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旅歩き&美味しいもの探し人 byちゅーぐ

街歩きして、ホテルに泊まって、美味しいものを食べる。
それが私の旅スタイルなんです。
鉄道と飛行機旅が特にいいですよね〜。

4 世界のクロスロード NEW YORK その1

  シカゴの朝

 

 ニューヨークラガーディア行きの飛行機は12時58分発で、11時前にホテルを出て空港へ向かおうと思っていた。

 朝食を取るため7時頃にホテルから出ると、昨日ほど寒さは感じなかったが小雨が降っていた。朝食をとる店を探して西へ歩いていくと、シカゴユニオン駅の大きく荘厳な建物が見えてきた。行きたい場所だったので、朝食を後回しにして駅構内に入る。月曜の朝で通勤する人が多く、駅構内はかなり賑わっていた。

 この駅は「アンタッチャブル」という20世紀初めシカゴギャングと連邦捜査局(FBI)の抗争を描いた有名な映画の撮影に使われていた。ギャングと捜査官の銃撃戦最中に、赤ん坊が乗ったままのベビーカーが駅の大階段を下っていくシーンが印象に残っている。そのシーンを追体験出来る大階段はどうしても見たかった。階段は「グレートホール(大待合室)」に降りるすぐに分かります。

 

下から見上げると今にもベビーカーが階段を落ちて来そうに感じてしまう。

 現在のユニオン駅は鉄道黄金時代だった1925年に完成したものです。第二次大戦後に飛行機の時代が来るまでは、商業都市シカゴの玄関口として大いに賑わったと言います。今では長距離列車が1日に数本しかなく、グレートホールで列車を待つ人は少なくなったが、近郊列車の発着する地下ホームは乗客が多く行き交っていた。

 朝食はしばらく街を歩き回った後、モンロー駅近くのコーナーベーカリーというカフェで食べることにしました。アナハイム風オムレツとコーヒーをカウンターで注文した後、手渡された紙カップにコーヒーを注いで、席に座りオムレツを待ちます。運ばれてきたオムレツにはアボカド、オニオン、マッシュルーム、パプリカ、チーズが入っていました。どうしてアナハイム風かは不明ですが、塩味が薄めの味付けで意外に美味しかった。

 朝食後にホテルの部屋に戻ってテレビを見ていると、ローカル局情報番組でシカゴカブスが本拠地開幕日を迎えるという生中継がリグレーフィールドよりされていました。昨年のワールドチャンピオンなので、注目度はとても高いようですね。

 10時30分にCQホテルをチェックアウトした。宿泊費は2泊19000円でコストパフォーマンスは悪くないと感じた。

 モンローからブルーラインに乗ってオヘア空港駅に到着すると3Dayパスはお役御免になる。$20のパスで$30以上は乗車したと思うので得した気分でした。

3.白靴下団と仔熊団そして燻製BBQ その2

 ギャランティードレートフィールドを出てレッドラインに30数分乗り向かったのは、北側の住宅地にあるアディソン駅。ここはシカゴをホームタウンとするもう一つの球団、ナショナルリーグ中地区に属するシカゴカブスの本拠地「リグレーフィールド」の最寄り駅。

 街には煉瓦造りの住宅や店舗が並び、その中に鉄骨を組み
上げたダークグリーンの古色蒼然たる球場が存在感を放っていた。球場が風景に溶け込んでいるこの街こそ私がずっと思い描いた「American Ballpark Town」そのものでした。

 2016年のワールド・シリーズを制して、有名な「ヤギの呪い」を解いたシカゴカブス。球団名のカブ(Cub)とは熊など肉食獣の子供のこと。言うならシカゴ仔熊団で、球団マスコットも仔熊となっています。

 子供時代に入っていたボーイスカウトのジュニア組織がカブスカウトといって、最上級生(小5)を熊スカウトと呼んでいたことを思い出した。

 リグレーフィールドはボストンのフェンウェイパーク(レッドソックスの本拠地)に次ぐMLB2番目の歴史を持った球場です。ここは外野フェンスが一面ツタで覆われている事を含めて他の球場には無い特徴をいくつも持っている。

 ここで野球を見るのが昔からの夢だったが日程が合わなくてとても残念だった。

 球場正面に回ってみると、大きな赤いチャンピオンプレートが誇らしげに飾られている。近くにいた警察官に球場とプレートをバックにした写真をお願いすると快く応じてくれた。警察官が多いと思っていたが、明日がカブス本拠地開幕日(Home Opening Day)ということでした。多分警備の予行でもしていたのだろうと思います。開幕に合わせザパークという公式グッズショップが開店するようでスタッフが準備に追われ忙しくしていました。

 古い球場なので外野スタンドが低く、その奥に建つビルの屋上に座席(通称ルーフトップシート)が設置され、ビルオーナーが有料で販売している。予約用のアドレスがビル側面などに大きく書かれているのが現代っぽくて面白い。ビルオーナーが球団に決まった観戦料を支払っているのかとても気になって調べてみると、2004年から販売金額の17%を球団に納めているとのこと。

