- 愛する言葉/岡本 太郎
- ¥1,050
- Amazon.co.jp
(閉鎖ブログ 2006.9.6投稿記事)
天才芸術家・岡本太郎と、
そのパートナーとして公私に渡り約50年走った岡本敏子氏の
生前の『愛』に関する語録集。
で、突然ワタクシゴトになるのですが。
私は自分の恋人の事を『生きた芸術品』だと思っている。
別段、彼は芸術家では無い。 ごく一般の人だ。
通り過ぎるオナゴが一堂皆目がハート
になるわけでもない。
になるわけでもない。
まぁ、時々私一人でそういう錯覚を起こし、周囲の失笑を買う事もあるが。
そこは愛嬌という事でw
ただ、こんな不特定多数の人が見ている所で勝手に惚気る恥ずかしさは
他人のフリみて知ったので、ちょっと照れてしまうんですけどね。
彼は舞台の上で演じるひとで、私は観客なんだと、
以前、本人に話した事がある。
舞台は演者と観客が居て、ひとつになるように。
もしくは、仲の良い友人に、たまに彼の魅力を語る時に、
私は、彼を絵画に例えた事がある。
この絵が好き。
見たい。
見ていたい。
だから、見ているだけだと。
私の中では、やっと自分の感情を形容するに良い表現が見つかったと
清々しい気持ちで話すわけだが、
伝えられる側の大抵は、ピンと来ないのか、ポカーンとした感じで、
少々もどかしい気持ちも抱えていたのだけれど。。。。。
本屋でたまたま『岡本太郎』という芸術家に出会い、
そして、この本の中で『岡本敏子』という女性に出会い、
その喜びといったら他ならない。
私が言いたかった、その事が、ドンピシャに書かれているんですもの。
本自体は一ページに大きな文字で一言ずつ書いてあり、大変読み易い。
しかし、その一言一言は良い意味で重たく、
数ページ進める毎に涙が止まらなかった。
よく『恋愛は一人では出来ない』なんて言うけれど、
この本の中の言葉を借りれば『恋愛っていうのは必ず片思いなのね』
大変、的を得ている言葉だと思う。
それでも敏子は太郎を愛していたし、
太郎もまた、敏子を愛していたのだと感じる。
愛されるという事は、自分ひとりでどうこう出来るものでもないし、
他人の心の奥底については、自分では責任は持てない。
だけど、愛するという事は、自己の内面の静かなる闘いであり、
故に、責任も自分自身にのみ降りかかってくる。
だから、自分次第。
少し前に『一人遊び』なんて日記を書いたけれど、
あの日記では暗に
「自分自身に責任の持てないヤツに恋愛をする資格など持って欲しくない」
という事が言いたかった。
そんな偉そうな事を言いつつも、
私だってまだまだ未熟者ですし、
我が可愛いから、
傷つくのを恐れて不安になったりもするし、中々、敏子氏までの境地には至れない。
もしも私が敏子だったとしたら、辛いだろう、耐えられない事もあるだろう、
ここまで達観した恋愛は、やはり誰にでもは出来る芸当では無いと思う。
しかし、多分、きっと、私の中に敏子が居たように、
『敏子的なもの』は誰の心の中にでも居るのかもしれない。
『太郎的なもの』が皆の心に潜んでいるように。
あとがきの中に書かれていた敏子の言葉がある。
『わたくしほど幸せな女はいない。
だって、あんなにステキな男の子とずっと一緒にいられたのよ。
これって奇跡だと思わない?』
なんて、いとおしい女性なのだろうと、また再び涙が出た。
もしも彼女が近くに居れば、
人生の大先輩のオバアチャンなんだろうけれど、
ギュッとギュッと抱きしめたいような、そんな衝動に駆られた。
私は生前の彼女について、殆どまったく知らなかったけれども、
きっと、とってもチャーミングな女性だったんだろうなぁと思う。
九月です。
秋です。
良い季節になりましたね・・・・・。
岡本敏子氏の著書『恋愛芸術家』『奇跡』
今、読んでみたい作品です。
※現在視点※
・・・・・・まだ読んでねぇ。