久遠はパリから帰ってきたが、日本での滞在時間はほんの数時間だけだった。
明後日にはアメリカで『久遠』としての映画の仕事が待っている。主役には程遠かったが『WOUNDED MOON』撮影前のオーディションでクーとの関係が知られる前に得たものだっただけに出ておきたかった。今となってはクーの息子というだけで役がもらえるなら、それを利用してもいいかと思えるほど開き直ってもいるし自信もあるのだが。
そんな慌ただしい中、ほんの少しでもキョーコの顔が見たくて立ち寄ったのだ。キョーコの仕事の都合で会えるのは21時すぎになってしまったが、それならばと久遠はもうひとつの用事を済ませていた。
キョーコが待ち合わせのカフェに慌てて入ると、すぐに久遠をみつけてかけよった。今は京子ではなくキョーコに戻っている。京子も売れっ子女優の仲間入りをしていたが、それでも素でいると気づかれないのは今も変わらない。サングラスや帽子で変装するよりも素で周囲に溶け込んでしまうのが一番気づかれない方法なので、プライベートでは素のままを通している。それでも、京子としてではなく素のキョーコに声をかけてくる輩が増えているのが困ったところだ。本人はナンパと気づかず、丁重にお断りしているが...。
久遠はサングラスをしていたが、何をしてもしなくても目立つのは変わらない。今もカフェ中の視線を独り占めにしていたから、キョーコにとっては誇らしくもある反面、面白くもない。おそらく『俳優やモデルの久遠』として気づかれたわけではないだろうが、とにかく目立つのである。とりあえず、キョーコは英語で話しかけた。今では英語を理解する日本人も少なくないが、会話を少しでも聞かせたくない。キョーコの英語に合わせて久遠も英語で返した。
「ごめんなさい。待たせちゃいましたよね。」
「いや、そんなことないよ。久しぶり...すごく会いたかった。」
サングラス越しにもわかるくらい甘い視線を送られてキョーコはドギマギしてしまう。会えなくて寂しかったのはキョーコも同じだが、甘い視線から逃げるように話を逸らした。
「夕飯まだでしょう?何か作ろうかと思って、ここからなら家も近いし。」
キョーコは20歳を機に一人暮らしを始めていたが送っていったことはあっても蓮も久遠も部屋にあがったことは無い。本当ならキョーコの手料理は食べたいし、家も見てみたいところだが、久遠は家でキョーコと二人きりになることがためらわれた。手を出さない自信がない...。久遠は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「残念だけどやめとくよ。明日は早い飛行機だし、レストランも予約してあるから...。手料理はまた今度ね。」
「そう?なら今度ね。」
キョーコはなんとなく久遠の態度に違和感を感じたものの違和感の正体に気づけずにいた。
レストランは落ち着いた雰囲気の個室だった。
「英語だと、敬語じゃなくなるからいいね。二人の時は英語にしようか?」
「だって、セツのときに鍛えられましたもん。日本語だと...確かについ敬語になっちゃいますね。」
「まぁ、英語でもかなり丁寧だけどね。それでも日本語よりは気安い感じでいいよ。いつか...。」
「ん?いつかなに?」
久遠は不破とキョーコの絶妙な掛け合いを思い出していた。別に掛け合い漫才のようなことがしたいわけではないが、気心の知れきった仲になりたいと思う。いつか、あんな風にお互い言いたいことを言い合えたらいいな...。もちろんすぐに仲直りして絆はさらに深まって...。そうは思っても不破とキョーコのような仲になりたいとは口が裂けても言いたくなかったので話題を変えることにした。
「何でもないよ。ねぇ、キョーコって呼んでいい?」
「なんなんです急に?」
「ダメ?」
「好きに呼んでくれていいのに、どうしてわざわざ聞くの?」
「だって、『キョーコちゃん』って呼んでって君が言ったんだよ。」
「そんなこと言ったっけ?」
キョーコは覚えていないのか、首をかしげる。
「ほら、ツインテールの頃、初めて会った時にそう言ったんだ。キョーコって呼んでいいのはショーちゃんだけだって。アレはショックだったなぁ。」
キョーコはうっと短く息を詰まらせた。久遠はニコニコと似非紳士スマイル久遠バージョンで追い打ちをかける。
「で、キョーコって呼んでいい?」
「だから好きに呼んでください!」
「キョーコ!」
「なに?」
「ん?呼んでみたかったんだ。ふふ、凄く嬉しい。」
先ほどの似非紳士スマイルと違って本物の笑顔を向けられると、神々しすぎて直視に耐えない。しかも、久遠の笑みはどこか少年ぽさもあって女心をくすぐられる。抱きしめて頭をグリグリと撫でまわしたい衝動にかられる。もちろん、キョーコがそんなことを本当にできるわけはないのだが...。そんな想像をするだけで頬が熱くなり、誤魔化すようにぶっきらぼうに答える。
「そんなことで嬉しいなんて...。それぐらいならお安いご用です。」
「だったら、もう一ついい?」
「ん?なに?」
「『久遠』って呼んで。『コーン』でもいいよ。」
「えっ?呼んでるでしょう?」
「『久遠さん』じゃなく『久遠』だよ。」
「でも、それは...。」
「俺はキョーコの何?フィアンセでしょ?だったら『さん』はいらない。」
「別にふぃ、フィアンセだって『さん』づけでもおかしくないと思うんだけど...。年が上で尊敬しているのは本当だし...。」
「そうかもしれないけど、イヤなんだ。だって、ブリッジロックはファーストネーム呼びじゃないか。それに『さん』とか『先輩』の敬称つきじゃ彼らと同じみたいで。キョーコは誰かを呼び捨てにすることなんて絶対ないだろう?それなら逆に呼び捨ては俺にだけ特別で、そのほうがもっと嬉しい。」
「...努力します...。」
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
今日は蓮誕だというのに、特に何の企画もないこのブログ (^_^;)
思えばイベントってお話の中に出てこない...。
他サイト様でたくさん書いてくださっているので、それで満足しちゃってるんですよね。
そして久しぶりにアップしたと思ったら見事なブッタギリ!!
ホントすみません。