プロモーションは大成功だった。

ドラマとタイアップした商品の売れ行きも好調だし放送が始まったドラマ自体も高視聴率をたたき出している。久遠はアルマンディの撮影のために一足先に帰国してしまっていた。キョーコはプロモが終わるといくつかの細々した仕事をこなしたあとに数日遅れて渡米することになっている。『オルティス学園』の翌シーズンの撮影のためでもあるが、まずは久遠の両親に挨拶にいくことになっている。


クーやジュリが祝福してくれるかはいささか不安だが、久遠が絶対に大丈夫だと言い張るのでそれを信じるしかない。それよりも気になるのは久遠の態度だ。どことなくぎこちない態度が続いている。こんな状態でクーやジュリに会いに行ってしまっていいのだろうか。この結婚をためらっていないのか、どこかできちんと久遠に確かめないといけないと思いつつ、はっきりさせたくない自分もいて結局キョーコは久遠の帰国前に聞くことができなかった。電話やメールは変わりなくマメにくる。喉元まででかかるのだが、やはり直接聞くべきだと思ってぐっとこらえていた。





空港には久遠が迎えに来ていた。


たった3日ぶりだが、会えなくて寂しかったとか無事について良かったとか会えて嬉しいとか、甘々なことをのたまうのは、いつもの久遠らしいのだが...。さりげなく荷物を持ってくれるときとか車までエスコートするときとかはやっぱりキョーコに触れないように注意を払っているような気がしてならない。キョーコは空港からクーの家までの車中で久遠に切り出そうと思っていた。思ってはいたが、いざその時になるとどう切り出していいのかわからない。


キョーコの物憂げな様子に久遠は車を路肩に止めて身体ごとキョーコの方を向いた。

「疲れちゃった?どこか体の具合でも悪い?」

「ううん。大丈夫。どこもなんともないの。」

大丈夫というもののキョーコの顔色は優れない。電話の様子では変わった様子はなかったのだが...。

「何か心配事?」

「あの...。あのね、もしも...。もしも、やっぱり、この結婚をやめたいのな」

キョーコが最後まで言い終わらないうちに久遠はキョーコを強く抱きしめた。

「嫌だ!愛してるんだ!キョーコは俺と結婚するの嫌になったの?取り消しなんてさせないよ?!嫌だって言うならこのままどこかに閉じ込めてどこにもいかせない。俺、本気だよ?!」


久しぶりに久遠の体温を感じてついキョーコはうっとりしてしまったが、久遠の口から出た言葉にぎょっとする。

「嫌なんて言ってない!久遠のほうこそやめたいんじゃないかって思ったから、それなら解放してあげなきゃって思ったの。私でいいの?」

「キョーコでなきゃだめなのに...。なんでそんなこと言うの?」

「だって...。だって、こないだテレビ電話に映った女性...。私は正反対だから...。」

久遠に抱きしめられたままモゴモゴとキョーコは答えた。

「テレビ電話?」

「...。ボンキュッボンって...。」

「?」

キョーコのボギャブラリーは時に久遠には理解不能のことがある。

「ぼんきゅぼん?」

「だっ、だから、すんごいスタイルのいいボンキュッボンって砂時計みたいな女性が...。」

「砂...どけい?」


そこでようやく、久遠は理解した。理解した途端に安心して大きな声で笑ってしまった。腕には力がこもる。

「はっははは!そっ、そんなこと気にしてたの?馬鹿だなぁ。」

屈託なく笑う久遠に安堵するものの真剣に悩んでいたキョーコはプクリと膨れて抗議する。

「そんなに笑わなくてもいいじゃない!すごく真剣に悩んでたのに!」

「ぼんきゅぼん?そんなことどうでもいいんだ。俺はキョーコがキョーコでいてくれればそれでいいんだから。万が一、キョーコがパンパンに膨らんでも愛せるよ?しわくちゃのおばあちゃんになっても...ね?」

「ぱんぱん?しわくちゃ?」

「うん。反対に俺がパンパンになったりしわくちゃになってもそばにいてくれる?」

「...。」

返事のないキョーコに久遠は不安になり少し腕を緩めて顔をのぞきこむ。

「キョーコ?」

「久遠がぱんぱんとかしわくちゃとか想像つかないんだけど...?」

「...そこ?とにかくずっと一緒にいてくれる?」

キョーコはコクリと頷くと久遠の背中に手をまわす。

久遠はもう嬉しくて何も考えられず、キョーコの顎に指をかけ上向かせるとゆっくりと顔を近づけていった。

キョーコも自然と目を閉じる。




ブッブゥ~!!!


