今のはなんだったのだろう。
久遠が慌てて出て行ったドアを見ながら今起こった出来事を反芻する。
そう、始めはどこに住むかという話だった...。
キョーコとしてはどちらでも構わないと思っている。もし、アメリカに住むとしたら、奏江やだるまやの二人、マリアやその他親しくなった人たちと離れるのは寂しい。けれど、それよりも久遠のそばにいたいと思う。あとは仕事が気がかりだが、アメリカでだって仕事が全くないわけではない。現に連続ドラマの仕事が1本だがあるのだ。日本では主役をもらうことも増えてきたが、別に主役にはこだわらない。芝居ができればそれでいい。それならば久遠の仕事を優先させて構わない。せっかく『久遠』に戻れたのだからスケールの大きな仕事をしてほしい。それだけの実力が彼にはあると思うから。それに、アメリカにはクーとジュリエナがいる。忙しくてそんなに会う機会はもてないかもしれないけど、久遠と結婚すれば本当に自分のお父さん、お母さんになるのだ。
明日、久遠に話そう。アメリカに拠点をおこうと...。
あれ?なんで話の途中で久遠は出て行ったんだっけ?
キョーコは話の流れを順を追って思い出そうとする。
あぁ、そうだ。久遠が拗ね始めたんだ。キョーコがスキとか言ってくれないと言い始めて...。
でも、それは勘弁してほしい。奥床式日本人だしおまけに超恋愛初心者なんだからそんなこと言われても恥ずかしすぎる。それでも、あのおねだり顔には勝てなくて一生懸命言ったのに!まさかいけずスィッチがオンになるなんて思いもしなかった。初めて『敦賀蓮』に会った時の意地悪は久遠の素だったんだと改めて思う。素の久遠はけっこう、いやかなり子どもっぽい。でも、自分には最初から素の久遠を出してくれていたんだと思うとなぜかキュンキュンしてしまうから始末が悪い。
これからもあのいけずスィッチが度々入ることがあるのだろうか。それは少し困る。だって恥ずかしすぎる。でも、自分にしかみせない顔だと思うとくすぐったい気もするし...。
そんなことをツラツラと考えていたら急にキョーコの顔がボンっと赤くなった。
キスされたんだ!
あま~いあま~いキス。
ジェフと未緒としてなら何度もキスをした。
久遠とも何度かキスはしたことがある。再会した時とプロポーズしてくれた時...。でも、こんな甘くて痺れるようなものではなくて軽いやつだった。
キスに種類があることは何となく知っていたし、未緒の時は段々と関係が密になるにつれてキスも変わっていった。言葉はないのに気持ちが伝わってくるなんてあのとき初めて知った。
さっきのキスは...。『スキ』がたくさん詰まってた。ガールズトークで聞いてはいたけれど、スキな人とのキスがあんなに幸せなものなんて、想像の範囲を超えている。今ならベインデーの悪夢をあんなものキスの内に入らないと自信を持って言うことができる。
もっとキスしていたかったなぁなんて破廉恥な考えを振り払おうとして首を振るとソファーに横たわったままの自分の身体が目に入った。
途端に今度は全身が真っ赤になる。
ブラウスはボタンが外され見えてはいないもののブラがずれている。スカートは裾がたくしあげられていた。
キョーコは自分に落ち着けと言い聞かせながら、服の乱れを直した。いくら天然記念物的純情乙女だって何が起きようとしていたのかは分かっている。今時の学校では性教育だってしっかりあるし、ついこないだはベッドシーンだってこなしたのだ。この年になるとガールズトークだってかなりえげつない。そんな話は聞きたくなかったが、恋愛を避けていたキョーコにとって彼女たちからの情報は芝居に役立つこともあり目立たないように同席していたものだった。
―スキな人とだと気持ちいいいよね―
うん。恥ずかしいけどそうだと思う。
―なんかさぁ、碌に話もしないで『それ』だけみたいになっちゃうともう終わりかなぁって―
話?そういえば話の途中でそんな雰囲気になっちゃったんだっけ...。
―胸がないからつまんないとか言うんだよ。あればあるでデブとかいうくせにさぁ―
―うちの彼氏は大きさより感度だって言ってるけど?つきあって長いから刺激がないんだよ。たまには誘惑してみたら?―
そう、久遠の手が胸に触れた時だった...。急に慌てて離れたっけ...。
『ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ』
なんで謝るの?だって結婚するんだよね。結婚するってことはつまり、そういうこともするわけで...。こんなつもりってどういうつもりだったの?やっぱり私とは結婚したくないっていうこと?