 外から見るだけだったが、ここに来れた事にとても満足してリグレーフィールドを後にする。

 夕食はレッドラインのクラーク/ディヴィジョン駅近くの「シカゴq」という店に入る。ここは日本では余り知られていない「アメリカンバーベキュー」が食べられるレストラン。店内の雰囲気はアメリカ南部邸宅風で、東京ディズニーランドの「ホースシューレヴュー」に似たインテリアだと思いました。

 案内された席に座って地元のクラフトビールを注文する。ビールは無料の自家製ケイジャンポテトチップス、薄切り胡瓜ピクルスと一緒に運ばれて来た。濃いブラウンのクラフトビールは焙煎麦の香ばしさと苦味がさらりと口当たりが良くてとても美味しい。

 メニューをじっくりと見ながら何を頼もうか考える。フロアスタッフにオススメを聞くと、ベイビーバックリブとフライドグリーントマトだという。彼の言葉に従いその2品とコールスローをオーダーする。

 厚めの自家製チップスは薄い塩味とチリの辛みでいくらでも食べられるような気がした。時折ピクルスを口に運ぶと、チップスの油がリセットされるよう。美味しいつまみは料理への期待感を高めてくれました。

 少し待つと揚げたてフライドグリーントマトが運ばれた。皿にはルッコラのグリーンサラダが添えられ、フライにはヨーグルトベースのソースが美しく掛けられて、盛り付けから美味しそう。揚げたてトマトフライを口に運ぶと素材の酸味であっさりとした仕上りになってすごく美味しい!やはり揚げ物はビールに良く合うと再確認しました。

 フライドトマトを食べ終わる頃合いで、メインのベイビーバックリブとコールスローが運ばれて来た。ビーフやポークをスモークしながら時間を掛け調理していくのをアメリカ南部ではバーベキューと呼ぶようだ。屋外で肉や野菜を焼いて食べるバーベキューも楽しくて美味しいが、それとは違った深い味わいを感じることが出来るだろう。

 ポークリブは食欲を誘うスモーク(燻製)香に満ちている。ナイフを入れてみると肉が非常に柔らかくて、ホロホロと崩れていく。添えられたソースはバーベキュー、ビネガー、マスタード、スパイシーバーベキューの4種類。

 柔らかいポークリブを口に運ぶと、軽く味が付いているのでソースがなくても充分に美味しさを感じた。二口目からは色々なソースを試してみると、個人的には甘いバーベキューソースと風味の強いマスタードソースが好みに合っていたよう。コールスローも野菜を手切り調理してあるようで、歯ごたえがシャキシャキして今までに食べた中でベストなコールスローだった思います。 

 私の感覚ですが、アメリカで安価な食べ物は濃い味が多く、高価な食べ物は比較的薄味だと思う。この国では「価格と味の濃さは反比例する」という法則が当てはまる気がする。

 会計はチップ込み$50を支払い、決して安くはないが、料理が美味しく充分満足したのでコストパフォーマンスは高いと思います。

 食後は人通りの多いマニフィグセントマイルをゆっくりと歩きながら南に下り、歴史的建造物が美しくライトアップされた風景を楽しみながらシカゴ最後の夜を過ごしていく。

3 白靴下団と仔熊団そして燻製BBQ その1

 

 34年振りにMLB(メジャーリーグベースボール)観戦する日の朝、興奮していたのか早い時間に目が覚めてしまった。

 8時になるのを待って朝食を買いにホテルから出ると、冬の様な冷たい風が吹いていた。寒さに負けてホテルと同じビル内にあったスターバックスコーヒーに入る。ミディアムサイズ(日本ではトール)のドリップコーヒーとソーセージエッグマフィンを$6でテイクアウトして部屋で朝食とする。

 
スタバのドリップコーヒーは物価高のアメリカでは日本より安価な数少ないもの(ミディアムが約¥250)で、それ以降ニューヨークやワシントンD. C.で何度も通うこととなる。一般的にスタッフの愛想が悪い店が多いアメリカでも、スタバは別で感じ良くフレンドリーな接客をしていた。

 シカゴホワイトソックス対ミネソタツインズ戦は13時開始なので、午前中はミシガン湖近くの公園を散歩した後、早めの昼食を取って球場へ向かおうと考えていた。

 9時半にホテルを出発、ブラウンラインに乗りランドルフ/ワバッシュ駅で下車した。ミシガン湖沿いにある、広大なマギーデイリーパークの一角をぶらりと散歩した。

 テレビの天気予報によると、早朝は気温が3度と低かったようだが、昼には17〜8度と暖かくなるらしい。少しずつ気温が上がって来てあまり風が吹いていないこと、そして日曜日もあって公園近くのカフェはテラス席でブランチを楽しむ人々が多かった。

 シカゴで一番人気のあるミレニアムパークを歩いてみる。この公園から見る摩天楼のビル群は、古い石造りのビルと新しいカーテンウォールのビルが上手く混じり合っていて、街の風景の一部となっていた。

 ミレニアムパークには種々のアート作品が置かれていて有名な場所と聞いていた。

 「クラウンファウンテン」は直方体の側面液晶にシカゴ市民の顔を映し出すアート作品の噴水だった。クラウンさんが寄付したので、彼の名前が付けられているそうだ。残念ながら定期メンテンス中の様で、液晶で市民の顔だけを見ることが出来た。

