【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】夕顔
六月下旬にベランダに朝顔と夕顔の種を撒きました。
花が咲くのはまだかまだかと待ち遠しく、毎朝せっせと水をやっていたのですが、なかなか開花せず、九月に入りやっと朝顔が一輪、咲きました。
鮮やかな赤紫色をしています。ところがそれよりずいぶんまえに夕顔が咲いていたようで、ぼとりと大きな白い花がしぼんで落ちていたのには驚きました。
夕顔の大きな実はかんぴょうになるのだそうですが、その花は大輪であるうえに花びらもぶあつく、蔓も茎もとても頑丈です。一夕のみ咲くという夕顔の、咲いていた姿が見られず残念でした。というのも、夕方にはわたしはセンターに居るので、よく考えると見られないのですね! 見られない花の咲いている姿を想像するのも、とても風情のあることだとも…。
源氏物語の夕顔のおはなし…。
源氏が病気の乳母を見舞いにでかけたときのこと、粗末な家の垣根にきれいな夕顔の花を見つけ、摘もうとすると、その家から使いがでてきて「これに花をのせてお持ちなさい」と扇をわたしてくれました。夕顔の花がのせられた扇には、いい薫がする薫物とともに美しい文字で和歌が添えられていました。
心当てに それかとぞ見る 白露の 光添へたる 夕顔の花
源氏は和歌に心を奪われ歌を返します。
寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる花の夕顔
そしてその女性、夕顔のもとに通いはじめるようになります。名をあかさぬ源氏に夕顔も正体をしらさぬまま、ふたりは逢瀬をくりかえし、そんなある日、源氏は夕顔を人の住まぬ荒れた邸に連れてゆきました。その夜、眠りについたころのこと、源氏の枕元には女性の幽霊が立っていたのです…。
ベランダにしぼんだ白い大輪をみつけ、妖しげな夕顔の魅力に魅せられた、夏のおわりの夜でした…。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】ニーハオ 元気
暑中お見舞い申しあげます。
このところの暑さから母の体調がすぐれず、足腰や肩が痛むとのこと。
それではとセンターの近くの中華料理屋さん・蓬莱閣を手伝っていらっしゃる中国女性の高さんに、週に一度、マッサージに実家へ通っていただいています。
マッサージはもちろんとても上手なのですが、それよりも、お人柄が元気一杯、前むきでいらっしゃるのが、とても良かったと思っています。
いつもマッサージが終わると、高さんの両手と母の両手で、パーンッとハグしてお別れ。そしてそのときに満面の笑顔で、「お母さん、気持ちいい。わたし嬉しい! お母さん、大好き!」と言ってくださるそうです。なによりのメンタルケアーに、母にも笑顔が増えてきて、感謝の気持ちで一杯です。
中国の方は本当に明るくてポジティブだと思います。先日も蓬莱閣のママさん、紅梅さんに伺いますと、心が萎えたり、めげたり、思い悩んで眠れなかったりすることは皆無だそうです。それは、人の目に自分がどう映るのかということよりも、メソメソして格好の悪い自分を、自分自身が認めない、自分の面子が許さないという気持ちからなのだそうです。
日本人の習性というと、書き物でも、ネガティブな方向性の作品を芸術的価値が高いように評価しがちで、また書く時に、肩に力が入れば入るほど、作品が暗くなりがちと聞いたことがあります。ウィットに富んだトップが少ないのも日本人とも…。
暑い毎日ですが、元気に明るく、乗りきりましょう!<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】パワフルパワフル
「悩む力」(姜尚中氏著)という本を読んでみようと思っていたところ、そういえば、「老人力」という本がかつてベストセラーになっていたなぁ、と思い出しました。
ちなみにと、「力」という字のついた本の題名を調べてみました。
鈍感力 地頭力(ぢあたまりょく) やめる力 まねる力 社長力 人間力 そうじ力 他人力 質問力 雑談力 親力 仕事力 旅する力 自在力 友達力 空腹力 お笑い会話力 がっかり力 世渡り力 段取り力 ありがとう力 自己プロデュース力 笑声力(えごえりょく) 人生力 亭主力 言葉力 願う力 早起き力 気づく力 つっこみ力 稼ぎ力 愛嬌力 男性力 感動力 感謝力 自問力 失敗力 逆境力 ハッタリ力…。
