アメリカのマジシャン訓練学校であるチャベツスクールの先生、デル・サルワク師。
 ステージでの演技は、ケーンとシルク、コイン、カード、ゾンビボール。
 チャベツ流ステージ・マニピュレーションの、まさにお手本のようなアクトです。

 かつて「なにわのコンベンション」にゲストとして来日した時、私はそのトークイベントでコインアクトについて質問をした事があります。

Q.「私の悩みはステージでコインが見え辛い事なのですが」
A.「Polish Your coin.」

 コインを磨け。
 なんと単純明快な答え。

 翌日のショーでご本人のアクトを見たのですが、コインが鏡のように光って、客席にスポットライトを反射していました。確かにこれならよく見えます。
 使っているのも同じニールセンコインのはずなのですが、そんなに光るのか、というくらい輝いていました。


 ニールセンコインは直径4cm、ワンダラーより少し大きいパーミングコインでした。素材が固くて音がよく響きますが、あまり光沢がなく、時間が経つと表面が曇る、という特徴があります。
 直前によほど磨き込むんだな、と思っていろんな研磨剤を買って磨いてみたのですが、そんなには変わりません。

 うーん、おっかしいなぁ。「磨け」とは言っていたけど……電動工具とかで本格的に磨くという意味?

 実を言うと、その頃ニールセンコイン自体がモデルチェンジして、鏡のような光沢を持つものに変わっていたのです。なんて事。
 日本ではまだ、旧タイプしか売ってなかったんですね。一つ前の記事に書いたように、扱い方もよくわからないので舞台で使う人も少なく、商品が入れ替わってなかったのでしょう。
(最近でも店頭に新旧混じって置かれているのを見たことがあります。日本のショップの在庫には旧タイプがまだあるかもしれません)

 後で入手した新タイプのニールセンコインは、直径もちょっと小さいワンダラーサイズになっていました。
 大きさより、「光る」事の方が重要なようです。

(SAMジャパンコンベンションでノーム・ニールセン師が来日した際に聞いてみたのですが、「型を新しくした際の問題だ」とのことでした。意図的に小さくした訳ではないようですね。直径も微妙に不揃いなので、ロールダウンに使いたい時は多数買って、同じ大きさの物を選ぶ必要があります)

 光るコインの扱いは、光を反射させながらゆらゆらと振る、というのが大切です。
 反射光は、言ってみれば一筋の光なので、振り動かして全部の客席に見えるようにする必要があります。
 少なくとも、出現の最初の数枚は、時間をかけて見せる必要がある訳です。

 また、スポットライトがない状況では、かなり見え辛くなります。その場の光をうまく反射させる演技が必要です。
 コインアクトは目だけでなく耳が大事だ、というのは北見マキ師のレクチュアの際の言葉ですが、さらに「照明も大事」という事になります。


 ワンダラーサイズのパーミングコインは、今までも販売されたものは何種類かあるのですが、企画ものやたまたま輸入されたものなどで、常時買えるものがなかなかありません。
 ニールセンコインは、現在安定して手に入る唯一のものです。少数ならマジックショップ「マジックランド」にも置いてありますし、マイザーズドリームのように大量に使う場合は、ニールセンマジックから直接購入する事もできます。

http://www.nnmagic.com/magicitems/manipulationpage.htm
 コインの話のつづきです。

 Boboのモダン・コイン・マジックも、ターベルコースも、ステージ・コインアクトをハーフダラーで行う技術体系を掲載しています。
 これは、ヴォードヴィルの劇場が小さかった事、しゃべりネタであった事が主な要因です。
 ハーフダラー自体が通貨として、一般に流通していた、というのも、もちろん大きな要因でしょう。当時のハーフダラーは文字通り「銀貨」で、音もよく響いたのです。

 マニビュレーションを練習していくと、できるかぎり「普通の品物」を扱いたい、という欲求が生まれます。
 品物自体が特殊だと、それがタネだ、と言っているようなものです。どこにでもある物なら「すごい人だという事がわかりやすくなる」効果があります。
 また、行う人の中でも、上達して余裕の出来たテクニックの使いどころとして、「少しくらい使い難いものでも楽々と扱ってみせる」事を選択する、という傾向はあります。
 不思議という効果から考えるとどうでもいいような事なのですが、結局は「練習して慣れる」という事が最も大事で、扱う品物には余分なものが付いていない方が、コンディションが変わらなくていい、という利点は確かにあります。