通りすがりの車が追い抜きざまにクラクションをならす。我に返った二人は慌てて互いの腕を離した。赤く染まる互いの頬、何とも言えない沈黙。


「あっ...。父さんたちが待ってるから行こうか?」

「あっ、はい。」


久遠は再びエンジンをかけた。





゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


キスぐらい、いいじゃん!と我ながら思います...。


キョーコが違和感を感じたのはテレビジャック中の控室でのことだ。社が打ち合わせのため席を外していたのでキョーコは久遠とお茶を飲みながら雑談をしていた。それはいつものことなのだが、何かしっくりこない。


すでに何本かの番組に出演しドラマの宣伝をした。聞かれることはたいてい同じだが、なるべく違う言い回しで答えるようにはした。久遠も同じように答えていく。あるバラエティーではベッドシーンを掘り下げて聞かれ赤くなってシドロモドロになってしまったが、タレントとしての京子は天然純情キャラであったため笑いをとれてよかったのかもしれない。ちょっと下品な質問に久遠が似非紳士笑いを発動したときはどうしようかと思ってしまったが...。


が、違和感はそんなことではない。違和感の正体が掴めずモヤモヤとしていたところに社が帰ってきたのでキョーコはお茶を淹れるために席を立った。


「お疲れ様です。今、お茶を淹れますね。」

「あぁ、ありがとうキョーコちゃん。この後は夕方のニュースまで休憩だから...。」

社は座ろうとしてソファーセットを見る。キョーコは二人掛けのソファーの右端に座っていた。テーブルを挟んで反対側の二人掛けのはすむかいに久遠が座っていた。テーブルのわきにはそれぞれ一人掛けのソファーが置いてあったので久遠に近い方に社は腰かける。マネージャーとはいえ、キョーコに近い方は久遠の怒りを買いそうだから社はいつも少し距離をとるようにしている。


「遅かったですね。何か問題でも?」

久遠が尋ねると社は首を振った。

「いや、大したことは無いよ。ただの業務連絡。」

「はい、お茶どうぞ。」

キョーコがお茶を淹れると社の前に差し出し、自分のもといた席に座る。

「ん~。キョーコちゃんが淹れると局のお茶もおいしいよね。淹れ方が上手いんだなぁ。ホント、いいお嫁さんになるよ。」

『誰の』とは言わずにからかうような視線を久遠に向ける。久遠はなんでもないことのように答えた。

「そうですね。彼女と結婚する男は世界一幸せ者です。」

顔色一つ変えずに堂々と惚気る久遠に社は苦笑いだ。

「その言い方、お前ってやっぱりアメリカ人だな。でも、良かったよ。俺のいない間に控室でいちゃこらしてたらどうしようかと思ってたから。」

「そんな!俺だって場所はわきまえていますよ。」

「ふーん、ならいいんだけどさ。」


男二人はのんきに笑いあっていたがキョーコはそんな心境ではなかった。


いいお嫁さんうんぬんは気恥ずかしく聞いていたが、そのあとのいちゃこら発言でキョーコははっとした。違和感の正体は久遠との距離だ。ドラマ撮影中は休憩時間には同じようにおしゃべりしていた。でも、こんな風に一番遠くに座ってはいなかった。庭はベンチだったから隣だった?ブランケットを広げて地べたに座っているときだってもっと近かったし控室のソファーだって隣に座ったりしていた。久遠との微妙な距離に気づいたとたんにキョーコは寂しさを感じてしまった。ぴったりとくっついていなくても久遠の体温を感じる距離はとても贅沢で心地のいいものだ。そりゃ、キョーコには過剰に感じる久遠のスキンシップは恥ずかしくもある...。歩くときに肩や腰を抱いたり、サヨナラのキスをしたり...。例の事件の後にはそんなことはしなくなったけれど、それでもこんな風にかしこまった距離はなかった。いつからだろう?アメリカから帰ってきてからだろうか。とっさに思い浮かんだのはテレビ電話でチラリと見えた見事なボディ。アメリカに一人でいるうちに冷静になって考えたのかしら?やっぱり、私なんて女としての魅力はない...わよね。


キョーコがネガティブ思考の小部屋に迷い込んでいるとスタッフが呼びに来てスタジオへ移動することになった。局の廊下を移動中、久遠はいつも通りキョーコのほんの少しだけななめ前を歩いていた。特別距離をとられているわけではない。そうではないのだが、いったんネガティブ思考にかたよったキョーコにはどうしても距離があるような気がしてしまう。局の廊下には時折、段ボールや一体何に使うのかと首をかしげたくなる塊が置いてあったりする。そんなものがある時は久遠がさっと移動して通りやすくエスコートしてくれるのはかわらないのだが...。いや、違う。以前なら手を引いてくれたり肩を抱いてくれたのに、ここ最近は触れることなく視線で誘導する。