なぁるほど、とうなずけるパワーもあれば、それはないやろとつっこみを入れたくなるのもあれば、吹きだしてしまいそうなユーモラスなのも…。
「あなたには○○の能力がない」と言われるよりも、「○○力をパワーアップしましょう」と言われた方が救いがあるように、「力」のついた題名の本は人生や仕事のハウツー的要素の本が多いようでした。
「能力」に較べて、「力」の方が、トレーニングするとパワーアップできますよ、という可能性を肯定したやさしさがありますね。
まだまだ「○○力」の本はあったのですが、こうなるとなんにでも「力」はつけられそうです。
例えばセンターの課題にもほとんど「力」はつけられます。「卒業力」「門出力」「魅力ある女力」「再会力」「復讐力」「「背信力」「古傷力」「愛する一瞬力」等等…。
草食系男子という言葉が流行る現代、ここぞという処ではお肉でもむしゃぶりついて、ぐぐっと力を込めることが求められているのかも知れません。それにしてもこの季節に欲しいパワーは寝力(ねぢから)です。
これから熱帯夜に突入。どうぞ寝力のウォーミングアップで、お元気にお過ごしくださいね!<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】寄り路すれば
かつて大阪校へおみえだった永江先生は、夕方にゼミを終えられると、いつも南方駅前の路地を散歩していらっしゃいました。
先生の口癖は、ライターたるもの大きな道を歩いてたんじゃ駄目。路地の寄り路からドラマが膨らむと…。
わたしも連れていっていただいたことがあるのですが、今はなくなった路地裏の市場に小さな焼き鳥屋さんがありました。暖簾の横に小窓があって、小窓のなかでは絣の羽織姿の美人姉妹が二人、並んで焼き鳥を汗を拭い拭い焼いていました。お姉さんはいしだあゆみ似で、妹は「雨音はショパンの調べ」の小林麻美似。竹久夢二の美人画のような、どこやら儚げな美人姉妹はなにを想い浮かべて鳥を焼いていたのやら…。
さすが先生ご推奨の、叙情的な哀愁のある小窓でした。
わたしの住む町は新大阪の東口駅前で、センターまでの30分ほどの徒歩を散歩して楽しんでいます。今の季節は花が綺麗で、花の咲く小路を捜しては、いろいろな路を歩いています。このあたりはビジネスホテルが多いのですが、万博のころにできたホテルはすでに老朽化。経営も困難な旧いホテルのなかでは、幽霊ホテルもあれば、お客さんもこないのに綺麗に花の手入れをしているホテルもあります。
わたしのお気に入りは勝手にネーミングしている「ホテル・ザ・リトルガーデン」。或る日、そのホテルの厨房の裏口からなんとなく翳りあるコックさんが煙草を吸いにでてきました。そこから先はドラマが膨らんで…。
コックさんはすっかり森雅之に早代わり。流行らないホテルでも小花に愛を託す可愛らしいメイドさんが恋人。でもそこへ「ニューシネマパラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督作品の「マレーナ」にでていたような美女が、真っ黒なロングヘヤーに白いシフォンのスカーフをたなびかせ、あらわれて…。
大きなテラコッタに咲きほこるホットリップスの赤白の花びらはゆらゆら揺れて…。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】ささやかな自由
お年寄りがひとり暮らしをされていると、「おひとりですか…、お淋しいですねぇ」と世の人はいいますが、いらぬお世話ですね。
先日、知人のご年配の方からこんなお話を伺いました。「なんといっても朝寝の自由がたまらない。朝、起きてベランダの草花に水をやり終わり、まだ昼ご飯までに時間があるときに、うつらうつら。だれに咎められることもなし、これがひとり暮らしのささやかで最高の自由」と。
演歌にある、いとしあの娘とよぉ、添い寝するような色っぽい朝寝ではないものの、いつもすぐ目の前にあるようでいて、なかなかじんわりとは掴めない、ささやかな自由を楽しめる人は、本当に幸せだと思います。
わたしのささやかな自由は…。
ひとり暮らしをしているので、三合のお米を炊くと一食分はそのときいただいて、残りはすぐに小分けして冷凍します。その際にほんの少しだけ炊きたてのお米で小さなおにぎりを作って食べること。
なぁんだ、ささやかすぎる自由だと思われるでしょうが、人目があるとできません。自由とは、ちょっとばかしお行儀の悪いことをいうのでしょうか?
