英語遊歩道(その64)-「多国籍な街」東京-44年目の真実 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

妻が、先日親元の中国・広州に一時帰国した。母親の具合が悪く面倒を看るためである。幸い、広州で良い病院(医師)を紹介されたそうで、母親の健康状態はかなり改善したようである。

 

そんなわけで、先週以来、独身生活をエンジョイしている。とは言え、炊事、洗濯、庭の草花への水やり、掃除(あまりやらないが)、ゴミ捨てなどなかなか大変だ。仕事に行く日は自分で弁当も作る。初体験だがまあ何とかなっている。

 

 

妻が中国に滞在中、2泊3日で上京した。「鬼の居ぬ間の○○」ではないが、大学と安田火災勤務時の旧友たちに会うためである。中には40年ぶりくらいの友もいた。

 

今更ながら東京は多国籍な街である。京都がスーツケースを抱えた外国人観光客で溢れているのに対して、東京には観光客だけでなく当たり前に外国人がいる。

 

外国人だけではない。日本人にも様々な人種がいた。ホテルをとったのは秋葉原、街角のあちこちに可愛いメイドさんが立っていた。まるでアニメのキャラクターである。尾崎豊の「十七歳の地図」の歌詞、「♪街角では少女が自分を売りながらあぶく銭のために何でもやってるけど……♪」を彷彿とさせる。

 

その一方で、ホテルの近くのAKB48劇場には、平日にもかかわらず朝から長蛇の列ができていた。若者からオヤジ連中まで人は何かを「推し」て生きているようだ。やはり東京は面白い。

 

 

大学時代の友人との飲み会の2次会である事実を知った。私は大学4年のときに、小学校以来の友人を自殺で失っている。この件は以下のブログ記事に記載している。

 

英語の散歩道(その13)-六月の冷たい雨①

英語の散歩道(その14)-六月の冷たい雨②

英語の散歩道(その15)-六月の冷たい雨③

 

 

だが、この件には実は続編があった。それが2次会の席で明かされた。友人の死から44年、これも何かの巡り合わせかも知れない。本件はまた何処かで記載することにしたい。