気づいてしまうと、そんなことばかりが目についた。椅子は引いてくれるが椅子から立つときに手を出して支えてくれることは無い。鞄を持とうとするときもお茶を受け取ろうとするときも決して手を触れないようにする。並んで立つときも触れないように一歩ひいているし...。考えすぎ?婚約がわからないように?でも人前でなくても誰もいなくてもそうなのだ。しかも、何かの拍子に二人きりになると、なんとなくよそよそしくなる気がしてならない。どこがおかしいとははっきりと言えないが何かが違うという気がしてならない。


久遠はとにかくキョーコに少しでも触れないように気をつけていた。婚約がまだ秘密ということもあったが、それよりも大切なのは大将との約束だ。ソファーに隣に座るくらいいいのかもしれない。手をつなぐくらいいいのかもしれない。背に手をあててエスコートするのも。でも、ふとした時に彼女の香りがしたり温もりを感じるとダメなのだ。抱きしめたくなるし、キスしたい。それ以上だって...。彼女が婚約してくれたのだからそうする権利があると思うと、とにかくほんのちょっとのことでスイッチが入ってしまいそうで怖いしやめられなくなりそうなのだ。だから、今はできるかぎり離れていようと思う。でも、傍にいられることがこの上なく幸せで。ヤマアラシってこんな感じなのかなと思わずにはいられなかった。






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久遠の勘違いです!

だってキョーコは棘出してないもの ( ´艸`)



久遠が「WOUNDED MOON」のプロモーションのために日本に帰ってきた。

記者会見、テレビ局ジャック、タイアップ商品のポスター撮りやCM撮影ととにかく忙しいスケジュールが組まれている。そのどれもが主役のキョーコとセットなので久遠はご機嫌だった。


記者会見


緒方と京子、久遠が並んで壇上に座った。キョーコが座る時には椅子を引くのを忘れない。普通なら会見場のスタッフが椅子を引くのだが久遠は自らエスコートした。アメリカ人の久遠がするとスマートで実に様になる。記者たちも別段気にも留めなかった。

席に着くと久遠はキョーコの胸元にエンゲージリングの入ったロケットを見てほくそえんだ。入って来ただけでフラッシュがたくさんたかれ、きっと久遠のだらしない笑みも撮られただろうが、そんなこと構いやしない。ほとんどの人にはドラマの完成を嬉しく思っているのか、たくさんの取材陣に笑みをむけただけと思われる程度だろう。


記者:DARKMOONの続編ということで、大変、話題になっていますが原作にないお話をどうして作ろうと思われたのですか?


緒方:京子さんの未緒を見てからずっと考えていたんです。彼女の演じた未緒は一見、原作とはかけ離れて見えますが根底にある感情はきちんととらえられていました。彼女の未緒が「DARKMOON」を「月籠り」とは違った作品にしてくれたといっても過言ではなかったと思うんです。その未緒に未来を作ってあげたくなったんです。そこから思いついたのが「WOUNDED MOON」なんですよ。ですから、主役は京子さん以外には考えられなかったですね。


記者:監督がべたぼめのようですが、演じてみて京子さんはいかがでしたか?


京子:そんな風におっしゃっていただいて、とても嬉しいです。ありがとうございます。「DARKMOON」の未緒がベースになっていましたから、その辺りはとても自然に入っていけてやり易かったです。ただ、今回はほとんど英語でしたし、初めてのチャレンジもあって無我夢中でやった部分がたくさんあったように思います。


記者:初めてのチャレンジとはベッドシーンのことですよね?いかがでしたか?


京子:///

   とっ、とにかく夢中で...。相手役の久遠さんに助けられてどうにかできたという感じです。


頬を染めるキョーコがチラリと久遠に視線を送る。その視線を追って記者も久遠に話を振った。久遠には記者の頬が赤くなっているのが気に入らない。可愛らしいキョーコを見ての反応は仕方ないのかもしれないが、気に入らないものは気に入らない。どうせならここで婚約発表をしてしまいたいぐらいだ。


記者:...と、京子さんはおっしゃっていますが久遠さんはいかがでした?


久遠:こちらこそ、京子さんに助けられてどうにかできたという感じです。サービスカット的にあるベッドシーンではなく、未緒やジェフの感情の結果のベッドシーンだったので、そういった感情がきちんと伝わってくれればと思っています。


緒方:大丈夫です。ちゃんと伝わると思いますよ(笑)


記者:久遠さんはこのドラマがドラマ初主演ですよね?演技は初めて?