そういえば、むかしは親の躾が厳しかったので、子どもたちは不自由さを強いられて育っています。あれをしては男の子らしくない、これをしては女の子らしくないと、こと厳しく躾けられた世代の方たちは、お年寄りになられてはじめてちょっとそむく自由の喜びをご存じなのでしょうね。
すると、躾が厳しくなくなったころからの自由観が心配です。そして今は動物も植物も自由ではありません。鳥も猪も鹿も狸も、松も杉も花々も、みんな不自由で、ストレスだらけです。
ゴールデンウィークも終わりました。忙しい毎日、ささやかな自由のひとときをたいせつにしてくださいね。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】鄙びた町のお雛様
ぶらり鄙びた町へひとり旅にでました。
着いたころはもう夜も更けていて、三両編成の各駅停車が停まる無人駅の周辺は、深い闇につつまれていました。
夜は本当は暗かったのかとあらためて…。深い闇は本当はあたたかみのあるものだったのかとあらためて…。
アーケードの屋根も吹き抜けになってしまっている、寂れた商店街を少しはいった処にある、小さな旅館に泊まりました。
女将さんに伺いますと、なんと十七世紀中ごろにその旅館はできたそうです。今は寂れた印象の木造建築の旅館ですが、かつては魯山人や名だたる文人も多く泊まられたとのことでした。日本の土の香りと懐かしさを求めて、今もヨーロッパからお客さんが訪れてこられるそうです。
女将さんにつきそいお料理をだしてくださったのは、長女のお嬢さん。わたしの泊まった部屋の裏庭越しの小さな別部屋に永く泊まられては文筆に励まれていたのが、時代小説家のS氏と伺いました。S氏はいつも、その旅館の長女である、幼いお嬢さんをお風呂にいれてあげていらしたそうです。「旅館の子どもはゆっくりお風呂に入れないから」と言われては、一緒にお風呂につかっていらっしゃったとのこと。
どこの子どももお母さんには甘えたいし、でもお母さんは旅館の女将さんだし、女将さんはお客さんが一番だし、と幼女の淋しさを汲みとって、一緒にお風呂につかっていらっしゃった、包みこむようなあたたかさに、懐かしい人間のやさしさと、今は亡きS氏の小説の世界観を感じました。
現在、長女のお嬢さんは旅館を継がれる決心をされて、女将さんを手伝っていらっしゃいます。
鄙びたその町ではいたる処に緋色の毛氈が敷かれ、ふるいお雛様が飾られていました。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】高架下のお母さんとシャンソン歌手
先日、高架下の小さな割烹料理屋さんへいったときのこと。
カウンターでかいがいしく働いていらっしゃるおばあちゃんの、たわわにつやつや輝いた黒髪が目にとまりました。 連れていってくださった方に伺いますと、息子さんと一緒にそのお店を営んでいらっしゃるお母さんとのこと。
テーブルへ品を運んでこられたので、「綺麗な髪の毛ですね」とついお声をかけますと、その秘訣は、毎日毎日、髪の毛をとにかく丁寧に丁寧にかまってやるとのことでした。お母さんは、「ていねいに」とはいわないで、「てぇぇねぇいにぃ」と目をほそめて大阪弁で教えてくださいました。櫛やブラシは使わずに、掌にお湯と少しの油をふくませて、てぇぇねぇいにぃ、かまってやるとのこと。な~るほど!と感心しました。
髪の毛に限らず、てぇぇねぇいにぃ、かまってあげることで、いろんないろんなことがたわわにつやつや輝いてゆくのかも…。お母さんにステキな元気をいただきました。この「てぇぇねぇいにぃ」という大阪弁は、デリケートに、という意味かもしれませんね。
或る夜、シャンソンのCDをひとりでぼんやり聴いていたら、ステキな詩に出会いました。ご存じの方もいらっしゃるかも…。
水はつかめません 水はすくうのです 指をぴったりはりつけて そっと大切に 水はつかめません 水はつつむのです 二つの手の中にも そっと大切に 水のこころも 人のこころも 見えないもの つかめないもの この世にいっぱいある 見えないもの つかめないもののなかで生きている (「水のこころ」高田敏子 詩)
そのCDのシャンソン歌手の女性は、今、お母さんの介護生活と歌手を両立なさっている方です。歌声からは、お母さんのこころと向きあっていらっしゃるやさしさが…。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】私の東京物語
東京へ芝居を観に行ってきました。知人のシナリオが戯曲になり、公演されるとのこと。大阪弁のシナリオがどのような戯曲になっているのかを楽しみに向かいました。
会場では、最前列のチケットを取ってくださっていたSさんのおかげで、びしゃびしゃ飛んでくる役者さんの唾にまみれ、ワールドをしっかり堪能でき、懐かしいベタな大阪人情の芝居に、泪しました。東京育ちのSさんはと云うと、私の泪が理解できないようでした。ほんのちょっと前に東京に帰郷しただけなのにね! 一方、劇団のネームバリューにあわよくばと藁をも掴もうとする人がちらほらどころか…。淋しく感じました。人が集まるところが苦手な訳は、人の欲が蠢いて、酸素が少なくなるからなのかも知れないと、東京物語のおばあさんのように私は思いました。