 「クラウドゲート(通称:ビーン)」はティファニーのアクセサリービーンズを大きくした豆のような形状のアート作品だ。その形が雲の門を表すのか、ステンレスの表面に映し出される雲を門と捉えるのか、それとも両方の意味なのか考えてしまう。ビーンは見る角度によって曲面に映り込む景色が変わっていくので、しばらく戯れてしまった。

 13時が試合開始なので、11時少し前に昼食を取ろうと公園横にある「名軒(ミンヒン)」という広東料理店に入った。店内のインテリアが香港島セントラルにあるような感じで、一瞬シカゴにいることを忘れてしまった。この店は飲茶を終日提供している様で、写真が印刷されたパンフ状のメニューにオーダー数を書いて渡すシステムだった。私は皮蛋(ピータン)粥、排骨豆鼓蒸(スペアリブのトーチー蒸し)、マンゴープリンの3品を注文した。

 味は香港風の薄味でとても美味しかったが、ボリュームが日本の倍くらいあり、ここはアメリカだと痛感した。海老腸粉(ライスクレープ)が注文漏れになっていたのは私にとって幸いだった。満腹となりチップ込み$17を支払った。

 早い時間に球場へ行き雰囲気に浸りたいと思っていたので11時半には店を出た。レイク駅からレッドラインで行こうと考えて駅を目指し歩いていくと、ループのランドルフ/ワバッシュ駅が見えてきた。大都市に残る鉄道遺産の雰囲気を鉄骨造高架橋と錆が浮き出たトタン屋根が醸し出していて、しばらく見惚れてしまった。

 シカゴホワイトソックス(Wソックス)の本拠地「ギャランティードレートフィールド(前年まではUSセルラーフィールド)」は、シカゴ南側の郊外にある。今年からネーミングライツで携帯電話会社から住宅ローン会社へ移り、14年振りに名称が変わった。Wソックスはアメリカンリーグ中地区に属し、かつて高津臣吾(元ヤクルト)や井口資仁(現ロッテ監督)が在籍していた。

 レッドラインの電車が地上に出て15分位で、最寄り駅「SO X−35T H」に着いた。球場アクセス駅にしてはホームや改札口が小規模で、帰りに観客が集中したらさばき切れるのか‥という感じだった。(実際大した混雑もなく1本見送り乗車出来た)

 ユニホームを着たグループに付いて行かなくても、駅の近くにフィールド(球場)の入口が見えた。

 チケットのバーコードをスキャンして入場する。東京ドームのように座席カテゴリー別入場口ではなく、一ヶ所から入場する西武ドームのようなスタイルだった。

 私の座席は4階席でホームベース後方の上だったが、試合全体を見渡すには良い席だろう。座席確認後に球場内をざっと歩いてみる。目についたのは飲食物価格の高さで、ビール$8.75(ミラーやクアーズ)か$9.75(コロナ)、ホットドッグ$6.75、ピーナッツ$4.75といった具合だった。売り子からビールを買う時はチップ込みで$10渡す人が多く、小瓶ビールが千円以上とは日本だとホテル価格と同じだ。昼食後で満腹だったこともあり、ここでは飲食無しで野球観戦に集中することにした。

 やがて先発選手が大きなLEDボードに写真・プロフィールとともに発表された。先発投手は、Wソックスがキンターナ、ツインズがサンタナとヒスパニック系の似た名前の2人だった。

 34年前にシアトル(当時はキングドーム)で生まれて初めてMLBを観戦した時も、マリナーズ対ツインズだったので、何かの縁があるのかも知れない。

 この日はWソックスのシカゴ本拠地開幕ウイーク中だったようで、試合開始前にミリタリーセレモニーや市の幹部による始球式が行われた。

 試合開始時間になると、パーク内の全員が自然に起立脱帽して女性歌手を先導に国歌斉唱となった。それは野球を通じ観客全員が一体感を感じる「凛」とした時間だったと思えた。

 ゲームが進むに連れて試合展開に気持ちが集中していった。シカゴの先発とセットアッパーが1本ずつホームランを打たれ、1対4でWソックスが敗れた。ホーム側にホームランが出なかったので、名物の「バックスクリーン上の風車回転」を見られずに残念だった。

 しかし7イニングストレッチで「ボールパークに連れてって」を他の観客と合唱したりと楽しい時間を過ごすことが出来た。帰り際に球場の階段テラスから見たシカゴ摩天楼の景色は美しく、忘れがたいものになるだろう。

2 歴史的な美しいビルの街、シカゴ その3

 

 スカイスクレイパー(摩天楼)都市シカゴには2ヶ所の高層ビル展望台がある。リバーサウスのループ地区にウィリスタワー(旧シアーズタワー)、リバーノース地区にジョンハンコックセンターだ。

 ウィリスタワーは高さが443m、1973年の完成時は世界最高の高さだった(現在はニューヨークのワンワールドトレードセンターに次いで全米2位)。

 ジョンハンコックセンターは最上階が約330m、1969年完成時はエンパイアステートビルに次いで全米2位の高さだった。

 どちらに上ろうか迷ったが、リバーサウスループ地区の摩天楼が望めるジョンハンコックセンターにした。ビル地下1階にある展望台への入口へ行ってみると、$20の通常チケットと$25の昼・夜2回上がれるサン&スターチケットが販売されていた。私はプラス$5で夜景も見られるお得な「サン&スターチケット」チケットを買い求め、まずは昼間の景色を見にいくことにした。