久遠:全くの初めてではないです。子役で何本か映画に出ています。


記者:モデルをされていて急にドラマに出る気になったのはどうしてですか?それもなぜ日本のドラマに?


久遠:両親の影響で芝居は好きでしたから、メディアに出ることはなかったですが独学で勉強はしていたんです。ただ、両親のことでプレッシャーが大きくてなかなか自信がもてなかったんですが、いつまでも引きこもっていてはいけないと思いまして...(笑)そんな時にこのドラマのオーディションの話を伺ったんです。父の出演したドラマのリメイクのスピンオフ、これは神の啓示かと...。芝居をするのにアメリカだから日本だからということでは選びません。やってみたいと思うものがあればどこででもやりたいと思います。とはいえ、まだまだ役を選べるほどではありませんから仕事さえいただければ何にでも挑戦してみたいと思います。


記者:お父様であるクーはなんて?


久遠:父はやりたいことは何でもやってみろという人ですから...。ただ、父と同じ俳優を選んだことは嬉しいみたいです。


記者:そうですね。奥様のジュリエナさんに嫉妬してましたものね(笑)


一連のジュリ浮気報道を思い出し、会場が笑いに包まれる。


久遠:その節はお騒がせしましてすみませんでした。


記者:まさか、クーの息子さんとは思いませんでしたからね。そのつてで役をとったと思われる方もいるのでは?


緒方:そんな風に勘ぐる方もいるのはわかっていますが、オーディションの時は誰も知りませんでした。久遠さんが出るなら私も出たいとおっしゃったのはジュリエナさんのほうです。その時に初めて家族のことは聞きましたから。


記者:...そうですか。お母さまと共演されていかがでした?


久遠:身内だと思うと何とも恥ずかしかったのですが...(笑)でも、役者としては尊敬できる人ですね。ちょっとした表情とか仕草とか、とても勉強になりました。


記者:ジュリエナさんと共演してみて京子さんはいかがでしたか?


京子:私も勉強させていただきました。アメリカの上流階級なんて想像もつきませんでしたから(笑)モデルさんだけあって所作とかがすごく綺麗なんです。


記者:ジュリエナさんてどんな方なんです?


京子:それはそれは美しいです。女神様みたいです!!でも、とっても気さくで話しやすくって少女のようにかわいらしいところもあって...。


久遠:母は女優としての彼女も、プライベートな彼女も気にいったみたいで京子さんの控室に入り浸りでとってもご迷惑をかけたみたいです(笑)


京子:ご迷惑だなんて?!そんなことありません!こちらこそとっても可愛がっていただいて恐縮しているんです。


記者:話は変わりますが、何でも敦賀さんも出演されたとか?休養宣言からパッタリ姿を現さなくて失踪かとも言われていましたが本当に出演されたんですか?


緒方:えぇ。ほんの数カットですが百瀬さんと一緒に出演してくださいました。


記者:どんな様子でした?


緒方:どんなと言われても...。元気でしたよ。あぁ、でも少し変わったかな?


記者:変わったとは?


緒方:何ていえばいいのかな?雰囲気が柔らかくなってました。肩の荷が降りたというか何というか...。それに年相応に見えましたね。ほら、彼は実年齢より年上の役が多かったでしょう?今の彼なら逆に大学生くらいの不器用な恋愛ものとかでもいけそうですね。あっ、それいいな。今度オファーしてみようかな?


記者:敦賀さんの大学生ですか?しかも不器用な恋愛ものですか?なんだか想像つかないですけど...。どうしてそんな風に変わったんだと思われますか?


緒方:さぁ、どうしてでしょうねぇ?僕にはわかりませんけど、役の幅が広がるのはいいことだと思いますよ。


緒方がニッコリと微笑んで久遠の方を見たので、さすがにドキリとしてしまう。ベビーフェイスのくせに侮れないからいただけない。緒方は久遠を見たのだが緒方と久遠の間に京子がいたものだから記者は京子に微笑んだのかと思って話を振った。


記者:京子さんも敦賀さんに会われたんですよね?緒方監督の言うように変わられていましたか?


京子:どうでしょうか?敦賀さんが優しいのはいつものことですから。でも、私も敦賀さんの大学生役見てみたいです(笑)


そのあとは撮影でのエピソードが2~3語られ、和やかに会見は終了した。久遠は入ってきたときと同じようにキョーコの椅子をひき立たせると、並んで退場した。