 このハーフダラーの系譜は、ヴォードヴィルの衰退と共にだんだん廃れていきます。
 石田天海師の書いた、アメリカでの見聞録には「ネルソン・ダウンズは最近仕事がない」という記載があるそうですが、ダウンズが45歳という若さで引退した理由がまさにこの、ヴォードヴィルの衰退でしょう。

 その後、小サイズの劇場がなくなった結果、大劇場と目の前と、演技場所の二極化が起きます。
 視覚的な必要性から、マジシャンがステージで扱うコインはワンダラーサイズに変わります。
 当然ながら、使えるテクニックにも変化が生じます。特に、手のサイズに依存するテクニックは使い辛くなります。

 ありていに言えば「ステージでコインがやりづらくなった」という事です。

 この、ステージの大きさの変化が、近年の名人たちの様々な工夫と、そして「カードに比べてコインマニピュレーションを行う人の数が少ない」事の理由になってきます。

 では、そのコインアクトの変化に、マジックの教科書は対応したのか?

 私の知るかぎり、ステージでのワンダラーの使い方を取り上げる解説書は、ほとんどありません。見た事があるのはチャベツスクールの通信教育テキストくらいなものです。ビデオでは北見マキ師の解説が貴重な資料だと思います。

 北見師もそうですが、ノーム・ニールセン師、デル・サルワク師など、ワンダラーサイズのコインを扱う名人の演技は非常にすっきりしたシンプルなものになっていて、扱う枚数もダウンズの頃よりかなり少なくなっています。
 ダウンズの表現を受け継ぎながらも、しゃべりがなくなり、コインが大型化して枚数が少なくなっている分、見てわかりやすいシンプルなアクトになっている、という事でしょう。

 ステージアクトはもともと教科書が少ないものですが、コインに関しては特に「状況の変化に対応していない」という理由も加わって、入門しづらいものになっています。
 昔、私が感じた「ハーフダラーはステージで使うと全然見えないのに、なぜハーフダラーの事しか書いてないのか?」という戸惑いは、現在コインアクトを始める人にも変わらずあるだろう、と思います。
 マジックの百科事典、ターベルコース。
 1926年より順次書かれたものですが、現代にも通じる示唆に飛んだ内容が書かれています。

 ただしこれは、入門に向く書ではありません。時代の壁は思ったより大きいのですが、それ以外にも「入門者にはわかりづらい所」があります。

 第1巻のレッスン1と2は、マジックの根本について語る文章です。トリックの解説ではありませんが、これはある程度経験を積んだ後に重要になってくる、含蓄の深い章です。
 逆に言うと、初心者の内は意味がわかりづらいものです。

 レッスン3からは、いわゆるマジックの解説書の体裁になります。技法の解説、トリックの解説が書かれます。

 しかし、ここにも……
 不可解な記述があります。


 かつて初心者だった頃、コインのステージアクトをやる事になったものの、どうすればいいのかわからず困り果てた当時の私自身に向けて、この「1巻レッスン3」の注釈を書いてみます。


・64ページ5行目に、コインの練習・演技用具として「ギザがしっかりと刻まれて扱いやすい50セント銀貨のサイズのコイン」が売られている、という記述があります。
 しかし日本のマジックショップでも海外コンベンションのショップでも、ギザがしっかりついているものを見たことがありません。
 薄いコインは数種類売られていますが、エッジがつるつるです。用途にもよりますが、まずは普通の50セント銀貨を用意しましょう。
 ステージで大きめのコインを使いたい人は、お金を溜めて1ドルコインやニールセンコインを手に入れて下さい。ギザが必要なら、自分で刻みを入れます。
 