 列に30分ほど並んで、エレベーターで「シカゴ360展望台」へ上がる。そこから見える東側の景色は海のようなミシガン湖で、その広さと雄大さに圧倒された。

 北側は古くからの住宅地らしく、シカゴカブスの本拠地「リグレーフィールド」も見えた。南側はシカゴ川の手前にリバーノースの美しい歴史的なビル群が望め、川の向こうにループ地区にある元祖摩天楼ビル群が圧倒的な存在を放っていた。

 ここの展望台には「ティルト(TILT)」というビル壁面のガラスが外へ斜めに傾く、行列が出来る人気アトラクションがあったが、高所恐怖症の私が乗る訳も無かった。

 その後は1時間ほど高い所からの景色を堪能し展望台を下りた。

 展望台の後はシカゴリバーノース地区のメインストリートのマニフィグセントマイルを南へ歩きながら、美しい歴史的建物を見ていく。シカゴトリビューンタワー、リグレービル、トランプタワー、玉蜀黍的外観のマリーナシティが印象に残っている。

 シカゴ川の橋を渡ると、ループ(高架鉄道)の北東部近くには典型的なアメリカン劇場と言うようなシカゴシアター(ディズニーシーの劇場に似ていた)が目に付く。

 その近く高架線を轟音立ててシカゴLの電車が駆け抜ける光景はディズニーシーを思い起こさせた。映画の世界に入り込んだ気分になってしまう。

 現実に戻り再度歩き始めシカゴ美術館を目指す。この美術館には好きな画家スーラの点描画などが展示されている。とても気になったが行ってみると入場するには長い行列に並ぶ必要があり入場は諦める。

 美術館対面側のビルにはシカゴ建築財団があり、館内にはシカゴ市街地の大きな模型が展示されていた。シカゴ建物巡りツアー発着地とスーベニアショップもあった。ビルは丸の内の明治生命館と内部の感じが似ていたので、設計者が同じなのだろうかと思った。

 一旦ホテルに戻り少し休憩した後、17時過ぎにホテルを出る。ループのオレンジラインに乗り、クラーク/レイク駅で下車した。トリップアドバイザーで目星を付けた、駅近くにあるセルフサービス店ロニーズステーキハウスで早めの夕食を取る。店のオススメは8オンス(約230g)Tボーンステーキで、それにベイクドポテト、ガーリックトースト、シェフサラダが付き$10.99のセットメニューとなっていた。オススメに従い、ルートビアを追加し税込$13.7を支払う。

 Tボーンステーキは骨が大きめだったが、肉の味とグレイビーソースが思ったよりも悪くない。サラダに掛かったサウザンアイランドドレッシングがアメリカ人好みなのか少し塩味が強かったので残してしまう。店内はディナーには早い時間なのか比較的空いていて、アメリカ最初の夕食をゆったりと楽しんだ。

 夕食に満足し店を出て、シカゴ摩天楼夜景を見るためにジョンハンコックセンターの展望台シカゴ360を再訪問する。昼景より夜景に人気があるようで、エレベーターに乗車に1時間ほど待つことになった。

 ようやく330mの展望台に上ると照明は明るさを落とした夜仕様に変えられていた。規則正しくオレンジ色の灯りが並んでいる住宅街、飛行機が離発着するオヘア空港も遠くに見えた。楽しみにしていたループ地区摩天楼のビル夜景は想像以上に綺麗だった!

 美しい夜景を見て気分が良くなり、バーカウンターで瓶ビール($6)を注文し、夜景を見ながらアメリカ初のアルコールを楽しむ。昼間は気付かなかったが窓際の天井にはステンレス製ミラーが付けられていた。

 そこに映り込む街の灯りが反射し街の灯りが増幅されるようだった。そんな効果もあるのか、今まで見てきた都市夜景の中でも上位に入ると思った。

 ホテルに戻ると疲労感から、ベッドに潜り込むとすぐに夢の世界へ入って行った。

2 歴史的な美しいビルの街、シカゴ その2

 

 シカゴオヘア空港は滑走路8本とターミナル4棟を持ち、2005年までは離着陸回数世界第一位(現在はアトランタハーツフィールド空港)だった超巨大な空港だ。

 国際線は全てターミナル5に到着して、乗客はアメリカ入国審査を受けることになっている。予想に反して入国審査の列は短く、並んでから10分ほどでアメリカ入国を果たした。バゲージターンテーブルで預けていたスーツケースをピックアップし、ATS(ターミナル間シャトル)でシカゴL(市内鉄道)駅のあるターミナル2へ移動した。ターミナル地下の通路を数分歩き、CTA(シカゴ交通局)のシカゴLブルーラインのオヘア駅に着いた。

 改札手前にある乗車券自販機のモニターには「1Dayパス$10、3Dayパス$20」と表示されている。空港から市内までの運賃が片道$5なので、その後$10乗れば元が取れてしまう3Dayパスを購入した。乗り放題パスはパスモのようなICカードで今から72時間、地下鉄とバスが自由に乗降出来る。

