キョーコが違和感を感じたのはテレビジャック中の控室でのことだ。社が打ち合わせのため席を外していたのでキョーコは久遠とお茶を飲みながら雑談をしていた。それはいつものことなのだが、何かしっくりこない。
すでに何本かの番組に出演しドラマの宣伝をした。聞かれることはたいてい同じだが、なるべく違う言い回しで答えるようにはした。久遠も同じように答えていく。あるバラエティーではベッドシーンを掘り下げて聞かれ赤くなってシドロモドロになってしまったが、タレントとしての京子は天然純情キャラであったため笑いをとれてよかったのかもしれない。ちょっと下品な質問に久遠が似非紳士笑いを発動したときはどうしようかと思ってしまったが...。
が、違和感はそんなことではない。違和感の正体が掴めずモヤモヤとしていたところに社が帰ってきたのでキョーコはお茶を淹れるために席を立った。
「お疲れ様です。今、お茶を淹れますね。」
「あぁ、ありがとうキョーコちゃん。この後は夕方のニュースまで休憩だから...。」
社は座ろうとしてソファーセットを見る。キョーコは二人掛けのソファーの右端に座っていた。テーブルを挟んで反対側の二人掛けのはすむかいに久遠が座っていた。テーブルのわきにはそれぞれ一人掛けのソファーが置いてあったので久遠に近い方に社は腰かける。マネージャーとはいえ、キョーコに近い方は久遠の怒りを買いそうだから社はいつも少し距離をとるようにしている。
「遅かったですね。何か問題でも?」
久遠が尋ねると社は首を振った。
「いや、大したことは無いよ。ただの業務連絡。」
「はい、お茶どうぞ。」
キョーコがお茶を淹れると社の前に差し出し、自分のもといた席に座る。
「ん~。キョーコちゃんが淹れると局のお茶もおいしいよね。淹れ方が上手いんだなぁ。ホント、いいお嫁さんになるよ。」
『誰の』とは言わずにからかうような視線を久遠に向ける。久遠はなんでもないことのように答えた。
「そうですね。彼女と結婚する男は世界一幸せ者です。」
顔色一つ変えずに堂々と惚気る久遠に社は苦笑いだ。
「その言い方、お前ってやっぱりアメリカ人だな。でも、良かったよ。俺のいない間に控室でいちゃこらしてたらどうしようかと思ってたから。」
「そんな!俺だって場所はわきまえていますよ。」
「ふーん、ならいいんだけどさ。」
男二人はのんきに笑いあっていたがキョーコはそんな心境ではなかった。
いいお嫁さんうんぬんは気恥ずかしく聞いていたが、そのあとのいちゃこら発言でキョーコははっとした。違和感の正体は久遠との距離だ。ドラマ撮影中は休憩時間には同じようにおしゃべりしていた。でも、こんな風に一番遠くに座ってはいなかった。庭はベンチだったから隣だった?ブランケットを広げて地べたに座っているときだってもっと近かったし控室のソファーだって隣に座ったりしていた。久遠との微妙な距離に気づいたとたんにキョーコは寂しさを感じてしまった。ぴったりとくっついていなくても久遠の体温を感じる距離はとても贅沢で心地のいいものだ。そりゃ、キョーコには過剰に感じる久遠のスキンシップは恥ずかしくもある...。歩くときに肩や腰を抱いたり、サヨナラのキスをしたり...。例の事件の後にはそんなことはしなくなったけれど、それでもこんな風にかしこまった距離はなかった。いつからだろう?アメリカから帰ってきてからだろうか。とっさに思い浮かんだのはテレビ電話でチラリと見えた見事なボディ。アメリカに一人でいるうちに冷静になって考えたのかしら?やっぱり、私なんて女としての魅力はない...わよね。
キョーコがネガティブ思考の小部屋に迷い込んでいるとスタッフが呼びに来てスタジオへ移動することになった。局の廊下を移動中、久遠はいつも通りキョーコのほんの少しだけななめ前を歩いていた。特別距離をとられているわけではない。そうではないのだが、いったんネガティブ思考にかたよったキョーコにはどうしても距離があるような気がしてしまう。局の廊下には時折、段ボールや一体何に使うのかと首をかしげたくなる塊が置いてあったりする。そんなものがある時は久遠がさっと移動して通りやすくエスコートしてくれるのはかわらないのだが...。いや、違う。以前なら手を引いてくれたり肩を抱いてくれたのに、ここ最近は触れることなく視線で誘導する。
気づいてしまうと、そんなことばかりが目についた。椅子は引いてくれるが椅子から立つときに手を出して支えてくれることは無い。鞄を持とうとするときもお茶を受け取ろうとするときも決して手を触れないようにする。並んで立つときも触れないように一歩ひいているし...。考えすぎ?婚約がわからないように?でも人前でなくても誰もいなくてもそうなのだ。しかも、何かの拍子に二人きりになると、なんとなくよそよそしくなる気がしてならない。どこがおかしいとははっきりと言えないが何かが違うという気がしてならない。
久遠はとにかくキョーコに少しでも触れないように気をつけていた。婚約がまだ秘密ということもあったが、それよりも大切なのは大将との約束だ。ソファーに隣に座るくらいいいのかもしれない。手をつなぐくらいいいのかもしれない。背に手をあててエスコートするのも。でも、ふとした時に彼女の香りがしたり温もりを感じるとダメなのだ。抱きしめたくなるし、キスしたい。それ以上だって...。彼女が婚約してくれたのだからそうする権利があると思うと、とにかくほんのちょっとのことでスイッチが入ってしまいそうで怖いしやめられなくなりそうなのだ。だから、今はできるかぎり離れていようと思う。でも、傍にいられることがこの上なく幸せで。ヤマアラシってこんな感じなのかなと思わずにはいられなかった。
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久遠の勘違いです!
だってキョーコは棘出してないもの ( ´艸`)