漱石先生の「俳句とは扇の要」にならない冗長な文になり、また中途半端な考えなので・・
ジジイの説教臭いですが 説教する気ではありません 自分の考えをまとめたくてです。
無茶苦茶な話で、備忘録で、まずいこと書きすぎ 消すかもしれません。 (横浜でも、田舎でも、道中でも 雑草の写真たくさんとってますので いつかUPします)
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子供の頃、両親に「これは自分のためだから」と言って聞かされました(自分=「お前」の意です)
この秋、「自分のため」というのは、(例えば、自分が生きていくため=立身出世、生活する金儲けのため、世間で馬鹿にされないため・・・)というような実社会での”自分のため”もあろうけど、
「草とりしろ・便所掃除しろ、それは自分のためだから」というの本質的なことだったのかなー?。「自分のため(勉強しろ)」も就職や現実社会での成功の為、じゃなくして、ちょっと勉強することが己の本質が育つ助けになるかも?かも??
「草とりをしてれば何も考えない、(メンタルにいいから)、草とりしなさい。」じゃなかった、
草とりをしてると、いろいろ考え 思う、、
草とりで悩むのは どうやったら自分的に納得がいくか?だ
(どうやったら自分的にウツクシク思える??)
横浜の街を歩いて、横浜の街はきれいで。歩いてて好い感じだ。
山陰の地方都市の実家の周囲を歩くと、どうも散歩する気にならん。
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昨年から田舎の家の周囲の道路の草をとりだして、わかってきたのは、
地方都市は どっちかというと、道を整備して、住宅地が増えた (つまり横浜みたいにしたかった)
それで都会的な道路・歩道が増えたし似た建築になったが、家がまばらなのと人口は減ったのもあり
「道路は所有者の市や県が整備するもの」だというので家の周囲の道の草をとらないから歩いていて草が多い。
昔の砂利と土の道や畦道なら、道のわきの草は 道草と言って好かったんですが、今の都市化された道を歩いても、どうも面白くない(キタナイ)。
寂れてる以上に街が汚く歩く気がしない。 →知ったこっちゃないが観光にもよろしくないだろう 。
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(横浜と地方の二つの土地で 少し草取りをしてみてですが)
”道が汚いと家の庭は汚く見える”とわかり、その原因の一つを昨年から考えてました。
(1)道を歩く人は歩く先の歩道だけみて歩いてる。周囲の家の庭をみながら歩いていない。
歩く人や車は、たまーに 脇の家の庭先をチラッと観る。
チラッと庭を見て、庭に土だから、雑草が生えてても枯れ葉が落ちてても それは不思議じゃない。
しかし現代の道路のアスファルトの隙間、コンクリの隙間からボーボーとエノコログサやカヤツリグサ、チガヤが成長してるのは、どうも不味い。(これが昔ながらの畑道なら絵になるから好いんだが)。
毎日、その道を通る地元の人は、路面や歩道が草ボウボウが常だと、それに見慣れる。
(他所を観て戻ると、あーあ と残念な気持ちに)
(2) 実は道を歩いていて、雑草を取ってある道を歩いていてチラッと見えるお宅の庭が草ボウボウでも、「そんなもんだ」と安心する。 空き家・廃屋があり草ボウボウでも、なぜかキタナイと思わない。「昔は、ここで家族が笑い声がして庭の手入れもしてたんだろうな」と思うと何か感じます。
(3) 家の外側・周囲の道、歩道は、、額縁なんじゃないかと・・(昨年夏くらいから薄っすら思い。
でたらめの絵も 額縁が立派だと、絵は立派にみえる。 額縁が大事なんだなーと。
(まとめ) 家の庭を良く見せるためには、家の周囲の鋪道や道を綺麗にするのがよさそう。
(4)ついでに、家の外の草とりは庭よりらずっと楽ですから、外の道の草とりはウォーミングアップになります。
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街とは?その方向は??
都内と横浜の中心部は、都市化はピークなので道路脇がマンションやビルで管理はしやすい、
地方都市は元々が田畑や昔からの細い道だったのが高度成長期以降の都市化の道路整備で道が立派になり、 建物が建っていった。
地方では、「家の前の草はとるもの」とか「古くからの景観とか道徳的な関係」で 草をとってきた人達が高齢になってしまい、若い世代になると(しきたりみたいな慣習もないし・昔はこんな景観の美的記憶もないしで)それは市がやるべきことと草をとらない、敷地が広めだから 家の前の草とりは都会より大変。 家の前の道に草ボウボウなのが見慣れる・・
一体、地方都市は、人口減少でももっと都市化したいのか? 昔ながらも残した景観よくしたいのか? どっちなんだ?って思う。 中途半端はやめて欲しい (1970年の歌の歌詞でした )
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地方都市は、都市化した戸建てで、好い感じにするにはどうしたらいいでしょうか?
(1)一つの選択肢として「オリジナルな個性のある地方都市の姿」があるが、これは独創なので大変難しいと思います。 (例えばドイツの小都市は鋪道も広く、庭も整備されてた。パリは鋪道にゴミ多いとか聞きましたが、ドイツの地方都市は綺麗でした)
(2)映画にみるアメリカも2タイプある: マイケル・J・フォックス主演の代表的な映画、1987年公開の『摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に』は東京のオフィス街とすれば、バックトゥザフューチャーの街は田舎っぽくて、庭は広そう・ガレージも)
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(まとめ)
庭の、草とりとは? という 今の考えですが、昨年の今頃に直観したことです、、、
草とりは どうも 花道 (お花) に似てるかも?と、
ぜんぶ取ればいいというわけじゃない、余計なのを取ることによって 何かを活かす
また、園芸植物だからといって、全部残せばいいものでもなさそう。
(例) キリンソウがめっちゃ増えた。
紫蘭なんか すごいボウボウになってて、
いくら園芸植物でも 邪魔なら 取る。
雑草も、目障りでなければ少しあっても園芸植物の為になりそうで、
けなげに残った雑草もありか?(もともと雑草と言う草はないというし)
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(UP工事中: 写真が入るところ)
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(横浜市内は誰が草をとっているか?)
横浜を歩いていて道路わきに 草のない所と、 ところどころ 草ボウボウのところとある、
マンションの管理会社が道路脇の草を刈っているのを今回も見ました。管理しないマンションの前は草ボウボウ。 持ち主・住民が家の前の道を綺麗にしているようです。
(一部、広い県道か国道のチガヤの草刈り作業をみましたが)、住宅地の市道は住民がしてるようです。) (ゴミ収集も、道の草とりも、誰かがやってくださってる)
びっくりしたのは、ある公的機関の道路脇は草ボウボウだった。)
横浜市民間施設の辺りの路側帯のようす
国の関係機関の路側帯のようす
横浜の路側帯は持ち主が前の草とりをされるから綺麗なんだと大方分かりました。
→いつかもっと写真upしたいです
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ジジイの説教臭いですが 説教する気ではありません
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(自分用です)
奥村チヨ 「中途半端はやめて」 1970年 (こんな歌があったんだソーです)
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