※ステージに使うワンダラーサイズのパーミングコインはあまり売られていないので、私は最初、手に入らず困った末に、金属粉入り樹脂で作ってヤスリでギザを付けました。当時の学生はコインのステージアクトを行う事になると、真鍮版をハサミで切るなど手作りの道具でなんとかしていたのです。ニールセンコインもショップにはそんなに大量には置いてないようですので、コインアクトはまず、必要なコインを用意する時点で困難が発生しやすいのです。


・64ページ・技法の1。「フロント・フラットパーム」という用語は現代ではほとんど使われません。「クラシック・パーム」です。
 よく使う技法が書かれていない、または形が標準的なものと違うため、この章のパームは初心者の内は特に覚える必要はありません。むしろ、古いコインの文献にあたる際の用語辞典だ、と思う方が適切でしょう。

・68ページ・消失方法
 19種も紹介されていますが、どれも初心者が行うには難しい技法です。そもそも記述があっさりしすぎています。おそらくこの部分は、それまでに出ていた奇術書からの引き写しですね。(ターベルの改良したフレンチ・ドロップは除く)
 実演できる人に見せてもらえる状況でなければ、最初は別の詳しい入門書(または現代ならDVD)を参照する事をお勧めします。

・78ページ・消失方法の18
 どう考えても不可能な記述「ダウンスやマヌエルは、たくさんのコインでこの技法を行います。1ダースや2ダースのコインをパームすることは、彼等にとって簡単でしょう」というのが出てきます。
 実際には、小指の第一関節から指先までの間に、物理的にそんな量のコインが挟めるはずがありません。いくら名人の話をするにしても、誇張しすぎだと思います。薄いパーミングコインでも6-7枚が限界でしょう。
 また「多数のコインを扱う方法は後述するとして」と書かれていますが、それは後になっても出て来ません。

※Boboの「モダン・コイン・マジック」310ページには、6枚を使う絵が書かれていますが、著者の注として「ダウンズや他のパフォーマーがこれを行ったのかには疑問がある。ダウンズは三枚でしか行っていないとも言われている」という記述があります。

・82ページ・消失後の処理
 ステージで一枚のコインを消失させた後にすぐ処理、というシチュエーション自体があまりありません。正直、それは手順として無茶です。最後に書かれているターベル氏本人の「どうどうと置いてくる」方法であれば実用的です。

・82ページ・チェンジオーバーパーム
・83ページ・サムチェンジオーバー
 何も持たずにチェンジオーバーパームを行う、というシチュエーションはできるだけ避けるべきです。これは経験者でも難しい動きです。

・その他
 三巻にもステージ向きのコインアクトの紹介がありますが、あくまで「しゃべる事を前提にした、ダウンズから続くマイザーズ・ドリームの系統」だ、という事に注意が必要です。



 指導書の最初に間違いがある、というのは、流派の秘密を守ったり指導者の必要性を作るために、わざと行われる事があるのですが、ターベルコースに関してはそんな必要はないでしょうし、単に旧版や参考資料から書き写した際のミスがあるのでしょう。

 少なくともコインについて、初心者に「ターベルコースを読め」というのは現実的ではありません。混乱するだけだと思います。
 ステージアクトの参考資料なら、マジシャンの演技の映像を探して来るのが、とりあえず最も参考になる方法ではないでしょうか?
 今日、カズ・カタヤマさんの家で。
「これ見たか?」と出されたのが、レベント・シムケントリ師のDVD。

 うわあっ!これは!
 T・ネルソン・ダウンズの研究!

 かなり驚いて、声を上げてしまいました。
 ダウンズはボードビルの時代のスターで「キング・オブ・コイン」の呼び名で知られる、スライハンドの名手です。100年ほど前の演技は、伝説でありながら、その詳細が知られていない、謎の多い人でした。

 考えてみれば、かろうじて映像の残る石田天海師でも、シガレットやウォッチの詳細な手順なんていうものは残されてない訳です。たとえライブの観客席でメモをとったとしても、演技の全てを文章に残すのはとても無理です。
 名人によるライブならではの、手順が演じられるたびに少しずつ進化していく、という事情も、詳細な記録を残しづらい原因でしょう。