東京は大阪よりも緑が多くて美しい。煩雑な西中島の匂いが染みついて、もう戻れない私の人生。なんてちっぽけな私の人生。そしてささやかな幸せもある私の人生。そう思うと、なにも考えずに原宿を歩いていた、若い頃の自分が懐かしい。東京では夢追い人の数もどれほど多いことか。足掻いて掴もうとした無数の夢が、夜ごとバブルのように消えてゆく吐息の音さえ、お洒落な音楽にあわせて流れ去りそうな町を後にしました。
帰途、吉行淳之介氏のエッセイを車内で読みました。「思いやりってのを煮詰めていくと、結局自分の感受性が傷つかない自衛のためのような気がする。相手が傷つくのを見て、こっちが嫌な気持ちになるのを防ぐための作業が、結果として思いやりになるって場合がほとんどだ」と。でも、理屈のない人情もあるんや、大阪には! と拳を握りつつ、それでも明日からまた、人間を煮詰め、掘り下げ、共に学べる仲間がいる幸せをかみしめて… <鳩子>
【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】サンフランシスコのおばあさん
戦前戦後の雑誌、「ひまわり」「それいゆ」で有名な美人画家・中原淳一展を観た翌日、淳一の世界に魅せられた私は、紫のひまわりの髪飾りをつけて、電車の中で淳一の絵本を読んでいました。人から見ると危ないオバサン出没の光景です。そんなことは気にもせず、淳一の浪漫に魅せられた私は、そのまんまの姿になっていました。
すると前の席のおばあさんが、私をにこにこ眺めていました。少し目があい、私も少し微笑み返しました。やがて梅田へ。下車して数歩進むと、彼女は私に走り寄り、差し伸べられた握手の手を大きく上下に振られて、
「あなたは夢でいっぱいね」
と仰ってくださいました。戸惑いつつお礼を述べてその場を別れましたが、ムービングウォークのあたりで再び彼女は私を追って来られ、
「私はサンフランシスコに一人で住んでいます。歯の治療の為に帰国しているのですが、日本の女の人はアメリカ人に較べて、みんな夢のない顔をしているのが、とても悲しかったの。あなたみたいに夢のある女の人が増えてほしいの」
と、仰ってくださいました。私はたまたま淳一ワールドに魅せられていただけだったのですが、その言葉がとても嬉しかったのです。哀しい日には、電車の中で涙がとまらないこともある私です。泣き女のオバサンになり、過ぎ行く景色を眺めつつ、流れる涙を拭えない夜もありました。でも、こんなに励まされたことはありません。私もおばあさんになったら、見知らぬ人でも次の世代の女性に、励ましの言葉をかけてあげられる人になりたいと思いました。
私が夢子さんでいられたのが淳一のせいだけでないとしたら、それは、みなさんの夢のお裾分けをいただいているおかげです。昔のご近所づきあいで、たくさん作ったお惣菜をおすそ分けしたように、夢一杯の人は夢がげんなりしているお隣さんに、時には気前良く夢を分けましょう。<鳩子>
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【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】わが身可愛さとエゴイズム
一ヶ月に四百字詰め原稿用紙一枚の丹念さで十年の歳月をかけて描かれたと云う、宇野千代さんの「おはん」と云う小説が好きです。
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「よう訊いてくださりました。私はもと、河原町の加納屋と申す紺屋の忰でござります」と云う男の語りで物語は始まります。町の芸妓に溺れて妻子を捨てた男が、七年たって別れた女房のおはんと出会い、人目を忍ぶ逢瀬を重ねるようになります。現在一緒に暮らす、もと芸妓のおかよとも、別れる決心もつかず、少年になったわが子への情愛にも惹かれて、次第に男はのっぴきならないところまで追いつめられていきます。山の中の小さな借家でおはんと愛の巣を築こうとした矢先に、わが子の不慮の死。すべてが終わりになり、おはんは永久に男の前から姿を消します。
わが子の死に際し男は、「へい、みな、わが身可愛さからでござります。へい、私は何もかも承知しているのでござります。ほんに、どのようなお情深い神さまのお心でも、これが裁きのつくことではござりましょうか」と懺悔します。しかし、相手のわが身可愛さに挑み、受け入れるおはんの女性像からは、十年の歳月を要した凄みが感じとれます。
西洋の言葉では「わが身可愛さ」は「エゴイズム」ですが、ニュアンスとして、「わが身可愛さ」からは、煩悩と云う言葉が絡んでくるように思います。「エゴイズム」は、自我主義、唯我主義、自己本位主義と云う意味ですが、「わが身可愛さ」には主義があらわす目的意識とは対極に位置する、どうにもこうにも、しようがない煩悩との、焔まじりの闘いが感じられます。日本人にしか描けない心は大切にこだわりたいものです。
物語の最後、不思議な笑みを浮かべて去るおはん。私はその笑みに魅せられつづけています。<鳩子>