「そういえば、お前たちはどこに住むんだ?」
クーが尤もな質問を口にするが久遠とキョーコはお互いの顔を見合わせて絶句する。結婚式のことも考えていなかったのだから新居まで考えているわけがない。二人の様子にやや呆れながらクーは二人でよく話し合うようにと言って今夜は遅いからとお開きにした。
「あぁ、久遠。キョーコの荷物はあなたの部屋に運んでもらったから。」
ジュリはさも当たり前のように言った。
「えっ?!」
驚く久遠を見て反対にジュリが驚いてしまう。
「なぜ?あなたたち婚約したのでしょう?私たち、そんなに野暮じゃないわよ。」
「あっ、いえ。長時間のフライトで疲れているのでキョーコにはゲストルームを用意してもらっていいですか。」
「別に構わないけど...。」
ジュリは不審そうに久遠をみやる。久遠のことだから片時も離したくないものだと思っていた。それとも少年のうちに親元から離れてしまったからジュリの思う久遠ではないのかもしれない...。でも疲れていると言っていた。それってこれ以上キョーコを疲れさせたくないって意味かしらとも考える。長年の片思いを思えば我慢できないのかもしれない。自分の新婚時代を思えばそういう意味かも知れないと思って頬が緩む。ジュリはそれ以上は追及しないでゲストルームを準備するように言いに行った。
コンコン
久遠がゲストルームにキョーコの荷物を運んできた。
「何か、必要なものはある?」
「いえ、別に...。」
キョーコは化粧室に行っていたのでジュリと久遠の会話は知らない。最初からゲストルームが用意されていたものだと思っている。
「...さっきの話だけどキョーコはどうしたい?」
「どうって?」
「どこに住みたい?っていうか仕事をどうしたい?」
「...。とりあえずお茶でもどう?」
キョーコはソファーに目をやり久遠に座るように促した。
「じゃあ、お邪魔します。」
キョーコがお茶を淹れ久遠の横に座る。
「キョーコはどちらで仕事をしたい?」
「私はどちらで仕事がしたいなんて選べるほどの役者じゃないから...。私の仕事の中心は日本にあるもの。」
「もし選べるなら...というか仕事があれば日本には拘らない?」
「そうね。別に家族がいるわけではないし...。モー子さんや仲良くなったみんなと会えなくなるのはちょっと寂しいけれど、今だって忙しくて頻繁に会えるわけではないし。」
「...。」
「久遠は?久遠はどうしたいの?」
「俺は、久遠でも蓮でも仕事があればどちらでもいいんだ。」
「久遠は...。久遠でも敦賀蓮でもどちらでもアメリカで仕事できるわね。それに、今はアメリカの仕事のほうが魅力的なんじゃない?」
沈黙は肯定。いくつか久遠や蓮にきている仕事の台本を読んだがキョーコが見ても心惹かれるのはアメリカでの仕事が多かったように思う。
久遠が口を開く。
「本当にどちらに仕事の拠点をおいても構わないんだ。でも、どっちつかずでお互いにいったりきたりしてすれ違いばかりというのは嫌なんだ。ちゃんと一緒に暮らしたい。」
「仕事をやめろとは言わないの?」
「やめたいの?そんなわけないだろう?」
「...仕事は好き。でも離れるのもイヤ。」
久遠は表情を失くした。それってつまり俺と一緒にいたいってことだよな?!久遠は嬉しすぎておかしくなりそうだった。
固まったままの久遠を見てキョーコは余計なことを言ってしまったと思った。重たい女だと思われただろうか。仕事も久遠も両方欲しいなんて我がままだと思われた?
「本当に?!俺と一緒にいたいって思ってくれるの?」
喜色満面で声をあげる久遠に尻尾が見えるようだ。まるで引きちぎれそうなほど尻尾をふって喜ぶ大型犬...。
「だって...。だから結婚するんでしょう?」
大型犬が尻尾をふるのをやめた。途端に上目づかいでおねだりするカイン丸ならぬ久遠丸があらわれる。
「だって、キョーコは寂しいとか会いたいとかスキとか愛してるとか言ってくれないじゃないか...。俺ばっかりスキすぎて...。なんか不公平だ。」
最後にはふてくされてそっぽを向いてしまった久遠にキョーコは目を丸くする。そう言われればそんなことはほとんど言ったことがない気がする。でもだからといって久遠のこの態度はいかがなものか。まるでお菓子やおもちゃをほしくてダダをこねてる子どもだ。それが自分にだけ見せる姿なのだと思うと可愛いと思えてしまうから病も末期な気がする。
「あの...。言わないとダメ?」
「...。」
久遠はチラリとキョーコを見たが返事もせずまたそっぽを向く。この調子では何がしかの言葉を聞くまでは機嫌を直してくれそうもない。本当はキョーコだってたくさんたくさん久遠のことを思っている。でも、面と向かってなんてとても言えない。恥ずかしすぎる。
キョーコは久遠の背中にしがみついた。とても顔はあわせられない。久遠の背中に顔を埋めて小さくつぶやく。
「スキ...。そばにいたい...。」
本当に小さな声だったけれど久遠にはそれで十分だった。くるりと向きをかえるとキョーコを腕に囲う。
「嬉しい。ありがとう。キョーコ、スキだよ。」
恥ずかしさで真っ赤になり今度は久遠の胸に顔を埋めている。久遠はキョーコの顔が見たいのだが顔をあげてはくれそうもない。それならばとキョーコの頭にキスを一つ落とす。それでもあげないので今度はうなじに、耳にキスを落としていく。キスの雨にキョーコは久遠の腕の中でだんだんと小さく丸くなってしまい、ますます顔が見られない。どうしてもキョーコの顔が見たくて久遠は抱き寄せていた腕を緩めてソファーの背にキョーコを押しつけた。キョーコは肩を押さえられ身動きがとれないが顔は下げたままだ。
「ねぇ、顔見せて?」
あま~い声で言う。
「イヤ...。」
キョーコは下を向いたままぶんぶんと首を振る。
「なんで?キョーコの顔見たい。」
さっきよりも耳に近いところで声を落として囁かれる。
「だって、真っ赤だもの。恥ずかしい...。」
「うん。だからかわいいキョーコの顔が見たい。」
もうほとんど耳に口がついた状態で囁く。声音にはネズミをいたぶる猫のような愉悦がまじっている。
「...いけず...。」
「いけ?何それ?」
もう耐えきれないとばかりにキョーコが顔をあげ一気にまくしたてる。
「意地悪っていってるの!私はそういうことは言いなれてないの!思っていても言えないの!がんばって言ったのにこれ以上意地悪しないで!!!」
キョーコは恥ずかしいのと追い詰められたネズミの心境で顔が真っ赤だ。薄っすらと涙も浮かんでいる。キョーコは分かっているのだろうか。それが何とも色っぽく、嗜虐心を煽るのを...。それに『思っていても言えない』ってことは『思っている』わけで...。
久遠は唇にキスをした。思いの丈をこめて...。
始めはキョーコも驚いて身を固くしたがすぐに警戒を解いた。当然のようにキスは深くなっていく。キョーコの肩を押さえていた手は勝手にキョーコの身体を撫で始めた。久遠の手がキョーコの胸に達したとほぼ同時にソファーに倒れこんだ。倒れた拍子に足がテーブルに当たりカップがガチャリと音をたてる。
カップの音に久遠は我に返りキョーコから身をはがした。
「ごめん!!こんなつもりはなかったんだ...。」
慌てて出ていく久遠をキョーコは呆然と見送った。
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あれ?話し合いはどこへいった?