 ステンレス製の車両は東京メトロ銀座線より一回り小さく、車内にはクッション付きのクロスシートが並んでいた。

 電車は地下のオヘア駅を出発するとすぐに地上へ出て、フリーウェイ中心部を快調に走って行く。地下鉄をイメージしていたが、地下を走るのは市内の中心部だけで殆どは高架線を走っているようだ。空港エリアを抜けると、煉瓦造りの低層住宅が並ぶ地区だった。土曜日の午前中ということもあって、途中駅の乗降客は少なかった。

 空港を出てから約45分でシカゴ川の南(リバーサウス)ループ地区にあるホテル最寄り駅のモンローに到着した。駅はホーム、コンコースへの階段、改札口辺り、地上への階段の全てがレトロで小振りに出来ていた。

 地上へ出ると気温が10度位と低目で吹く風も強く肌寒く感じた。シカゴは別名「ウインディシティ(風吹く街)」と呼ばれて一年中強めの風が吹く街だということを実感する。

 モンロー駅から歩いてすぐ、明後日まで2泊する「クラブクォーターズホテルセントラルループ(CQホテル)に着いた。風吹く街らしくホテル入口前に仮設風除室があったので、意外に重いドアを開けて中に入る。フロントでスーツケースを預かってもらうつもりでいた。しかし嬉しい誤算でチェックインの15時まで5時間近くあったにも関わらず、フロント女性の好意で無償のアーリーチェックインさせて貰えることになった。

 案内された10階の客室内は思ったより広く、ストライプカバーが掛けられた大きなベッドと緑色のセンス良いソファーが目に付いた。インテリアは落ち着いた感じで整えられていて、更に小さなキッチンも付いていた。どうやらフロント女性は部屋のアップグレードもしてくれたようだった。

 窓から外を見てみると、ホテル周辺は東京で言うなら丸の内か大手町の様な場所ではないだろうか。ガイドブックの地図で確認してみると、周辺には新旧のオフィスビルや歴史的な建物が数多く見られた。そしてホテルの前を走る道は「ヒストリックロード・ルート66」と知った。私の頭の中をジャズの名曲「ルート66」が軽やかに流れていく。

 飛行機での寝不足もあり、ベッドで少し休んでからシカゴ街歩きに出かける。ホテルの二軒隣にある赤い外観のビルは「ルーカリービル」という19世紀末に竣工したシカゴ名建築の一つだった。旧帝国ホテルを設計した「フランクロイドライト」も設計に参画していたようだ。

 ホテルから最も近いシカゴLループ(市内高架鉄道)のクインシー駅手前には、シカゴ摩天楼の一角を成し商業の街シカゴを象徴する「シカゴ商品取引所」の45階建アールデコ様式建築の美しい外観が見えた。この街には美しい歴史的な建築が多いようで、建物を見ているだけで街歩きが楽しくなりそうだ。

 19世紀末に完成したシカゴループは、鋼鉄の時代を反映したような鉄骨組み3キロ弱の市内高架環状線で、現在はシカゴL5路線が乗り入れている。電車が「キーキー」と大きな金属音を立てつつ、ほぼ直角に曲がって行く様子は、ディズニーシー・エレクトリックレイルウェイのモデルでないかと思わせる。

 クインシー駅の狭い鋼鉄製階段を上がり、木製ホームに立って周囲の歴史ある美しい外観のビル群を見上げていると、20世紀初頭にタイムスリップしたような気分になった。

 ブラウンライン(列車行先表示がカラーLEDで誤乗車防止になっている)に乗車し、ループ線を3/4周する。直角カーブや線路直交交差(ダイヤモンド・クロス)を愉しみ、シカゴ川北側(リバーノース)のシカゴ駅で下車する。沿線には「ぬりかべ」の如く大きく聳える「マーチャンダイズ・マート」があり、その駅で下車しようか悩んだが、空腹には勝てずランチを優先することにする。

 34年前のアメリカ旅行の中で美味しいと印象に残ったのは刻みピクルスたっぷりのホットドッグとフレッシュオレンジジュースだった。そんな思い出があり、最初の食事はホットドッグと決めてシカゴの有名店「ポーティローズ」を目指した。

 駅から店のある方向へ歩いて行くと、香ばしい炭焼き肉の香りが漂って来た‥!香りがしている煉瓦造りの大きな建物が目指す「ポーティローズ」だった。

 対面側には開業初期の店舗を再現した大きなMマークをデザインに取り込んだオリジナル・マクドナルドの店舗も見えた。

 大きな木のドアを開け中に入ると、煉瓦の壁にネオンサインが輝きカーニバル風の飾りがされて、多くの客で賑わっていた。

 「ポーティローズ」のシステムはオーダーカウンターで注文し支払いを済ませる。待っていると出来上がりをレシート番号で呼ばれるので、引き取りカウンターでピックアップするというものだった。

 私はホットドッグと大好きなルートビアLサイズを注文して$6だった。この店のホットドッグは、牛肉のソーセージ(ヴィエナ・ソーセージと言うそうだ)が炭火焼きされ、ケシの実がまぶされたドッグパンに20センチ位の大きな胡瓜ピクルス、グリーンチリと一緒に挟まれている。焼いたソーセージの香ばしさが食欲をそそり、席につくとすぐにかぶり付いた。

