郷土史作家の妻blog -6ページ目

郷土史作家の妻blog

郷土史作家「夫」とその妻「私」、視線の先は、けっこう違う…?!


妻的、母的、女子(?)的見方で、「夫」や郷土について語っていきます。

私は寺の娘だ。


なので、お寺系イベントの時期、お寺ではないご家庭の方々とはちょっと違う過ごし方をして育ってきた。




たとえば、お彼岸。


お彼岸は、春と秋の年2回。

春分の日を中心とした7日間と、秋分の日を中心とした7日間だ。



この彼岸の時期は、何と言っても、


出かけられない。



お檀家さんがお墓参りにやって来て、寺の方にも顔を出すからだ。

わざわざお寺にも挨拶に来てくださるお檀家さんは、お寺の運営にあたってとてもありがたい存在だ。

だからこちらも、ちゃんとご挨拶する。

(あと単純に、寺の駐車場に自分たちの車も停めているので、出かけるのにとても人目が気になる)

それで、自然とお彼岸は引きこもりになる。



それから、お彼岸と言えば、  ぼたもち・おはぎ  だ。

春がぼたもち(牡丹餅)、秋がおはぎ(お萩)。

年に2回しか食べられない、スペシャルスイーツ。


いや、スイーツというか、わが実家では、彼岸の中日(春分・秋分の日)の昼・夜ご飯がぼたもちだった。


お寺のご本尊に供えられたものから、お裾分けをいただくのだ。


寺の本尊(そのお寺で中心的にお祀りしている仏像のこと)にお供えするぼたもちは、昔からの慣習で、お檀家さんが作ることになっていた。

あんこぼたもち担当の家ときな粉ぼたもち担当の家が決まっていて、彼岸の中日の午前中、一段重に詰めて持ってくる。


合わせると、なかなかけっこうな量。

お供えして、全て悪くしてはもったいないから、ということなのかもしれないけれど、これだけ食べているので10歳くらいには飽きてくる。



引きこもって、ぼたもちを食べる。
暖かくなってきたなあ、とか、涼しくなってきたなあ、とか思いながら。

それが私のお彼岸。
夫には、ひいきにしている神社がある。


地元で  古城天満宮  と呼ばれている神社だ。


週に1度は参拝し、近況報告とお礼、お願い事をしてくるらしい。





結婚後、新居をどこにするか、という話になったとき。

実は、まさかの  「古城天満宮」案  が 浮上していた。



だってさ、あそこ、羽生城なんだよ…



と夫。



羽生城(はにゅうじょう)は、夫があの賞を取ったときに、作品の題材にしていた城だ。

埼玉県羽生市の、現在の街の中心地あたりにあった。

古城天満宮は、城の天神曲輪と呼ばれた場所にあって、敷地内に社務所が建っている。

その社務所を新居にどうか?という話なのだ。



ほら、取材とか、調べたりとかしてたでしょ?
そしたら、総代さんが、社務所使っていいよ~、助かるよ~って


わりと本気らしかった。












ちなみに、いま住んでいるのは、結婚当初から借りているアパート。

断じて、レトロ感満載の社務所ではない。




右の方にある建物が社務所…



夫の見た羽生城
結婚式の5か月前、私の父が他界した。


式の日取りが決まり、伝えた矢先のことだった。



その日は透析の日だけど、冠婚葬祭のときはずらせるから、大丈夫



そう言ってたのに。
どうして待っててくれなかったんだろう。
父は嘘つきだ。




翌日か翌々日か、彼が仕事帰りに父の顔を見に来てくれた。
(本当にまだ両家で了承を得たところで、職場にも結婚を伝えていない時期だった)

母と当たり障りのない会話をして、長居しては悪いから、と出ていく。


ありがとう


見送りで私も一緒に外に出る。

久しぶりに、彼と二人きりになった。

泣いてもいいような気がして、私はその通りにした。



彼は、私を抱きしめてくれた。
なぜか、彼も、号泣していた。



しばらくして。


あ、俺が泣いてちゃだめか


唐突に、彼は涙を拭いはじめた。
自分は支える側なのでは、とその時になって気がついたらしい。



(お、おそい…)
(いやでも、そういうの別に平気だから、うん…)


うっかり、笑いそうになってしまった。


この人と居れば、大丈夫。
改めてそう思った、父からの、小さなギフトだった。



夫が父について書いてくれた言葉