないのでそうもいきません。

ただ、娘が未成年で家出しても芸能活動しても気にかけない母だから和解はできないんじゃないかと思ってしまうのです。それぐらい根深いのかなって。でも、その分クー夫妻がたっぷり愛してくれるので癒されるかと...。0か100かの対極ですけど (^▽^;)


あっ、でも本誌でそろそろ触れるのかしら?ぜひ、和解させてあげてほしいものです。



久遠はパリから帰ってきたが、日本での滞在時間はほんの数時間だけだった。

明後日にはアメリカで『久遠』としての映画の仕事が待っている。主役には程遠かったが『WOUNDED MOON』撮影前のオーディションでクーとの関係が知られる前に得たものだっただけに出ておきたかった。今となってはクーの息子というだけで役がもらえるなら、それを利用してもいいかと思えるほど開き直ってもいるし自信もあるのだが。


そんな慌ただしい中、ほんの少しでもキョーコの顔が見たくて立ち寄ったのだ。キョーコの仕事の都合で会えるのは21時すぎになってしまったが、それならばと久遠はもうひとつの用事を済ませていた。






キョーコが待ち合わせのカフェに慌てて入ると、すぐに久遠をみつけてかけよった。今は京子ではなくキョーコに戻っている。京子も売れっ子女優の仲間入りをしていたが、それでも素でいると気づかれないのは今も変わらない。サングラスや帽子で変装するよりも素で周囲に溶け込んでしまうのが一番気づかれない方法なので、プライベートでは素のままを通している。それでも、京子としてではなく素のキョーコに声をかけてくる輩が増えているのが困ったところだ。本人はナンパと気づかず、丁重にお断りしているが...。


久遠はサングラスをしていたが、何をしてもしなくても目立つのは変わらない。今もカフェ中の視線を独り占めにしていたから、キョーコにとっては誇らしくもある反面、面白くもない。おそらく『俳優やモデルの久遠』として気づかれたわけではないだろうが、とにかく目立つのである。とりあえず、キョーコは英語で話しかけた。今では英語を理解する日本人も少なくないが、会話を少しでも聞かせたくない。キョーコの英語に合わせて久遠も英語で返した。


「ごめんなさい。待たせちゃいましたよね。」

「いや、そんなことないよ。久しぶり...すごく会いたかった。」

サングラス越しにもわかるくらい甘い視線を送られてキョーコはドギマギしてしまう。会えなくて寂しかったのはキョーコも同じだが、甘い視線から逃げるように話を逸らした。

「夕飯まだでしょう?何か作ろうかと思って、ここからなら家も近いし。」


キョーコは20歳を機に一人暮らしを始めていたが送っていったことはあっても蓮も久遠も部屋にあがったことは無い。本当ならキョーコの手料理は食べたいし、家も見てみたいところだが、久遠は家でキョーコと二人きりになることがためらわれた。手を出さない自信がない...。久遠は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「残念だけどやめとくよ。明日は早い飛行機だし、レストランも予約してあるから...。手料理はまた今度ね。」

「そう?なら今度ね。」

キョーコはなんとなく久遠の態度に違和感を感じたものの違和感の正体に気づけずにいた。





レストランは落ち着いた雰囲気の個室だった。


「英語だと、敬語じゃなくなるからいいね。二人の時は英語にしようか?」

「だって、セツのときに鍛えられましたもん。日本語だと...確かについ敬語になっちゃいますね。」

「まぁ、英語でもかなり丁寧だけどね。それでも日本語よりは気安い感じでいいよ。いつか...。」

「ん?いつかなに?」

久遠は不破とキョーコの絶妙な掛け合いを思い出していた。別に掛け合い漫才のようなことがしたいわけではないが、気心の知れきった仲になりたいと思う。いつか、あんな風にお互い言いたいことを言い合えたらいいな...。もちろんすぐに仲直りして絆はさらに深まって...。そうは思っても不破とキョーコのような仲になりたいとは口が裂けても言いたくなかったので話題を変えることにした。


「何でもないよ。ねぇ、キョーコって呼んでいい?」

「なんなんです急に?」

「ダメ?」

「好きに呼んでくれていいのに、どうしてわざわざ聞くの?」

「だって、『キョーコちゃん』って呼んでって君が言ったんだよ。」

「そんなこと言ったっけ?」

キョーコは覚えていないのか、首をかしげる。

「ほら、ツインテールの頃、初めて会った時にそう言ったんだ。キョーコって呼んでいいのはショーちゃんだけだって。アレはショックだったなぁ。」

キョーコはうっと短く息を詰まらせた。久遠はニコニコと似非紳士スマイル久遠バージョンで追い打ちをかける。

「で、キョーコって呼んでいい?」

「だから好きに呼んでください!」

「キョーコ!」

「なに?」

「ん?呼んでみたかったんだ。ふふ、凄く嬉しい。」

先ほどの似非紳士スマイルと違って本物の笑顔を向けられると、神々しすぎて直視に耐えない。しかも、久遠の笑みはどこか少年ぽさもあって女心をくすぐられる。抱きしめて頭をグリグリと撫でまわしたい衝動にかられる。もちろん、キョーコがそんなことを本当にできるわけはないのだが...。そんな想像をするだけで頬が熱くなり、誤魔化すようにぶっきらぼうに答える。

「そんなことで嬉しいなんて...。それぐらいならお安いご用です。」

「だったら、もう一ついい?」

「ん?なに?」

「『久遠』って呼んで。『コーン』でもいいよ。」

「えっ?呼んでるでしょう?」

「『久遠さん』じゃなく『久遠』だよ。」

「でも、それは...。」

「俺はキョーコの何?フィアンセでしょ?だったら『さん』はいらない。」

「別にふぃ、フィアンセだって『さん』づけでもおかしくないと思うんだけど...。年が上で尊敬しているのは本当だし...。」

「そうかもしれないけど、イヤなんだ。だって、ブリッジロックはファーストネーム呼びじゃないか。それに『さん』とか『先輩』の敬称つきじゃ彼らと同じみたいで。キョーコは誰かを呼び捨てにすることなんて絶対ないだろう?それなら逆に呼び捨ては俺にだけ特別で、そのほうがもっと嬉しい。」

「...努力します...。」







☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


今日は蓮誕だというのに、特に何の企画もないこのブログ (^_^;)

思えばイベントってお話の中に出てこない...。

他サイト様でたくさん書いてくださっているので、それで満足しちゃってるんですよね。


そして久しぶりにアップしたと思ったら見事なブッタギリ!!

ホントすみません。