 ソーセージの塩気とピクルスの酸味が調和してとても美味しい。合間に飲む独特な香りのルートビアがとても合っているようと思う。アメリカ最初の食事は満足出来るものだった。

2  歴史的な美しいビルの街、シカゴ その1

 

 

 シカゴオヘア行きのANA(NH)112便は羽田国際空港を10時50分に出発する。

 空港でゆったりと過ごそうと思い、自宅を早めに出た。時間が確実に読める京急線などを乗り継いで国際線ターミナル駅に8時30分に着いた。

 今回持参したスーツケースは機内持込可能な小さいサイズだが、出発カウンターで預け身軽になった。その後銀行で$600分の現金を両替する($1=約¥114)。そして搭乗セキュリティ、出国という海外旅行の儀式を経て制限エリアへ入ったのは9時過ぎだった。

 羽田空港に国際線ターミナルが完成したのは2010年秋だったと記憶する。それまでは近距離国際線チャーター便を除き、神奈川県にある自宅からかなり遠い成田空港発着だった。

 
2012年春にシンガポール旅行の際に、初めて羽田空港を使い近くて便利と感じた。以来台湾と香港へ行く時に使ったので、今回は4度目の羽田空港出発となる。

 まず上階にあるカードラウンジでゆっくりと過ごす。出発時間30分前にラウンジを出て出発ゲートに移動した。

 

 ゲートに着くとすぐに搭乗案内が始まったので、機内に乗り込み予約した28C席に座る。

 ANA(NH)112便には全日空長距離国際線の主要機材ボーイングB777−300ERが充てられている。国内線B777は3−4−3の横10席レイアウトだが、この機は2−4−3の横9席となっている。シートピッチ(席の前後間隔)も86センチと最大級に広く、背もたれが固定(フィックスドバック)されていて、後席に気兼ねせず背もたれを倒すことが出来た。私のC席は左側2席配置の通路側で、エコノミークラスとしては最大限に快適な席だと思う。

 隣席28Aはエリック君というジョージア州アトランタ在住29歳の青年だった。にこやかに自己紹介をしてきた彼は、ベトナムに暮らす妹さんに会いに行った帰りとのこと。シカゴまでの11時間は彼と余り得意でない英会話のブラッシュアップに努めようと思う。

 ANA112便は定刻に羽田空港を離陸し、順調に上昇して行く。やがて水平飛行に移るとドリンクサービスに続き、1回目のミールサービスが始まった。

 メインはすき焼きご飯かシーフードパスタで、私は前者を選択した。飲み物も午前中なのでオレンジジュースにする。エリック君はシーフードパスタとミネラルウォーターだった。

 久しぶりにエリック君とガッツリと英会話をしてみて、私の英語ボキャブラリーの乏しさに改めて気付かされた。会話の内容はアメリカ旅行の目的、互いの趣味のこと(彼はジブリのアニメ好き)、家族のこと、旅した国のことなどだった。話している以外の時間は、個人用モニターで映画を見たり、背もたれを倒し睡眠を取ったりした。

 2回目のミールはオレンジペストリーと飲み物の軽食が出された。3回目は到着前の朝食で和洋食から選択が出来たので私は洋食、エリック君は和食を選んだ。

 彼とは住所とメルアド交換して、日本に来る時には連絡するように伝えた。 

 シカゴ到着少し前にトイレに立った時、横のギャレー内で若手CAが作業をしていた。偶然彼女と目が合ったので、

 「お疲れさまです‥」

 と声を掛けると、

 「ありがとうございます!」

 と明るい声が返って来た。

 感じのいいCAさんだなと思っていると、シカゴ到着少し前、彼女が私の横通路に立って話しかけて来た。声を掛けら
れたのが嬉しかったようで、数十年前ならシカゴでの夕食などをお誘いしていたのではと思った。

 ANA(NH)便はシカゴオヘア空港に定刻通りの8時40分に到着した。乗り換えてアトランタへ向かうエリック君とは再会を約束して別れた。

1.      スミソニアンへの憧れ〜旅立ちまで その2

 ANAアメリカ線4月中旬のビジネスクラス特典航空券空席を検索すると、日本発便は殆ど満席だった。ANA加盟のスターアライアンス提携便は、中国国際航空(CA)北京経由便かエバー航空(ER)台北経由便に空席があった。

 どちらの航空会社も経由地での乗継も含め所要時間が20時間以上掛かり、乗継時のトラブルなどリスクもあるので気が進まない。

 ANAエコノミークラスは提供される座席数が多いのか、どこのアメリカ線でも空席はあった。考えを変えANAで往復クラスを変えて検索すると、往路エコノミークラスで羽田からシカゴへ、復路ワシントンから成田へファーストクラスで空席があった。

 ビジネスクラスには何度か搭乗経験もあり、これから先も機会は巡って来そうだが、ファーストクラスはこの機会を逃すと次は無いかも知れない。

 
翌日まで迷ったが、4月8日土曜日羽田発シカゴオヘア行きANA(NH)112便エコノミークラス、4月15日土曜日ワシントンダレス発成田行きANA(NH)001便ファーストクラスで特典航空券の予約をする。必要なマイル数は、往路2万と復路7万5千の合計9万5千マイルだった。