 さらに映像のない時代の、散逸した資料を集めるのは、相当難しかったはずです。実際資料だけでは足りず、レベント師が実際に試して「これはおそらく実際と違う事を書いている」「正しくはこうだと推測される」といった、検証から来る推理で、文献の隙間を埋めていく形になっています。
 
「マニピュレーションを調べて試して理解して、ああそうか、と思った事を伝えたい」なんて事を昨日ブログに書いたばかりですが、まさにその精神、しかももっと難度の高い事を詳細に行っているDVDです。偶然とは言え、なんというタイミングでしょうか。

 内容も、
「ハーフダラーを使っていた」(小さすぎるのでは?)
「コインペールではなくシルクハット」(音は!?)
「演技時間は長い時で30分に及ぶ」(コインだけでそんなに!?)
「エンディングアクトは五枚カードだった」(なぜ最後だけ?!)

 ……など、いろいろ衝撃的です。
 画面の前で、かなり呆然としました。
 全貌を説明されてなお、ダウンズの神秘の霧は晴れてはいないように思います。


 ターベルコースの一巻で、技法の解説はまず、コインから始まります。
 その次の章もコイン、その次の章もコインです。コインアクトは明らかに、当時の主流のひとつだったのです。
 そして、最初の章の冒頭では、「(引退した)ネルソン・ダウンズのアクトをみなさんがもしも、今でも見られたなら」と、彼のアクトが当時の奇術師たちの模範だった事がうかがえます。


(余談ながら、この章はレッスン書の一巻の最初であるにもかかわらず、入門者が読むような内容ではありません。これについては次の記事で)
 magicuncleさん(真田豊実師)のブログで、拙著ならびに当ブログを取り上げていただいています。いつもありがとうございます。
 コメントをお返ししたかったのですが、欄に収まらないくらい長くなりましたので、こちらに書かせていただきます。場所違いと長文、失礼いたします。


 マニピュレーションについて調べたり書いたりする動機は何だろう、と考えてみたのですが、おそらく「知る」事や「考える」事が、シンプルに「伝えたい」という気持ちにつながるのだと思います。
 経緯の例をひとつ挙げて説明させていただきますと……

「学生マジックのマニピュレーション」では、取材をいろいろと行ったのですが、その中の一項目に「シンブル四本パーム比較」というのがあります。早稲田大学のシンブル演技者3人の「シンブルを保持している所の、同じ学校なのに人によってあまりに違う形」を並べたものです。

 どうも、この比較の図が「笑った」とか「ギャグか」とか「あまり意味がない」とか言われるのですが(苦笑)、実際そこには、まさに真田師がお書きになっているように「道具を手で操る時」になってわかる問題があります。

 シンブルを四本並べて持つのは「最初に試してみた時にはほとんど無理に思える事」です。次に「角度があまりにもキビしい」という問題、さらに「指に当たって痛い、皮がむける」という、故障という大きな挫折の原因も生じます。

 ある人はシンブルのうち一本だけを横に重ね、ある人は一本だけフチを削り、ある人は手のひらから垂直に近い向きにし、と、それは「自分の手に合って負担が少なく、コンパクトにまとまって角度に強く、しかも速度の上がる形」を各人が工夫した結果、まったく違う形になっている、というのがミソなのです。
 そこは、前から演技だけを見ていても、絶対にわからない部分です。

 私自身、最初に試した時の「これは普通にやっても無理だろう」という感覚と、その後練習を重ねた後の「時間をかけて目的を達成した結果、たまたまその形になっている」という理解、人によって手の形が違うので「定型を教える事はできない」という伝承の問題を体験した結果、一つではなく「訓練された演技者たちの成果を複数並べる」という形を採りました。図が三つあるのは、このとおりにやれという一般的な解説とは逆の、「あなたは、この図の通りでない形で目的を達成できるはずだ」という意味です。

 直接伝える事ができず、ヒントだけしか提示できない事、というのはあると思うのです。

 ……それこそ、禅の公案みたいですけどね。



 マニピュレーションが好きなので、調べて試して理解して、ああそうか、と思った事を伝えたい。知識とはちょっと違う「できるという事そのもの」を。
 それは今、ブログを書いてる理由によく似ていると思うのです。