- エミリー (集英社文庫)/嶽本 野ばら
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(閉鎖ブログ 2007.12.7投稿記事より)
『レディメイド』
美術論が愛の話と絡み合う様子は、この著者ならでは、と思わせられる超短編。
『コルセット』
ヒロインの女は私個人的には好きじゃないです、イヤな女、ですw
なのになんで男ドモはこんな女に惹かれちゃうのかね、ってな典型www
物語としても、実にありきたり。
・・・が、オリジナリティはやはりこの著者の強みですね。
セックスシーンがちょっとヨカッタ。
『エミリー』
表題作なだけあって、この三作の中で一番好き、です。
「好き」 と表すより 「後に残る」 と言ったほうが正確かもしれない。
印象としては紹介にもあるとおり 『純愛』 物語ですね。
私にもあった思春期のスッパにがーい感覚がそこにはありました。
エロスなシーンはじゅんとしました。
結合は結合で、いいものだけど、ペッチングってエロスよね。
ある意味、結合よりエロスだと思うのです。
ところどころ、本当は笑うべきじゃないのかもしれないけど、
「否、本当は作者も狙ってるだろう? コレはギャグでしょう?」
・・・というくらいに吹きだして笑ったシーンがありました。
ところが、笑いながらも、リアルな薄暗さに背中はヒヤリ。
ヒヤリの意味は、きっと、自分のトラウマ。
子供の頃、自分の意志とは無関係なところからやってくる『性』は
時に暴力的。
この作品中で『純愛』や『性』と同じくらいに大きく扱われていたテーマは『いじめ』。
読みながら、自身の学校時代のことを思い出してました。
多分、多くの人がそうなのではないかと思うのですが、
私自身も、どちらも経験があります。
いじめた記憶、いじめられた記憶。
さて、その二つのうち、大人になって改めて考えてみて後味が悪いのは、
いじめられた記憶よりも、いじめた記憶なんですよね。
『いじめられた方は覚えてるけど、いじめた方はとっくに忘れてる』
一般的によく言われることですが、
そりゃあ傷つけられるのは、辛い。 辛いからよく覚えてる。
でも、本当はいじめたことがあるという事実も辛い。
辛すぎて忘れちゃうのかもしれない。
ま、場合によると思いますが。
私とて聖人君子じゃありませんから
生理的に嫌悪感を覚える人とか、
なんらかのイジメスイッチを愛撫してくるような人に出逢ったりなんかすると、
いいとか悪いとかいう理性関係なしに、
ことごとく追い詰めてギャフンと言わせてやりたいという欲望が芽生えたりもする。
気に喰わないヤツは徹底的に貶めてやりたいと思ったりもします。
(こういう話をするとだからSなんだとかクダラナイコト言われるけど)
それじゃあいかんので普段は抑えてますけどね。
虐めるほう、虐められるほう、それぞれに理由ありき。そんな風にも思う。
・・・って、そんなことが言いたいのではなく。
私自身を振り返ると、我が弱さの為に、
自分の本意とは関係なしに皆と一緒になっていじめた記憶、
あれほど最低で苦い記憶は無い。
本当は忘れてしまいたいけれど、
だけど、忘れてしまったらもっと卑怯な気がして、
それでいまだに覚えてるのかもしれない。
もしも、昔いじめた人が私の前に現れたとても、
直接侘びを入れるようなことはしないだろうけど。
胸の中で覚えていること、それがせめてもの私の謝罪。
自己満足かもしれないけれど。
・・・・・小説の話に戻ると、
この作品は勿論、いじめが悪いとかどうとか、そんなことを語っているのではない。
いじめとの付き合い方。
そう、いじめなんてなくなりませんよ。
人間の欲望あるかぎり。
だから大切なのは、自分の中でどう折り合いをつけて付き合っていくか。
そうはいってもやっぱり昨今のイジメはちょっとやりすぎだとは思いますけどね。
特にネット絡むとね。
高校生くらいまでネットはやったらいかんですよ。
小学生にパソコンとか教えるべきじゃないですよ。
そのようなことをどっかの先生が新聞で言ってましたけど、
その通りだと思いますですよ。
作品とは全然関係ないところに話が移動してしまいましたが、
赤面の告白をすると
私とてロリヰタな時代がありましたので、野ばら先生にも興味があるですよ。
(先日、あるお方にそのことを話すと
意外だ、ボンテジルックしてたといわれる方がまだ信じられる
・・・と言われてしまいましたがwww
我ながらまるで天使のようなつもりだったのよww)
もうすぐ新刊が出るそうです。
買おうか図書館待ちしようか悩み中。
・・・ま、半分ニィトなので図書館待ちかしらねw