翌日、久遠はパリへ出発した。
10日ほど滞在し、明日にはいったん東京へ戻ってくる。
久遠のパリコレデビューは大成功だった。ニューヨークでのお披露目は済んでいたがやはりヨーロッパでの特にパリでのお披露目は別格である。あのジュリの息子ということで親の七光りと陰口を言う者もいたが見事に実力で黙らせたのだ。『初めて』のパリでも臆せずに堂々としたショーは称賛を浴びた。久遠は初めてでも敦賀蓮は何度もステージに立っていたのだが...。
奏江たちを待つ間に見るともなしにつけたテレビではちょうどファッション番組が流れており、パリコレの様子が映し出されていた。綺麗な女性をエスコートしている久遠を複雑な心境で見つめていると部室の扉が開いて奏江と千織が入ってきたので慌ててテレビを消す。
「なんなのよ、一体。話があるからなんて呼び出すなんて。電話じゃダメな話ってなに?!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。こんなことでもないと会う機会はなかなかないんですから。私は京子さんとお会いできて嬉しいです。」
このところ、めっきり忙しくなり3人で会う機会はほとんどなくなっていた。もともと始終一緒にいるような世間一般のいうところの仲良しさんでもない。
「そんな...。私だって会いたくないというわけでは...。」
奏江が口ごもるのをよそに千織が椅子にかけながら口をきいた。
「で、お話ってなんです?大事な話なんでしょう?」
「その...えっと...。」
「何なの?早く言いなさいよ。」
「この度、わたくし、最上キョーコは久遠さんと結婚することになりましたっ!!」
一気にそれだけ言うと、キョーコはやっと肩の荷が下りたようにふぅっと息を吐き出した。
「?!」
奏江も千織も恐怖にひきつった顔をしている。
「アンタ、久遠ってこないだ『WOUNDED MOON』で共演したアメリカ人でしょ?いいの、そんなことして血をみることにならない?敦賀さんにはもう言ったの?あぁ、そうか連絡取れないんだっけ?本当にヘタレなんだから、肝心な時に何やってるのよ、モー!」
「?」
奏江の言っている意味が分からず、キョーコがきょとんとしていると千織が解説をした。
「つまり、突然現れた得体の知れないヤンキーに京子さんを奪われて敦賀蓮が暴れるんじゃないかと心配してるわけです。といっても敦賀蓮は自業自得ですよね。ヘタレ街道まっしぐらで何もしてこなかったんですから、横取りされても仕方ありません。」
「敦賀さんがへこもうが暴れようがどうでもいいのよ。それよりキョーコ、それでいいの?敦賀さんのこと好きだったんでしょう?なのにたった数か月ドラマで一緒だった外国人とお付き合いすっとばして結婚なんて...。自棄になるんじゃないわよ。」
奏江に『キョーコ』と名前を呼ばれたことで至福の時を噛みしめていたが、再度奏江に聞かれてハッとする。
「アンタ、敦賀さんのことどうするのよ?!」
「...わっ私が敦賀さんのこと...ってなんで知ってるの?!」
奏江と千織はお互いを見て同時にため息をつく。
「お二人の側にいた人はほとんど気づいていましたよ。お互いに思いあっているのを...。知らないのは当人同士だけだったんじゃないですか?」
「えぇぇぇ?!」
「本当に世話が焼けるわね。で、どうするの敦賀さんのことは?アンタが自棄起こして結婚するとは思いたくないけど、そうならまだ取りやめることはできるんじゃない?」
呆れたような奏江の声にキョーコは頬を染める。久遠も自分で言っていたがそんなに前から自分を好きでいてくれたなんてなんだか気恥ずかしい。それに自分たちの気持ちが周囲にわかっていたなんて...。自分ですら自覚したのはつい数か月前なのに...。
「えっと...。それは問題ないと思います...。」
「なんで?!」
キョーコはおもむろに敦賀蓮人形を取り出すと髪の毛を外した。蓮のスキンヘッドは違和感がありまくりだが、それでも格好いいことにかわりないのが何となく奏江には癪に障る。するとキョーコは鞄から金髪のウィッグをだし、顔そのものは敦賀蓮だが碧眼のマスクをかぶせた。それは敦賀蓮であって敦賀蓮ではない人形になった。
「...こういうことなんです...。」
奏江はさっぱりわからなかったが、千織がぼそりと呟いた。
「敦賀さんて外国人だったんですか?」
その一言で奏江も意味がわかったようだ。
「えぇぇぇ?!敦賀蓮が久遠ってこと?」
「はい。久遠さんがわけあって敦賀蓮という芸名で過ごしていました。」
「久遠ヒズリってことですよね?ということは父親はクー・ヒズリ、母親はジュリエナ...。」
キョーコは苦笑いで頷くと、だから『敦賀蓮だったんです』と久遠の闇の部分は大幅にはしょって親の名前のないところでどれだけやれるか試していたからと説明した。
「で、自信がついたから本来の姿に戻ると...。」
「京子さんも手に入れたいと...。」
「そういうことなら、『結婚』もわかる気がするけど、なんにしろヘタレってことね。」
「なんで?ちゃんとプロポーズしてくれたのよ?」
ちゃんとプロポーズしたのに『ヘタレ』と言われてしまうのがキョーコにはわからない。そもそも、敦賀蓮とヘタレという言葉は対極の意味の気がするのだが...。
「アメリカで活動するのに離れていて無茶苦茶不安なんでしょうねぇ。誰かにとられるんじゃないかって...。本当にヘタレもいい加減にしろっていう感じですね。」
「とられるって...。そんな物好きいないのに...。それを言ったら久遠さんのほうが!周りには凄い綺麗な人がたくさんいるのに...。」
奏江と千織はまたしてもため息をつく。キョーコの周りにはたくさんの馬の骨がいる。今は社が臨時マネージャーとして追い払っているが、蓮の時と違って自覚がない分大変そうだ。久遠もそのことを知っているから気が気でないのだろう。キョーコのほうの心配は一般的にはありうることだが、蓮を知る二人は間違ってもそんな心配は必要ないとわかっている。正直、愛が重すぎて普通なら窒息しかねないほどなのだ。
「はいはい。わかったわ。とにかく結婚おめでとう。私はアンタが幸せならそれでいいの。アンタの心配はハッキリ言って意味ないから!アンタの気の持ちようよ。」
「結婚されてもお仕事は続けますよね?」
「それは、もう!仕事は続けます。」
「ならいいんです。ご結婚おめでとうございます。」
「でね、二人にお願いなんだけど...。ブライズメイドをお願いしたいの。」
奏江は強硬に反対したが、親友なのにとなき脅しに負け仕方なく引き受けた。時間が来たので仕事のために部屋を後にした。二人で玄関に向かいながら千織は奏江に対する疑問を口にする。
「奏江さん?なんでそんなにブライズメイド嫌がったんです?クーやジュリエナと親しくなれるチャンスですよ?」
「それはいいのよ。でも、あの子の選ぶドレスよ?どんなメルヘンチックなドレスなんだか...。フリフリなんてこっぱずかしすぎて着られないわよ!」
「あぁ、そういうことだったんですね。そこはもう『親友』のために我慢するしかないですね。それでは、また。」
千織はフリフリのドレスを着た奏江を想像し黒い笑顔でそそくさとマネージャーの車に乗り込んでいった。