「蓮、お前ネットで騒ぎになってるぞ。」
「何のことです?」
社は手袋をつけると手持ちのタブレットで動画を見せた。それは一昨日蓮が小夜子を助けた映像だった。
「へー、結構遠かったのによく撮れているものですね。」
「お前なぁ、呑気なこというなよ。」
「何か問題でもありましたか?」
「大半は蓮が優しいって意見だけど、中には宮津さんを中傷するようなものもある。」
「でも、あの場合は仕方ないでしょう?足を捻挫してしまったんですから。」
それは社も分かっている。フェミニストの蓮があのまま小夜子を見捨てるわけがない。かなり酷く捻ったようで今は強制的に休みをとらせている。そうでもしないとすぐに動き回ってしまうからだ。ただ気になるのは蓮と小夜子の表情だ。蓮も昔のような嘘くさい笑顔はほとんどしなくなった。だが、やはり営業スマイルはあるのだ。小夜子に見せたあの笑顔…。あれは親しい者にだけ見せる笑顔だった。そして、小夜子の素の笑顔…。あれも仕事中には見せないものだ。あの時、一体二人の間で何があったのか…。
「なぁ、この時何の話をしてたんだ?」
「何って?大したことは話してないと思いますよ。多分、足痛めたの?とかだと思いますけど。どうしてです?」
「いや、お前も宮津さんもプライベートな顔してたからさ。そんなとこ、ファンの前で見せないだろう?」
蓮は珍しく間をとってから答えた。
「そうですか?そんなことないと思いますけど、だとしたらきっと動揺してたんですよ。」
答えといい、答えるまでの間といい、表情といい何やら嘘くさい。長年つきあってきたのだ、すぐにわかる。蓮は何か隠している。だが、問い詰めてもとぼけて終わりだろう。
「まっ、これ以上の騒ぎにはならないと思うけど気をつけてくれ。それから、宮津さんはしばらく現場には来られないから。かわりに俺がくるから。」
「そんなに酷いんですか?」
「安静にしてればいいんだろうが、あの性格だから動いちゃうんだよ。内勤にしようと思ったんだけどそれでもじっとしてそうもないからな。とりあえず、3日は自宅療養でそのあと内勤で3日。あとは診察結果次第だ。」
蓮はおかしな笑みを浮かべた。
「なんだよ?なんかおかしいか?」
「いえ、良くわかってるなぁと思いまして…。」
「?」
何が言いたいのかわからない社は眉をひそめる。
「宮津さんは入社したばかりでしょう?良くわかってるなぁと思いまして。」
「どっちかっていうとわかりやすいだろう?あれの負けん気の強さは…。」
今度は明らかにニヤニヤ笑いで蓮は答えた。
「ふ~ん。『あれ』ですかぁ。」
「何が言いたいんだ?」
「いえ、別に。そろそろ始まるかな。スタジオで待機してます。」
蓮は含み笑いを残して控え室をあとにした。
三日後、小夜子は内勤に復帰した。松葉杖は慣れないがどうにか扱えるようになった。デスクワークならば全く問題ない。本当は現場に出たいのだが、次回の診察結果次第だときつく言われている。しばらくロケはないのだから大丈夫なのにと思わずにはいられない。社さえ説得できればいいのだろうがそれが最大の難関だ。
退社時間を幾分過ぎた頃に社が事務所へ戻ってきた。現場に出ていた割りには早い時間だ。
「まだいたの?怪我してるんだから早く帰らなきゃダメだよ。」
「お疲れ様です。もう少しでおわりますから、キリのいいとこまでやってから帰ります。」
社は渋い顔だ。
「いくらデスクワークだからって足下げたままではよくならないだろう?」
「それなら大丈夫です。フットレストもありますから。適当に足は上げたり下げたりしています。」
見ると小夜子の後ろには折りたたまれたパイプ椅子が立てかけてある。フットレストなんていうからどんな大層なものかと思いきや至って地味な代物だった。翌日、小夜子が出社するとパイプ椅子に大振りの薔薇柄のクッションがのせてあった。小夜子が首を傾げていると、掃除のおばさんが教えてくれた。チーフが置いていったと…。
「チーフありがとうございました。」
翌日、小夜子は病院の待合室で社に礼を言った。
「気にしないで。蓮は今日は一日中スタジオだから、一人で平気だし。それより宮津さんのが心配だから。」
「心配なんて、ちょっと捻っただけですから…。」
社は意地悪く笑う。
「だって医者にとめられても嘘ついて仕事にいこうとしそうだからさ。」
小夜子はただでさえ大きな目を見開いて驚いたあとに抗議する。
「そんなことしません!」
「そうかなぁ?」
本音を言えば、小夜子はそうしようと思っていた。捻挫したような場所でのロケがあるなら無理はしないが、しばらくはスタジオだけなのだ。よほど無茶さえしなければ問題はない。現場に出られないことも苦痛だし、社に迷惑をかけるのもしのびない。小夜子がいることでチームが四人になっている。一人多いというだけでイレギュラーなのに、そのうち新人が三人なんて酷い状況なのだ。お荷物を押し付けられた上に、そのお荷物がさらに重さを増したのだ。珍しくシュンとなった小夜子に社は微笑みかけた。
「そんなに気にやまないで。宮津さんはよくやってくれてるよ。先に入った新人より手がかからないし。もともと蓮はこっちにいる間は俺が担当することになってたし。どっちかっていうと、蓮を担当してくれた分俺の負担は減ってるんだから。」
小夜子は社の笑顔から慌てて目を逸らす。どうしてだか気恥ずかしい。
「あっ、いえ、本当にありがとうございます。今日の付き添いは監視みたいですけど…。薔薇のクッションとか…嬉しかったです。」
小夜子の微笑みに今度は社が目を逸らした。プライベートな顔だったから…。