 勤める会社へ早めに有休の希望を伝えると、その日程で9日間の休みが取れた。帰宅後に難関と思われた妻にアメリカ還暦一人旅を切り出してみると‥、意外にあっさり承諾が得られた。彼女から提示された条件は万一が有っても大丈夫なよう旅行保険を掛けることだった。こうしてアメリカ中・東部還暦一人旅に行けることになった。

 基本的スケジュールはメジャーリーグ開催日程を元に決めて行く。羽田を出発しシカゴへ時差の関係で同日に到着後に2泊。2日目に最初のMLB観戦(ホワイトソックス)。3日目にニューヨークへ国内線航空機で移動し3泊。5日目に憧れのヤンキースタジアムで2回目のMLB観戦(ヤンキース)。6日目にワシントンへ鉄道移動し2泊。長い間念願だった航空宇宙博物館(本館と別館)を見学。7日目に3回目のMLB観戦(ナショナルズ)。8日目にワシントンを出発し、9日目に成田に帰国というもの。

 出発前の準備として、

(1)シカゴ、ニューヨーク、ワシントンD.C.

  3都市のホテルを予約

(2)メジャーリーグ3戦のチケット予約

(3)シカゴ・ニューヨーク間の航空券予約

(4)米国新幹線アセラエクスプレスの予約

(ニューヨーク・ワシントン間)

(5)ニューヨーク夜景ツアーの予約。

 ニューヨークのホテルが非常に高価で、周辺のクイーンズやブルックリンも検討したが、多少の高価格を承知でマンハッタン・ミッドタウンのホテルを予約する。この判断は正解だったことを後日現地で痛感する。

 翌年1月私は還暦となり、やがて春を迎えて待ちに待った旅立ちの4月となった。

 

1.      スミソニアンへの憧れ〜旅立ちまで その1

    

 

 アメリカ合衆国の首都ワシントンDCには、スミソニアン協会が運営する博物館群があり、中でも航空宇宙博物館(Spece Air Musium) には、大空を飛翔するものは古今東西問わずに展示されているという。また郊外のワシントンダレス空港近くには航空宇宙博物館別館があって、広大な敷地の中に建つハンガー(格納庫)を模した大きな建物内に数多くの保存機体が展示されているそうだ。10数年前テレビ番組で見てから、いつかチャンスがあれば訪れてみたいと思っていた。

 小学校低学年の頃、ちばてつや作「紫電改のタカ」というマンガを夢中で読んでいた。愛機紫電改でアメリカ軍機を次々に撃墜する強い主人公に憧れた。そのマンガが入り口となって飛行機を好きになったのではないかと思う。

 同じ頃当時は珍しかったヨーロッパ旅行に旅立つ祖父を家族総出で旧羽田国際空港へ行って送り迎えすることがあった。初めて見た日本航空国際線ジェット旅客機(ダグラスDC−8)の美しくて流麗な機体にすっかり魅了されてしまった。大人になったら絶対にジェット旅客機に乗って外国旅行したいと思った。

 

 初のプロ野球観戦は小学校3年生の時で、巨人ファンの父に連れて行ってもらった旧後楽園球場での巨人・大洋(現横浜DeNA)戦ナイトゲームだった。カクテル光線に照らされた美しい緑色の天然芝と赤茶色のアンツーカーに衝撃を受けた。試合内容は殆ど記憶に無いが、非日常的空間の光景とその時食べたホットドッグの美味しさは鮮烈に記憶している。

 

 それから時が経ち26歳の夏、二度目の海外旅行で初のアメリカ合衆国とカナダへ日本航空のボーイング747(ジャンボ)に乗って旅した。大学時代の友人との自由気ままな二人旅で、アメリカ西海岸、カナダ、メキシコを巡り、帰りにハワイにも立ち寄った。念願のメジャーリーグ観戦もシアトル(マリナーズ)とサンフランシスコ(ジャイアンツ)で果たすことが出来た。

 その時は再びアメリカに行こうと思えばいつでも行けると思っていた。しかしその旅から2年後に私は家庭を持ち、旅行は家族と出かけるのが当たり前となった。行けなかったアメリカ東部・中部を旅することは難しくなり、旅することは夢のまた夢という感じになっていた。

 

 2016年秋、息子と娘は成人して数年経ち、私たちの子育てはひと段落していた。そんな時、翌年1月還暦を迎える私の手元にはコツコツ貯めた約10万ANA(全日空)マイルがあった。そこで特典航空券ローシーズンである翌年4月に旅する目標を定めて調べてみた。すると一人なら30年以上行っていないヨーロッパやアメリカへ往復ビジネスクラスで行けることが分かった。しばらく振りに遠い国へ行けるという事実は私の旅心を強烈に刺激した。ヨーロッパかアメリカへ一人旅をしたいと徐々に思いが強くなっていった。

 

 旅行先としてまず頭に浮かんだのは、数年前から憧れの地となったイギリスのマン島だ。そこは20世紀初めに走っていたオールドスタイルな4種類の保存鉄道が残されていて、私のような鉄道好きにとっては奇跡の島と言って良いと場所。古式ゆかしい鉄道に乗りたくて心が動いたが、マン島の4月はまだ寒い季節であることとイギリスは物価が高く滞在費が多く掛かるため諦めることにした。

