magicuncleさん(真田豊実師)のブログで、拙著ならびに当ブログを取り上げていただいています。いつもありがとうございます。
 コメントをお返ししたかったのですが、欄に収まらないくらい長くなりましたので、こちらに書かせていただきます。場所違いと長文、失礼いたします。


 マニピュレーションについて調べたり書いたりする動機は何だろう、と考えてみたのですが、おそらく「知る」事や「考える」事が、シンプルに「伝えたい」という気持ちにつながるのだと思います。
 経緯の例をひとつ挙げて説明させていただきますと……

「学生マジックのマニピュレーション」では、取材をいろいろと行ったのですが、その中の一項目に「シンブル四本パーム比較」というのがあります。早稲田大学のシンブル演技者3人の「シンブルを保持している所の、同じ学校なのに人によってあまりに違う形」を並べたものです。

 どうも、この比較の図が「笑った」とか「ギャグか」とか「あまり意味がない」とか言われるのですが(苦笑)、実際そこには、まさに真田師がお書きになっているように「道具を手で操る時」になってわかる問題があります。

 シンブルを四本並べて持つのは「最初に試してみた時にはほとんど無理に思える事」です。次に「角度があまりにもキビしい」という問題、さらに「指に当たって痛い、皮がむける」という、故障という大きな挫折の原因も生じます。

 ある人はシンブルのうち一本だけを横に重ね、ある人は一本だけフチを削り、ある人は手のひらから垂直に近い向きにし、と、それは「自分の手に合って負担が少なく、コンパクトにまとまって角度に強く、しかも速度の上がる形」を各人が工夫した結果、まったく違う形になっている、というのがミソなのです。
 そこは、前から演技だけを見ていても、絶対にわからない部分です。

 私自身、最初に試した時の「これは普通にやっても無理だろう」という感覚と、その後練習を重ねた後の「時間をかけて目的を達成した結果、たまたまその形になっている」という理解、人によって手の形が違うので「定型を教える事はできない」という伝承の問題を体験した結果、一つではなく「訓練された演技者たちの成果を複数並べる」という形を採りました。図が三つあるのは、このとおりにやれという一般的な解説とは逆の、「あなたは、この図の通りでない形で目的を達成できるはずだ」という意味です。

 直接伝える事ができず、ヒントだけしか提示できない事、というのはあると思うのです。

 ……それこそ、禅の公案みたいですけどね。



 マニピュレーションが好きなので、調べて試して理解して、ああそうか、と思った事を伝えたい。知識とはちょっと違う「できるという事そのもの」を。
 それは今、ブログを書いてる理由によく似ていると思うのです。