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(閉鎖ブログ 2007.7.5投稿記事より)
タイトルに惹かれて衝動買いしたものの、
退屈な箇所もあり少し飛ばし読みしてしまいました。
が、それじゃあ話も前に進みませんので、
アタクシ個人的に目に止まった箇所・興味深かった点を挙げてみようと思います。
まず村上春樹氏の名小説 『ノルウェイの森』 に関する言及より。
『ヒロインの直子って少女はものすごく繊細で透明で純粋なんでしょう?
・・・そんなはかなげな少女が
なんで「僕」とハイキングに行って白昼の原っぱで、手でしごけるんでしょうか?
・・・ハイキングっていうと、山をのぼったり歩いたりする、汗だくになる行動なのに
・・・なんでこの繊細な少女は、
そんな、風呂にも入っておらずハイキングで汗だくになったペニスを
太陽の下で堂々としごけるのでしょうか?
事前はどこで手を洗ったのでしょうか?
事後はどこで・・・ (略) 私には退いてしまう場面でした。
・・・純愛=歯を磨いてお風呂に入って髪を洗ってでないとセックスできないこと、
と定義してたんで……』
私の感想。
エ ー ッ !?
である。
まぁ私だってね。
オナヌーを覚えた頃、それを指南してくれた某少女雑誌に
『オナヌーの前には手を洗うこと』
・・・と書いてあったので、律儀に実行している乙女ではあるんですけどね。
でも『純愛=歯を磨いてお風呂に入って髪を洗ってでないとセックスできない』と
は思いません。
汗の薫りが寧ろイイとか、ありませんか?
・・・というワタシの個人的シュミは別にしても、
『純愛=歯を磨いてお風呂に入って髪を洗ってでないとセックスできない』方が、
なーんかわざとらしい感じがしますけどね。
私だったら『お風呂に入って髪を洗って・・・』は愛してない身体だけの相手に求めますね。
好きな相手であれば相手の垢さえもが愛おしいのです。
ノルウェイ・・・に関しても、白昼、手を洗ったりとかの既成概念に捉われることなく
ストレートに「僕」を求めたという所に、
尚更直子の純朴さ?が顕れているような気が致します。
続いて目に止まったのが「右脳美人」。
何の事かと言えば、
「顔が整っている」美人と、「人から人気のある」美人の顔は一致しないという話。
もっと言えば、必ずしも「きれいな顔」が「好きな顔」とは限らないし、
「好きな顔」が「きれい」だとは限らないんである。
これには大いに頷けましたね。
「綺麗なんだけどね」印象に残らないキレイ顔って、ありませんか?
それに対して、
「もう少しココをこうすればキレイになるのに」その『ココ』が実はチャームポイントだったり。
それから「これこそイイ男!の地域別評価」という項にて。
関西でウケる部門別配分比率。
【やさしさ】 【男っぽさ】 【おもしろい】
3 対 4 対 3
なるほど。
続いて、この比率が関東では 3 対 6 対 1 らしい。
九州だと 1 対 8 対 1
広島だと 0 対 10 対 0 (!!)
東北だと 4 対 4 対 2 ・・・になるのらしい。
なるほど。
これにも納得するものがありましたね。
私個人的な好みになると、
九州の前に関西でも育っているせいか、面白さポイントはもう少し高めでもいいです。
逆に、以前東北出身の方とお付き合いしていた事もあり今だから言えるのですが、
東京以北の方々と話していると方言以外でも時々むずがゆーい感じになる事があるのも、
こういう地域的性格が関係しているのかもしれませんね。
歯が浮くっつーか、なんつーか、ね。
最後に。
『内面の美。 多くの女性が好むことば。
多くの女性の気休めの手段となっていることば。』
コレ、凄いよく解ります。
結局美しいものには勝てないんですよ、特に女はね。
男が強い男には勝てないのと同じです。 言い切っちゃいます。
それが生物のしきたりです。
「私(俺)って、●●な子だからぁ~」
自分をこんな風に形容する人をたまに見掛けますが、
こういう人って単に自分が「●●な子」に見られたいだけで、
じゃあ実際に周囲の人からどういう風に見られているのかというと、
大抵全く違うイメージだったりして。
さて、ワタクシ自分自身の事となると、
実は周りにイメージ決め付けられるのが物心ついたあたりから嫌いで、
わざと他人のイメージを覆してやることに骨身を削ろうとした時期がありました。
今でもそういう所あるんですが、ひねくれているんですかねぇw





になるわけでもない。