 次に浮かんだのが前回のアメリカ旅行で行きそびれたアメリカ東部だった。スミソニアン博物館群のあるワシントンDC、憧れの「ヤンキースタジアム」でメジャーリーグ観戦と街歩きが楽しそうなニューヨークだ。

大学時代の4年間、私は神田三崎町界隈で学生生活を謳歌した。

輝く青春時代(?)から幾星霜‥、私にとっての学生街は変貌を遂げ続けている。

時代と共にと一言では片付けられない複雑な思いがある。

 

先月末、「神保町の天丼いもや、とんかついもやが3月31日を以って閉店」という

個人的には衝撃のニュースがWeb上に流れた。

今でも年に数回、神保町へ行くことがあって昼食を懐かしのお店で楽しんでいる私。

昨年も神保町天ぷらいもや、さぶちゃん(半ちゃんラーメン元祖と言われるお店)など

徐々に閉店が加速して行く中で、これはトドメの一撃と言ってもいい。

 

私が界隈を跋扈していた数十年前、天ぷらいもやでの昼食は月1〜2回の贅沢だった。

当時は今回閉店する神保町白山通り沿いに3店舗、靖国通り人生劇場裏に3店舗(共に天ぷら、天丼、とんかつ)、

そして私が愛用していた神田三崎町に天ぷら店と徒歩圏内に7店舗あったと記憶している。

打ち水された玄関前の三和土、白い清潔な暖簾を潜り店内に入ると綺麗に磨かれた白木のカウンター。

メニューは天ぷら定食、海老天ぷら定食、お新香そしてお好み天ぷらネタ数種のみとシンプル。

着席すると渋い番茶が、注文すると大根おろしが入った天つゆが置かれた。

天ぷら定食の内容は海老、烏賊、鱚、春菊、海苔の5種。

蜆味噌汁、お櫃からよそうご飯がとても美味しかった(三崎町では大盛りを残さず食べると無料だった)。

そして自家製らしき糠漬けお新香の旨いこと!

遠い記憶の中で美化されていると思えるが至福の昼食だった。

 

三崎町の店は30数年前に早々に閉店し、人生劇場裏の店舗も10年程前に閉店したようだ。

最後の砦も陥落となってしまった。

 

私のサークル御用達だった喫茶店(準部室だったA、部会を開いたH、レポート書きしたTなど)、居酒屋K、

町中華などなど無くなってしまった店は多い。

その店の共通点は学生を主標的として安価、多めのボリューム、長時間滞在可能といったことだろうか。

現在も母校日本大学3学部、明治大学、専修大学の学生がいる筈だが、主標的はサラリーマンという店が多いような気がしている。

学生街がオフィス街に呑み込まれたというか、溶けていったということなのか。

 

今も健在なキッチン南海で火傷しそうな熱々のカツが乗ったカツカレーか生姜焼き(何故かプルプルと呼ばれる)とフライの盛り合わせを頂きながら遠い学生時代を思い起こすことにしよう。

 

有難いことに神保町さぼうる(喫茶店)のカオスな店内は今も変わらないようだ。

 

 

横浜ベイスターズ筒香嘉智選手の発言でザワザワしてますね。

野球が今まさに危急存亡の秋(とき)であるということ。

「観客動員数増えているよね」

プロ球団運営サイドは危機感を感じていないのかも知れません。

彼が12分に渡って熱く訴えたこと‥。

・あまりにも勝つことだけに拘泥してないか。

・指導も失敗しないような方向に行っていないか。

・身体のケアをおろそかにしてないか。 等々‥。

野球を楽しむという原点を見失っているように感じます。

精神論が未だにまかり通り、高校野球はなぜ丸刈りになるのか?

サッカーの方が何だか楽しく感じてしまいますね!

事実、野球をする少年少女は激減(一説ではかつての2割弱)していると言います。

昨年秋、今年からエンジェルスでプレーする大谷選手を見ました。

こんな素晴らしい才能を持った選手もこれからは他のスポーツをするかも。

余談ですが、清宮選手は日本ハムファイターズで本当に良かったと思います。

巨人や阪神だったら伸びにくい環境で埋没する可能性が高いではないか。

パ・リーグの方がMLBで活躍する選手を多く輩出しているのは、

球団やファンの変なプレッシャーが無いんでしょうね‥。

(野茂、イチロー、ダルビッシュ、岩隈、井口、田中マー君など)

 

昨年春、MLB3試合を見て来ました。

野球とベースボールは以って非なるものを実感しました。

 

まず球場(ボールパーク)の雰囲気がいい!

ワシントンのナショナルズ・パークです。

入場すると何だかお祭り気分で、早くから来てのんびり楽しんでいる観客も多い。

ピクニック風のテーブル&チェアがあちこちにあって、美味しそうに楽しそうにビールを。

個人的な意見ですが、私は応援団の吹きならす金管楽器の音が好きではありません。

常連さんが多い店に恐る恐る入って行くような感じすらします。

 

MLBは試合展開が早い。

バント多用など細かすぎる戦術が好まれない風土かも知れないが。

3時間を目処に試合が終わります。

だらだらと長いのはねぇ。

ただ、STADCASTを使用した分析が進化して行くと変わってくるかも。

 

大好きな野球が衰退しないことを切に願っています。